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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2001.5
  • 出版社: 大修館書店
  • サイズ:22cm/267p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-469-01266-1
  • 国内送料無料

紙の本

『青鞜』人物事典 110人の群像

著者 らいてう研究会 (編)

創刊の当初から毀誉褒貶を含んで様々に語られてきた『青鞜』。この『青鞜』に何らかの形でかかわった、女性88人、男性13人、外国人9人の計110人の評伝、コラムをまとめる。『...

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『青鞜』人物事典 110人の群像

税込 3,300 30pt

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商品説明

創刊の当初から毀誉褒貶を含んで様々に語られてきた『青鞜』。この『青鞜』に何らかの形でかかわった、女性88人、男性13人、外国人9人の計110人の評伝、コラムをまとめる。『青鞜』関係資料も収録。【「TRC MARC」の商品解説】

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みんなのレビュー2件

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評価内訳

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紙の本

日本初の試みか。珍しい本

2001/07/04 18:18

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:安原顕 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 珍しい本なので拾い読みしてみた。多分、日本初の試みではないだろうか。目次は『青鞜』歴史の水脈となった人々、『青鞜』の110 人、『青鞜』関係資料、コラムである。ここでは平塚らいてう(1886〜1971)について紹介しておこう。本名は平塚明(はる)。父定二郎は元紀州藩士出身、明治維新以後上京、苦学してドイツ語を学び、明治政府に出仕。母は田安家の御典医飯島家の娘光沢(つや)。明が麹町区三番地で誕生して間もなく、父(会計検査院次長)は、政府の命によりプロシャをはじめ欧州巡遊をし、家族に西洋土産を持ち帰る。旅の目的は大日本帝国憲法制定資料収集のためで、旅費は「内閣の機密費」から支払われた。父は男っぽい明を「ハル公」といって可愛がったが、日本女子大英文科進学志望には反対、母のとりなしで「家政科なら」と許可した。幼少時より内向的だった彼女は、在学中も父との葛藤に悩み、日露戦争期のナショナリズムの高揚にも懐疑を抱き、日暮里の両忘庵に参禅、1906(明治39)年、卒業と同時に見性、慧薫の安名を受ける。心の自由を得た彼女は「自己とは何か」を問い、海禅寺の青年僧中原秀岳との「接吻」事件(07年)、閨秀文学会の講師、漱石の弟子森田草平(1881〜1949) との出奔、世に言う「塩原事件」(後に森田はそのことを『煤煙』に書くが、明はこの作品を全面否定、漱石の「結婚による収拾」案も一蹴)などのスキャンダルに晒される。蟄居を余儀なくされた明に生田長江が「女流文学雑誌」の発行を持ちかける。作家志望ではない明は、この雑誌を文学ばかりでなく、女性の「自己解放」のための雑誌にする。かくして1911(明治44)年、『青鞜』を創刊、らいてうの筆名で「元始女性は太陽だったーー青鞜発刊に際して」を発表。以後、「新しい女」との批判に答え「私は新しい女である」(『中央公論』13年)、「世の婦人達に」(『青鞜』3−4号)では家族制度を批判、また若い社員尾竹一枝(紅吉)との同性愛体験、日本初のセクソロジスト小倉清三郎との交流など、世間への「反抗」の一つとして「性」への関心も持ち続け、『青鞜』でも姦通、貞操、堕胎、廃娼、性欲、同性愛等々のテーマを積極的に取り上げ、しばしば発禁処分となる。1914(大正3)年、年下の青年奥村博(博史)と結婚するが法律上の届けは出さず、二人の子も自分の籍に入れたため「私生児」とされた(後に奥村家に入籍)。1915年以降、『青鞜』の編集は20歳の伊藤野枝(1895〜1923) に委ねられるが、翌16年2月、6巻2号をもって無期休刊になる。伊藤が大杉栄に惚れ、仕事どころではなくなったからだ。そしてこの年の11月、もう一人の恋人神近市子(1888〜1981) が嫉妬から、葉山の日蔭茶屋で大杉を刺して重傷を負わせる。この神近は1953年、左派社会党より立候補、通算5期務め、その間に悪法売春防止法成立に尽力した。瀬戸内晴美の伊藤野枝伝『美は乱調にあり』も面白いので、こちらもどうぞ。

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2012/11/07 23:55

投稿元:ブクログ

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