サイト内検索

詳細検索

ヘルプ

セーフサーチについて

性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示を調整できる機能です。
ご利用当初は「セーフサーチ」が「ON」に設定されており、性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示が制限されています。
全ての作品を表示するためには「OFF」にしてご覧ください。
※セーフサーチを「OFF」にすると、アダルト認証ページで「はい」を選択した状態になります。
※セーフサーチを「OFF」から「ON」に戻すと、次ページの表示もしくはページ更新後に認証が入ります。

送料無料(~2/28)

【HB】丸善丸の内本店×hontoブックツリーが贈る あの著者が選ぶ『テーマで読む5冊』:ポイント5倍キャンペーン

電子書籍化お知らせメール

商品が電子書籍化すると、メールでお知らせする機能です。
「メールを登録する」ボタンを押して登録完了です。
キャンセルをご希望の場合は、同じ場所から「メール登録を解除する」を押してください。

電子書籍化したら知らせてほしい

Y(ハルキ文庫)
  • みんなの評価 5つ星のうち 3.8 44件
  • あなたの評価 評価して"My本棚"に追加 評価ありがとうございます。×

新刊お知らせメール登録

この著者の新着情報

一覧を見る

  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2001.5
  • 出版社: 角川春樹事務所
  • レーベル: ハルキ文庫
  • サイズ:16cm/321p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-89456-858-6
  • 国内送料無料
文庫

紙の本

Y (ハルキ文庫)

著者 佐藤 正午 (著)

Y (ハルキ文庫)

700(税込)

ポイント :6pt

紙の本をカートに入れる

電子書籍化お知らせメール

電子書籍化お知らせメールサンプル

電子書籍化お知らせメールヘルプ

メールを登録する

このセットに含まれる商品

前へ戻る

  • 対象はありません

次に進む

この著者・アーティストの他の商品

前へ戻る

  • 対象はありません

次に進む

みんなのレビュー44件

みんなの評価3.8

評価内訳

紙の本

小説はなぜ書かれるのか、そしてなぜ読まれるのか

2002/04/03 23:25

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:オリオン - この投稿者のレビュー一覧を見る

 佐藤正午の小説は、ほぼ九年前、芦原すなおの『青春デンデケデケデケ』と一緒に『個人教授』を読んだのが最初で、それ一冊だけ。その時の感想が「村上龍の『69』以来の楽しめる青春小説」(これは『デンデケデケデケ』と共通の感想)と「村上春樹の世界を思わせる知的に乾いた叙情」で、村上春樹のことは『Y』を読んでいてもやっぱり(『リセット』の北村薫とともに)連想した。つまり、これは上手い小説であり、私の好みの作品であったということ。

 18年分の記憶をもったまま18年前の自分に戻り、二度目の人生を送った男から、一番目の人生で友人であった男(主人公)あてに届いたフロッピー・ディスク。「Y」というのは時間の分岐をあらわす記号で、フロッピー・ディスクに綴られた「作中作」のタイトルでもある。この小説にはたぶん、時を彷徨う男の三番目の人生(それは主人公にとって、もう一つの別の人生である)を構成することとなる人物(たとえば、女性の新聞記者)や素材がそれとなく描かれている。小説はなぜ書かれるのか、そしてなぜ読まれるのか。これがこの作品の隠れたモチーフである。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

うまく言葉にできない感動がありました。

2001/05/28 23:10

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:どしどし - この投稿者のレビュー一覧を見る

 人生を生き直すという男の話で、その生き直す男の視点ではなく、その男の前の人生での親友が主人公。だから主人公にとっては見知らぬ男だし、その男の話も最初は作り話としか思えない。しかし、その話を受け入ていく過程や、自分が生きてきたこれまでの人生が違ったものに見えてくる感覚がぼくにはとても感動的で、ラブストーリーという側面よりも、主人公から見て「親友だった見知らぬ男」という存在に強く惹かれるところがありました。一般的な感想ではないでしょうけれど。
 かなり気に入った作品です。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

もしもあの時…

2001/05/23 16:27

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:上六次郎 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 あの時こうしておけば、今ごろは別の人生を歩んでいたのではないか。そんなことを考えたことが誰しもあるのではないか。進学や就職、結婚といった大きな節目となる出来事を思い浮かべる人もいるであろう。だが実際にはもっと些細なことを考える人のほうが多いのではないか。あの時彼女に電話を架けておけば、あるいはあの時あいつと道で偶然会わなければ、といった瞬間が思いつくのではないだろうか。

