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ナショナリズムとジェンダー
  • みんなの評価 5つ星のうち 4 7件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:1998.3
  • 出版社: 青土社
  • サイズ:20cm/229p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-7917-5608-8
  • 国内送料無料

紙の本

ナショナリズムとジェンダー

著者 上野 千鶴子 (著)

戦時総動員体制、女性の戦争協力、そして「従軍慰安婦」問題−再審される戦争の記憶を問い、ジェンダーの視点から〈想像の共同体=国民国家〉の解体を企てる、言説の闘争への大胆な参...

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ナショナリズムとジェンダー

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商品説明

戦時総動員体制、女性の戦争協力、そして「従軍慰安婦」問題−再審される戦争の記憶を問い、ジェンダーの視点から〈想像の共同体=国民国家〉の解体を企てる、言説の闘争への大胆な参入。【「TRC MARC」の商品解説】

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みんなのレビュー7件

みんなの評価4.0

評価内訳

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  • 星 3 (1件)
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  • 星 1 (0件)

紙の本

「わたし」を説明するカテゴリー

2002/10/30 19:26

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:PATA - この投稿者のレビュー一覧を見る

 本書はナショナリズムとジェンダーという、現在カルチュラル・スタディズをはじめとした学問で中心的なトピックとなっている対象を非常に判りやすく説明した書物だと思います。評者の個人的な感想ですが、「『わたし』を作り上げているのは、ジェンダーや国籍、職業、地位、人種、文化、エスニシティなど、さまざまな関係性の集合である。『わたし』はそのどれからも逃れられないが、そのどれかひとつに還元されることもない。『わたし』が拒絶するのは、単一のカテゴリーの特権化や本質化である。(197頁)」という主張にこそ、上野氏の主張が集約されているように思いました。
 すなわち、「女性だから」という理由で出世が阻まれたり、「在日だから」という理由で偏見の目で見られたり、「学生だから」という理由で半人前扱いされたり…といった、単一カテゴリーへの還元こそが問題なのだということを丁寧に説明されたのが本書だと思います。そのカテゴリーとして、ナショナリズムとジェンダーという2つの、最も還元されがちなカテゴリーを対象にしているのだろうと思いました。
 評者は日本人であり、男性であり、…どちらかといえば「マス」にみなされるカテゴリーに属している部分の方が多いのではないかと思います。そのため見失いがちな「知らず知らずの差別」を意識させてくれたという意味で、本書は非常に良書だと感じました。

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紙の本

空虚な「近代」批判と現在主義の陥弊

2003/04/24 10:22

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ジューク - この投稿者のレビュー一覧を見る

本書の英題は「Engendering Nationalism」である。著者は戦中より現在にいたるまで一貫してナショナリズムによって特徴づけられ、限界づけられてきたフェミニズム言説の系譜学的分析を通して、最終的に「ナショナリズムのジェンダー化」を図る。
 まず第一章では、市川房江・平塚らいてうらに代表される戦中のフェミニストが扱われ、いかに彼/女らの試みた「女性の国民化」の言説が近代の体現される場所たる「国民国家」の暴力性へと回収される様を描く。「国家」の脱自然化、そして「女性(性)」の脱自然化を達成することが、国民国家のジェンダー化の過程で必然であることが明かされた後に、著者は「フェミニズムはなぜ国家を超えなければならないのか?」という極めて原理的な問いへと到達する。上野は、フェミニズムが「近代」から産まれ、いかに「近代」に拘束されてきた伝統を持とうとも、「近代=国民国家」の強固な連関に基づく超越的カテゴリーを相対化し、脱構築する「契機」として、そこに賭け金をうずたかく盛るのである。
 つづく第二章、第三章においては、いわゆる「歴史教科書問題」が焦点にあてられ、近代超克のための「カテゴリーの複合化」——国民国家という単一的・超越的なカテゴリーの相対化——の実践が図られることになる。そこで具体的に糾弾されるのは、国家主義による「私たち=市民」の代弁の論理の素朴さと鈍重さ、そして野蛮さである。たとえば元「従軍慰安婦」たちのあげた「声」は、この国民国家によって代弁され、捏造され、隠蔽される「国民」と「国民史」双方へのプロテストとしての、自分自身の身体−歴史の回復、全体性への還帰の「声」であったと言える。国家主義の超克にあたって、「国家」と「市民」は徹頭徹尾、差異化されなければならないのだ。
 このように著者の試みは非常に挑戦的であり、スタイル(文体)は挑発的だ。ただ本著は問題を多々はらんでいると言わざるをえない。一つは、「近代超克」の問題。日本にはいまだかつで「近代」なるものが存在したのか、という根源的な問いがそこではすっぽり抜け落ちてしまっている。二つめは、歴史実証主義批判の問題。著者は史料中心的で証言の価値を貶める歴史実証主義をとことん批判し、自身も素朴な客観的出来事としての歴史的「事実」を措定するような記述を避け、「歴史とは現在における過去の絶えざる再構築である」と再三、繰り返し述べる。これは歴史の現在主義と構築主義を暗示する(ことを意図された)ものであるが、同時に(逆説的に)哲学的な意味での現在主義へと陥ってしまっている。この点で、本著が加藤典洋と高橋哲哉に端を発するいわゆる「歴史主体論争」の最中に出版されたのにもかかわらず、それへの適切な応答(特に後者への)を欠いたのは惜しい。
 しかし、慰安婦たちが一連の訴訟を通して自分たちの歴史を獲り戻したように、私たち(韓国人ふくめ日本人も)も決して国家に代弁されない「市民史」を新たに構築する、いや獲り戻すことで、彼女たちへの倫理的責任を果たすべきだという論理は、従来の歴史論争に慣らされてきた私たちにとって(無論それは従来の「正史」をめぐる場にとってだが)、極めて“みずみずしい”ものだ。一読には値するだろう。

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2007/03/15 02:15

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2009/06/05 15:03

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2011/08/07 13:44

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2007/10/18 00:00

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2012/11/06 01:18

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