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商品説明
耳縮小用メス、シロイワバイソンの毛皮、年増の娼婦の避妊リング、死者の分身ともいえる形見が盗まれ集められる。なぜ? その物語とは? 追いつめられた博物館技師の運命は?【「TRC MARC」の商品解説】
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紙の本
美しい沈黙の世界
2005/11/11 14:44
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:つな - この投稿者のレビュー一覧を見る
ある村に雇われてやって来た博物館専門技師の「僕」。現実の村のようでもあるけれど、その村はどこか儚い美しさを持つ不思議なところ。美しい卵細工の特産品、シロイワバイソンの毛皮を身に纏った沈黙の伝道師。
雇い主は大きな館に住み、気難しく独自の暦に従って生活する老婆。「僕」は老婆の養女である少女とともに、博物館を作ることになる。
博物館専門技師の仕事を「僕」はこう考える。
「僕の仕事は世界の縁から滑り落ちた物たちをいかに多くすくい上げるか、そしてその物たちが醸し出す不調和に対し、いかに意義深い価値を見出すことができるかに係っているんです。」
そして、老婆が望む博物館は普通のものではない。彼女が幼い頃から集めた、村人の形見の展示を望むのだ。
「いいな、私が求めたのは、その肉体が間違いなく存在しておったという証拠を、最も生々しく、最も忠実に記憶する品なのだ。それがなければ、せっかくの生きた歳月の積み重ねが根底から崩れてしまうような、死の完結を永遠に阻止してしまうような何かなのだ。思い出などというおセンチな感情とは無関係。もちろん金銭的価値など論外じゃ」
こう語る老婆が集めた形見は勿論普通一般のものではない。大抵の場合、それは高価でもなく、美しくもない。殆どが死の混乱に乗じて盗んできたもの。
老婆が語る形見の物語を記録し、村人が二度死ぬことがないように、丁寧に保存していく。村人の新たな死に当たっては、技師である「僕」が形見を収集することになる。物語は多分こう進むのだろうなぁ、と思う方に進んで行くのだけれど、最後、ことりと嵌まる場面は何とも物悲しい。
印象深いのは、顕微鏡の中の世界、少女の頬の星型の傷、沈黙の伝道師など。生き生きとした野球観戦の様、少女の若さには明るさを感じるけれど、全編を覆っているのは静謐な空気。沈黙のカーテンを下ろしてはいるけれど、決して人を拒絶しているわけではない、「沈黙の伝道師」も魅力的。伝道師の小さな沈黙の世界は、人々を迎え入れ、秘密の言葉を毛皮の奥へ封じ込める。
「博士の愛した数式」 もそうだったけれど、「愛」を描きつつも、「恋愛」的要素は注意深く取り除かれているように感じる。著者の「恋愛小説」があるのならば、読んでみたいと強く思う。
紙の本
形見はひっそりと、しかし鮮やかに死者の過去と現在を映し出す。
2000/10/02 00:15
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:挾本佳代 - この投稿者のレビュー一覧を見る
博物館には、かつて使用されていた「もの」がその役目を終えてひっそりと眠っている。そこで私たちは、「もの」たちの生い立ち、特徴、時代背景、意義などを知る。私たちが目の前の古ぼけた「もの」を通して必死で読み取ろうとしているのは、在りし日の生き生きとした「もの」の姿であると同時に、かつてそれを使用していた人間の姿に違いない。博物館で眠る「もの」からは人間の臭いすら感じられるからだ。
ではもし、この「もの」が形見であったとしたらどうか。それも皇帝や王といった歴史的に有名な人間の形見ではなく、ただ平凡に暮らし死んでいった人間の形見であったとしたら。それらの形見が置かれた博物館はどんな臭いを漂わせるのだろうか。
新しい博物館を作るために、博物館専門技師である「僕」は依頼を受けてある村にやってきた。依頼主は百歳を越える老婆。かつて厩舎だった場所に小さな博物館を建てるという。博物館に収蔵する品は、その村の村人全員の形見。彼女は「奇跡的な生の痕跡」を残す形見から成る、「人間の存在を超越した博物館」を目指している。
そのために、老婆は過去数十年にわたって、村人の形見を1人で収集してきた。避妊リング、犬の死骸、剪定バサミ、使い古しの油絵の具。彼女が死者の身体からはぎ取ってきたり、葬式の場で半ば盗み同然のことをして確保してきたものばかりだ。しかしこれらはいずれも、平凡な村人の生々しい「生」が、かつて確かに営まれていたことを示すのに不可欠な「もの」ばかりなのであった。
老婆の代わりに形見を収集しなければならなくなった「僕」の周囲で、連続女性殺人事件が起こる。死体からは乳房だけが切り取られている。彼女たちの形見は紛れもなく乳房になるはずだったが——。
完成した博物館の名前は「沈黙の博物館」。死者が沈黙を保る一方で、一見沈黙しているかのように見える形見は、かつての「生」の輝きを死者が生きていた頃よりも鮮明に放していた。
小川洋子氏の小説には常に不思議な雰囲気が漂う。最初はほんのりと、途中からは背中に冷や汗を感じるほど、怪しげな雰囲気が作品全体を覆っている。その雰囲気はいつもどこか心許ない。その心許なさは、まるでゆっくりと恐る恐る上だけを向いて長いこと登ってきた階段が、ふと下を見るとすべて消えてしまっているかのような感じだ。
けれどそうした小川洋子の世界に取り憑かれて、ファンは新作が出るとまたそこに浸りきることを望んでしまう。私もそれを望んだ。自分の息遣い以外は何も聞こえないような空間で、秋の夜長にじっくりと読むことをお薦めする。 (bk1ブックナビゲーター:挾本佳代/法政大学兼任講師 2000.10.02)