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顔の現象学 見られることの権利(講談社学術文庫)
  • みんなの評価 5つ星のうち 3.7 11件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:1998.11
  • 出版社: 講談社
  • レーベル: 講談社学術文庫
  • サイズ:15cm/235p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-06-159353-6
  • 国内送料無料
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紙の本

顔の現象学 見られることの権利 (講談社学術文庫)

著者 鷲田 清一 (著)

顔の現象学 見られることの権利 (講談社学術文庫)

907(税込)

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紙の本

「顔」をめぐる論点と着眼点が網羅されたエンサイクロペディア

2001/02/11 16:49

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:オリオン - この投稿者のレビュー一覧を見る

 よくできたカタログ、いや「顔」をめぐる論点と着眼点が網羅されたエンサイクロペディアで、現象学という「持ち味」が存分に生かされた、楽しめてとても「役に立つ」すぐれた読みもの。ここでは最低限、私が印象深く読み、個人的な関心をそそられた箇所についてのみ記録しておく。

 この書物で浮き立たせようとしたのは「壊れやすい〈顔〉」(あるいは「傷としての〈顔〉」)であり「その造作を読まれたり分析されたりするのではない切迫や呼びかけとしての〈顔〉」である、と鷲田氏は「学術文庫版まえがき」で書いている。それは他人の「プレゼンス」、だれかがそばに「いてくれること」(中井久夫著『1995年1月・神戸』)として定義される顔であり、レヴィナスがいう「他者の顔」のことだ。

 鷲田氏はまず「自分の顔が見えない、自分の顔面が視覚的に遮られている、というとてもプリミティヴな事実」すなわち「〈顔〉はつねにだれかの顔である」ことから出発し、「読まれたり分析されたり」する顔──こちら側や向こう側、背後や内部とのトポロジカルな関係においてとらえられた公共的な意味としての顔、いいかえれば記号、あるいは鏡、あるいは面=像としての顔──について縦横に論じたあと、「根源的な現象」「意味の外へと逸脱してゆく存在の表面」あるいは「意味と非意味との境界」としての顔へと考察を進めていく。

 この前半の叙述のなかにも切れ味のいい刺激的な断言──「顔は地上に存在する人間の数よりも多い。」「…〈わたし〉の存在もまた、共同性がみずからを折りたたみ、褶曲させるときのその一つの襞としてとらえられねばならない…」「…身体の表皮は、欲望の力線が交錯しあうそういう力動的な場としての身体を、仮構された可視的表面へと移行させるなかではじめて、内部と外部、あるいは自己に属するものと他者に属するものとの境界面として出現することになる。」「人称の外部とは…無名、失名、没名といった、いわば匿名的な位相にある存在のことである。わたしのなかにあってわたしではないもの、わたしの存在よりももっと古い存在、あるいは、わたしがそうありえたかもしれないもの。」等々──がいっぱい出てくるし、いくつかの刺激的な議論が展開されている(以下、ミシェル・セールの『五感』やジャン=ルイ・ベドゥアンの『仮面の民俗学』に準拠した論考が続くのだが、割愛) 。

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紙の本

やさしい本。

2005/03/04 00:06

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Straight No Chaser - この投稿者のレビュー一覧を見る

なにはともあれ素敵な引用がたくさん散りばめられた本である。そういう意味ではロラン・バルトの『恋愛のディスクール・断章』と並べてみても遜色がない……というのは言い過ぎだろうか……

たとえば……

>(矢内原伊作『顔について』)

>(土屋恵一郎『能』)

>(レヴィナス『存在するのとは別の仕方で、あるいは存在することの彼方へ』)

『顔の現象学』は12の章に分かれている。「」「顔の規則」「ほんとうの顔?」「顔の所有」「顔の外科手術」「震える鏡」「転写される皮膚」「魂のパスゲーム」「負の仮面」「不在と撤退」「不可能な顔」「見られることの権利」、それぞれがとても興味をそそる表題を付されている。

解説の小林康夫教授は、「大きな視野から見た場合は、われわれの時代におけるの哲学は、一方でメルロ=ポンティ的なの認識論、そして他方でレヴィナス的なの倫理という二つの広大な勾配に規定されざるをえません。二つの斜面に支えられた険しい尾根を、どこにどういう道を切り開きながら通過していくか」と書いて、という誰もにとって身近なもの(?)を素材にして、現象学的な方法を用いつつやがてひとつのやわらかな「倫理」にたどりつくように、たおやかな文章が紡がれてゆくこの本を、とても的確な言葉でまとめてくれている。

鷲田清一さんの軽やかな思考の軌跡を辿ることは、難解な哲学書を紐解きつつ難解な顔をして難解な言葉をぶちかますような野蛮さの対極にあるような、しなやかさの印象を帯びて、そこでは「内部/外部」というような二分法の暴力は影を潜めている。解説の小林教授は「この辛抱強い思考は、をもはや意味の現象としてではなく、として、つまりとしての自己のとしてとらえる地点に達している」と書いているけれど、この『顔の現象学』という本のあり方が鷲田さん自身の「としての自己の」という印象のある、とてもvulnerableなものであるがゆえか、その文章、その言葉の暴力性があたうかぎり外へ向かうことのないように、そんな細やかさが行き届いて、読者を傷つけることのないやさしさに満ち溢れている。

について思考をめぐらすうちに、乏しさ、貧しさというものに視線がどんどん吸いよせられていった。貧しい存在、「情けない」「哀しい」とは言えても、「清く貧しく美しく」などとは口が裂けても言えぬ、存在の乏しさについてである。じぶんのなかのそういう乏しさに独り向きあっているひとの顔に惹かれる。そしてその顔をまなざしているうちに、じぶんまですごく落ち込んでしまう。そういうときの他人の顔というものが、いまのところぼくにはいちばんリアルである。>>(「原本あとがき」より)

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