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〈神〉の証明 なぜ宗教は成り立つか(講談社現代新書)
  • みんなの評価 5つ星のうち 3.6 6件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:1998.2
  • 出版社: 講談社
  • レーベル: 講談社現代新書
  • サイズ:18cm/184p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-06-149392-2
  • 国内送料無料
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〈神〉の証明 なぜ宗教は成り立つか (講談社現代新書)

著者 落合 仁司 (著)

〈神〉の証明 なぜ宗教は成り立つか (講談社現代新書)

691(税込)

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みんなのレビュー6件

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評価内訳

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  • 星 1 (0件)

よくできた「啓蒙書」

2001/02/15 23:46

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:オリオン - この投稿者のレビュー一覧を見る

 本書は「神学迷宮」ともいうべき、よくできた面白い啓蒙書だ。優れた啓蒙書の条件は——小島寛之氏の『数学迷宮』あとがきの文章をもじれば——、簡単な命題から複雑な命題群(知的な「めまい」をもたらす迷宮)を構成するその手際にある。

 さらに、扱われているテーマがもつ豊かさと未踏の領野がもつ魅力や可能性をまで読者にリアルに感得させることができたならば、それは名人芸の域に達しているといえるだろう。『〈神〉の証明』に示された手腕はまさにそれだと思った。

(もっとも、啓蒙書としてよくできていることとその内容が完璧なものであることとは一応別の問題。極端ないいかたをすれば、理路整然と間違っている優れた啓蒙書、正しい方向へと導くもののその内容は空虚なよくできた啓蒙書といった類型がありうるのではないかと思う。)

 落合氏は、「宗教とは、まず何よりも、われわれの生きるこの世界ではないもの、すなわちこの世界の他者に対する関心である」という。私たちが住むこの世界とは有限の世界にほかならないわけだから、その他者(あの世といってもいい)とは無限にほかならず、これこそが神、仏と称されてきたものにほかならない。

 すなわち、宗教の対象=この世の他者=神=無限。──このように神や仏をめぐる思考を「無限」をめぐる思考におきかえることが単純な命題その一。単純な命題その二は、次のように表現される。「神学は論理のみによって構築される他はない。この意味において神学と数学は全く同類である」。

 かくして、無限をめぐる学としての数学、具体的にはカントールの提唱した無限集合論が神をめぐる思考に適用できることになる。本書第6章「神の集合論」では、無限集合論を使って、「神の受肉」と「人間の神化」の二つの伝統的な神学的問題がいずれも論理的に正当化できる合理的な出来事にすぎないことが論証されている。これぞ単純な命題から構成された「神学迷宮」の眩暈。数理神学者・落合氏の真骨頂だ。

(ところで、落合氏は「無限は数え切れないないから無限なのであって」云々と書いているが、これはちょっと面白くない。数え切れない無限=自然数の無限など全然神様らしくない。そもそも数えることができない無限=実数の無限の方がこの世界の超越者らしくていい。)

 第二の命題の系。「神学、テオロギアとはまず何よりも弁明、アポロギアなのである」。何に対する弁明なのかといえば、論理学をもってしては正当化できない背理、つまり宗教的命題に対する弁明である。

 落合氏によれば、合理的な事態(論理的に真である事態)も非合理的な事態(論理的に偽である事態)もともに信ずるに値しない。「それを信じようと信じまいと、それが成り立つか否かは合理的に決定されているからである」。実際、「神の受肉」であれ「人間の神化」であれ、無限と有限が切り結ぶ「背理」と思われた事態も、実は論理的に根拠づけることができる事態にほかならなかった。

 それでは「宗教の合理的な弁明としての神学」が対象とする宗教的命題とは何か。つまり、信じることが問題となる宗教的事態とは何か。

《この世界の他者とこの世界の存在者たとえば人間とが接触する可能性を認めるか否か、という場面……すなわち人間が可能的に無限であるか否か、人間が無限である可能世界を認めるか否か、ここにおいて初めて信仰による選択が問われるのである。言うまでもなく宗教は、決然として、人間が神に出会いうること、人間が可能的無限であることを信じる。宗教とは人間の自己超越の可能性を信じることなのである。》
 ここに出てくる「可能世界」とは様相論理学を踏まえた語彙であり、そして上記の引用はほとんど同書のさわり(結論)の部分に踏み込んでいる。

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2012/05/28 00:54

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2010/11/23 08:49

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2012/06/03 11:27

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2016/03/12 21:48

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2013/08/24 15:30

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