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紙の本
分身の小説・世界
2005/10/17 04:46
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:la_reprise - この投稿者のレビュー一覧を見る
アメリカでは1985年に刊行された『シティ・オヴ・グラス』は日本でも人気の高いポール・オースターの実質的処女小説であり、『幽霊たち』『鍵のかかった部屋』と続く「ニューヨーク三部作」の第一作目である。訳者あとがきにもあるように、刊行当初アメリカでも日本でも一風変わったミステリとして受け止められていた。だが、ミステリ固有の意匠は色々と登場するものの、実際に読んでみるとミステリとは全く異なるジャンルに属する小説であることが分かる。
ダニエル・クインという、元詩人で今は推理小説を書いている主人公の元に間違い電話が何回も掛かってくる。その電話はポール・オースターという名の探偵宛のもので、クインは最初間違い電話として処理をするのだが3回目に掛かってきた時にはポール・オースターを装って彼は依頼された仕事を引き受けてしまう。そしてクインは探偵ポール・オースターとしてその仕事を始め、次第に仕事にのめり込み狂気へと近づいていくことになる。
『シティ・オヴ・グラス』には様々な分身たちが登場しこの作品の特異性を形作っている。推理小説を書く時クインはウィリアム・ウィルソンという筆名(もちろん筆名も分身のひとつだ)を使っている。言うまでもなくこの名前はポーの短編小説に由来している。「ウィリアム・ウィルソン」という作品は、ウィリアム・ウィルソンが全く同じ名前と生年月日をもつ人物に影のように付きまとわれるという分身を主題とした短編であった。すでに作品冒頭において著者オースターは分身の主題を提出しているのである。そして、クインに仕事を依頼したのはピーター・スティルマンという名のちょっと変わった人物なのだが、彼の父の名前もまた全く同じである。(その仕事の内容とは実は父ピーターが息子の自分を殺害しようとしているので守って欲しいというものだ。)他にも色々な分身たちが登場する。ここで登場人物たちはもはやそれぞれの固有性を奪われて名前という記号へと還元されているのである。しかし登場人物の分身化がミステリ的な謎を巻き起こすことはなく、こうした分身たちはミステリというジャンルにとって過剰なものとなっている。
さらに、この作品はミステリの体裁で始まり実際いくつかの謎が提示されるが、ミステリに付きものであるそれらの謎はほとんど解決されることはない。むしろ謎は徐々に増え続けていく。謎は探偵によって解かれることなくそのまま放置され、予想された事件も起こることはない。しかし、それはただ何も起こらずに進んでいくということではなく、様々な細かい出来事はずっと発生しているのである。例えば、父ピーターの散歩コースが描く文字や、クインと父ピーターの会話、作家オースター宅へのクインの訪問とやり取り、さらに執拗なまでのクインの監視。そのような小さな出来事が作品を彩り、解かれることのない謎を呼び起こすのである。それらの出来事を通じてクインは狂気の世界(現実世界の分身である)へと徐々に近づいていくことになる。
この作品を訳者が主張するように「形而上学的なミステリー」として捉えそこに現代アメリカの象徴を見出すだけではつまらないだろう。この作品固有の運動に目を閉ざすことにもなりかねない。むしろ、この『シティ・オヴ・グラス』という作品では、登場人物が様々な分身によってずらされていき小説世界が現実から狂気へと移行していく過程をじっくりと見ていくことのほうが重要であり作品を楽しむことにつながるだろう。作品内に現実世界の象徴を探し出すのではなくむしろ現実世界からの離反をこそ見るべきなのである。まさにその点にこの作品の美しさが存するのではないだろうか?
紙の本
エンターテイメントのように楽しめる
2002/06/02 22:17
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ひろぐう - この投稿者のレビュー一覧を見る
作家のもとにかかってきた探偵依頼の間違い電話が発端となり、彼は探偵になりすましてその依頼をひきうける。依頼主は子供の頃、精神に異常をきたした父親によって9年間も部屋に幽閉されていた。その父親が釈放され、依頼主に危害を加えるかもしれないので見張ってほしいというのが依頼の内容だった。作家は父親を尾行し見張りを続け、その記録を詳細にノートする。しかし、いくらたっても事件らしい事件はまったく起こらない。やがて追跡を続ける彼自身が悪夢のような迷宮の中に捕らえられ…。というお話で、一見ミステリのような体裁を取っていますが、人間存在の不条理・個の喪失といったテーマを扱った主流小説で、作者の処女長編にして「ニューヨーク三部作」の第一作をなすものです。一読して最初に連想したのが安部公房の作品でした。会話の中で迷路のような哲学的・形而上学的思弁が展開したり、お話自体も一筋縄ではいかないかなり難解なものなのですが、一気に滞ることなく読めて、エンターテイメントを楽しむように面白く読み終えることができました。ただ、幼い時に幽閉されたという、いわゆる「カスパー・ハウザー」な依頼主が最初にしか登場せず、その話が発展しなかったのは少々残念でした。
紙の本
魅惑的な“ミステリー”小説
2000/08/24 19:19
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:さつき - この投稿者のレビュー一覧を見る
この作品は、最初ミステリーとして紹介されたらしい。
しかし、何か事件がおこってそれを探偵役が解決する、推理小説と考えて読み始めたひとは、きっと終わりまで読んでめんくらったことだろう。物語の中では、過去の事件が語られ、未来の事件の予感が語られる。それを防ぐための、尾行が、張り込みが行われる。けれども、これは通常のミステリー小説ではない、小説そのものがミステリーなのだ。
このなかには、3人の作家が登場する(あるいは4人?)。誰も正体を知らない覆面作家ウイルソンの名で推理小説を書いているクイン。クインのところにかかってきた間違い電話の相手が連絡を取ろうとしている、ポール・オースター。そして、名前が明らかでないオースターの友人。読み終わったとき、読者はいったいこの物語の真実のレベルはどこにあるのか、果たして誰がこの物語の創り手で、誰が記述者なのか、あれこれ自問せずにはいられないだろう。
解決可能な謎でなければすっきりしない人には、薦められないかもしれない。
しかし、周到に用意された謎そのものの幻惑感にひたれる人は、ぜひ読んでみて欲しい。