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深い河(講談社文庫)

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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:1996.6
  • 出版社: 講談社
  • レーベル: 講談社文庫
  • サイズ:15cm/373p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-06-263257-8

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文庫

紙の本

深い河 (講談社文庫)

著者 遠藤 周作 (著)

深い河 (講談社文庫)

659(税込)

深い河

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深い河

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著者/著名人のレビュー

今日は、遠藤周作先生...

ジュンク堂

今日は、遠藤周作先生の命日です(1996年9月29日没)。

幼い頃にカトリックの洗礼を受け、深く神を見つめてきた思索のなかから
生み出される文学と、ユーモラスで少し斜め目線からの「狐狸庵先生」のエッセイ。
心のなかに、いつまでもその言葉を温めている人は多いのではないでしょうか。

インド・ガンジス河に結ばれる物語、『深い河』。
登場人物のこの言葉で、今日、遠藤先生のことを偲びます。

―信じられるのは、それぞれの人が、それぞれの辛さを背負って、深い河で
祈っているこの光景です。その人たちを包んで、河が流れていることです―

【折々のHON 2010年9月29日の1冊】

みんなのレビュー368件

みんなの評価4.2

評価内訳

紙の本

受け継がれていく思い

2007/05/14 10:22

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:イム十一 - この投稿者のレビュー一覧を見る

家庭の影響から宗教への道へと進み、「神」とは何か、を愚鈍ながらも実直に探し求めている大津と、大学時代の出会いから、大津の生き方を否定し蔑みながらもどこか心の奥で引きつけられる何かを感じている美津子。
妻の最期の言葉から輪廻転生を信じて妻の生まれ変わりを探す磯辺。
人生の中で出会った動物達、その存在に幾度となく励まされ勇気付けられ生きてきた動物童話作家、沼田。
身を賭して自らの命を救ってくれた戦友、その戦友が死ぬまで拭うことができなかった思いを胸に抱いている木口。
様々な思いを抱く人達が、インド・ガンジス河へ向かうツアーの中で、一人一人が抱いている思いへの答えを見出していく小説です。
登場人物一人一人の思いが、まるでガンジス河の支流のようにガンジス河へと向かって注ぎ込んでいく、そしてガンジス河がそれらの思いを全てひとつにして静かに流していく…、読了後そんな印象を受けました。
ラストシーンで、ツアー客の一人の心無い行動(しかしそれもガンジス河の支流のひとつではあるのでしょうが…)によって大津が抱いている「神」への思いがそこで途切れそうになります。しかし、他の登場人物達がそれぞれに思いを受け継いでガンジス河まで来たように、大津がずっと探し求め抱いてきた「神」への思いは、きっと途切れることなく美津子へと受け継がれていくのではないか、私はそうあってほしいと想像しつつ読了しました。

