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猫とロボットとモーツァルト 哲学論集
  • みんなの評価 5つ星のうち 3.5 5件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:1998.9
  • 出版社: 勁草書房
  • サイズ:20cm/240p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-326-15338-5
  • 国内送料無料

紙の本

猫とロボットとモーツァルト 哲学論集

著者 土屋 賢二 (著)

語り口は易しく、水準は高く、ヴィトゲンシュタインを応用しながら哲学の基本テーマを解く。過去の哲学者について、どんな問題をどう解決したかに注目して考えた哲学論集。【「TRC...

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猫とロボットとモーツァルト 哲学論集

2,376(税込)

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商品説明

語り口は易しく、水準は高く、ヴィトゲンシュタインを応用しながら哲学の基本テーマを解く。過去の哲学者について、どんな問題をどう解決したかに注目して考えた哲学論集。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

土屋 賢二

略歴
〈土屋賢二〉1944年岡山県生まれ。東京大学文学部哲学科卒業。現在、お茶の水女子大学教授。哲学専攻。著書に「行為と美」「われ笑う、ゆえにわれあり」ほか。

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みんなのレビュー5件

みんなの評価3.5

評価内訳

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紙の本

「哲学的駄弁」の面白さ

2002/04/09 21:55

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:オリオン - この投稿者のレビュー一覧を見る

 「存在の問題の特殊性──ハイデガーとウィトゲンシュタイン」という論文が読みたくて、結局収録された7つの「哲学論文」全編にざっと目を通したのだが、読後なんとも陰鬱な気持ちになってしまった。

 たとえば件の論文で著者は、「後期ハイデガーは、答えを迫るようにみえる存在の問題に対して、通常の答えは不可能であっても、その存在の呼びかけになんらかの仕方で対応する必要がある、と考えている。その呼応の仕方はもはや命題で表現されるような主張ではなく、その時の哲学の言葉はむしろ詩に近いものになり、初期ギリシアの哲学者の断片にその理想が求められることになる」と書き、「ウィトゲンシュタインの立場は後年変化するが、その最終的な結論については終生変わらぬ態度をとりつづけた、と言うことができる。もちろんこの結論は、存在は自明なものだということを意味するものではない。この結論の意味するところは、存在の問題は問題とは言えない、ということである。存在の問題は原理的に解決不可能であり、解決を求めることがナンセンスであるような問題であり、したがって問題と呼ぶことはできない。それを問題として立てるところに根本的な錯誤がある」とした上で、最後に「以上が正しいなら、ハイデガーもウィトゲンシュタインも、同じ問題意識を抱きながら、存在の問題が解決不可能である、少なくとも普通の意味での「解決」は不可能である、したがって普通の意味での「問題」ではない、という結論に達していたと言うことができる。そこに至る道筋は違うし、そこから先に向う方向も違うけれども、その重要な結論については一致していたと思われるのである」と「結論」づけている。

 これは結局何も言っていないのに等しい。哲学的駄弁の典型である(それとも何か私が勘違いしているのだろうか)。

 ──猫がピアノの鍵盤の上を歩いて出す音がデタラメで、モーツァルトが五歳の時にピアノで弾いた音(父親がそれを書きとめた「ナンネルの楽譜帳」が残っている)が曲だとなぜ言えるのか。芸術を解し、芸術活動を営むロボットを作ることは可能か。こうした問題を「ウィトゲンシュタイン的に、一種のゲームの中で芸術をとらえ、人間のさまざまな行動の中でどのような役割を果たしているか、という問題として考える」標題論文などは、それでも結構いけていたと思う。

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2007/10/06 01:30

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2007/05/18 23:06

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2007/07/01 23:18

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2012/05/22 14:03

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