 本書は十八年前の電車事故に関わった人たちの物語である。忌まわしい事故の起こる直前にとった行動がもし違っていたらどうなっていたのだろうか。過去に遡って人生をやりなおせたらどうなんるのだろうか。北川と秋間という高校の同級生を中心に話は展開していく。

 よくタイムマシンが出てくるようなSF小説などで歴史を歪曲することは許されないような話が出てくる。しかし普通の人が何をしようとも時の大きな流れは変わらないのかもしれない。だけど自分の人生においては歴史を動かす事件よりも、もっと大事な分岐点がある。そして今の自分とは違う自分がいるはずなのである。

 「もしも、あの時…していれば」は禁句であるとともに、希望でもあるのである。

 本書はサスペンスとSF、そして恋愛小説をミックスした欲張りな一冊である。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

世間の評価ほどには楽しめなかった

2001/07/26 11:00

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ごろんちょ - この投稿者のレビュー一覧を見る

 結末の気になる物語で、確かに最後まで一気に読み通せたけれども、どこかで何かが決定的に足りないような気がしてしまう。18年の時を遡った北川健の女性に対する想いだとか、主人公秋間の心の揺れだとか、そういったものが、どうにもストレートに伝わって来ない。

 もっと言ってしまえば、たった一言、二言言葉を交わしただけの女性を救うために、今の人生を捨てて、18年前に戻ろうなどと思えるものなのだろうか。その疑問が最初から最後まで、私の脳裡にべったりと貼り付いたまま、読み終えた今となっても、やはり何ら結論を見出していない。物語の大前提の部分で躓いてしまったため、とうとう最後まで楽しむことができなかったのが残念。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

2004/09/28 08:46

投稿元:ブクログ

物語の発端は、主人公「秋間文夫」のもとに掛かってきた一本の電話。相手は「北川健」という男で、高校の同級生であり、かつて秋間文夫の親友だったと言う。しかし、秋間にはまったくそんな記憶はなかった。
数日後に、秋間は北川が書いた物語を代理人から手渡される。
躊躇しつつも読み進めるうちに・・・という感じの始まり。

設定が、最近読んだ「七回死んだ男」「ライオンハート」と似た印象を持ったなぁ。
あぁ本当にこういう題材の話ってよくあるんだと思ったけれど、やっぱり面白く読んでしまった。
こういうのが好きってことなのかも。

半分くらい読んだところで家事をするために手を止めて、食器を洗いながら今後のストーリーをあれこれ考えてみたりしてました。
ちょっと近い展開になったから何となく嬉しくなったり。
でも意外な事実もあったりしたので、最後まで楽しんで読めました。

裏表紙の説明には「時間を超えた究極のラブ・ストーリー」と書いてあったけど、それはちょっと違う気がした。
どちらかと言うと、友情とか縁とかって要素が強いかも。

ラストの後に起こる北川健の人生が気になる!
この点で、かなり余韻を残された作品でした。

2004/09/30 09:59

投稿元:ブクログ

アルファベットのYという文字、何に見える?あの時、もしこうしていたら・・・と思ったことがある人は、絶対いないはず

2005/06/15 23:35

投稿元:ブクログ

とある本屋さんにて見かけたポップには純愛小説とあったのだけど、私にはうーん???そうかなーと疑問の1冊。たらればを言えばキリがないよというのが率直な感想。星は2.5ってとこでしょうか。

2005/09/23 02:43

投稿元:ブクログ

すんごい面白かった。引き込まれた!これはオススメ。もしもあの時こうしていたら…?そうYなんですよ人生はーーー!(意味不明)

2007/04/22 09:22

投稿元:ブクログ

 8月の雨の晩に突然かかってきた男からの電話。彼は自分を”キタガワタケシ”と名乗り、高校の同級生だったというが、私・秋間文夫には全く覚えがない。何かの勘違いだろうと思ったが、そのキタガワタケシはしつこく、「物語を読んでくれればわかる」と言い、電話を切った。そして数日後、秋間はキタガワの代理人だという加藤由梨から、貸金庫に入っていたフロッピーディスクと、現金500万円を渡されることになる。そのフロッピーに、キタガワの言う物語が入っているというのだ。