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紙の本

著者を排除する何かは大津を排除する何かに似ていないだろうか

2006/04/04 09:45

7人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ニッキ - この投稿者のレビュー一覧を見る

文章が平易で読みやすい。なのに一文一文が素人が必死に悩み抜いて書き上げた作文のように濃い。嫌味なくらい小気味良い構成力も圧巻。
インドと言われて思いつくのは…悲惨なことばかり。
仏教徒の割合は非常に少なく多くは被差別身分とこれを読んで知りました。
作中にはいろんな世界の人間が出て来る。善良で平凡な女も純粋な童話作家も誰にも理解されず嘲られる男もそれを軽蔑する女も。
どんな小説にだっていろんな人間が登場するがこの人のすごい所はどの人種とも距離を置いていること。
弱いものいじめ嫌いな作家はワルを「嫌な奴です」と言わんばかりに描くし劣った人間が嫌いな作家は卑屈な人間を「イラつくでしょ?」と誘導するが…この作品ではすべての登場人物はただ克明に描かれているだけだった。
だからどんな奴が出て来てもそいつが嫌だと思うだけで「作者自身が嫌だ」と感じることはない。
私は大津いびる美津子が嫌いだが逆に「美津子にいびられてる大津の心情を書け」と言われればいともたやすく書いてしまうのでしょうね。それなのにあえて黙して語らず。作者自身という狭い箱の中に作品が収まらない。
「五章 木口の場合」…実際にそこでの地獄を経験した木口の回想を読んで私ごときが口を出していい問題じゃないのだと思い知った。
「彼はその苦しみをまったく無視してすべてを裁く日本の民主主義や平和運動を心の底から憎んだ」という文章が痛かった。
その後の塚田の様相は…医学用語なんか使ってしまったら彼らの苦しみは現実感なくなる。
もともと病を理解しようという思いからPTSDとか病名が知れ渡ったというのに経験や共感力の貧困のために逆に患者の生の苦しみをどこかに追いやる危険があるのかも知れない。
しかし人肉を食べたという罪業感から人生をボロボロにしてしまう塚田の気持ちは人間として当たり前だが共感はできん。
なぜなら私は「単に怖いから食べられないだけ。自分で殺したわけじゃなし誰か困る?」と思ってるから。
塚田と私どちらが悪人?
それなのになぜ宗教は悪人でなく自分を悪人だと思っている人にだけ目を向けるのか?裁くにしろ救うにしろ。
ガストンは「あなたの罪は赦されます」でなく「罪ではありません」と慰めた。この筆者の聡明さ。本当はこのような精神を持つことがこの宗教の真髄なのでは?
何故か三條夫婦を描く時にのみ作者の主観が顔を出した。人前でいちゃつく恥を忘れた若い世代(私も若いので何が悪いのかさっぱり分からん)。「こんな汚い所来るんじゃなかった」等々無神経な言動・振る舞いをする彼らだけはただ「不愉快」で終了。
クソ女美津子でもちゃんと描いているのに。
奴は悪人だけど中身あるからな。善人だろうが悪人だろうが薄っぺらな奴は描く価値もねえ。そういうことだろうか。
世間では「遠藤周作はクリスチャンが読むと喜ぶもの」と思っているようだが私の周囲のクリスチャンは嫌悪してる。三浦綾子は勧めるけどね。
遠藤周作はノーベル文学賞候補に上がったけれど審査員に熱心なキリスト教徒がいて落とした、という噂を聞いたことがある。
真偽はともかく作中で大津を排除した修道会のことがふと頭に浮かびました。
自サイトより加筆修正

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紙の本

これまでのテーマが流れ込んでいる「深い河」

2006/03/17 16:32

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:銀の皿 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 インドへの旅行者ツアーに参加した人たちのそれぞれの背景を通して「死とは」「人生とは」を問いかける。著者70歳を過ぎての作品であり、それまで描いてきた「愛」「神」といったテーマを集約してきたように思われる小説である。
 太平洋戦争の経験を背負った世代、大学紛争直後の大学に通った世代など、登場する人物は多彩であるが、これまでの著者の作品と同じく、みなそれぞれの思いを重く抱えている。「悲しみの歌」にも登場するお人よしの外人ガストンも病院のボランティアとして登場し、「道化師のように」して病人を慰めている。
 やはり大きなテーマは「神」だろう。ツアーの訪問地の一つでも、苦しみを背負いながらも乳を与え続けるインドの女神が紹介される。しかし彼女は「聖母マリアのように清純でも優雅でもない」。さらに、司祭になろうとしてフランスに留学するが「異端」といわれ、ついにはインドにまで来てしまう男が登場する。彼は「神は色々な顔を持っておられる。ヨーロッパの教会やチャペルだけでなく、ユダヤ教徒にも仏教の信徒のなかにもヒンズー教の信者にも神はおられると思います」と言ったことで「異端」といわれてしまったのである。マハトマ・ガンジーの語録集の言葉も引用し、著者はこの作品で著者自身の至った「神」の考えをここに記したのだろう。この考え方が「正統」カトリックとしてはどう評価されるのかは別の問題として、日本人のキリスト教徒としての問題、例えば「沈黙」で出された「日本に本当のキリスト教は根づかないのか」という問いも、ここではこのような形で描かれているのである。
 遠藤周作さんは小説家としてのはじめから「神」や「愛」、「罪の意識」といったテーマをくり返しくり返し問いかけてきた作家である。幾つかの作品を経て、これらのテーマがこの一冊に流れ込んでいる。タイトルになったガンジス河の沈黙する深い流れのように。

