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  • カテゴリ:一般
  • 発売日:1999/07/19
  • 出版社: 岩波書店
  • レーベル: 岩波新書 新赤版
  • サイズ:18cm/216p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-00-430622-1
新書

紙の本

日本人はなぜ英語ができないか (岩波新書 新赤版)

著者 鈴木 孝夫 (著)

日本人はなぜ英語ができないか (岩波新書 新赤版)

税込 880 8pt

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みんなのレビュー26件

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評価内訳

紙の本

日本の教育論議は常に迷走する宿命にある。英語教育もその例にもれず、やれ受験英語は諸悪の根源だの、中学では英語教育はもう遅い小学生から英語授業を義務化せよだの、日本人の英語力はアジアで最低だのと、完全な間違いとしか思えない議論ばかりが繰り返され、あろうことかそれが政策として取り上げられている。こういう日本の英語教育論議の迷妄を一刀両断のうちに断ち切り、堂々たる正論を述べているのが本書だ

2011/08/24 18:35

14人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:塩津計 - この投稿者のレビュー一覧を見る

まず、なぜ日本人が英語が不得手なのか。理由は簡単。日本人は日本語という世界でもまれにみる恵まれた言語環境の中で暮らしているので、英語なんか出来なくても人生全く困らないからだ。英語無くても生活に支障がないので使わない。使わなければ習ったことはすぐ忘れる。この単純な事実が、実は日本人の英語力が全体の平均値としては一向に伸びない最大の理由なのだ。別に日本人が英語に対するセンスがないとか、日本の英語教育のシステムが根本的な欠陥をはらんでいるとか、受験英語の詰め込みが日本人の英語をダメにしているのではない。単純に「英語は日本人にとって不必要だから習ったはしから英語を忘れていく」。ただそれだけのことである。あと、馬鹿が多いので付言するが、勉強の基本は詰め込みである。詰め込むから身につくのであって、詰め込まなければ何時まで経っても身には付かない。

むしろ著者が指摘するのは「英語を身につけて、自由に英語を使いこなせるようになりたい」と学習者たる生徒・学生がどれほど強く思っているか否か。この英語学習に対するモチベーション格差の方である。私もそうだったが、超一流大学に入学するには高度な英語力を大学受験までに身につけるのは必須である。英語が好きだの嫌いだの、英語は自分に向いているだのいないだの。そういう問答は、東京大学、京都大学、一橋大学、東京工業大学、早稲田大学、慶應大学の受験を志している進学校の学生には不要である。英語が好きだろうと嫌いだろうと英語が飛びぬけて出来るようにならないと、大学受験で志望校に合格することは出来ないからだ。だから超一流大学に合格する人は、結果として英語一通りのことは身についてしまうのである。問題は、それ以外の中学生、高校生である。日本の一流企業に入って将来は海外の工場を差配する管理職になるつもりもなければ、高級官僚になって国益を代表して米国、EUの代表と交渉する気も無い生徒にとって「どうして英語なんかやらなければならないの?」という問いは切実な問題である。英語を身につけるつもりがさらさらなく、従って英語を学習する意味を生涯にわたって見いだすことの出来ない大概の日本人中学生、高校生にとって英語学習は文字通り意味の無い苦痛、難行苦行でしかない。そこで著者の鈴木孝夫は大胆な提案をする。「思い切って大部分の大学の入試科目から英語を外し、高校でも英語を必修では無く選択科目にしろ」という。そして返す刀で、英語を必要としない大部分の学生には、もっと文学の観賞では無い読み書きの基礎力を向上させる「道具としての日本語」能力の充実を図るべきだと提言する。日本の英語授業は超一流の大学を目指す秀才も、そもそも受験する気が毛頭ない底辺の生徒にも、基本的には同じ指導要領に沿って教育するようプログラムされている。やる気も能力もない生徒がいるから、全体のレベルも下がる。だから、こういう生涯英語と無縁で暮らしたい生徒を思い切って英語教育の対象から外し、少数の高い能力と意欲に燃えた生徒だけを対象に高度な詰め込み英語教育を施せ、それが日本の国益にも合致するというのが著者の主張の第一である。

