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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2000.9
  • 出版社: 毎日新聞社
  • サイズ:30cm/255p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-620-60559-X
  • 国内送料無料

紙の本

土門拳の伝えたかった日本

著者 土門 拳 (撮影),毎日新聞社 (編),土門拳記念館 (編)

リアリズムの鬼・土門拳が撮り続けた「日本人の顔」「日本人の子ども」「現代日本のドキュメント」「古寺巡礼」「文楽」…。日本と日本人の真髄を垣間見ることができる土門拳の入魂の...

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土門拳の伝えたかった日本

税込 3,080 28pt

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商品説明

リアリズムの鬼・土門拳が撮り続けた「日本人の顔」「日本人の子ども」「現代日本のドキュメント」「古寺巡礼」「文楽」…。日本と日本人の真髄を垣間見ることができる土門拳の入魂の写真集。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

土門 拳

略歴
〈土門〉1909〜90年。山形県生まれ。写真家。作品集に「筑豊のこどもたち」「ヒロシマ」など。

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紙の本

阿吽のごとく——土門拳の憤怒と慈愛

2000/11/03 00:15

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:服部滋 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 久しぶりに見る土門拳の写真に新たな感動を覚えた。どの写真もすでに見なれたものばかりだというのに見るたびに胸を強く打つ、そんな写真家はぼくにとっては土門拳だけだ。

 「絶対非演出の絶対スナップ」——土門拳が自らの方法論を披瀝した有名な言葉だ。作為的な演出を排し、直感的にシャッターを切ること。「ワイドならワイド一本でいく」と決めて、絞りもシャッター速度も距離も固定して、「一切の森羅万象をその条件においてのみ断ち斬る、また断ち斬ってみせるぞ、と男らしく腹を据えるのである」。
 いかにも土門拳らしい言葉だ。露出計なんていらない、ファインダーなんか覗くな、と乱暴な言葉も出てくるけれど、このいわゆる「リアリズムの方法論」と呼ばれるものは、実はちっとも「方法論」なんかではない。「絶対非演出の絶対スナップ」であろうと「カメラとモチーフの直結」であろうと、その「方法論」に基づいて撮ったからといって、当然ながら誰もが『ヒロシマ』や『筑豊のこどもたち』のような写真を撮れるわけではないからだ。

 若き日の大江健三郎はかつて次のように書いた。「土門拳は一九五九年に日本人がいかに原爆と戦っているかを描きだす。それは死せる原爆の世界をではなく、生きて原爆と戦っている人間を描きだす点で、徹底して人間的であり芸術の本質に正面からたちむかうものだ」(1960年、「土門拳のヒロシマ」、『厳粛な綱渡り』講談社文芸文庫所収)
 『ヒロシマ』の土門拳は怒っている。腿の皮膚を剥ぎ取って顔に植皮する少女の代わりに怒っているのではない。胎児で被爆し、急性骨髄性白血病で死亡した「鳥のように清潔で美しい少年」(大江、同)の憤怒を代弁しているのではない。彼らを襲った苛酷な災厄、それが自分と同じ人間の手によって惹起されたという不条理に静かな憤りを滾らせているのだ。「戦っている」のは彼らだけではない。「戦っている人間を描きだす」ことにおいて土門拳もまた戦っているのだ。

 いっぽう『筑豊のこどもたち』の土門拳は慈愛にみちている。貧しくて弁当を持ってこれなかった小学生の女の子が、アルマイトの弁当箱を広げている隣の少年から顔を背けて一心に雑誌に見入っている写真がある。少女雑誌を持つ手の、そして首筋のこわばりが、見る者にたしかなリアリティをもって伝わってくる。貧しいって、ときに切ないものだね。きみはきみの切なさにじっと耐えているんだね。ぼくは何もしてあげられないけれど、きみの切なさだけはわかっているよ——。シャッターを切る土門拳の心のうちの呟きが聞こえてくるようだ。

 憤怒と慈愛。土門拳があれほど仏像に惹かれ多くの写真を残したのは、そこに自らの内面を凝視しようとしたからだ。そういってみたい誘惑にかられる。つまるところ「方法論」とは、土門拳という個性と切り放せない彼の心拍、呼吸のようなものだ。ぼくたちは土門拳のように写真を撮ることはできないけれど、土門拳の撮った写真を見て、土門拳のまなざしを共有することはできる。否、いつのまにか彼のまなざしを通して対象を見ている自分に気づかされる、といったほうが正確かもしれない。

 本書には『風貌』『室生寺』『ヒロシマ』『筑豊のこどもたち』『古寺巡礼』『文楽』といった、1950年代から70年代にかけて発表された写真集から選ばれた182点の写真と、作家・写真家たちのエッセイが多数収録されている。印刷のクォリティは高い。定価を抑えたのは、一人でも多くの読者に手に取ってもらいたいという願いからにちがいない。
 「21世紀に残したい本は?」と問われたら、ぼくはこの写真集を真っ先に挙げるだろう。 (bk1ブックナビゲーター:服部滋/編集者 2000.11.03)

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2023/04/18 18:12

投稿元:ブクログ

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