 特に選んだわけでもないんだけど、これもタイムスリップものだった。頭の中を整理しながら読まないと、途中でついていけなくなるが・・・最後で全てがつながり、このストーリーのせつなさに気づく。あの時こうしていれば、というのは誰でも思うことがあるだろうけど、だからといって、彼のような行動ができる人物はなかなかいないだろう。

2014/11/12 23:48

投稿元:ブクログ

タイムスリップをめぐる出会いと別離。その物語はいつも読む者に切ない感情を呼び起こす。
それは、現代――交通手段と通信手段が著しく発達し、空間を隔てるということがもはや絶対的な障壁ではなくなった――において、今なお容易に(絶対に!?)越えることのできない隔たりこそが「時間」であるからだろうか。

佐藤正午の小説「Y」は、まさにそういう種類の物語だ。


ある日見知らない男から電話がかかってくる。
「おぼえていないかもしれないが」と男は言う。「ぼくはきみの親友だった」と。そして「ぼくの物語を読んでほしい」と懇願する。
編集者を生業にしている主人公は「売り込みだったらお断りだ」と答えるのだが、男は食い下がる。「読んでさえくれれば、ぼくがきみの親友だったという事実がわかるはずだから」と。
数日後、主人公は貸し金庫に預けられていた1枚のフロッピーディスクと500万円の現金を手に入れ、そして彼はフロッピーに収められていた男の物語を読みはじめる。しかし、そこから彼は、現実とも創作ともつかない不思議なストーリーの中に取り込まれてしまう‥。

それは、愛する人を救いたいと願った一人の男の物語だった。
愛する人を救いたいと願い、やがてその手段を手に入れた男は、しかしその結果新たに生み出される現実に裏切られていく。


誰かを救いたいと願うこと。それは意志だ。
しかし、何かを意志するということは、同時に何かを選択するということでもある。誰かを救おうとすると同時にすべての人を救うことはできない。
男は、自分が原因で自殺に追いやってしまった(と彼が信じている)女性を、その直接の原因となった事故から救おうと過去に戻る。
そこで男は愛する人を救い、親友を救い、さらに他の人々をも救おうとした。愛する人を救うことはできたが、親友も他の人々も救うことはできず、その結果として彼の人生は変わってしまう。

彼は選択することができなかったのだ。
愛するひとりの女性を救うために過去に戻った男は、しかしそれまでの十数年の人生の中で得た大切なものを捨てることができなかった。
生きるということは、ただひとつの愛を生きることではない。生きるとは、さまざまなレベルのいくつもの愛とともに生きるということだ。それは恋人であったり、家族であったり、友人であったりする。誰かを救うということ、すなわち意志するということは、それらの多様な愛をたったひとつの愛に集約するということなのだが、男にはそれができなかった。

もちろん、誰にだってそんなことはできない。それができるには人間を超えた存在でなければならない。

ソニー・ピクチャーズが放った映画「スパイダーマン」は娯楽映画だが、そこには現代におけるスーパーマンの苦悩が描かれている。
スパイダーマンは世界を悪の手から守ろうとし、そのために自分自身の恋人をあきらめようとする。それは彼の「選択」だ。
しかしどれほど多くの人の「希望」を救ったとしても、彼を最も愛するひとりの女性の「希望」を奪うのだとしたら、そこにどれだけの価値があるだろう。

それにそもそも「世界を救う」ことは可能なのか。
スパイダーマンであれバットマンであれ、あらゆる場所に遍在することはできず、すべての不幸に立ち会うことはできない。彼らはいつも誰かが不幸になった後に現れ、決してすべての人を救うことはないまま去っていく。
映画はそれで終わるかもしれないが、人生は続き、世界は終わらない。そしてまた別の不幸が人々を襲う。もしかしたら、スパイダーマンの手によって不幸から救い出された人が、まさにそのことによって別の不幸に追い込まれてしまうことだってあるだろう。中国の古い諺が示すとおりに。

世界を救うこと。誰かを救うこと。そのいずれもが結局は人間の思い上がりでしかないのかもしれない。
しかし、何かを「救える」と信じる人はそう考えない。「Y」の男はまさにそういう男であり、だから自分の意志が予想外の現実を生んだことを知ったとき、彼はもう一度やり直すことを選択する。
そうして彼は永遠に循環する時間の輪の中に閉じ込められていくのだ。


