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小林秀雄
  • みんなの評価 5つ星のうち 4 1件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:1998.1
  • 出版社: 河出書房新社
  • サイズ:20cm/248p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-309-01194-2
  • 国内送料無料

紙の本

小林秀雄

著者 前田 英樹 (著)

小林秀雄がその生涯を通して行った、実に様々な人物、対象への比類なき批評。出来事と質の潜在性への追究からうまれる、強靱にして繊細な思考の秘密に迫る。あらゆる小林秀雄像を打ち...

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小林秀雄

2,484(税込)

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商品説明

小林秀雄がその生涯を通して行った、実に様々な人物、対象への比類なき批評。出来事と質の潜在性への追究からうまれる、強靱にして繊細な思考の秘密に迫る。あらゆる小林秀雄像を打ち砕く気鋭の決定的論考。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

前田 英樹

略歴
〈前田英樹〉1951年大阪府生まれ。中央大学大学院文学研究科博士課程中退。立教大学文学部教授。専門はフランス思想、言語論。著書に「映画=イマージュの秘蹟」など。

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みんなのレビュー1件

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評価内訳

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実在が持つ二重の方向を同時に辿る言葉

2005/10/11 15:39

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:オリオン - この投稿者のレビュー一覧を見る

 スリリングな論考だ。とりわけ、絵画記号をめぐる『近代絵画』や音声言語をめぐる『本居宣長』との三部作において『感想』(小林秀雄の未完のベルクソン論)が成し遂げた達成を、様々な水準における二重性に即して腑分けしきった叙述は、質量ともに本書の白眉をなすものだ。──生活上の行動がもつ「能動性」と実在との接触に関わる「受動性」、知覚(科学)と直観(哲学)による経験の「二重化」、物質と精神という「実在が私たちの経験に与える二重の相」、あるいは知覚(物質)と記憶(時間)の各々がもつ「現実的[actuel]」と「潜在的[virtuel]」という二つの次元、知覚における無意識と記憶における無意識の「二重の潜在性」等々。
 著者は、ベルクソン=小林秀雄が言う「モビリテ」の世界は「プラティック」な行動の世界の奥に、すなわち「物質の潜在的次元」にあると書いている。そして量子論が顕わにした極微的物質の世界は、その存在の仕方においてベルクソンの「潜在性」と通じ合ってくるのだが、「潜在的なものを、現実的なものを語る用語によって説明すれば、理性にとって堪えがたい矛盾、あるいは逆説を引き起こすしかない」と書いている。
《『感想』が執拗に繰り返すように、私たちの生は、記憶と知覚とに、二重化され、記憶と知覚とはまたそれぞれに二重化され、知覚に与えられる物質もまた二重の構造をもって現われる。この二重性は、あらゆる水準において〈現実的なもの〉と〈潜在的なもの〉との関係を取るが、「常識」は自然の設計がもたらすこの二重性を、行動の中で一挙に統一して生きている。小林のベルクソン論が一貫して説くことは、この統一[ユニテ]から身を起こし、こうしたユニテが自然のなかで不断に果たしている二つの方向への分極を同時に果てまで辿ってみよ、ということである。(略)だが、行動が果たすユニテの二つの方向への分極を、同時に果てまで辿っていくことは、どのようにして可能なのだろうか。量子論のパラドックスは、潜在的なものの構造を現実的なものの用語法によって思考し、その結果を数式の統計的可能性によって表現する、というところから来ていた。それならば、重要なものは言葉、すなわち、実在が持つ二重の方向を同時に辿りうるような言葉だろう。小林が、この問題を徹底して取り上げるのは、言うまでもなく、宣長論においてである。》

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