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紙の本

「神」

2004/11/29 04:44

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:すなねずみ - この投稿者のレビュー一覧を見る

 三波春夫は「お客様は神様」と言ったけれど、役者が舞台の上でもうひとりの役者に台詞を投げかけるとき、その台詞がリアリティをもって「言葉」として立ち上がってくるのは、劇場という孤独な空間のなかで、役者にとって確かに「お客様は神様」だからなのだと思う。
 シェイクスピアが地球(グローヴ)座で「世界は舞台」と言ったとき、川上弘美が『神様』という小説にひとりの熊の喜びと悲しみを描いたとき、ナチの強制収容所でひとりの人間が「世界はどうして、こう……美しいんだろう」と言ったとき、その言葉をV・E・フランクルが『夜と霧』に書き留め、ふたたび遠藤周作が『死海のほとり』にその言葉を書き留めたとき、彼らの視界から、ほんの一瞬のことかもしれないけれど、分厚い雲の間から一筋の光が射すように、言葉の意味や理窟を超えて、生きることの穢れが完全に消えうせたのではないか。

>

 遠藤周作(1923〜1996)最後の長編『深い河』に何度も引用される聖書の一節。それまで全く別の人生を生きてきた五人の男女の生が、ガンジス河のほとりで交わる。おそらく自らの死を覚悟した遠藤周作が、武田泰淳(←たとえば木口という登場人物に託して)、モーリヤック(←たとえば美津子という登場人物に託して)、プルースト(←たとえば「失いしものを求めて」という章タイトルに託して)、三島由紀夫(←たとえば「女神」という章タイトルに託して)……そんな作家たちに、そして妻に、子に、すべての友人たちに、最後の力を振り絞って残した曼荼羅のような小説。

>

 遠藤龍之介さんが『遠藤周作のすべて』という追悼文集のなかに書いている文章。「世界中の苦悩を一身に背負った」というのは、紛れもなくクリスチャン(キリスト者)にとってのイエス・キリストのイメージである。そしてキリスト者という面倒くさい存在は、イエス・キリストの如く生きることを自らの生の規則として担う人間である。
 遠藤周作は自伝的小説『死海のほとり』のなかで「私」に、「付きまとうね、イエスは」と言わせている(僕はクリスチャンの友人が笑顔でこういうことを言ったりすると虫唾が走ったものだ……)。でもこれは、逆の言い方をすれば、どうしても付きまとって離れない、忘れられない存在、死んでさえもまだ付きまとって時に自分を狂わせるような存在、それはつまり、ちょうどキリスト者にとってのイエス・キリストのような存在、というのは言いすぎだとしても、少なくとも自分はその人のなかにイエス・キリストみたいなものを感じていた、今も感じている、そういうことでいいのではないか、それは田中小実昌さんが『ポロポロ』のなかに書いた(言語化不可能な)「ポロポロ」にも近いものなのではないか。

『沈黙』のキチジロー、『死海のほとり』のコバルスキ(ねずみ)、そして『深い河』の大津。三人の「醜く、威厳もない。みじめで、みすぼらしい」、そんな「負け犬」の姿。『沈黙』のロドリゴ、『死海のほとり』の小説家(私)、『深い河』の語り手。作家・遠藤周作とキリスト者・遠藤周作。(少なからぬ人が共有するはずの)その分裂の苦しみが、ガンジス河の流れのなかで、やさしく、一つに溶けあってゆく。

>

 そんな方丈記の書き出しにも似て、現実への一歩を促すように、読む者の心のなかに、たしかにそんなふうな河が自分のなかにも(そして、たぶんすべての人のなかに)流れていることを、思い出させてくれる小説。それが『深い河』であると思う。

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電子書籍

Deep River

2018/05/01 01:17

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:mirai - この投稿者のレビュー一覧を見る

宇多田ヒカルさんのあの曲はこの本から誕生した。読んでる最中にこのエピソードを思い出した。

宗教と救済の話のような気もするが、ただ人生を嘆く話の気もする。

一切衆生悉有仏性、という汎神論的な考え方はやはりアジア人にとって一番しっくり来ると思いますが、どうでしょうか。

キリスト教、スコラ哲学的な考え方してみれば、汎神論と転生は許し難い異端だが、それならなぜキリスト教にこだわる必要があるのか、が一番わからなかった。大津が曰く、キリスト系の家庭に産まれただから、それが自然という。

