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薔薇の名前 下
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.6 67件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:1990.1
  • 出版社: 東京創元社
  • サイズ:20cm/426p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-488-01352-X
  • 国内送料無料

紙の本

薔薇の名前 下

著者 ウンベルト・エーコ (著),河島 英昭 (訳)

【日本翻訳文化賞(第27回)】【「TRC MARC」の商品解説】

薔薇の名前 下

2,484(税込)

ポイント :23pt

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薔薇の名前 2巻セット

薔薇の名前 2巻セット

  • ウンベルト・エーコ 著
  • 評価4.8レビュー:4件
  • 税込価格:4,96846pt
  • 発送可能日:1~3日

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みんなのレビュー67件

みんなの評価4.6

評価内訳

紙の本

この小説にはややこしい迷路が登場するが小説の構造自体が迷路になっているのだ。いくつかの重要なテーマがあってそれがいくつもの断片になってバラバラと構成されている。わかりやすく時系列で述べられているのは連続殺人事件だけなのだ。せっかく読んだのだからもう少し理解してみたくなったので再読した。ついでに気になるテーマごとに再整理してみた。

2008/06/08 15:29

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

猟奇的連続殺人事件は一度棚上げして、まずもともとフランチェスコ会修道士・パスカヴィルのウィリアムがなんのためにこのベネディクト修道僧院を訪ねたのか?
そうはいってもこれが一筋縄ではいかない。雑駁なところで我流にこじつければ、目下進行中であるチベットと中国の紛争のような複雑に絡み合った国際政治問題なのだ。そしてこの和解工作に日本の福田首相が一肌脱いでチョモランマのどこかにダライ・ラマと胡錦濤から全権をゆだねられた大物代表団を招聘し、古代文明発祥以来の幾重にももつれた問題を一挙に解決しようとするぐらいスケールのある歴史的出来事なのだろう。

中世西ヨーロッパのキリスト教世界は教皇(聖)と皇帝(俗)の二つを中心点とする協調・対立・妥協が循環する楕円構造にあった。最強の国家だったドイツは神聖ローマ帝国の盟主であり、その「皇帝」はキリスト教世界の頂点に立つ「教皇」を保護し、支配してきたのだった。しかし、このように世俗世界の頂点を象徴する「皇帝」が他の領主国を牽制できた時代はすでに終わっていた。フランス、イギリスの新興勢力の勃興である。1309年フランス人教皇のクレメンス5世はフランスのアビニョンに教皇庁を移し、後70年間、歴代教皇はフランス王権の強い掣肘下に置かれた。これはアビニョン捕囚と呼ばれる。教皇はその普遍的権威を失墜、ドイツ皇帝の教皇庁離反を招く。聖と俗との緊張関係これがこの物語にあるひとつの対立構図である。1322年、教皇ヨハネス22世はドイツ皇帝ルートヴィヒを破門した。そしてこの物語では、1327年、両者和解の会談がパスカヴィルのウィリアムの仲立ちで開催される。教皇による皇帝の退位を阻むために。開催地は北イタリアの山中、怪しげな僧院を予定した。………とこれがこの歴史的出来事の背景である。

ひとつのテーマはキリスト教に内在する世界観の相違である。この対立はお互いに相手を「異端」としてレッテルを張ることに始まり血で血を洗う殲滅消耗戦へ拡大するものなのだ。教皇庁を頂点とした聖職者は富と権力を握り腐敗堕落が目に余る。フランチェスコ会の創始者聖フランチェスコはキリストの愛は清貧を旨として生きる人々にこそ実現されると説いた。既成秩序とは敵対しかねないこの教義によってフランチェスコ会は強大な勢力となった。そしてドイツ皇帝は政治的思惑からこの会をバックアップしている。ウィリアムはこの会の優等生であり、彼の真の狙いは教皇庁にこの思想を公認してもらう妥協点を探ることにあった。
教皇庁代表は枢機卿のベルトランド・デル・ポッジェットェットに異端審問官・ベルナール・ギー(冷酷無比の理論家)が補佐する。フランチェスコ会代表は同会総長のミケーレ・ダ・チェゼーナとこの僧院に住む反教皇の理論家たちが補佐する。そして会談、ひどく形而上的な論理展開から血なまぐさい過去の引き合いまで、お互いに妥協線を探ろうとする冷静が熱気と狂気と激昂によりいつのまにか恫喝とののしりあいの泥仕合と変化する、この怒涛のプロセスが物語のひとつの大きな山場になっている。論戦の流れを大きく変えるきっかけに連続殺人事件が関連してくると言っておこう。
「宗論はいずれが勝っても釈迦の恥」実はこうしたやり取りは歴史のいたるところで見られた。本質を見失った正統論争とはかくまで悲惨なものなのだとエーコが痛烈な皮肉をこめて描いた風刺劇になっている。ただただ私は鬼気迫る雰囲気を味わった。

