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  • みんなの評価 5つ星のうち 3.6 8件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2001.5
  • 出版社: 文芸春秋
  • サイズ:20cm/241p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-16-320050-7

紙の本

ぬかるんでから

著者 佐藤 哲也 (著)

「今の話を信じますか」 身の上話に弱い私はかばのために良かれと思って頷いた。「そんなことがあるわけがありません。初歩の生物学です−」 怪物、少年、そして愛する妻をめぐる1...

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ぬかるんでから

税込 1,781 16pt

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商品説明

「今の話を信じますか」 身の上話に弱い私はかばのために良かれと思って頷いた。「そんなことがあるわけがありません。初歩の生物学です−」 怪物、少年、そして愛する妻をめぐる13編の物語。【「TRC MARC」の商品解説】

収録作品一覧

ぬかるんでから 7-26
春の訪れ 27-44
とかげまいり 45-62

著者紹介

佐藤 哲也

略歴
〈佐藤哲也〉1960年浜松市生まれ。成城大学法学部卒業。93年「イラハイ」で第5回日本ファンタジーノベル大賞を受賞。

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みんなのレビュー8件

みんなの評価3.6

評価内訳

紙の本

剥き出しの言葉の力

2001/06/09 00:56

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ざぼん - この投稿者のレビュー一覧を見る

 13篇の短篇。どれもこれもが凄すぎる。
 剥き出しの言葉の力。粗筋を説明するのは無意味だ。これは物語の頚木から開放された純粋な、言葉の塊だから。考える前に、文字が直接脳味噌に響いてきて、鮮やかな情景を、まるでそこにあるかのように、自分自身がその場にいるかのように、描き出す。
 その光景は、理不尽で不条理で滑稽で禍禍しいものばかりなのだが、とてつもなくリアルだ。この小説群に書かれているのは、「そこに、そういうものがあるのだ。」ということ、それだけのことだから。その現実にはありえないからこそ強烈に臭う「事実」の前には、人の論理などあまりに無力だ。ただ翻弄され、飲みこまれるしかない。悪夢そのもののような物どもが存在するそこは、まさしく悪夢の中であるのだから、そこにいる限りは悪夢こそが現実なのだ。語られる言葉だけがこの世界の現実であり、紡ぎ出される景色に、読んでいる自分の足場がめくり取られていく感覚。
 傑作。

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紙の本

表紙装画は大友克洋。「やもりのかば」の絵です。この生き物の実在を信じさせてくれるような「うそでしょ?」と作家に確認しときたいような幻想奇譚が13話。

2002/01/10 12:29

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:中村びわ(JPIC読書アドバイザー) - この投稿者のレビュー一覧を見る

 13のお話が所収されているので、たとえば子どもがまだいなくて邪魔などされなくて、楽しいことを見つけて日々を極楽トンボのように過しているカップルなんかが、毎晩交互にこの話を相手に読み聞かせしたりするのにお誂え向きなんじゃないかと思った。あっ、その設定って『停電の夜に』っていう短篇集にあったかな?
 佐藤哲也さんについては知らなかったのだけれど、奥さんが『バルダザールの遍歴』でデビューした佐藤亜紀さんだということで、考えてみると凄そうなカップルである。おふたりは既にそういう13夜を過したあとなのだと思う。

 この本のことは、識者書評の山之口さんの文章で深い興味をもっていたけれど、雑誌「ダカーポ」483号の「今年最高の本はコレだ!」という特集号で、豊崎由美さんというおっかなそうな女性ライターがプッシュしているのにも目を留めた。
 豊崎さんによると「寓話とも神話とも奇譚ともバカ話ともつかない」ものばかり、そんな世界もあったりしてね、と思える…という紹介で、私も「うそでしょ?」と作家に確かめたい衝動に駆られるリアリティをどっぷり感じ取った。「うそでしょ?」という言葉は、相手が「ウソみたいな本当の話」を語ったときに出てくるものだ。つまり、相手は事実としてそれを語っている。それをウソだと疑っている私がいる。
 これらの短編は、目を閉じて自分が眠っている間、魂が私の身体を離脱して、別の時空に生きるもうひとりの私の身体に移っているんじゃないか——そんなことを時たま考える私には、ほら、やっぱりそういう事例はあるよと思いを強くする本であった。

 のっけの表題作『ぬかるんでから』にしてパワー・フルスロットルという印象である。大きな泥流に人も木々も町も呑みこまれていくパニックにいきなり放り込まれる。このパニックは、前に読んだノーベル賞作家のジョゼ・サラマーゴ『白の闇』を思い起こさせた。みんながいきなり失明するという伝染病にかかっていくパニックを描いたもので、糞尿地獄の描写にうげげえっと半ば喜び半ば気味悪がったのだけれど、あれはかなりの長編。こちらはごく短い作品なのに、一気にあの感じが襲いかかってくる。
 どちらも聖女のような女性が事態の打開に関わっていくという共通点が面白い。『ぬかるんでから』では、体の部位を次々と亡者に提供していく妻の淡々とした態度と、ほろびゆく妻に注ぐ語り手の男性の思いが、美しい和音のように胸に響いてくる。

