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歴史哲学講義 下(岩波文庫)
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.2 11件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:1994.8
  • 出版社: 岩波書店
  • レーベル: 岩波文庫
  • サイズ:15cm/381p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-00-336300-0
文庫

紙の本

歴史哲学講義 下 (岩波文庫)

著者 ヘーゲル (著),長谷川 宏 (訳)

歴史哲学講義 下 (岩波文庫)

1,091(税込)

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みんなのレビュー11件

みんなの評価4.2

評価内訳

紙の本

仮説としての歴史

2001/07/14 00:00

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:nous - この投稿者のレビュー一覧を見る

 この本はヘーゲルが自分の理論を歴史という現実の中でどのような形をとって実際にあらわれてくるかを語ったものです。上では、「序論」で歴史理論を論じ、そのあと最初の歴史形態、東洋の世界を語りましたが、下ではギリシャ、ローマ、ゲルマン世界とヨーロッパ史を扱います。
 ヘーゲルのおもしろさは歴史を語りながら、それぞれの出来事について理論の裏付けをひとつひとつおこなっていくところにあります。単なる事実の羅列ではありません。その事実にはどういう意味があるか、歴史全体の流れのなかでどういう役割をになっているか、適切に跡付けていきます。ですから論理学などで抽象的に論じられている概念が各事件に即して具体的に論じられます。歴史的事実がヘーゲル理論の証明のような形で進んでいきます。
 ヘーゲルは過去も語りますが、最近の出来事も語ります。ヘーゲルは最後のところで、実際に身近に起こっている事件をとらえて論じています。ヘーゲルの歴史はプロイセン国家の擁護に終わるといわれていますが、本当にそうでしょうか。ちょっとそのあたりを見てみましょう。
 フランスは七月革命によって40年にわたる戦争と大混乱はおわりをつげ、社会は一応の安定をえたとはいえ、「一方にはまだカトリックの側からする分裂の要因があり、他方には主観的意思のもたらす分裂の要因がある。」主観的意思にもとづく自由主義思想は、「原子としての個の意思という原理」をうちたて、社会のすべては、個人の参与する公然たる権力と公然たる同意によって動かされねばならない。このような形式的かつ抽象的な自由は確固たる組織を成立させることができない。「特定の政治機構はは特定の意思であり、つまりは、特定人のわがままだという」。こうしてこれまでの反対党が政権につくという形で不安定な動きがつづき、「この相克、この交錯、この問題は、いまわたしたちの歴史に突きつけられれているもので、未来の歴史が解決しなければならない問題です」とおわりに近い箇所で語っています。歴史理論はドイツにおいてその最終局面をむかえることになっていますが、そうでないことがわかります。普通の意識をもつ人ならば、ある特定の時代で歴史がおわると考える人はまずいないでしょう。「自由の意識としてあらわれるほかない自由の理念の発展過程」と「過程」として歴史をとらえています。
 そもそも理念とはなんでしょうか。理念はプラトンやカントおいて当為であったようにヘーゲルもそれを引き継いでいます。現実も同じ意味です。観念(理想・本質)と実在(事実・現象)との統一が理念であり、現実であり、理性(ヌース)です。簡単にいえば、当為、「かくあるべし」です。だから理念も現実も未来を含んでいます。このことは「論理学」で「理念」の前に「目的論」が位置していることからもわかります。目的とは未来のことです。ヘーゲルの自由の理念は終わることなくつづきます。もう少し正確にいえば、理念はおわりを含んだはじまりです。フクヤマの『歴史の終わり』は理念を現在の事実ととらえた理論です。
 事実が理論によってどのように基礎付けられるのか。歴史という偶然に見えるものがどんな原理で動いているのか。たとえ実際の歴史がヘーゲルが構想したようには生じなかったとしても、一つの仮説が構成されているのが見られて、感動をおぼえずにはいられません。歴史のうちに自己の理論を読み込んで、壮大な歴史を語った人物はそれほど多くはいません。(トインビーなどがその一人です)その意味で一度は読む価値のあるものとおもわれます。しかも自分の目で読むところに価値があるようにおもわれます。

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紙の本

古典は原著を読もう。ヘーゲルの偏見に触れるのも一興かと。

2003/01/30 11:13

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:pipi姫 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 本書は訳が平明でとてもわかりやすい。ヘーゲルといったって、『大論理学』なんざお手上げだけど、こちらは中学・高校の世界史教科書並みの読みやすさ。

 これを読むと、マルクスはヘーゲルの弟子なのだとよくわかる。歴史は常に生成発展し、いっときも同じところにとどまってはいない。そして世界史とは、東洋を見下して発展し、アフリカや南北アメリカ大陸を歴史の場としては無視して発展してきたものだという史観が彼らに共通していることも確認できる。さらに、歴史はある崇高な目的に向かって発展しているというユートピア的発想も共通している。

