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われはフランソワ
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.6 8件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2001.2
  • 出版社: 新潮社
  • サイズ:20cm/372p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-10-427002-4

紙の本

われはフランソワ

著者 山之口 洋 (著)

大泥棒にして人殺し、だのに「フランス文学史上最高の抒情詩人」と今なお讃えられる破天荒な男−フランソワ・ヴィヨン。謎につつまれていたその生涯を現代に甦らせたピカレスクロマン...

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商品説明

大泥棒にして人殺し、だのに「フランス文学史上最高の抒情詩人」と今なお讃えられる破天荒な男−フランソワ・ヴィヨン。謎につつまれていたその生涯を現代に甦らせたピカレスクロマン。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

山之口 洋

略歴
〈山之口洋〉1960年東京都生まれ。東京大学工学部機械工学科卒業。自然言語処理およびデータベースの研究者でもある。「オルガニスト」で第10回日本ファンタジーノベル大賞受賞。

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みんなのレビュー8件

みんなの評価4.6

評価内訳

  • 星 5 (4件)
  • 星 4 (3件)
  • 星 3 (0件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)

紙の本

映画化するなら主演は断然ジェラール・ドパルデュー!共演はイザベル・アジャーニばりの気品あふれる美女で、ぜひ!そういう話が出ておかしくないぐらい飛びっきり楽しめるピカレスク・ロマン。

2001/12/18 12:37

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:中村びわ(JPIC読書アドバイザー) - この投稿者のレビュー一覧を見る

 辻邦生氏の遺稿集『海峡の霧』を読んでいてとても勉強になるのだけれど、そこに書かれた二つの記述に目が留まった。
 一つは、爆発する芸術家・岡本太郎氏のラジカルなアジテーション——「日本の文学はね、ありゃ、自分のふんどしを人に見せて、おれのはこんなに汚いが、お前のは、どんなに汚いか、見せてみろ、と言っているようなものだよ。(中略)こんな根性じゃ、大文学は生れんな」。
 いま一つは、博覧強記の評論家・篠田一士が日本に本格的な長篇小説(ロマン)の誕生を望んでいた人の一人だった。彼が長篇を望んだのは、細部の魅惑が増幅され、生命を持ち、一種の陶酔的奔流となるのは長篇のみがなし得ることだと考えていたからだろうという辻氏の推察である。

 岡本太郎と篠田一士が『われはフランソワ』を読んだら何と言っただろうかと私は思う。これは実におふたかた好みのロマンではないだろうかという気がするのだ。しかし、日本にだって司馬遼太郎や宮尾登美子、隆慶一郎らがいる。世界観と人間観を描いた娯楽的な文学をもっと眺めてほしかったよとも思う。「ひとつの世界と人間」「世界に生きる人間」が書けていれば十分に大文学じゃないのかな?まあ本読みの先達がどうであれ私にはそういった娯楽文学の巨星の小説が面白いし、それと同じくこの小説も爽快な読後感。

 泥棒にして放浪の抒情詩人フランソワ・ヴィヨンの生涯は、15世紀の人物ということもあってほとんど知られていないらしい。私もランボーの詩なら知っているが、ヴィヨンは名前だけ聞いたことがあるだけで、「バラッド」のスタイルを作った彼の作品には、この本のなかで初めて触れた。本文が読みやすく名調子だと思うけれど、その調子のまま、作者の山之口さんが自ら翻訳したというバラッドが差し挟まれている。とても魅力的な詩だ。名訳なのだと思う。そして、詩に刺激され小説をものした作家の心意気が存分に感じられる。いくつかの詩をパズルよろしく当てはめて、知られざるヴィヨンの人生を創造してしまったというすごい企画。だから、仏訳されれば話題になり、それこそドパルデューで映画化。「シラノ・ド・ベルジュラック」みたいな傑作になると思うのだけれど…。

 自然言語処理・データベースの研究者である山之口さんは、記号としての言葉を解体して構築し直すことを繰り返してきた、つまり科学的・論理的に言葉を扱ってきたプロなのだと推察する。それはある意味、ソシュールやロラン・バルトといった記号論者たちより冷徹にブツとしての言葉を究めたということだ。そういう研究を経た人が、イキのいい調子でヴィヨンの生涯を思いっきりデッチ上げることの痛快さときたら、どうだろう!

