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紙の本
連続猫殺しの犯人を追う、ちょっと生意気な猫
2002/04/21 03:23
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投稿者:キイスミアキ - この投稿者のレビュー一覧を見る
頭脳明晰でちょっと辛辣、愚図な飼い主の人生を心配しながら、日々の暮らしを謳歌している雄猫フランシス。主人たるグスタフと共に古いアパートに越してきたのはいいものの、グスタフは友人と部屋の大改装をはじめてしまい、落ち着く暇もない。そこで外に出たところ、フランシスの目の前には無残な姿で転がる猫の姿が……。
近所に暮らす猫たちの手を借りながら、連続猫殺し事件を捜査するフランシスの冒険譚。ドイツ・ミステリ大賞受賞作品。
本邦で猫が主人公、猫の一人称で描かれた作品といえば、夏目漱石の『吾輩は猫である』や、そのパロディにして本格ミステリの傑作である奥泉光の『吾輩は猫である殺人事件』等がある。この世で神を実際に目にすることが出来る唯一の生物は犬、それは飼い主が神だから、という話があるけれど、猫が目にしていることはミステリなものなのかもしれない。飼い主への服従することの幸せがない彼らには、自由な生活を可能にする自由な精神と自立性がある。そんな猫の特徴は、ミステリに登場する名探偵たちに通じるところがあるのかもしれない。
ドイツのミステリといえば、警察小説ばかりであると批判していたのは、確かヴァン・ダインだっただろうか。猫を主人公とした、恋愛、格闘、友情、捜査を盛り込んだエンターテイメント性溢れるミステリがドイツから登場するとは、きっと時代が変わったということなのだろう。もっとも、作者のピリンチは、トルコ生まれ──現在はドイツ在中──であることから、ドイツの伝統的なミステリの枠組みに捉えられることがなく、創作することが出来たとも考えられる。まあ、ドイツのミステリはほとんど邦訳されていないものだから、ミステリの主流がどのような作品なのか知る由もなく、実は本格ファン垂涎の傑作ミステリなんてものが存在している可能性もあるのだけれど、なかなか気軽に読むことが出来ないことは残念なこと。素晴らしい作品の存在と、翻訳が進むことを期待したい。
この物語には、人間の社会を縮めて四つん這いにしたような猫の社会が登場する。狂信的な猫の集会では、神の啓示を受けた神官のような猫が、電撃を浴びながら微笑むシーンが描かれ、残酷な殺戮の始終が書かれ、そしてあまりにも残虐な動物実験の光景が著されている。特に動物虐待のシーンなどは、猫好きの人だけでなく動物が傷つけられることに耐え難い感情を抱く人にとって、読むに耐えられぬものとなっているかもしれない。フランシスは、夜な夜な目にする悪夢も強烈なのだが、悪魔的な光景が広がる悪夢と比べても、それでも現実の過酷さと比べれば軽いと思えるほど。手に触れるところにある現実が、まほろばの夢よりも残酷というのは、誰にとっても経験のあることだろうけど、フランシスの現実はあまりにも過酷。彼が自分たちがいつの間にか陥ってしまっていた窮地から、どのようにして脱しようとするのかは見物。
悲惨な状況下で猫たちが繰り広げる必死の生存を通して、宗教の危うさや、科学技術による種への冒涜──一例として、地球上から消滅した種は今この瞬間にもけっして絶えることなく増え続けている──など、人間社会が抱える問題点が整然と姿を顕している本作は、やはり傑作なのだろう。ある作家の節目となるような作品には、必ず旧来の状況が批判的に捉えられているものなのだ、ということが改めて確認できたことも、この本を読んでよかったこと。続編も読んでみたい。