 他の作品も、表紙の装画(大友克洋!)に象徴されるように、現実にはなさそうな不思議なものを幻視させてくれる描写に満ち満ちている。
 でも、作者が知る不思議な世界を描いてみせると同時に、その辺に転がっていそうな当たり前のもの、当たり前のことを、妙に理知的に律動された言葉や大げさにバロック的に構築していくような言葉で書き下していくことから出てくるユーモラスな感じが私には面白かった。子どもの隣で読んでいて思わずプフェッと声立てて吹きだしてしまい、いぶかしげに見られ「早くごはん作れば」と言われた。
 そのとき、ああ、このユーモアのセンスは、子どもと楽しむアーノルド・ローベルの『ふくろうくん』や『ふたりはともだち』『ふたりはいっしょ』のがまくんとかえるくんの世界に通じていると発見して嬉しくなってしまった。 

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紙の本

《妻》という名のブラック・ボックス

2001/08/01 10:55

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:山之口洋 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 白状する。佐藤哲也氏がこれほど正統の幻想小説を書いていたとは知らなかった。笙野頼子が褒めちぎるのもわかる。もちろん、オビの「胸に滲みて、戦く。背に触れて、幻が通る」が賛辞とわかるのは、隣に「笙野頼子絶賛」と書いてあるからだ。
 なぜ意外か。それは幻想小説の成り立ちゆえにだ。幻想小説では、まず、われわれの周囲の現実世界との《ずれ》が設定され、それが広がって幻想が現実を侵していくさまが、主人公の認識を通して描かれる。しかし、ほとんどの場合、周囲の状況だけでなく、受け取る側の感覚さえもが、なにかしら病み、歪んでいる。それによって、いわば壊れたテレビに映るゴーストのように、言語というデジタルの中から、《機械の中の神》を召喚する。だから、非常に優れた幻想小説作品にさえ、一抹の阿呆らしさが宿命的にまとわりつく。そう言って悪ければ、脳の中の論理性をやや殺して読まなければならない。
 いっぽう、佐藤哲也氏は論理の妙で遊ぶ長編『イラハイ』で日本ファンタジーノベル大賞を受けた作者であり、その《贅沢な遊び》は一部のファンに絶大な支持をうけている。つぎの長編『沢蟹まけると 意志の力』も同じ。およそ、論理で遊ぼうとすれば、文章の隅々まで統御した上、さらに読者の当惑顔にこれでもかと投げつけ続けられるだけの過剰な論理性を必要とする。佐藤氏の脳にはそれがあり、つまりテレビは壊れていない。ここに、幻想が理に落ちる危険がでてくるのだ。ところが、本書の各短編を読んで驚いた、幻想は醇乎として幻想であるのに、語りは明晰かつ論理的で、ときには氏一流の論理の遊びさえ楽しめる。さらに、幻想小説につきものの、あの一抹の阿呆らしさともほとんど無縁だ。
 どうしてそんなことができるのだろう。幻想小説の約束として設定される《ずれ》は、もちろんここにもある。それは死神であったり、やもりよろしく天井にはりついた河馬であったり、主人公の家に倒れた男の死体であったりする。幻想小説の組立てとして根本的に新しいのは、氏が《理解も制御もできない近親者》という、制御工学で言うブラック・ボックスを、《ずれ》を認識し対処する側の回路に含めたことにある。
 それは父であり、伯父であり、ときには《ずれ》自体の発生源でもある戦う祖父と父であったりするのだが、なんと言っても秀でているのは妻である。妻の登場する『ぬかるんでから』『春の訪れ』『記念樹』などで、作者はその挙動を細やかに描き、しかも内面を決して描かないことで、独自の幻想の境地を獲得している。もっとも、この新しい工夫が、手法と呼べるほど一般化できるものか、作者自身が置かれた状況の恩恵なのかは、あの名高い夫妻を知る者すべてが頭を悩ましているところでもあるのだが……。
 ゆえに、これらの各短編は《わたしたちと世界》の物語ではなく、どこまでも《わたしと妻と世界》の物語なのである。それが、読者の胸に滲みる悲しみをもたらす。

山之口洋(やまのぐち・よう)
1960年東京都生まれ。作家。東京大学工学部卒。明治大学および東洋大学講師。98年『オルガニスト』(新潮社)で第10回ファンタジーノベル大賞受賞。最新刊は『われはフランソワ』(新潮社)。bk1でコラム「不審事物」を連載中

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山之口洋公式サイト「復路のランナー」

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2006/10/05 14:10

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2010/12/14 23:31

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2015/07/25 01:21

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2011/12/01 11:47

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2011/06/25 09:37

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