 居酒屋で酔っ払い相手に即興のバラッドを口ずさむ。そのなかに当時のフランスの世情をシニカルに織り込んで、やんややんやの拍手喝采。細かいことまで描かれる当時の風俗がリアルだ。悪ふざけの好きな学生たちを詩の魅力で煽動して犯罪を働いたり、逃げ回って放浪しながら出会った貴人の尊敬を受けたり、貴婦人の真心までも盗み出してしまう。
 でも、私が一番素敵だと思ったのは、ヴィヨンの女性に対する騎士道精神だ。シラノ顔負けの男女間の距離の取り方における美意識を読みとるだけでも満足できる、素敵な夢物語であった。

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紙の本

パイのようにいくつもの要素が織り成す物語

2001/05/03 20:21

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:青月にじむ - この投稿者のレビュー一覧を見る

 「物語」を堪能させてもらった。空白が多いヴィヨン伝とその時代をうまく利用した、壮大で大胆な想像の産物である。

 この物語の主人公、フランソワ・ヴィヨンは、フランスでも指折りの抒情詩人である。とは言っても私自身、彼の存在は太宰治『ヴィヨンの妻』で知るくらいで、つまりは泥棒や殺人などを犯し、パリを追放された悪党であるという程度の予備知識しか無い。本当だったら彼の作品集くらい読んでいたほうがいいのかなあ、と心配たのだけれど、それは杞憂だったようだ。

 読み終わると、この題名の意味が重みを帯びてくる。題名に象徴されるように、この物語はとても複雑な層を持った人物描写、人生、人間関係、構成をしており、それらが折り重なる様はまるで丁寧に作ったパイ生地のようだ。間の空気、その風味が、物語全体のクオリティを高めている。素材が大事とは思うけれど、こうやってそれぞれの要素が相互作用している物語というのは、形にするのにかなり苦労するのではないかと思う。しかし、複雑で、しかし乏しい情報しか無いヴィヨンのような存在を主人公にした話としては、とても効果的なのではないか。
 雑然とした時代のパリの描写、生みの母、育ての父との絆と愛情、「悪魔の屁」事件を始めとした、パリ大学生であった間の悪行の数々、酒場の喧騒とそこでの即興詩、流転の人生、流浪、盗賊団コキュール、シャルル大公夫妻との出会い、ヴィヨンの出自、そして、生とは死と隣り合わせていることを思い出させる、刑場で縊られた人々の光景…。様々な要素が生き生きと、あるときは絡まり合い、あるときはふと顔を出し、溶け出して物語を美しい味に作り上げている。

 ヴィヨンという人は、その存在さえももしかしたら疑われている人物で、エピソードにはこと欠かないが実像がはっきりしていない。その断片的なそれぞれの話と彼が身を置いたパリという舞台、時代を最大限に活用し、その空白を想像力というつなぎで埋めることで風味はいや増している。それらを、いかにも「調べました」「頑張りました」ではなく、これほど生き生きとした面白い物語として仕上げたということは、随所に挿入されたヴィヨン作の詩の効果を考えただけでも納得がいくのではないだろうか。詩とは、机の上でじっとして読むものだけではなく、その、作られたであろう光景や心情を加えると、途端に息づく、そういう類のものもあるということ、そして、ヴィヨンの詩というのはまさにその種類にはいることを知り、大いに興味を持ったのだった。

