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  • みんなの評価 5つ星のうち 3.5 38件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2001.4
  • 出版社: 幻冬舎
  • サイズ:20cm/298p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-344-00078-1

紙の本

モザイク

著者 田口 ランディ (著)

まもなく渋谷の底が抜ける。渋谷は完全に電子レンジ化する−。精神病院への移送途中、逃亡した14歳の少年は、霧雨に濡れるすり鉢の底の街に何を感じたのか? 知覚と妄想の狭間に潜...

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モザイク

税込 1,650 15pt

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商品説明

まもなく渋谷の底が抜ける。渋谷は完全に電子レンジ化する−。精神病院への移送途中、逃亡した14歳の少年は、霧雨に濡れるすり鉢の底の街に何を感じたのか? 知覚と妄想の狭間に潜む鮮烈な世界を描く書き下ろし長篇。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

田口 ランディ

略歴
〈田口ランディ〉東京都生まれ。広告代理店、編集プロダクションを経て、ネットコラムニストとして注目される。著書に「コンセント」「アンテナ」がある。

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みんなのレビュー38件

みんなの評価3.5

評価内訳

紙の本

清々しい世界の捉え方だ

2001/06/02 17:44

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:千秋屋 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 ここでいう“モザイク”とは変化すること、それ自体を比喩的に言い表した言葉だ。一時としてとどまらない、そして同じ姿は二度と見せない。矢印は常に一方通行、戻ったとしても戻ること自体がそのものの変化になる。

 でこの『モザイク』という小説の中で“モザイク”は何の象徴として描かれたかというと、「全部」だ。人も物も時間も。例外なくすべて。

 基準もなくし、枠も飛び越えて、相対は排除し、ひとつにする。部分が全体を作り、全体はまた部分となる。とにかくとにかくあるものすべて。あらゆる事物の変化する様を“モザイク”だと言い切ったわけです。

 いさぎよくて、気持ちよくて、清清しい世界の捉え方だ。『モザイク』はこの世界の捉え方を身をもって実感するに至るある女性を描いたの物語なのだ。

 はっきりいって神秘体験というわけです。話としては分かるけれど、実感したことがない。で、また実感といったって、人それぞれ実感の種類がきっとあるわけで、この物語は「佐藤ミミ」という女性がひとりで勝手に体験した物語として捉えるしかない。普遍的でスタンダードな世界の捉え方なんて誰にも分からないし、そんなものはないと思うから。こういう体験は正しいか正しくないかなんて、その時代の相対的で多数決的な判断に委ねられるものなので、考えるだけ野暮。特別と普通、異常と正常はひどくあいまいなのだ。すくなくとも、神秘的超能力的世界観はいまのところ少数派として特別で異常の範疇に入れられているのは確かなこと。渋谷を舞台に繰り広げられる、境界線上の混沌。あちら側とこちら側のせめぎあい。コミュニケーションの行き着くはてを想像してみたら、えらいことになりましたという大胆な仮説。展開する物語は、リアルな“もしも”を突きつけて、我々を、というか僕を引き込みました。ぐいぐいと。

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紙の本

共鳴する心のモザイク

2001/05/06 16:04

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:アルデバラン - この投稿者のレビュー一覧を見る

 ストーリーは東京渋谷を舞台に、携帯電話、メール、若者の引きこもり、残虐な少年事件など現代の世相がキーワードだが、その展開は予想もつかないSFのようでもある。
 しかし読後に残ったものは、そのストーリーの奇抜さではなく、自分の心のモザイクが、この小説の中にちりばめられた言葉や感情に引きつけられ共鳴しているという実感だった。

 それは、「どうして私たちは、こんなにも関わり合いながら、それぞれに一人なのだろう。でもみんな同じカケラをもっている。だから引き合うのだ。きっとそうだ」と、主人公の佐藤ミミは泣いたときも、「私たちが生まれてきたのは苦しむためじゃない。もっと別の意味があるはずだ」とミミが正也に話し掛けたときも、私の中の何かが震えたという感覚。