第二は、ある意味もっと凄い。日本の大学の語学講座は、表向き「幅広い教養を身につけ、国際理解を増進する基礎を身につける為」などという綺麗ごとが掲げられているが、実体は数はいるのに需要が無い、従って本来失業してしまうはずの文学専攻の大学教員の失業対策として悪用されている。フランス語やドイツ語を主体とする第二外国語がいまだに多くの大学で必修科目であり続けている最大の理由は、そうしないと大量の独文、仏文の先生が失業してしまうからである。この本末転倒の状況を打破すべく、鈴木教授は「大学の語学教育から文学を追放し、道具としての英語を学習することに専念させろ」と言い切る。これには私も全く同感である。私が履修した英語の担当はユマニスムに傾倒した英文学者で彼が用いた教材はDHローレンスだった。はっきり言って面白くも何ともなかった。こういうカビの生えた文学よりも、推理小説やミステリーの方が英語の教材としては断然優れていると著者はいう。時代の違いか鈴木教授はアガサ・クリスティーがお好きのようだ。私はマイケル・クライトンの全著作を英語で読んだ。更に彼は第二外国語も不要だと宣言し、彼がデザインした慶應大学湘南藤沢キャンパスでは大学で履修する語学はただひとつに絞ったんだそうだ。

第三は明治以来、営々として築き上げてきた日本人の語学学習態度を根本から改め、語学を「海外から優れた知識を吸収し自己改造を行う手段」から「自己発信、自己顕示の手段」へと切り替えろと主張する。それが世界で押しも押されぬ経済大国になった日本の義務でもあると。ここで持ち出されるのが中国の語学学習方法である。鈴木教授はロシア語を専攻した中国人女性と知り合う。鈴木教授もロシア語を学習した経験者なので、さぞ興味と関心が一致するだろうとロシア文学者トルストイなどロシアの文化芸術の素晴らしさについて述べたところ、相手の中国人はちんぷんかんぷん。どうもロシアの文化にも芸術にも興味も関心も無く知識はほぼゼロの様子。「そんなバカなことがあるか」と中国におけるロシア語学習の方法について聞いたところ、全ての疑問が氷解する。中国では、語学学習の教材は基本的に全部中国のことしか取り上げられておらず、如何に中国が偉大な国家で、悠久の歴史を持つ尊敬すべき国家であるかということ「しか」書いてないのだそうだ。だから中国人でロシア語を学習しても、トルストイもプーシキンもエルミタージュ美術館もトレチャコフ美術館も知らなくて当たり前。その代わり、政府になりかわって滔々と中国の偉大さをロシア語でアピールできる広報マンにはなれる、こういうプログラムになっているんだそうだ。鈴木教授はこういうシナの独善的な教育プログラムを全面的に取り入れろとまでは言わないが、基本的にはもう少しこっちの「発信力強化」に舵を切れと言う。

あと首肯したのは、英語学習の教材に海外の雑誌やテレビを使うのはやめて、ジャパンタイムズなど日本で発行されている媒体で報じられている日本のニュースを読めという部分だ。私は何年タイム誌やニューズウィーク誌を購読したかわからない。しかし年52冊届くこれらの雑誌はほとんど読まずに全部捨てた。なぜならそこに書いてある政治経済記事も芸能記事も事件報道も、興味も関心も無いアメリカローカルな記事ばかりで、その記事の背景や社会的位置付け、登場人物に関する予備知識がないから、英語そのものは分かっても記事の意味が全然わからなかったからだ。情報を咀嚼するには、その背後にある情報もしっていないと分からない。この基本的な事実が、案外日本では見落とされている。

ちなみに私はTOEIC900点、TOEFL610点、英語検定一級を取得している英語の達人である。その達人が、これだけ激賞するのだから本書はその内容において優れていることは証明されたも同然である(笑。

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紙の本

日本人はなぜ英語で情報発信できないか

2004/01/21 02:37

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:sheep - この投稿者のレビュー一覧を見る

最近また小学校から英語を教えようという策が論じられている。
著者の言うように日本人が英語下手なのは、教授法や、制度が悪いからではないのに!
「外国語にあこがれる日本人」のおかしさ。島国、鎖国という特殊環境ゆえの結果だ。異民族に侵略、占領されたりした民族は同時に言語上の圧迫も経験している。日本統治下韓国がよい例だ。ところが日本は、自ら進んで上層部に属する人だけが外国語を学び、その文化を取り入れることができた。そこで他国の人々の多くが外国語に不信感、警戒、嫌悪感をもつことが多いのに、日本人はそうではない。外国語ができるがエリートだ、という考え方は特殊日本的だ。