 彼の、伝えられている生涯を思い起こせば、最後には別れがあることがおのずと分かってくる。しかし、最後にはその別れ(これは、彼のパリと周囲の人間との別れと、読者である私とヴィヨン、そしてこの本との別れを二重に意味する)を認めたくないほどに没入してしまい、しかしそのさらりとしたラストに、清々しい思いを感じながら本を閉じた。

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紙の本

私は、この本のカバー画を描いている中村太樹男さんと会って話したことがある。からだの大きな、髭面の優しい人だった。この本の話をしたら、ああいう本も読むのですかと妙に感心されてしまった

2003/09/17 21:09

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

日本人が西洋を舞台に、日本人ではなく西洋の人を主人公にした小説を書く。十年前には殆ど考えられなかったようなことが、今起きている。しかも、その背景となる時代考証の行き届いたこと、舌を巻くといってもいい。勿論、辻邦生は、いた。小説ではないものの塩野七生もいた。でも、この気負いのない自然さは何だろう。

一時代前は澁澤龍彦が紹介する情報に、種村季弘の描く中世の暗黒に、あるいは荒俣宏の博物学に感心していたものだけれど、今では彼らのそれは情報量だけでいえば、愛惜を込めて言うが、過去のもの。それを実感させる見本がこの作品であり佐藤賢一『オクシタニア』『黒い悪魔』だろう。カバー画もフレスコ風で夢がある。これぞグローバル化の見本だ。

舞台は十五世紀のパリ、主人公はルーアンの聖職者の下で育てられたフランソワ。彼は、パリ大学に通いはしているものの、勉強よりは、酒を飲む時間のほうが長い暮らしをしている。そしてある時、酔ったあげく誤って人を傷つけてしまう。事件のほとぼりを冷ますためにパリを離れたところで、コランという男と出会ったことが、青年の人生を変えていく。

逃避行の中でオルレアンの城主であるシャルルと、その妃であるマリーの庇護を受け、大学時代に磨いた戯作歌を作る腕前を披露しながら、名を上げていく。そこから、事件の発覚に怯えながら、時代に翻弄されていく一人の詩人の姿が浮かび上がって来る。当時のパリは、シャルル七世の宮廷と大学が対立し、頻繁に衝突が起きていた。

60年安保で青春を翻弄された人には、理解しやすい話かもしれないが、はたして今の太平に慣れた日本人が、この状況にどれほどリアルな気持ちを抱けるかは心配なところだ。何といってもマスコミまでもが権力に挑むというよりは、権力と一体化することを楽しんでいる此の頃だもの。

日本ファンタジー大賞に輝いた前作『オルガニスト』では、重厚な伝奇ファンタジーの世界を見せてくれたが、今回はまさに時代小説。同じ時代を、佐藤賢一が『二人のガスコン』で描いているけれど、正直、私には甲乙付け難い。それにしても描かれる古き西洋の姿のリアルなことは見事といっていい。時代のおかげ、といえばそうだろうが、これは澁澤たちではなしえなかったもの。

王の不幸な幽閉生活やジャンヌ・ダルクの処刑などなどが実にうまく小説に溶け込んでいる。人物の造型の雄大さ、時代を小説に取り込む力は佐藤の方が上だが、架空世界の構築ではこの人が上かもしれない。今回の作品で山之口は、高野史緒『ムジカマキーナ』のファンタジー世界から、佐藤賢一の西洋時代小説にぐっと近付いた気がする。中田に続いて、小野、中村が活躍し始めた欧州サッカーみたい。面白い時代になったものだ。

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紙の本

わくわくと面白い悪漢小説

2001/05/20 00:49

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:mau - この投稿者のレビュー一覧を見る

 山之口氏は『オルガニスト』のような硬質な設定と文章が売りだと思い込んでいた。新作が「おれ」の一人語りによる悪漢小説だと知って、ええー大丈夫? 無理してない? と心配になり、せっかく買っても読み始めるのに幾分躊躇していたのは事実。