 相似形のモザイクをもつ心たちは引き合い、共鳴し、求め合う。私もそう感じる。それは単なる独り善がり、根拠のない確信、あるいは妄想だと言われてしまえば反論するすべはないが、それでもその不思議な繋がりを信じられるのは自分自身だ。ときには繋がりの有りようを間違えたことで心も身体も痛むことがあるけれど、その間違えさえも繋がりの一部だと思えば、その痛みは決して苦しみばかりではないと思える。

 「私は世界のモザイクの一片だ。世界といっしょに私も変化している」
 ミミが見たモザイクのカケラたちが常に変化を繰り返しながらきらきらと調和しているイメージは、たしかに希望と名づけられるものにちがいない。

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紙の本

「天使にチューニングが合う」人間が生まれる時代の物語

2001/11/12 21:40

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:オリオン - この投稿者のレビュー一覧を見る

 鯨は、全身これ耳である。──中沢新一の「すばらしい日本捕鯨」(『純粋な自然の贈与』所収)の書き出しの文章だ。本作品の主人公は「ミミ」という名を持つ女性で、「ミは、見であり、身であり、実である。そして弥勒の弥である。ミは第三の道の三である。重なる三は六であり、天、地、水、太陽、月、火である。その存在が、世界をバランスに導く」。
 ミミはまた「あしゅらおう」(『百億の昼と千億の夜』)であって、「この世界に『シ』を組み込んで崩壊に追いやっている者は誰なのか、それを探して過去から未来へと旅をしながら、ずっと戦う」。
 ミミは、古武術で鍛えられた性能のいいOS=身体をもつ「アース」でもある。「俺たちさ、身体全体が耳なんだよ。ミミがサウンドって呼んでいるのは、耳で聴いている音じゃなくて、もっとこう自分全部で聴いている音なんだよ。この音を聴くためには、性能のいい身体が必要で、身体ってのは心とセットなんだよ」 。
 この小説は、「天使にチューニングが合う」人間が生まれる時代、つまり映像の世紀から情報の世紀へ向かう時代における、視覚と聴覚のシンクロによる霊覚化、いいかえれば水と波(電磁波)による浄化、ホツレとムスバレの同時化による生き霊化、すなわちOSの更新(復活)の物語だ。
 ところで「モザイク」とは何だろう。少なくとも12回以上は出てくる使用例のうち、もっとも印象に残った文章を記しておく。「人間の精神は無数の感情のひな型で構成されたモザイクである」。

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紙の本

時代のバランス

2001/06/07 19:30

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:すの - この投稿者のレビュー一覧を見る

 一番好きな一文を引用させていただきます。

 「だってなんとか好きなことやってみんな生きてるみたいだし、悪いことしてるのもオヤジの方が多いのに、なんであたしたち怒られてるんだかわかんない」

 まさに今の時代のバランスの悪さを表していると思う。

 個人的に性描写がある小説は素直に受け取れない。これはたぶん私の中で何か偏見があるのだけど。

 それはおいておくとして。

 「コンセント」同様、評価が別れる小説だと思う謎かけのような前半に対して反則回答の後半。彼女の小説の特徴なのだろうか?

 もっとも、その回答を「反則」ととるかどうかに評価が別れそうだ。

 「コンセント」では受け入れること、「モザイク」では受け流すことを主人公が行っているように思う。受け入れすぎのユキ(「コンセント」主人公)と違いアースに例えられるミミ(「モザイク」主人公)。それでも、男に関して受け入れすぎだと私は思うけど。

 なんだか、今という時代に多くの人が絶望してると思うのだけど田口さんの本を読むと、あぁ、これから良くなるのかもしれないなと、漠然と思うことがある。その「よさ」は、私に受け入れられないものかもしれないけど。次の世代、次の世代と、そんなに悪くはならないよ。そんなメッセージにも見える。

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紙の本

田口ランディの磁場

2001/05/18 17:16

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:津村 エミ - この投稿者のレビュー一覧を見る

 田口ランディの小説を読むたびに感じること。今の世の中で心を病んでいる人こそ正常で、平気で生きている人の方が異常なんだ、という感覚。読めば不安でたまらなくなるのに、なぜかどうしても、彼女の磁場に引き寄せられてしまう私がいるのだ。
 
