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熊の敷石
  • みんなの評価 5つ星のうち 3.7 28件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2001.2
  • 出版社: 講談社
  • サイズ:20cm/165p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-06-210635-3

紙の本

熊の敷石

著者 堀江 敏幸 (著)

【芥川賞(124(2000下半期))】いくつもの物語に出会う旅は、フランス人なら誰でも知っているという寓話に辿り着いた。第124回芥川賞受賞作品。表題作のほかに「砂売りが...

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商品説明

【芥川賞(124(2000下半期))】いくつもの物語に出会う旅は、フランス人なら誰でも知っているという寓話に辿り着いた。第124回芥川賞受賞作品。表題作のほかに「砂売りが通る」「城址にて」を収録。【「TRC MARC」の商品解説】

収録作品一覧

熊の敷石 5-112
砂売りが通る 113-142
城址にて 143-165

著者紹介

堀江 敏幸

略歴
〈堀江敏幸〉1964年岐阜県生まれ。東京大学大学院博士課程中退。明治大学助教授。「おぱらばん」で三島由紀夫賞、本表題作「熊の敷石」で芥川賞受賞。ほかの著書に「郊外へ」「子午線を求めて」など。

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みんなのレビュー28件

みんなの評価3.7

評価内訳

紙の本

ホモイの貝の火を輝かすもの

2003/11/25 02:53

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ろこのすけ - この投稿者のレビュー一覧を見る

芥川賞受賞にふさわしい作品で読後、この作者への傾倒がさらに増すのを覚えた。
読後作者に会ってみたくなる、そんな作品の筆頭かもしれない。
三島由紀夫賞受賞作品「おぱらばん」で知られるように、仏文出身のこの著者の作品は不思議な雰囲気を醸す。
背景がフランスであるのに対して登場人物は常に移民たち、
ディアスポラ状況にあるものたちであるとことろがこの著者の特徴。
プロットがとても巧妙で洒落た構成になっていて、読後それに気づいた私は、思わず声にならない声をあげてしまった。

キーワードは「熊」「投げる物」「寓話」「ホモイの貝の火」「さまよえるディアスポラ」。

「熊の敷石」とはラ・フォンティーヌの寓話で、親友の老人の寝顔にハエがたかるのを追い払う役割の熊が、どうやっても追い払えない蝿にごうを煮やして敷石を投げ、ハエもろとも親友の頭までかち割ってしまった熊のお話。。
この訓話から転じて、「熊の敷石」とはいらぬお節介のこと。

登場人物のユダヤ系フランス人の友ヤンは父、祖父母のホロコーストの歴史を持ち、
日本人の主人公は過去に命のかかった逃亡などない時代に育った。
そんな二人の関係を主人公は
「社会的な地位や利害関係とは縁のない、ちょうど宮沢賢治のホモイが取り逃がした貝の火みたいな、それじたい触れることのできない距離を要請するかすかな炎みたいなもので、国籍や年齢や性別には収まらないそうした理解の火はふいに現われ、持続するときは持続し、消えるときは消える。不幸にして消えたあとも、しばらくはそのぬくもりが残る」と思う。

主人公は自分が大切に思ってきた「貝の火」を共有する距離について自問自答する。
自分と他者との距離、歴史に対する距離とどう関わっていくか。
言いかえればそれは「潮の引いたモン・サン・ミッシェル湾さながら、ふだん見えない遠浅の海でどこまでも歩いていけるような錯覚のうちに結ばれる」関係。
しかし、それは互いに見えないハエを叩き合っていて、投げるべきものを取り違っているのではないか、つまりあの熊の敷石のごとく。
人間や歴史、他者との関わりを個人としてどこまで共有できるのか。
それはホモイの「貝の火」のように種類をたがえて燃えて行くことなのか。

この作品はいくつかのエピソードをまじえているが先に挙げたキーワードにもあるように
主人公と友人との出会いのきっかけは「投げるもの」つまり、ペタンクと呼ばれる石を投げて遊ぶ競技が縁だった。そして列車でとなり合せた学生の「カマンベール投げ」のエピソードがあり、最後のオチでもあり、主題でもある熊が「投げた」敷石と繋がる。