納得できるかどうかは別とし、心の拠り所はやはり人それぞれでしょうか。

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紙の本

久々の良書

2016/10/21 20:10

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:とめ - この投稿者のレビュー一覧を見る

「人生は深い河のごとし」は、三島由紀夫の『豊饒の海』の輪廻転生や住井すゑの『橋のない川』の「世の中には橋のない川が流れている」といったフレーズを思い起こさせる。

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紙の本

遠藤作品の集大成

2016/05/26 10:25

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:つよし - この投稿者のレビュー一覧を見る

遠藤作品は読む者を吸い込んでいくような、強い吸引力を持つ。まるで映画や劇を見ているように、言葉がイメージ、音となってスムーズに入ってくる。そして、物語世界に私が入ったかのような気持ちになり、頁をめくる手が止まらなくなる。『海と毒薬』『悲しみの歌』『沈黙』に続いて読んだ。作者が描いているもの、描こうとしているものは相互につながっている。悲しみの歌で登場した外国人青年、ガストンが本作でも登場する。作者はガストンにキリストの姿を重ね合わせているのだろう。そして神父を志してフランスに渡りながら教会になじめず、インドに向かった大津青年にもキリストの刻印が見える。2人に共通するのは愚かで醜く、愚鈍ななりをしながら、人々の苦しみ、悲しみを一身に受け止め、肩代わりしようとする無償の愛である。『海と毒薬』や『沈黙』では、人生の救いの無さ、運命の残酷さ、神の無応答性の象徴として、黒く冷たい海が描かれた。本作ではガンジスの深い流れが、それに代わる象徴として繰り返し描かれている。

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紙の本

ガンジス川に愛を見出す

2002/05/22 14:02

1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ぽん太 - この投稿者のレビュー一覧を見る

それぞれの想いを胸に、インドへとやって来た数人の旅行客。しかし彼らは単にインドへ観光にやってきたわけではない。それぞれに求めてやまないものを探しに、想いを遂げるためにやって来たのだ。

私たちは一体何のために生存するのか、何を真実として生きればよいのか。中核をなす美津子を追っているとそう感じずにいられなかった。見るからに哀れで陳腐な「大津」が、彼なりの発見を遂げ、信じてやまない神とはどういう存在なのか。階級も貧富も関係なく、人々の亡骸を飲み込んでゆく母なるガンジス川を目前にしたら、私もきっとそこに全ての愛と許し、救いを見いだせそうな気がするだろう。
信仰というほど宗教がかったものではなく、「私たちは最終的に何を救いに、何を頼りに歩めばよいのか」と問いかけられる作品だ。

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紙の本

深い河

2002/03/20 10:17

1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:猫山まどか - この投稿者のレビュー一覧を見る

 人はただ、生まれ、生き、深い河へと流れていくだけ。それが、人とは何なのかとずっと問い続けていた彼の答えなのだろうか? 私にはそれは優しい孤独に。生きていける一つの指針に。しかし、友人にはそれは悲しさに感じたという。
 多くの象徴的な人物が登場し、読む人読む人が自分を重ね合わす人物が違う。象徴的であるだけに感想を聞くたび、私は友人達を『見る』思いがする。


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紙の本

ガンジスの懐の大きさを感じました

2015/09/29 22:22

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:アブダビ - この投稿者のレビュー一覧を見る

私は遠藤さんの本としては初めて本書を読みました。
様々な登場人物が自分の半生を振り返りながら物語が進みます。
そして、インドという地で各々の想いをガンジスに重ねていきますが、私自身もガンジスを見てみたいと言う思いを持ちました。日常と死が共存しているのは事実の筈なのに、普段日本で暮らしているとあまり実感を持てません。しかし、ガンジスではそれを日常的に目の当たりにできる事に、魅力と懐の大きさをを感じました。
また、キリスト教について興味を喚起されましたので著者の他の著作を読んでいこうと思います。

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紙の本

深い河

2001/08/14 03:37

1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:二階堂 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 この作品では、妻を亡くした男やつらい過去を抱く者などがインドへと旅立つ。人間の生死観とでも言うのだろうか。「生きること」や「死ぬこと」または人生の意味について、といったものが作品の根底に流れていて、嫌でもそのことについて考えされられてしまう。
 また、この程度の長さの小説にしては数多くの伏線や関連付けが各所に見られ、それだけでもこの作品に深みを感じる。

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2004/09/24 17:56

投稿元:ブクログ

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2004/10/19 14:03

投稿元:ブクログ

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2004/11/18 13:24

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2004/10/17 02:48

投稿元:ブクログ

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