 この小説のタイトルを聞いて、小学生の時に作った「モザイク」のことを思い出した。ひとつひとつが違う断片をつなぎ合わせて一つの絵が完成することが、なんだかとても不思議だった。どんな形の断片も、どんな色の断片も、ちゃんと調和してしまうのだもの。
 
 現代は「個性」の時代といわれて久しいが、高度情報化社会においては、それは少し違ってきていると思う。情報が操れないヤツ、特に「みんなと同じ」情報を共有できないヤツは無能だとでもいわれそうな今日この頃、「個性」とは何を指すのだろうか。3部作の最終巻である本書を手に取り、過去の作品の中でもくり返されてきた「新しいOS」を持った人間の完成がどんな形で表されるのか、期待して読んだ。
 
 幼い頃に両親を亡くし、世紀末を生き抜くために自衛隊に入隊、その後精神病院の看護婦となった主人公ミミ。現在彼女は「運び屋」になった。対象は人間。運ぶ先は精神病院。「運ぶ」途中で消えた14歳の少年正也を捜しながら、物語は霧雨の渋谷を舞台に進んでいく。
 
 登場人物たちは「現代は死んだ人の記憶の堆積」「身体性」「見るように聴く」「共鳴」など、ランディ語とでもいうべき単語で会話する。このランディ語がわかるようになることが、「完成形」を知る上でも重要なポイントになる。
 
 情報が氾濫する現代においてエネルギーが必要なのは、情報そのものよりそれらを取捨選択する情報処理能力だろう。何もしなくても情報はどんどん外側から勝手に与えられてしまう。ある人はその状況から逃げ出すかもしれない。ある人は新しいOSを使って処理できるかもしれない。本書はその近未来が語られている小説といえるかもしれない。

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紙の本

こけおどし

2001/10/15 17:28

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:猫いらず - この投稿者のレビュー一覧を見る

 薄い内容である。テーマも物語上の重要なポイントも、すべて登場人物がお話してくれるので、判りやすいが、それだけの話。最後にいんちきな神秘体験で、適当に幕を閉じるあたり、実に今の読者の水準をわかっているとはいえるのだが。

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紙の本

前編心を閉ざし、病んだ少年、あるいは引きこもりの少年に救済の道はあるのか。

2001/07/04 15:17

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:今村楯夫 - この投稿者のレビュー一覧を見る

これは神戸の殺人事件を起こした「酒鬼薔薇聖斗」から一家6人殺人事件を起こした少年、さらにはバス・ジャック事件を起こした少年を結んだ1本の線の延長上に点在する無数の少年たちの物語であり、彼らの声にならない声を集め、あるいはつぶやきを有声化し、増幅し、混ぜ合わせた上で、ひとりの少年の声として語らせた物語だ。

引きこもりの14歳の少年の両親の依頼で、精神病院への入院を説得し、実行する「移送屋」という仕事を担う語り手である佐藤ミミと少年、正也を巡る「事件」によって物語は展開する。少年は移送の途中で失踪し、姿を消してしまう。渋谷駅前の雑踏の中で人びとが交錯し、電磁波が飛び交う渋谷駅前という都市空間の異形にして日常の世界。その真下には地下空間が広がる。少年はその地下で発見される。それは少年がかつて体験した幽体離脱という仮死状態で魂だけが身体から離脱し、浮遊する体験を語り手、佐藤ミミが自ら体験することによって、実現する。

現実と超現実の境界はあまり問題ではない。この幽体離脱という不思議な超自然現象的な体験と、一方にリアリティをもって厳然と存在する現実空間のもつ重みとの奇妙に調和したバランスがなんとも不思議だ。確かにここに描かれているように、地図を頼りにこの界隈を確認してみると、渋谷駅は谷底の谷である。周囲には渋谷川は確かに明治通りに沿って流れ、氷川橋と並木橋の交差点の下を過ぎ、オミビルという雑居ビルの横、渋谷駅の直前で暗渠となって地上から忽然と消える。道玄坂と文化村通りと二股に分かれる、その股ぐらに109のビルが屹立し、またに少年(正也)が言うように、それは勃起した男根だ。女陰は渋谷駅なのだ。地上ではハチ公前のスクランブル交差点を人はひしめくように歩く。