実にさりげなく、しかし、力量を感じさせる筆はこびで温かな雰囲気と哀感をたたえた堀江ワールドに満ちていて白眉な読後感だった。

久しぶりに芥川賞と呼べるものに出会った。

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紙の本

粗忽な生活を送る私(生活を送る粗忽な私かな?)を上質な時間と空間の中へ誘い出してくれた佳品。

2001/05/31 12:45

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:中村びわ(JPIC読書アドバイザー) - この投稿者のレビュー一覧を見る

 バタバタ、ガチャガチャと音を立てながら日々を過ごしていると、神経がヤられそうになるときがある。
 そういう人が多いから各ジャンルで「癒し系」なるものが求められるのだろう。でも、癒しというのは、ぺこっとへっこんだ穴を埋めるだけで何やら消極的な意味合いに私には思える。

 もっと積極的に生活を切る−−卑近な言い方をすれば上質なものを自分に取り込むことで、満たされた気持ちになりたい。「トリップ」という浮遊してしまう感覚とはまた違って。
 隣の椅子に腰掛け直すと、がらり違う位相が見えてくる−−うまく言えないのだけれど、そんな感じが望ましい。
 穏やかに、無理することなく自然に、すっと「上質なるもの」の中に導かれたい。

 『熊の敷石』は、芥川賞を取ったから読んでおいてもいいだろうぐらいの気持ちで手に取った本なのだけれど、期せずして、そこへ導いてくれた本だった。
 先に書評を寄せていらっしゃる「ががんぼ」さんが指摘しているが、なるほどアントニオ・タブッキの小説のような香りがする。ずれているかもしれないが、私の場合は、「導かれた」という思いもあって、伊東静雄の「わがひとに与ふる哀歌」という詩の空気が思い起こされた。

 手をかたくくみあわせ
 しづかに私たちは歩いて行った
 かく誘ふものの何であろうとも
 私たちの内の
 誘わるる清らかさを私は信ずる

 日本を離れ、フランスという国に観光客とは違う触れ方をする主人公。ルポライターのように「知りたい」と踏み込むこともなく、旧友を通してユダヤ民族の歩んできた歴史の哀しみに出逢い、先天的な障害を持つ子どもを産んだ女性の哀しみに出逢い、少し交わったあとで通り過ぎていくだけの自分を静かに眺めているという意識が、繊細な描写で温かく表現されている。
 できることなら、私もこういうフランスに訪れてみたい。

 この表題作「熊の敷石」は、ラ・フォンテーヌの『寓話』の中の訓話から転じた「いらぬお節介」という意味の表現で、その意味解きは、話が展開していくにつれ明らかになって読者が合点するしくみになっている。
 あとから出てくるモチーフのいくつかが、このタイトルに結びつくように物語が紡がれていくところが、嫌味がないうまさで著者の持ち味なのだと思う。

 熊の大群が集まってじゅうたん状になった上を歩くという冒頭の夢は、ドラッグが見せてくれるサイケな夢のような感じもあり惹きこまれた。

「誘わるる清らかさ」のような空気を保ったまま、もっと幻想的な方に踏み込んで物語を紡いでくれるといいなと思う。形式は、散文的で無論かまわない。
 この方の友人や女性との距離の取り方は、幻との距離の取り方にきっと面白い味が出てくるように感じられたから。