外国語を学ぶ目的の三類型がおもしろい。
中国の外国語学習は「自己顕示・自己宣伝型」
日本の外国語学習は「自己改造、社会改革型」
アメリカは「他者攻撃・折伏制御型」。
中近東イスラム文化圏、日本的「自己改造・社会改革型」とは思われない。
筆者は英語を、土着英語(イギリス、アメリカなどの英語)、インド、シンガポールなどの民族英語、そして我々が目指すべき国際補助語としての国際英語の三つにわける。
土着英語中心主義は時代錯誤だという。体験として同意する。
英独仏のトロイカでなく、それ以外、例えばハングル、アラビア語こそ学ぶ必要がある。著者は、ロシア語、ハングルもできる。
言語学習には国家戦略が必要で、経済成長を果たした日本は、中国の自己顕示型および、アメリカの他者攻撃、折伏型に変換しなければならない。
国際理解等していては発信できない。発信のために教科書、内容を考えよ、という。
中学英語は自己表現を中心に。会話力をつけるためには読書が大切。発信のためには外国雑誌新聞は不適当。日本の新聞が良い。大学英語は日本物の英訳中心で。
発信力をつけるための対策として、大学で英語ではない科目をいくつか英語で講義せよと筆者は主張する。賛成。
発信するには、自らの言語文化に自信と誇り、愛着がなければならないのは当然だ。それならなぜサッカーチーム名がカタカナか?
「英会話学習にひそむ問題」も重要だ。社会的自己規定が、相手に依存する相対的なもので決まる日本人と、絶対的自己規定が強いアメリカ人との組み合わせが上下関係で英語のクラスに出現し、日本人は押される一方となる。
例えば「相手をみつめて話せ」の押しつけ。アメリカ文化はそうだろうが、あらゆる文化がそういうわけではない。日本では「ガンをつける」ことになり、みつめられた方は不快感さえ感じる。必要なことは恐れずに指摘するべきなのだ。
極めつけはアメリカ流呼称法。中曽根レーガン会談、ロン、ヤスと対等にファーストネームで呼び合って気心の知れる仲になったという。
とんでもない、日本で大の大人が、ヤス、リュウと呼び合うか。日本で人の名前を呼び捨てにできるのは、両親か年上の兄弟、目上の親族上級生先輩先生、あとはごく親しい同級生に限られる。アメリカ人が日本に来たら、すべて日本式にしなければ相互主義にもとずく対等関係とはいえない。
あるパキスタン学生が、日本は植民地になったことがないのに、日本人の西欧諸国に対する考え方や反応はどの植民地より植民地的で驚いた、といったそうだ。
著者は、日本人の精神構造を「自ら進んで、ある特定の文化宗主国の「文化的植民地になることを選ぶ自己植民地化現象」と呼ぶ。嗚呼。
英語学習の話というと、発音、方法、辞書といった手段の話が先行しがちだが、本書のように何のためになぜ学ぶのか、から策を考えるのが大人の学習法だろう。

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紙の本

経済大国路線への言及は必要だったのか

2011/07/29 21:56

6人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Genpyon - この投稿者のレビュー一覧を見る

日本人はなぜ英語ができないか。本著を読み始めると、その答えはあっけないほどすぐに明らかにされる。日本語話者にとって英語は習得が難しい言語であり、大多数の日本人はその難しい英語を使う必要がないから、というのがその理由だ。なるほど、手段である言語の習得を自己目的化しているのでは、不要な言語が身に付かないのは当然だろう。

著者は、ほとんどの日本人にとって不要な英語を必修とする必要はなく、全員にある程度の英語運用能力を求める現在の英語教育には無理があり、有限である教育資源の無駄遣いであると主張する。

では、英語教育はどうあるべきか。必修制を廃して学習者を絞り、経済大国路線という国家戦略に資する少数の指導者を養成すべく、発信型・折伏型の英語教育を行う、というのが、著者の主張だ。

