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紙の本
縛られる
2005/12/06 12:05
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:つな - この投稿者のレビュー一覧を見る
子供の頃、自分は自分ではない何者かに縛られてはいなかっただろうか。例えば親から押し付けられた価値観、例えば親戚や近所の人の心無い一言、例えば級友の何気ない言葉。
主人公の白川理津子は、33歳のイラストレーター。テレビのトーク番組に出たり、CMに出演したこともある。雑誌の取材だって受ける、華やかだと思われがちな、彼女の私生活は、しかし本当は静かなもの。
三十三歳の今、「ビジンはビジンを売り物にしていい」と言われても、高校生の時に後輩に「きれいな人」と言われても、多分それは彼女に何の感傷も呼び起こさない。彼女にとって、繊細で小さな身体を持つ他の女性は、殆ど怖れを抱くような存在で、それに比して自分はあまりに頑丈な骨組みを持つ「鉄人28号」。料理が出来る事を男に話すことすら、はしたないと感じる彼女は、あまりに潔癖だ。
顔の造作に関わらず、彼女は自分にブス、範囲外の烙印を押し、資格がない、分不相応だと、全ての享楽から目を背けている。それは過剰な自意識のなせる業で、負ける前に勝負を降りているような所がある。
さて、彼女の自己を律するこの強さはどこから来ているのか?些細な事がきっかけで知りあった、食べ物の好みと食べ方がぴたりと一致する、大西という男との毎夜の食事の中で、それが語られる。
近所の美少女に、「剥げキャロ」と呼ばれた五歳の頃の話、彼女が家の事情で預けられていた、イギリス人神父コートネイさんのもとでの暮らし、その後一緒に住むようになった両親のこと、高校生の頃の話、デザイン学校に通っていた頃の話、卒業後の話、ホストクラブでの雑誌取材の話・・・。
そこに浮かび上がるのは、あまりに淋しい一人の女性の姿。「愛」を感じ取る事が出来ないまま、「愛」を受け容れる事が出来ないまま、言葉だけを受け取ってしまった者は、多分その言葉のみに縛られる。彼女を縛ったのは、キリスト教の言葉、周囲の言葉。
この本の中での大西との連続した食事の最後は、外食ではなく彼女の部屋で作ったトマトソースのパスタと、茹でた茄子とキュウリにチーズを絡めた付けあわせ。大西は、彼女が料理を作ることを見破った、初めての男。二人は互いに好ましく思い、相通じるものを感じるが、それは男女の愛ではない。大西もまた、何かが欠けた男であった。友愛と欲情とは異なる。
大西の言葉により、彼女は眠っていた女としての小さな願いに気づく。願いに気づき、目を向けた彼女は、今度はその願いから逃げず、恐れず、幸せになれるのだろうか? 三十三歳処女。理津子の「女」としての人生は、これからが始まりだ。