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紙の本
ヨーロッパ19世紀に花開いたオペラ作品を検証し、その成立の背景に楽園への強い憧れがあったことを示す
2001/08/24 22:15
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:高橋洋一 - この投稿者のレビュー一覧を見る
オペラという総合芸術は、今やわが国でも広範に親しまれていると思われる。オペラ人気の根底をなしている要素とは一体何か。素晴らしい音楽、優れた歌い手が発する美しい声の響き、華麗な舞台などは、オペラには欠かせない魅力であり、その空間に入り込んだ人々は、しばし日常生活から隔絶された夢のような世界を堪能できる。
小宮正安著『オペラ 楽園紀行』は、「オペラの時代」とも呼ばれたヨーロッパ19世紀に花開いたオペラ作品を検証しつつ、当時多くのオペラ作品が生まれた背景に「楽園」に寄せる熱烈な夢想や憧れが存在したと説く。
ヨーロッパが群雄割拠の時代を迎えていた中世末期からルネッサンスにかけて、各国の君主たちは、支配の正当性を明らかにするため、自分こそギリシア文化の後継者だと主張した。このギリシア文化の根源をなすのが「アルカディア」と呼ばれる至福の楽園なのである。支配者たちは、ギリシャ風の庭園を作り、その中に野外舞台を設け、そこでギリシア神話を題材とした音楽劇が上演され、ルネッサンス末期になって、現在のオペラの原型が生まれた。だからこそ、オペラの根源には常に「楽園」のイメージが潜んでいる。
こうしてオペラがイタリアの片隅に生まれると17世紀にかけてヨーロッパ中の君主に受容され、いわゆる「宮廷オペラ」が18世紀末まで花開く。ヨーロッパでは19世紀にかけてフランス大革命をはじめ、絶対主義は市民革命によって打倒され、オペラ劇場の実権は、王に代わって、劇場支配人へと移り、市民の応援を得て劇場を切り盛りし始めた。
オペラの楽しさを知った市民たちは、オペラに脈打つ「楽園」の伝統を受け継ぎ、「至福なる空間」というイメージで拡大し、多様な「楽園」を享受していくのである。
著者は、このような基本的視点から、19世紀オペラの傑作「カルメン」「椿姫」「タンホイザー」「ヴォツェック」など7作に「楽園」のイメージを探っていく。
ビゼー作曲のオペラ「カルメン」は、カルメンが発散する「危険で自由な生命力」が非難を巻き起こした一方で、多くの市民を魅了したが、上演は失敗に終わった。ビゼーの死後、友人のギローによって、親しみやすい作品に作りかえられた。カルメンの野生的魅力は巧みに抑制され、「情熱の恋」へと修正され、観客にとって快適な、恋のスリルを楽しめる「楽園」へと変貌したのである。
ヴェルディ作曲のオペラ「椿姫」で、ヒロインのヴィオレッタの悲嘆にもかかわらず、恋人アルフレードは結局、父とともに彼の「楽園」である故郷の南仏プロヴァンスに帰ってしまう。ヴィオレッタにとっての安らぎの地「楽園」は、あの世にしか存在しなかった。だから観客は、現世の「楽園」から排斥されるべき、犠牲者ヴィオレッタを聖女として崇め、本物の「楽園」に行き着くことが出来た彼女は、憧れの対象となったのである。
作品が生まれた背景や時代に旅して、オペラの魅力を再発見する楽しい試みの書だ。 (bk1ブックナビゲーター:高橋洋一/評論家 2001.08.25)