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紙の本

熊の敷石

2001/02/20 11:56

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ががんぼ - この投稿者のレビュー一覧を見る

 面白く読んだ。芥川賞の選評(『文藝春秋』2001年3月号)の中に、エッセー風であることを弱みのように述べたものがあったが、そうは感じなかった。選評の中で共感できたのは黒井千次、日野啓三、田久保英夫のコメントである。物語性が足りないと書いた石原慎太郎と、主人公が作者を写したような人物なのはだめで、もっと対象化しないと真の創造にはならない、といった主旨の河野多恵子は、私は違うと思った。作者が問題化しているのは、自己とその関わる対象との距離、ないしはその関係の微妙さ、言い換えれば、「物語」の中に入り込めない立場の問題であり、すっきりとは対象化できない相手との関わりの困難である。それが主題である以上、創作というメタレベルをもってしても、その問題が「物語性」や「対象化」に類する言葉でそうそう割り切れるはずはないと思う。
 作者は1964年生まれ、「戦争を知らない子供たち」として、安保闘争すら遠い太鼓でしかないという、ある種の難しさを感じてきたはずの世代である。一方、作者が属するようなアカデミズムの世界はもとより、広く文化人、知識人であれば、己の生きた同時代として、20世紀を自分なりに整理せずには済まない。その際、二つの大戦やホロコーストをどう捉えるか。たとえばイギリス、より正確には、その中心をなすイングランドでも、新しい作家にとってもはや小説化すべき素材がない、だから毎年最高の小説を選ぶブッカー賞は旧植民地からしか生まれないなどということが言われ、比較的若い作家たちは過去の大戦やホロコーストに目を向けている。
 「熊の敷石」には、そうした世代の作家の位置と姿勢がよく現れている。直接取り上げられるのはホロコーストだが、作者と等身大の主人公は、もっと後の年代でもあり小説の舞台では異邦人の日本人でもあって、当然ながらそうした「歴史の重さ」からは隔たってしまった時代、隔たった環境に生きている。その友人のユダヤ人のヤンですら、直接にそうした経験を通過している親や祖父母の世代とは隔たっている。つまりここには個別の人間の様々な程度の「距離」があるのだが、しかしこの「歴史」との接触は、間接的ながらも真正なものとして描かれており、それを可能にしているのは、作家の力量である。そうした距離が生み出すものを、苦さではなく、一種静かなユーモアを交えて、背景にあるほとんど透明な哀感と溶け合わせて描き出すセンスもいい。どことなくアントニオ・タブッキの小説や、須賀敦子のエッセーを連想させるのはそうした点だろうか。
 そしてここでいう「歴史」とは、ホロコーストのような大事件だけを言うものではない。ヤンの部屋の家主のカトリーヌは、生まれつき眼球のない幼子を抱えている。その不幸と、隣人であるヤンの、そのまた友人である主人公はどう関わるのか。つまり歴史、あるいは総体として考える「人間」も、またより卑近な他者としての隣人の経験も、ここでは一つである。距離の問題は「歴史」の大きさに由来するのではなく、「歴史」に個人はどう関わるか、という問題は、他者の経験に、これと直接は関与しないように見える我はどう関わるか、という問題に通じている。どこまで「人間」、あるいは「同胞」を共有するのか。それをコミュニケーション、あるいは連帯の問題と呼んでもよい。が、問題にされるのは、どこまでも、その分断ないしは困難である。だから主人公も、全く個人的な、突然の歯痛に苦しまねばならない。

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紙の本

第124回芥川賞受賞作

2018/05/15 03:51

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る

ノルマンディー地方の友人を訪ねる表題作が良かったです。見知らぬ土地に放り出される不思議な気持ちになりました。

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紙の本

中心から周縁へ

2001/02/18 16:14

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:55555 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 短いなかにリトレやラ・フォンテーヌや目を縫われた熊の人形やチーズ投げの話や万引きの話などがでてきて面白かった。
 この作品が郊外を舞台にしているのは何か意味があると思う。中心から周縁へと移動する主人公。都市とは違う郊外。そこにやってきた熊としての主人公。つぎつぎとチーズ投げのように言葉の石をなげてゆく。何処か空しさだけが残る作品。

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紙の本

静かに紡ぎだされる物語を見つめる著者の視線には体温が感じられる

2001/04/19 18:16

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:井上真希 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 表題作「熊の敷石」の物語は、山中に迷い込んだ主人公が、やわらかい人工芝のような下草が敷きつめられた道に出たので、疲れを癒すためにそこで一夜を過ごそうと決めた瞬間、地面がうねり出し、それはひしめき合うおびただしい数の熊の背中だった、という夢から始まる。
 この《熊の絨毯》ならぬ「熊の敷石」は、フランス語の慣用表現で「ありがた迷惑」「いらぬお節介」を指す言い回しである。

 ノルマンディー地方の海沿いの町アヴランシュにほど近い小村の田舎家に住むユダヤ人写真家の旧友ヤンを訪ねたことから、翻訳を生業のひとつとする主人公は、部分訳と紹介文を引き受けていたアヴランシュ所縁の学者リトレの伝記のなかの記述に始まり、絶滅収容所から生還した作家センプルンの生死を分けた所以を経て、ヤンの撮影した写真が紡ぎだすいくつかのエピソードの世界へと誘(いざな)われてゆく。
 そのなかのふたつのイメージ、舗石工場に積まれた敷石とばつ印で目を閉じられた熊のぬいぐるみとがない交ぜになって、冒頭の夢をみたもののようだが、主人公の思考は、リトレの著した『フランス語辞典』の「敷石」の項へと飛び、そこでラ・フォンテーヌの『寓話』からの引用「忠実な蝿追いは敷石をひとつ掴むと、それを思い切り投げつける。」を発見して、遂には「熊の敷石」を生んだ訓話「熊と園芸愛好家」を探し出す。