マルクスは、人類が階級闘争の歴史を経て真の歴史(=共産主義社会)を手に入れると説いた。ヘーゲルは、理性が支配する「いま、ここ、わたし」に向かって歴史が発展してきたと説き、その究極の姿が理性によって導かれる国家(ゲルマン国家)だという。

 ポストモダニズムの時代を生きるわたしたちには、ヘーゲルがなんの迷いもなく断言し、なんの衒(てら)いもなく掲げる「理性」だの「自由」だの「道徳」だのといった言葉に薄ら寒さを覚える。
 自由ってなに? ヘーゲルの自由とサルトルの自由はどこが違うのか? 古代ローマの自由と21世紀の自由はどこが違うのか? そういった疑問をずっと胸に抱きつつ本書を読みすすめ、とうとう最後までその疑問・違和感は消えない。隔靴掻痒の感あり、とはまさにこのこと。
 人間にとって普遍の理想や普遍の真理など存在しない。そのことを強く実感したことが本書を読んで得たことだ。まさにヘーゲルがそういったものが存在するかのごとく歴史を語る、その語り口を読めば読むほど逆にそう感じる。

 ヘーゲルの度し難い東洋蔑視観がよく現れているのが、インドと中国の歴史を描いた部分である。実はここが一番おもしろかった。例えばインド人についてはこうだ。

 インド人は「歴史を書くことができない」。「ある王の支配が7万年以上もつづいた」「宇宙進化の祖ブラフマンは、200億年を生きた」、ある王の「隠遁生活は1万年」、などという、非論理的な数字を持ち出す、とな。

 で、『歴史哲学講義』にしばしば登場する有名なテーゼを紹介しておこう。

 東洋人は一人が自由だと知るだけであり、
 ギリシャとローマの世界は特定の人びとが自由だと知り、
 ゲルマン人はすべての人間が自由だと知っている

 こういう「名言」を覚えておくと、おしゃれな会話に援用できて、goodかもしれない(笑)。

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紙の本

ちょっと、残念

2003/12/18 19:29

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:濱本 昇 - この投稿者のレビュー一覧を見る

下巻は、ヨーロッパに話が移る。ギリシャ、ローマに始り、ゲルマン世界、中世、近世へと話しが展開する。ヨーロッパの文明は、人類普遍文明の一面を持ってはいるが、全てが人類普遍と言う訳では無いのは当然の事である。歴史をただ綴ったという面が見られ、ややがっかりしたというのが素直な感想である。
 ギリシャ文明において、「自由」は、ある面確立する。「精神がもともと自由であり、自由こそ精神の本性ないし概念である」という理解に達していることからも、それを理解出来る。ギリシャの文明は、都市国家に限られたこと、ペルシャ戦争の重要性等も述べられている。また、アテネとスパルタの対比の記述も面白かった。スパルタ人の精神は徹底して国家にむけられていたため、芸術や学問といった独自の精神文化はめばえなかった。アテネは、個人に向けられていたため、その逆だったのである。衰退の仕方も対照的である。アテネはあけっぴろげの軽率さとなって現れ、スパルタでは私生活の堕落というかたちをとっている。
 次にローマである。ローマ人は、ギリシャ人と対照的だった。競技を見れば良く分かる。ローマ人は基本的に観客でしかなかった。解放奴隷、剣士、死刑囚達を競技場で楽しむという姿勢しか見せなかったのである。
 中世、ゲルマン世界となって、興味深い考えが芽生える。スコラ学者アンセルムスの考えである。すなわち「信仰を手に入れたあとに、信仰の内容を思考によってたしかめようとしないのは怠惰である」私も全く、そう思う。本当の信仰とは、そういうものだと考える。
 中世、宗教改革においても興味深い考えが確立する。すなわち、「信仰とは、一般に、目の前にない過去の出来事を信じることでなく、永遠にして絶対的な神の真理を主体的に確信することである。」そうなのである。キリストの復活を信じる事が信仰では無いのである。「真理を追究する姿勢」これこそが本当の信仰なのである。
 近代になって、また面白い思想が出てくる。「思考をしていないときの人間は、他なるものと関係していることになって、自由ではない。が、もっとも内面的な自己確信を持って他なるものをとらえ、概念化するとき、そこにはもう神と人間の和解が生じている」。すなわち、「思考することは、神に近づくこと」なのである。
 本書の〆が面白かった。「理性的な洞察力だけが、聖霊と世界史の現実とを和解させうるし、日々の歴史的事実が神なしにはおこりえないということ、のみならず、歴史的事実がその本質からして神みずからの作品であることを認識するのです」。歴史を眺めて見た時に発せられた言葉として重い意味を持つと思う。
 本書は、求めていたものと少し違った内容であったが、興味を持って読む事は出来た。

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2011/12/27 02:41

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2013/01/04 22:12

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2011/02/23 12:55

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2012/06/30 17:52

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2017/09/10 13:24

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