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紙の本
疑わしきは被告人の利益か
2001/12/13 16:36
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投稿者:小田中直樹 - この投稿者のレビュー一覧を見る
「疑わしきは被告人の利益に」って言葉がある。たぶん裁判用語だと思うけど、ちゃんとした証拠がない場合は、たとえ疑わしい場合でも推定無罪として扱おうっていうルールだ。遺伝子組換え食品の問題を考えるとき、なぜか僕の頭にはこの言葉が浮かんでくる。つまり、遺伝子組換え食品を食べた人が健康上の問題を起こしたってケースはまだない。というよりも、そういうケースがないように、安全性試験をするわけだ。そうすると、遺伝子組換え食品が人体に有害か否かは当分(つまり、不幸にも最初の、しかも想定されてなかった被害者が出るまでは)わからない。だから僕らは、無罪か有罪か、自分の推定にもとづいて判断しなきゃいけない。そのためには生物学をもう一度勉強する必要があるだろう。そんなことを考えてるときに、この本に出会った。
自然科学を専門とする川口さんたちは、「消費者の間には遺伝子組換え食品についての誤解が幅広く見られる」(一〇ページ)けど、誤解にもとづく判断は不利益をもたらすって考えて、この本を書いた。この本のメリットは、遺伝子組換え食品は推定無罪だって立場を採ることを明らかにし、その立場をわかりやすく解説したことにある。人体に対する影響については、一時話題になった遺伝子組換えとうもろこし「スターリンク」は「実際問題として食品アレルギーを引き起こす可能性がない」。ねずみの免疫力を低下させたとして話題になった遺伝子組換えじゃがいもは「安全性確認がおこなわれた遺伝子組換えジャガイモとは何の関係もない」(一一ページ)。有害な遺伝子組換え食品を作っても売れないから、市販されるのは少なくとも在来の食品よりも有害ということはない食品のはずだし、他の品種改良法のほうが遺伝子組換えよりも危険な可能性もある。自然環境に対する影響については、遺伝子を組換えた作物と在来種の自然交配や、組換え遺伝子の存続や、その作物の自然増殖といった現象はほとんどないだろう。さらに、遺伝子組換え食品の原料となる作物の栽培は農薬の使用を抑え、「自然破壊の程度を小さくできる可能性が大きい」(一六五ページ)。遺伝子組換え食品は安全だしメリットもあるというわけだ。
僕は生物なんて高等学校以来勉強してないし、自然科学にも素人だから、川口さんたちの説明を批判するだけの能力はないけど、読み終わったあとに、いわく言い難い違和感を感じた。その原因は何かって考えてみると、二つの点に思い当たる。第一、推定有罪説に対する批判に説得力が欠けること。たとえば、遺伝子組換えの表示を求めた消費者団体に対して、表示すれば安全でなくても販売できるってことか、とか、自分さえ買わなければいいのか、とかっていうけど、これは「いちゃもん」の類いだろう。消費者団体は遺伝子組換食品の販売を禁止したいけど、それができなかったから表示を要求しただけのことだ。「アレルギー誘発性を完全には否定できなかった」(一八三ページ)スターリンクに不安を持つ立場に対して、川口さんたちは「アレルギーを引き起こすとは考えにくい」(一八五ページ)っていうけど、可能性がないわけじゃないだろう。
第二、川口さんたちは、遺伝子組換食品は農薬よりはましだとか、普通の食品にもアレンゲンがあるとか、他の品種改良法も危険だとか、どっちみち人類は自然を破壊してるとかって主張する。つまり「実質的同等性」の考え方にもとづいて、遺伝子組換食品の問題点を相対化するわけだ。でも、相対化したからといって正当化できたわけじゃない。人体に有害か否かを考えるときに、こんな曖昧な基準で考えていいんだろうか。こんな疑問を持つ僕の頭には当然狂牛病の問題がある。自然科学に携わるときには、謙虚さを忘れるべきではないと僕は思う。何が起こるかわからない間はね。[小田中直樹]