 日本語では一種奇妙な響きのキーワードをモチーフに、精緻に構築された展開は、読み終えてなるほどと腑に落ちるのであって、読者を自然に流れる物語に滑り込ませ、感応させる著者の力量が、ひそやかに幽(かそけ)き光を、しかし確実に放っている。
 主人公とヤンが海辺の村はずれの崖の突端から眺めたノルマンディーの景勝地モン・サン・ミシェルの美しい夕景の描写は、連関する物語の結びつきを、終盤で主人公が遠浅の海に重ね合わせることによって、さらに濃密な輝きを蘇らせる。砂州を歩いて渡れるモン・サン・ミシェルの僧院の島も、日に2度、満ち潮になると道は海で断たれる。根底でつながっていながら断絶があり、その断絶が別の物語へのジャンプの契機となるのだ。

 ノルマンディーといえば、連合軍が1944年6月に上陸し、その2ヵ月後、首都パリをナチス・ドイツ軍から解放する端緒となった地である。宗教問題に端を発する迫害もレイプも強制労働も知らず、ユダヤ人をめぐる「局所的な悲劇があちこちで人々の痛覚を刺激しているという生活の土台」のない日本では、ディアスポラが日常の話題になることはほとんどないが、欧米を旅すると、否応なくさまざまな人種・民族が存在している現実を目の当たりにして、国籍や年齢や性別を超え、片言でも使える言語を駆使して理解し合おうとする場面に身を置くことになる。
 著者は『おぱらばん』で描いた帰るべき場所を持たない放浪者としての移民たちの孤独と悲しみの根深さを、この作品でも、自分は漂泊しているかのように見えて実は定住地へと往還しているに過ぎないと厳しく内省する主人公を通して見つめている。命のかかった逃亡などしたことのない人間には到底、真の孤独は理解できないと断じながら、その静かな視線には人間らしい体温が感じられる。 (bk1ブックナビゲーター:井上真希/翻訳・評論 2001.04.20)

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紙の本

内容・著者紹介

2001/01/26 19:49

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:bk1 - この投稿者のレビュー一覧を見る

●第124回芥川賞受賞!
文芸サイト編集長安原顯おススメ!
詳しくはココをクリック→★天才ヤスケンの「おススメ」第14回堀江敏幸「熊の敷石」

いくつもの物語を織り込んだ、芥川賞受賞作
ユダヤ系の友人が語る一族の悲劇。チーズ投げ選手権の話。視力のない赤子とその母。フランス・ノルマンディーに旧友を訪ねた主人公が遭遇する、人々と風景の物語

「熊の敷石」とはラ・フォンティーヌの寓話で、友人の寝顔にハエがたかっているのをのけてやろうと敷石を投げ、友人の顔をつぶしてしまう熊のお話。この寓話を知らなかった主人公が、熊の夢をみたり、熊のぬいぐるみをみつけたりしながら、ユダヤ系フランス人の旧友宅に滞在し、風景や人々に出会う物語です。いくつもの物語が織り込まれた濃密な小説作品となっています。

堀江敏幸氏は1964年岐阜生まれ。
早稲田大学文学部仏文科卒業、東京大学大学院博士課程中退、パリ第三大学博士課程留学。現在明治大学助教授で、20世紀フランス文学専攻。
著書は『郊外へ』(白水社)『書かれる手』『子午線を求めて』(思潮社)など。
『おぱらばん』で98年三島賞受賞。
訳書にエルヴェ・ギベール『幻のイマージュ』ミッシェル・リオ『踏みはずし』など。
今回の作品集は群像2000年12月号に掲載された106枚の「熊の敷石」をメインに30枚の「砂売りが通る」と20枚の「城址にて」を収録します。

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2006/12/05 21:06

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2006/12/11 01:09

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2008/03/20 16:55

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2010/11/28 17:16

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2007/05/09 16:22

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2010/02/06 16:50

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2008/04/13 10:00

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2010/10/11 13:25

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