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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2000.12
  • 出版社: 朝日新聞社
  • サイズ:20cm/252p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-02-257562-X

紙の本

上野千鶴子が文学を社会学する

著者 上野 千鶴子 (著)

「社会学者」という言説生産者の存在理由は、どんなフィールドにも降りたち、使える道具ならどんな道具をも使ってブリコラージュ(器用仕事)をすること−。「女ことば」から「老人介...

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上野千鶴子が文学を社会学する

税込 1,760 16pt

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商品説明

「社会学者」という言説生産者の存在理由は、どんなフィールドにも降りたち、使える道具ならどんな道具をも使ってブリコラージュ(器用仕事)をすること−。「女ことば」から「老人介護文学」まで、あまりに社会学的な文学論。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

上野 千鶴子

略歴
〈上野千鶴子〉1948年生まれ。京都大学大学院博士課程修了。東京大学教授。

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みんなのレビュー3件

みんなの評価4.0

評価内訳

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  • 星 1 (0件)

紙の本

おもしろすぎる

2001/01/07 14:05

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:dakara - この投稿者のレビュー一覧を見る

 「文学を社会学する」とはどういうことか?わからないけれども、上野千鶴子の名前に惹かれて購入してしまいました。
 その結果は、期待を裏切ることなく、非常におもしろい本でした。
 文学とは、時代の状況とともにあるのであるから、文学はひとつの歴史・民族資料であるという立場から、ジェンダーや老いについて、いくつかの小説作品を引用しながら論じています。
 私がとりわけ面白いと思ったのは、「おい」という章です。この章では有吉佐和子さんの『恍惚の人』と佐江衆一さんの『黄落』(ともに新潮文庫)を比較しながら、それぞれの時代で介護に対する考え方がどう変わってきたのかを小説の描写を交えながら考察しています。
 本書を読む前に、有吉さんと佐江さんの作品は読んでおくことで、本書をより一層面白く読むことができるでしょう。

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紙の本

もっとも傷つきやすい場所から行使する「暴力」

2000/12/13 18:15

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:服部滋 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 日本のブンガクの牙城・新潮社が創立100年を記念して刊行した『新潮名作選・百年の文学』(96年刊)は、「わが国近・現代文学百年の歴史」の「多彩な展開を一冊に凝縮した」ものだと<まえがき>で自負しています。
 明治43年11月号の森鴎外『身上話』から昭和63年6月号の開高健『一日』まで、雑誌「新潮」に掲載された35人の作家による短篇小説が収録されているのだけれど、荷風、谷崎、志賀、芥川、川端といった錚々たるメンバーの並んだ目次を見ると、嫌でもあることに気づかないわけには行きません。
なんで女性作家が、かの子に林・円地の両フミコの3人なんだ? 32人対3人! 日本の文壇がいかに女性作家を排除してきたかを物語ってあまりあります。大多数の作家と一握りの「女流作家」という構図。これが<評論・エッセイ>となると、さらにテッテイして30人の作家・評論家のなかに女性は一人もいません。まるで国技館の土俵だな。
 
上野千鶴子さんは本書の<あとがき>で、社会学者がいかに貶められているかを皮肉交じりに語っています。「『社会学者にしては文学がわかりますね』、という言い方は、一見ほめ言葉に聞こえるが、その実、(略)カテゴリーとしての社会学者全体を侮蔑した言い方である。(略)こういう言い方は、どこかで聞いたことがある。『女にしては——』という言い方と似ている。」
かつて上野さん(と富岡多恵子、小倉千加子さん)が『男流文学論』(92年、現・ちくま文庫)を上梓したとき、多くの(男流)文芸評論家たちから反発・無視を招いたのも、社会学者で、しかも女が「越境」してきたからだと言っていいでしょう。どこへ?「ザ文学」という「聖域」へ。『新潮名作選・百年の文学』に再録された中村武羅夫の有名なエッセイのタイトルを借用すれば「誰だ?花園を荒らす者は!」(昭和3年)というわけです。

ところでブンガクって本当に「聖域」なのでしょうか。上野さんはこう書いています。「『文学』は言語表現の聖域、なんかではない。文学もまた時代と状況の産物であり、それを産んだ時代の文脈と切り離せない」。そして文学という「フィールド」に敢然と降り立った上野さんは、ジェンダーという「道具」を使って涼しい顔で「ブリコラージュ(器用仕事)」をしてみせます。
一例を挙げれば、老人介護文学というテーマのもとに有吉佐和子『恍惚の人』と佐江衆一『黄落』を対比して論じるのですが、従来の文芸評論と異なるのは、私たちの生活の場=現実の社会がつねに参照されているという点でしょう。作品はそれ自体で閉じられたものではなく、文学はもはや聖域どころかここでは主役の座すら与えられていません。老人介護・高齢者福祉という問題を文学がいかに処理しているかが鋭利な分析に付されるというわけです。

文学を「聖域」視する人々が「外部」の排除に汲々としてきた結果、日本の文学は一部の好事家のみの愛好する古典芸能のような存在になってしまいました。少なくともそこに文学の未来がないことは火を見るよりも明らかです。文学が本来もっているはずの力を恢復するためには何が必要なのでしょうか。「自分自身を文化の測定器とするとき、社会学者はもっとも傷つきやすい場所に立ってもいる」と上野さんは書いています。「そして返す刀で対象にあらたなゆがみを加える暴力を、行使してさえいる」(「癒し手とは誰か」)と。
この「暴力」は果たして文学を蘇生させる恵みの一撃となるでしょうか。 (bk1ブックナビゲーター:服部滋/編集者 2000.12.14)

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