渋谷というトポグラフィが不思議な魅力をもって迫ってくるのはこれだけにとどまらない。このスクランブル交差点という一日に何万人という人びとが交錯し、瞬時に通り過ぎていく一角が、結果として人間を引き寄せる強力な磁場となっていることは事実であり、あたかもすべての人間が歩きながら携帯電話で交信中であるかのような錯覚を生む不思議な空間でもある。人間と地理的な空間の存在が同じような比重の重みをもって存在しているが、それはモノの存在においても同様なことが言えよう。
ここでは物語の重要なモノに携帯電話がある。携帯電話という間接的で、かつ断片的な言語でコミュニケートすることに何の違和感も生じさせない新たな機器の出現が人間関係を濃密にしたのか、あるいは希薄にしたのかは未だ不明であるが、この携帯電話がまた重要な役割を演じている。ここに登場する、携帯電話文化を謳歌している高校生の女子生徒はすっぱでありながら、意外にまともなところが、従来の現代風女子高校生の原型を打ち破ってむしろ新鮮な感じを与える。 (bk1ブックナビゲーター:今村楯夫/東京女子大学教授 2001.07.05)

  〜 書評後編へ続く 〜

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無数に広がっていく世界観

2001/07/03 11:32

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:nao aiba - この投稿者のレビュー一覧を見る

 世界は人の数だけ存在するのかもしれない、そんなことを思った。最近の風潮描写においては、宮台真司氏らを彷彿させるものがあり、それほど真新しいものでもない気がしたが、それをフィクションという媒体を通してみると、また何か新鮮な印象を与えてくれた。

 急速に混沌としてゆくこの世界の中で、対応する手段は、何も考えなくなるか、必死にあがいて狂っていくしかないのか? 狂ってしまいそうな少年を助けるために、主人公のミミは、なんとか手だてを探そうとする、そんな話。

 世界の存在は一つしかないはずなのに、人がいるだけ、世界の意味は広がっていく。ある人は、天使が見えて、ある人は、声を聞く。人が膨張する渋谷の街は、あれだけの人間がいるのに、どこか、奇妙な閑静さを醸し出している。確かに、狂っているのかもしれないし、もはや、それが当たり前なのかもしれない。

 ただ、プロットは、起伏に富んだものだとはいえないので、おもしろい、というよりは、考えさせられる、といった感じだろう。
 上記の通り、社会学系の専門書でもこの手の世情洞察はたくさんいわれているので、フィクションとしての見所は、田口ランディという人が作る、事実から一歩出た推測の世界観、ではないだろうか? それが、事実を元にして書かなければならないノンフィクションにはあり得ない、考えさせられる部分だと感じた。

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紙の本

著者コメント

2001/06/06 00:12

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:田口ランディ - この投稿者のレビュー一覧を見る

 この小説を書きながら、わたしがずっとこだわっていたのは「知覚」だった。
 特に「聴く」ということ。私には「聴く」ことは「見る」ことの上位に位置する知覚なのだ。
 「聴く」ことは「見る」ことすら内包する。つまり、よく聴く者は見える以上のものを見ている。そう思える。だから「モザイク」の主人公の名前は「佐藤ミミ」である。
 精神病院への移送途中に失踪した14歳の少年を探して、佐藤ミミは渋谷を彷徨う。

 情報化した社会に生まれた子供たちは、おじさんやおばさんとは違う知覚能力を有していると思う。そうでなければ情報を処理できないで発狂してしまうんじゃないかって思える。
 現代的な知覚能力をもつ者たちに、携帯電話の電磁波で加熱した渋谷の街
はどのように体験されるのか。
 それを描いてみたかった。
 この小説は、十代の男の子たちにも読んでもらいたいなあ、と思って書きました。
                           田口ランディ( 2001.4.11)

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2004/10/05 06:49

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2007/05/29 21:47

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2006/03/03 23:44

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2005/06/22 20:19

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2005/11/25 06:55

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2006/07/20 15:38

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