だが、たとえ経済大国路線という戦略を是としたとしても、少数の指導者を英才教育するという著者の戦術は、古典的に過ぎるように感じられる。まして、経済大国路線は国民のコンセンサスを得ているとの著者の仮定には、まだまだ議論の余地があるのではないだろうか。

著者の見解は、個別的には、ほぼ賛同できるものであり、「英会話の世界は人種差別」など、個人的経験に合致する事柄も多い。補章として、大学における教育改革の実践記録があり、著者の主張が、少なくとも、全く実現不可能な空論ではないことが示されているのも高く評価できる。

あとがきに、著者の主張の的確なまとめとして、数学者である藤原正彦先生の素晴らしい文章が引用されているのだが、経済大国路線に言及せずともこの結論に到達することは可能であったように思われ、その一点だけが残念に感じられる。

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紙の本

「保守思想」というより「右翼思想」?

2005/01/19 00:25

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:BCKT - この投稿者のレビュー一覧を見る

「日本人はなぜ英語ができないか」(題名)とか「日本の英語教育はここが間違っている」(表紙帯)から想像される,日本人と日本語の特性と英語との格差とか教育手段の根本的欠陥を指摘したり論究したりする著作ではなく,むしろ,英語(教育)を受信型から発信型へと転換することを提唱する著作。要するに,「律令国家」(中国)⇒「立憲君主国家」(西洋諸国)⇒「民主主義国家」(戦後米国)という日本史の発展モデルを提示して(77頁,これはとてもきれいなモデル),これからは世界へと日本発の情報を送り出していこう!と息巻く趣旨。

情熱的には著者に同情・同感するけれども,理性的にはあまり付いていけない。なぜなら,「国際理解はやめよう」(V章一節小題(95頁))というのには同感できるが(なぜなら,わたしも「国際理解」というときの「国際」の指示内容=実態が不明だと,常々,感じているから),「英語で日本文化の発信を」(VIII章,175頁)と言われても,何を「発信」すべきかは,本書には明示的に述べられていないから。

気持ちは分かる! 痛いほどよくわかる! だって,何かというとカタカナを乱発して弱い立場の学生に恫喝しているくせに,英米圏知識人が来ると,おたつく馬鹿インテリ(形容矛盾?)や大学教授どもを目の当たりにして, これで同感できないはずがあろうか?! でも,具体的に日本(言語や民族や文化)のどこがいいのか,なにが優れているのかに議論が割かれていないと,どうとも言えない。著者がたぶん大嫌いであろう合衆国だって,自覚的に「発信」しているとは思わない。むしろ,国益・社益(?)を最優先して行動・発言しているに過ぎないとしか思われない。

外国語(教育)の「トロイカ体制」(英独仏語)とか,上記日本史発展モデルとか,外国語学習態度の中国型(自己顕示・自己喧伝),合衆国型(他者攻撃・折伏制御),日本型(自己改革・社会改革)とか,なかなか興味深い分類とか概念モデルは興味を惹くけど,これだけだとやっぱ「保守思想」というより「右翼思想」だ。「鬼畜米英」の世代に育った限界だとは思いたくありません。もっと証拠を挙げてください。(1272字)

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感想

2016/01/31 16:46

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Otto - この投稿者のレビュー一覧を見る

レポートを書くために読みましたが、なかなか難しい内容だった。言語だけでなく、文化理解の大切さもわかりました。

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日本はなぜ英語ができないか

2021/05/26 23:21

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:kyh - この投稿者のレビュー一覧を見る

その理由は、
1.英語を教える人で、英語が分かっている人がいない。
2.上と関連するが、英語ができるようになるためのまともな辞書や教材がない。
でしょう。

英文を1文取り上げ、ギリシャラテンの深層まで、
あるいはキリスト教・ユダヤ教、ゲルマンの心性まで掘り下げて、
一語一語の深い意味や、どうしてこの単語が選ばれなければ
いけないのかまで、説明できる人がいるでしょうか。

国文で優れた人なら、漢文や梵文まで対照しながら、
古文を縦横無尽にいくらでも深く説明することができるでしょう。

日本には少なくとも10万人以上の優秀な人がいると思います。
その人たちが、そうした深い英語教育を受けたなら、
できないわけがないと思います。

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2005/04/29 09:23

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2006/06/19 04:57

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2007/02/21 01:19

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2008/05/29 12:20

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