この論戦を通じて、また物語の各所においてフランチェスコ会の生成、発展、変容の歴史が語られる。清貧を旨とする高潔な思想は社会運動に発展する。多くの階層を巻き込み組織は巨大化する。既成秩序との協調、対立、妥協、の運動法則から傍流、亜流が派生する。その中からはやがて聖職者や富の保有者は敵だとして破壊、略奪を正当化し、本来の理念とまるでかけ離れて、まさに異端と指弾されても弁解できない暴徒化するグループが現れる。エーコは13世紀を舞台にしつつ「改革・革命運動」に内在する負の反作用を語っているのだ。そしてそれは現代に通じる社会運動の法則でもある。

別の重要なテーマは「宗教と科学」あるいは「精神主義と合理主義」または「信仰と理性」の緊張関係である。科学的思考がキリスト教の神秘のベールをはがしてしまうことへの恐れである。この対立関係からキリスト教と俗世界とのかかわりについて、道徳、芸術、文学、哲学、など人間文化のさまざまの領域について言及がなされる。これも連続殺人事件の重要な背景になっている。
「キリストは笑ったことがあるのか?」
禅問答は落語のネタになるものだが、これはシリアスな問題なのか?エーコが企んだこんにゃく問答なのか?
どこか大笑いすべきところがあるのだろうがそこはわからない。ウィリアムと不気味な盲目の老修道僧・ホルヘとの厳粛かつスリリングな論戦は印象的である。

最後のそして読む人によっては最大のテーマと思われるところで、男と女の関係にある「戒律」と「破戒」の対立構図がある。この作品は「愛」を描いたものだとの見方があるがどうだろうか。若き見習修道士・アドソは物乞いのために聖職者たちに身を売る村の娘と一夜を共にする。それは快楽を伴う初めての経験であった。彼は悪魔の誘惑にのったと罪の意識におののくが、一方でこの法悦感覚こそが神の恩寵であると解釈したりして、煩悶する情景が詳細に記述される。実はアドソは真剣に悩んでいるのだろうが、そんなことが「罪」だとは考えない私にはその苦悩が過剰なまでに理屈っぽくて、大変滑稽に思われた。
しかつめらしいストイックな告白なのだがじつは
「老いさらばえてもう役には立たなくなっちゃったけど、あれはよかったなぁ、もう一度やってみたかった」
と述懐しているのではないだろうか。
ここは宗教的な「戒律」と「破戒」の特別な問題というより真・善・美や愛の本質に「理性」と「本能」がどうかかわるのかと普遍的な問いかけをしているのだ。

『薔薇の名前』とはなにか。

「過ギニシ薔薇ハタダ名前ノミ 虚シキソノ名ガ今ニ残レリ」

このフレーズはやはりわからない。この物語の棹尾を飾るスペクタクルシーンに衝撃を受けた直後にはこんな東洋的なイメージが浮かんだ。

「夏草や 兵どもが 夢の跡」

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紙の本

薔薇の名前下

2001/12/28 18:03

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:7777777 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 下巻では、上巻に続き残りの四日間の驚くべき出来事が綴られている。
 全ては黙示録の予言通り起き、次々に修道僧が死んでゆく。しかし、ついにウィリアムは全ての謎を解きあかし「アフリカの果て」へといたる。そして、そこで全ての事実が明らかになり、世界は消滅し、ハルマゲドンが訪れる。年老いたアドソは回顧し、全ての真実を記す。なぜ、そのようなことをするかといえば、それは薔薇の名前だからだ。
 さすが世界的な記号学者のウンベルトエーコの小説だけあって、すべてが結びついている。

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2006/02/09 16:35

投稿元:ブクログ

1月17日購入。2月8日読了。えーかなり面白かったです。謎解き云々よりも修道院描写やはっきりいってわからない専門用語というか宗教用語が醸し出すふいんきで充分楽しめました。

2004/10/11 10:14

投稿元:ブクログ

すきな小説ってなんだろうと思うと、これが浮かびます。
下巻をチョイスしたのは下巻がとにかくおもしろくなるから。上巻は我慢です。

2004/10/15 16:08

投稿元:ブクログ

中世イタリアの僧院が舞台の黙示禄をなぞらえた殺人事件と本と図書館とカトリック坊主の推理小説。
高校の図書館で読んだ後、購入に踏み切る。この本に出会うまで、好きな分野は中国古典で、「隋唐演義」田中芳樹訳がマイベストだった。
本・図書館・坊主・西洋思想にとり憑かれ今に至る。(オペレッタ「ヴェネツィアの一夜」に心酔していた事もあり、読書傾向が変わったのには様々な要因があると思われるがこの本が決定打。ヨーロッパ趣味に転向)
ヨーロッパの宗教事情なぞさっぱり知らない中国史好きの高校生でも楽しんで読めたのだから倦厭するのは勿体無い。

