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田辺聖子の今昔物語 (角川文庫)
田辺聖子の今昔物語
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紙の本
一級の、やさしい昔語り
2002/04/13 19:39
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:じゃりン子@チエ - この投稿者のレビュー一覧を見る
古典の現代語訳というのは、いったいどういう行為に一番近いですかね。私が思うにこれは「子供に絵本を読み聞かせる」行為に近いと思うのですよ。洋書の翻訳は、作り手の作文能力が問われすぎる。戯曲の演出では、演出家の発想で作品が変質するし。そうとなれば、昔語りを現代に伝える「語り部」に近い性格を持つ現代語訳者はなんだか本を読んでくれるお母さんに近いかな。などと極端な発想を私にさせてくれたのが、この方。田辺聖子さんです。源氏物語、百人一首、枕草子など。さまざまな古典作品を小説化していますが、現代語訳の仕事ではこの本が最も作者の個性を生かしているのではないでしょうか。
今昔物語は、もともととりとめない小話の寄せ集めのような性格を持っています。それに合わせて作者も、物語や事件を登場人物に語らせる形で話を作っています。話し言葉を使ってくれたことで物語が身近に感じられ、古典の登場人物が私たちに迫ってきます。例えば猿を助けたおかみさんの話。「なんだかかわいそうになっちゃてねえ。助けてあげたわけですよ」。こういった調子で語られることで物語の幅が広がることはもちろん、作者の文章の軽やかさや、人間に対する愛情といったものも感じ取れるようになるわけです。
しかし、今昔物語という単純な古典に挑戦するにあたって、気軽な気持ちで望んだなんて事は全くないのでしょう。このほんの中で一番淡々とした口調で語られる、夫に捨てられた妻が、出家したかつての夫と出会うが…。と言う話は、作者の古典に対する挑戦の意気が感じられる名作です。最小限の表現で、人生のはかなさや悲しさを伝えること。しかも、原作の世界を壊さずに。P数で言えばたかだか数枚の話ですが、自然とこぼれる涙に随分不思議な気分になったものです。
田辺聖子さんの持つ言葉は、多くの人に伝えるための軽妙な言葉です。そして、伝えようと書いていることは、人間に対する愛情です。そんな彼女が書いた「今昔物語」が面白くないはずないですね。プレゼントにもお勧めしたい「現代語訳の古典」です。