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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:1996.10
  • 出版社: 講談社
  • レーベル: 講談社現代新書
  • サイズ:18cm/213p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-06-149325-6
新書

紙の本

デカルト=哲学のすすめ (講談社現代新書)

著者 小泉 義之 (著)

〔「デカルト哲学」(講談社学術文庫 2014年刊)に改題〕【「TRC MARC」の商品解説】

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デカルト=哲学のすすめ (講談社現代新書)

税込 792 7pt

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紙の本

デカルトこそが哲学だ

2001/02/15 23:30

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:オリオン - この投稿者のレビュー一覧を見る


 実に刺激的な書物だ。そこから始まるだろう、いまだ誰によっても考えられたことのない議論の予告めいた文章が生煮えのままで提示されている箇所がいくつか見受けられはしたが、それがまた読者の、つまり私の思考をいたく刺激して、本書の魅力を構成する要素となるのだった。

 ところで、この書物のタイトルはどう読めばいいのだろう。「デカルト」と「哲学」がイコールで結ばれるものであって、だから「デカルト=哲学」への誘いの書なのか、それとも「デカルト」そのものが、というよりデカルトの書き残した言説がそれを読む者を哲学へと誘うものであるということなのか。あまり意味のない詮索かもしれないが、小泉氏は著書のタイトルの中で「デカルト=哲学」という命題を宣告したかったのだと私は理解している。

 デカルトこそが哲学だ。カントやヘーゲルではなくて。──それにしても、これは随分と大胆で潔い断定だ。そして本書を読み終えたときに私は、「デカルトこそが哲学だ」という言明が成り立ちうるかぎりでの「哲学」は確かにデカルトによって始められ、デカルトにおいて極められたに違いないと確信したのだが、もしタイトルに込められた小泉氏の「主張」がいま述べたようなものであるのならば、私はその術中に(実に気持ちよく)はまったわけである。

 本書の第二章「懐疑−世俗的生活からの脱落」は、デカルトの第一省察を扱っている。小泉氏はそこで、次のように書いていた。

《デカルトは「一生に一度」は懐疑を遂行しようと呼びかけていた。ところで、「一生に一度」だけ起こることとは、生誕と死去にほかならないだろう。とするとデカルトは、夢の懐疑を遂行することを、生まれくる者と死にゆく者の観点に立つことだと考えていたに違いない。(中略)夢の懐疑は、世のまともな大人と狂ったふりをする大人とは無縁の場所で、要するに一切の大人とは無縁の場所で、死にゆく者が遂行する懐疑である。》

 死にゆく者が遂行する懐疑。そして、デカルトの第二省察はそのような「死にゆく者の独我論」(小泉前掲書第三章の標題)である。──これは卓見だと私は思う。死にゆく者は世俗的生活から離脱しつつある者なのだから、いわば純粋な精神生活者であるといえるだろう。つまり小泉氏がデカルトから読みとったものは、そのような精神的世界における「善い生活」(それは世俗的世界での「正しい生活」あるいは「良い生活」とは完璧に異なる)をめぐる「浮き世離れした哲学・倫理学」の究極の表現だったのである。

(私は、小泉氏が『デカルト=哲学のすすめ』で展開した議論は、永井均氏が『〈私〉のメタフィジックス』で『省察』第二の第三パラグラフまでのデカルトの思索とそれ以後のそれとを区別し、前者から後者への移行を「デカルトの撤退」と表現したことに対する反論、あるいは永井氏のそれとは別の読み方の提示だったのではないかと考えている。この点については、いつか私自身の作業として『省察』第三以降に取り組むなかで確認してみたい。)

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2010/11/20 17:37

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2013/08/18 17:44

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