 ところがところが。これが読んでみるとわくわくと面白いではありませんか。
 フランソワ・ヴィヨンについては何の予備知識も無かったが、庶民の雑然とした、それでいてエネルギッシュな生活が浮き彫りにされる中で、ヴィヨンの詠う詩がぴりりと締まる。豊かな才能を持ちながら、俗世にまみれて身を持ち崩していく等身大の人間の姿が、まるで目に浮かぶように描かれている。
 素行は極めて不良で困ったくん(お父さん苦労してるよ…)なのだが、なんか妙に人間くさくて魅力的なのだ、このフランソワって。

 ただ、やっぱり詩は翻訳するとどうしてもリズムや韻が分からなくなってしまう。本当はもっともっと耳に馴染む作品なんだろうなあ、と思ってもフランス語はさっぱりの私にはどうしようもない。それだけがひたすら残念だ。

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紙の本

山之口洋『われはフランソワ』

2001/03/23 10:30

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:佐藤亜紀 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 『オルガニスト』で日本ファンタジーノベル大賞を取ってデビューした山之口洋氏が、次はヴィヨンの伝記を書くのだ、と言うのを聞いた時には、幾らかの驚きを感じたものだった。まず第一に言うなら、山之口氏は極めて温厚な紳士である。泥棒詩人ヴィヨンと目の前の柔和な紳士との組み合せくらい意外なものはちょっと思い付かないと言っていいくらいだった。『オルガニスト』もまた極めて抑制の効いた、もしかするとやや効きすぎかもしれない佳品であった。究極の音楽に向って限界を踏み越える狂気が描かれてはいるものの、たとえば高野史緒嬢の小説を満たしているバッカエの狂乱とは正反対の、随分とひんやりした狂気だった。ある意味では、それが不満だった。或いは作品自体に対してではなく、作中で極めて透明な叙情に純化されてしまった、本来ならもっと熱く煮え滾っているべき何かが感じられたからかもしれない。
 温厚な紳士というのは、結構侮りがたいものなのだ。
 山之口氏が書こうとしたのは、ヴィヨンの伝記ではない。実証主義に徹するなら、実在の人物に関して作家が書き加えるべきことなど驚くほど少ないのだ。「われはフランソワ」の主人公は必ずしもフランソワ・ヴィヨンと言う名の歴史的人物ではない。これは、人間の命が途方もなく安価で、その束の間の生が限りなく輝かしかった「中世の秋」——ベリー公の時祷書だの「一角獣の貴婦人」のタペストリだの、シャルル・ドルレアンの歌比べだの、当然ヴィヨンの「疇昔の美姫の賦」だのと同時にイノサンの墓地の「死の舞踏」を思い浮かべる方ならお判りだろう——死と腐敗に縁取られた、あまりにも色鮮やかな中世末を、火箭のように過って堕ちていく一個の才能の物語なのである。
 十五世紀のフランスを扱った小説が書かれるのは、必ずしも本邦初という訳ではない。何年か前、この本と重なる時代、重なる場所を扱った作品が書かれてはいる。ただ、山之口氏のように鮮やかに「時代」を切り取った作品ではなかったのは間違いないし(同じパリ大学の学生を扱っても、この小説にあるような暴力性と若さへの陶酔は、もう一人の作家には無縁だった)、山之口氏ほど大胆に、その時代を我々の時代に結び付けた者もまたないだろう。悪と汚辱と美、という、おそらくは中世人の知らなかった倒錯の三位一体を、山之口氏はヴィヨンの生涯に重ね合わせる。それがこれほどよく似合うものだったというのは、驚くべきことではなかろうか。
 詩の鏤め方もまた素晴らしい。こういう形でヴィヨンの詩に出会うことのできる読者は幸せだと言わなければならないだろう。再会する読者にとって幸せなのはもちろんとしてもである。

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2004/12/11 00:50

投稿元:ブクログ

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2006/08/23 19:10

投稿元:ブクログ

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2010/12/25 22:03

投稿元:ブクログ

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