それにしても、この物語を読み終えたとき、そこにはなにか不思議な読後感が残る。
男に関するかぎり救いのない物語であるにも関わらず、また主人公にとっては家庭の崩壊という重い現実を背景に置いたストーリーであるにも関わらず、それはどこか気持ちのいい読後感だ。
それは、男が恋人や友人や家族を愛し、その関係をたいせつにしようとしたその愛し方が男以外の人々に伝わっていくからだろうか。佐藤正午作品の例にもれずどこか投げやりで、グズグズな人生を送っている主人公も、いくつかのあたらしい関係を手掛かりにして最後にようやく前を向いて歩きだす、その結末が希望を感じさせるからだろうか。

男が書き残していった物語、それが真実だったのかどうかは最後までわからない。それでも、そこに描かれた別の時間軸の物語を読み、そこに描かれたいくつかの愛の物語を体験することによって、現在の(そして唯一の)この時間軸での人生にも可能性があることに彼は気づく。そして、そこで出会った人々が実はかけがえのない人々であることに気づく。
それは、時間という超えることのできない壁を意識するとき、なおさら強くぼくたちの意識に訴えかけてくるのだ。だからこそ彼は、現在のこの人生を引き受けてあらためて生きていこうと考えるのだろう。

そうしてみると、去っていった男はやはり(自らは救われないまま)親友を救ったのかもしれない。もちろんそれは意志ではなく、したがって選択でもない。彼が人々を愛したその愛し方を通じて、彼は親友を救ったのだ。

2010/07/11 16:16

投稿元:ブクログ

★SFの設定を生かした男の切なさ★佐藤正午の小説のテーマは「去りゆく女と後悔する男」なのではないか。そして僕は、こういう離れていく女の話が好きなのだろう。解説でも触れているように、同じ時間を何度も繰り返して生きるアイデアそのものはオリジナルではなくても、別の人生では前の人生での知り合いを失ってしまう切なさの描き方が著者ならでは。それも語り手である主人公を別の人間とすることで、より距離の遠さが浮かび上がる。別の人生でも同じ人々が身近にいるというのがご都合主義だなと読みながら思っていたが、「縁」という表現で最後にまとめられるとなんだか納得してしまった。

2007/03/28 18:23

投稿元:ブクログ

Y
という題名に惹かれて購入しました!
すごく時間軸の書き方が・・・!文章の書き方はそんなに固くもなく男声らしい綺麗な書き方で、ちょっとあこがれました。
のちほどYの意味が明らかになるのですが読み終わってみて面白いな、不思議だな、すげーとか軽くわくわくの残った本ですよ。

2008/04/17 22:59

投稿元:ブクログ

「あの時あちらを選んでいたら」という過去を
みんな持っていると思います。
そんな「もし」のお話。
もしその場面に戻れたら…。
でもきっとどちらを選んでも、結局自分は
あまり変わらないのだろうな〜。

2009/01/22 21:32

投稿元:ブクログ

3ヶ月ぐらい前に読んだ。
どうも印象が薄い。

確か、つまらなかったというほどでもない。
ただ、読んだ当時体調不良だったことも手伝ってか、この時空が錯綜するストーリーに十分入り込めなかった。

それに、ヒロインがだんだん魅力的じゃなくなる(フロッピーの中ではキュートな娘なんだが、こちら側の世界ではなんだかな・・・)というのは少々辛いものがある。

「ジャンプ」同様、男性より女性の方が決断力に富んでいる。なにか、佐藤正午の信念でしょうか。

2008/05/29 09:56

投稿元:ブクログ

とてもおもしろい内容だと思う。SFっぽいのにくどくない。重松清の『流星ワゴン』を思い出す。
人のつながりは偶然なんだけど、どこかで道を間違えても、結局は『縁』によって何かしらの形でつながるという話。
たとえ過去に戻っても自分で変えられたことなんてほとんどないんだと感じた。計画的偶発性に満ちているんだ世の中は。

僕は今のままでいいや。過去に後悔はない。全部が自分を作ってくれたんだから。人生の分岐点は自分の人生の全部の時間だと思う。

『無意味な発言を取り上げ、そこから意味を見出そうとする』
『かけがえのない人間の代わりなどどこにもいない』
『運命だと思えばあきらめもつく』