2011/08/18 15:39

投稿元:ブクログ

[16][110817]<k町 ソリッドなマインドマップの描写だけでもお好きな向きには堪らない。それもつまりは観念の具現化と共有のひとつの形態だ。そういえば司馬遼太郎記念館の蔵書展示見に行きたいなー。

2006/03/03 09:01

投稿元:ブクログ

 読み始めたのは17のとき。読み終わったのは24のとき。高校時代に下巻が図書館で貸し出し中だったのが、このタイムラグの理由です。たしか。
 エーコは本職が記号学者で世界的な業績もあげているはずだが、彼の記号論著作の邦訳と『薔薇の名前』邦訳をもっている人間の割合って、1:628くらいじゃないかと思う。わたしも他の著作はもってません。628に属します。
 で、娯楽作品としてうまくできていたと思う。異端論争とか『詩学』とか、小難しいネタを盛り込んではいるけれどあくまで舞台小道具として映える程度の使い方、主になる筋はわかりやすい。こういう蘊蓄スパイスの塩梅については、学者なのにセンスあるなと思います。探偵役の修道士さんも、頭がよくってその上むやみに話の分かるおっちゃんという感じで良かったし、語り手の修行僧も初々しく真面目だったり超情けなかったりしてうまくキャラが立っていたと思う。総じて言えばおもしろかった・・・
 ハズ。なのに印象が薄い。なんで・・・?あまりに娯楽作品としてまとまりすぎてしまったか。あ、でも読了後友人と「笑い」について議論した覚えがあります。抑圧的な言説を「ズラす」手段として「笑い」を提示するっていうのは、もう言われ尽くされた議論であるかどうか?そこにあらたな可能性はあるのか否か?・・・でもやっぱりよく内容を覚えていないなあ。

2007/05/09 08:11

投稿元:ブクログ

下巻も紹介しておきます。装幀も好きだなあ…(うっとり) 読み通すのは結構骨ですが、膨大な知識や教養に裏打ちされたエーコの遊びは、それらを持たない読者を「酔わせる」魔力に満ちています!

2006/06/26 10:52

投稿元:ブクログ

迷宮と暗号。一見ややこしそうだけれど、少々読み飛ばしても大丈夫。メモ取りながら読み返せばいいのです。そんなことどうでもいいくらい引き込まれます。一気読みできちゃいます。気分は中世の僧院の修道僧です。萌えです(笑)。

2010/02/17 01:38

投稿元:ブクログ

うー読み応え満点。たぶんもう一度読まないとよくわかってない気がする。
目の前に景色が広がり、中世のこの世界に没頭できる本。
もう一度読んだら、また違った発見がありそう。また読もう。

2006/10/07 21:48

投稿元:ブクログ

閉鎖的な修道院で起こる連続殺人事件。キリスト教の宗派対立と事件の調査が複雑に絡み合ったストーリーです。

2009/09/06 20:37

投稿元:ブクログ

続き。さて、文書館にはマモノなんかはいなくて結局すべて人工的な「仕掛け」が怪事件を呼んだ、ということが判明するのだが、個人的にはやっぱりあの文書館にはなんかいるよ!と思いたくなる。エーコが必死に問いかけてくる「拙速」の教訓、よくわかります。人間っていつまでも啓けないままなのね

2010/07/23 01:06

投稿元:ブクログ

7月22日読了。「このミステリーがすごい!」海外編1991年度版の第1位、総合でも第1位の作品。の下巻。修道院での連続殺人が止まらない中、修道士ウィリアムとアドソの調査は、何かを隠している僧院長や独自の意図を持って修道士の尋問に当たる異端審問官との神学的問答を交わしつつ、文書庫の奥に隠された書の秘密に迫っていく・・・。当時の宗教勢力やダンテの『新曲』などの背景、神学や記号論への知識がないとこの重厚な物語を理解することは難しい(私にはほとんど分からなかった)が、火焙りや拷問などの異端摘発の秘密めいた手口に書物に記された知識と謎、不気味な毒、クライマックスで炎上する僧院など実に雰囲気があり読み応えがあった。同名の映画も傑作らしいが、これはこれで実に「小説らしい小説」と言えるのかもしれない。

2007/12/08 21:23

投稿元:ブクログ

なんかもう、いろいろと燃え尽きた。ぐいぐいと話が進みます。もう、一気に読みきっちゃったほうがいいと思います。

宗教物を読むときに思うのは、実際になんらかの宗教に入信している人はどんなこと思いながら小説読んでるのかな、ってことです。海外じゃ宗教聞くのはマナー違反ですしね。
私がもしキリスト教だったら、もっと厳かな気持ちを読後に抱いてたのかもしれません。

2009/10/05 09:05

投稿元:ブクログ

個人的オールタイムベスト。4〜5回は読み直した。ヴィトゲンシュタインとかソシュールとか、出典を調べながら読むことの面白さにきづくきっかけにもなった本。