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向う岸からの世界史 一つの四八年革命史論 (ちくま学芸文庫)
向う岸からの世界史 ――一つの四八年革命史論
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紙の本
「社会史」研究における記念碑的名著。日本発の「社会史」はフランスの「アナール派」歴史学とイコールではない!
2010/11/16 16:31
7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:サトケン - この投稿者のレビュー一覧を見る
良知力と書いて、らち・ちから と読む。いまから25年前の1985年に世を去った思想史・社会史研究者である。このたび、ちくま学芸文庫から「復刊」されたのを機会に、著者の代表作であり、渾身の一冊を再び書架から取り出して読んでみた。
本書は、失敗に終わって挫折した「1848年革命」の真相を描いた作品である。フランスから始まった2月革命は、3月には分裂状態のドイツ諸国家を経て、ハプスブルク帝国の首都ウィーンにも飛び火し、メッテルニヒによる「1818年ウィーン体制」崩壊をもたらした。
ウィーンというと現在では「音楽の都」であり、かつてのハプスブルク帝国の首都というイメージが浮かぶことであろう。しかし、ウィーンも国際都市である以上、そこに住んでいるのは上流階級を頂点に、下層階級まで含めた多層で多様な人たちの集まりである。
しかも、かつて東西冷戦時代には国際諜報戦の主戦場であったことからもわかるように、ウィーンはゲルマン民族とスラヴ民族の接点という、地政学的な特徴をもった都市なのである。ゲルマン民族を頂点にいただきながら、ゲルマン民族とスラヴ民族が中層から下層をなす重層構造をもった都市である。これは現在のオーストリアでも変わらない。
実際に「1848年革命」の担い手は、ハプスブルク帝国内に居住するスラヴ系を中心とした少数民族や難民という、いわば都市下層民であったのだ。
歴史をつくるのは一般民衆、しかも中流層ではなく下層である。これが著者の信念であった。この問題意識が思想史研究から社会史研究へと、学問内容の進化が進んだ理由であろう。
マルクス研究の思想史家として出発した良知力は、自らの内側から発する問題意識に忠実たらんとし、思想史から社会史へと力点を移動していく。本書は、その転換期にあった著者による渾身の一冊である。
本書以後の著者晩年の著作は、叙述もやさしくなって読みやすい文体に変化しているが、本書はやや生硬な、論文調の文体であり、けっして読みやすいとはいえない。しかし、この一冊に、これ以降の仕事のすべてがエッセンスとして凝縮されているのであり、読者はこの機会にぜひ、じっくりと真っ正面から取り組んでほしいと思う。
この文庫版の価値はまた、歴史家・阿部謹也による解説にもある。
『社会史研究』(阿部謹也・川田順造・二宮宏之・良知力=編、日本エディタースクール刊、1982~1986)を立ち上げた同志で盟友であった歴史学者・阿部謹也による解説文は、良知力の志向していた方向を語って余すことがない追悼文となっている。「自分のなかに歴史を読む」ことを実践した阿部謹也と同様、良知力もまた、自分の内側から発する問題意識に基づいて「社会史」への道へと大きく舵を切ったのである。
「良知さんが行かれて8年」と文庫版解説(1993年)に書いた阿部謹也自身、すでに世を去って4年、「社会史」を志向した歴史家たちのこころざしは引き継がれているのだろうか。「社会史」=「アナール派歴史学」ではないこと、これはあらためて強調しておくべきことだ。対象を西欧社会としながらも、舶来の翻訳学問の器用な応用ではない、あくまでも自分自身を掘り下げることから発した問題意識と、これを徹底的に究明しようとした学問のあり方、そしてできあがった成果。それが本書である。
さまざま読み方が可能な、もはや古典といってもいい記念碑的名著である。