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オウム なぜ宗教はテロリズムを生んだのか
  • みんなの評価 5つ星のうち 3.7 4件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2001.7
  • 出版社: トランスビュー
  • サイズ:22cm/541p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-901510-00-2
  • 国内送料無料

紙の本

オウム なぜ宗教はテロリズムを生んだのか

著者 島田 裕巳 (著)

高い教育を受け、理想を求めた若者たちが、なぜあれほど凶悪で悲惨な事件を起こしたのか? 個別審理では解明されないその深層構造とは? 「崩壊」の始まりを告げた事件の全体像に迫...

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オウム なぜ宗教はテロリズムを生んだのか

4,104(税込)

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商品説明

高い教育を受け、理想を求めた若者たちが、なぜあれほど凶悪で悲惨な事件を起こしたのか? 個別審理では解明されないその深層構造とは? 「崩壊」の始まりを告げた事件の全体像に迫り、日本という組織社会の病理を剔抉する。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

島田 裕巳

略歴
〈島田裕巳〉1953年東京生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。専攻は宗教学。著書に「戒名」「宗教の時代とは何だったのか」など。

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みんなのレビュー4件

みんなの評価3.7

評価内訳

  • 星 5 (1件)
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  • 星 3 (1件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)

紙の本

オウムと向き合うすべての人々に必読の書

2001/12/15 14:01

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:沖 海明 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 本書はオウムとそれを生んだ社会との関係を深く考えさせられる本である。
 私はタイトルに「オウムと向き合う」人へと書いたがそれは世のすべての人と言ってもよい なぜならオウムが話題になったとき私たちは彼らを「異なる者」として切り捨て、嘲笑し、思考の外へと追いやり 悪しき習慣(文化)の前例に従ってフタをしてしまったのである。社会から隔離されたオウムは本書にあるとうり「信者の事故死」→「隠蔽」→「死の正当化」へと誤謬の狂気に向かって暴走する。その結果オウムはモンスターとなって「異なる者」のフタを突き破ってしまう。 人々は混乱し「何故?」を連呼しつつ次なるレッテルと張子のフタを探して混迷を続けているように見える。 しかし考えてみると私たちは昔から異なる者に対して切り捨ての論理を平然と使ってきたのではないだろうか 切り捨ての論理が大衆レベルまで広がれば習慣になり、見方によっては文化レベルとも言えるくらい長く続いているのではないか? その対象が「出身地」や「人種」「病気」であり、「宗教」オウムへと続いているのではないか?
 オウムに多くの若者が惹かれ入信しつつあると聞いたとき 私たちがやるべきことは異なる者のフタをすることではなく、彼らと正面から向き合い批判的であると同時に創造的な関係という建設的な対決をすべきだったのではないか? オウムとその若者たちを包み込む社会、正面から受け止める社会をどうすれば作れるのか 何よりも「切り捨ての文化」を認識し、改め、対象となる問題を破壊的とも言える利息つきですぐそこにある未来に持ち越さないようにすることが緊急課題と言える。

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紙の本

視野の狭さ

2002/08/02 04:57

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:katokt - この投稿者のレビュー一覧を見る

オウムの宗教団体としてのキラーコンテンツに関する分析はなるほどと思う。たしかに社会と馴れ合って幼稚園経営にいそしむベンツにのってる宗教法人のお寺の住職と比べると、中沢新一の「虹の階梯」からのチベット密教の流れをくむオウムの仏教としての純粋性はいよいよ際立つ。

ただ、この作者の根本的な弱さは視野の狭さにあるんだよなぁ

引用)オウムの経済的な優位性を低下させるためには、社会の側がそのための努力をしていく必要があろう。経済的な優位性をもたせないために、パソコン、プログラム関連の分野における省力化、機能の高度化などを進め、オウムが必ずしも経済的に優位ではない状況を作り上げていく必要がある。

中沢とは違って宗教にまい進するのではなく、作者は最後に「私たちは孤独に耐え、その孤独を楽しみながら、自分の頭を使って、これからを考えていかなければならない」なんて書いてるんだから、オウムの経済的な側面に着目したのはいいチャンスで、その記述がいかに「ばかげているか」よく考えた方がいいと思う。

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紙の本

オウムの底なしの宗教性を、みごとに切り出すことに成功した

2001/12/19 19:14

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:森岡正博 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 オウム真理教事件の裁判が進んでいる。麻原は、訳の分からないことをつぶやいたり、英語でしゃべったりしているようで、それに愛想を尽かせた弟子たちは、次々と麻原への信仰を捨てはじめた、という報道がなされている。
 だが、島田裕巳さんの『オウム』を読んで、教祖と信者の関係というのは、そんなに単純ではないんだなあと思ってしまった。新聞やテレビは、詐欺師・麻原に騙されたおろかな信者たちという構図を、ただ当てはめているだけなのではないか。彼らのあいだに、いまもなお残存する不気味な信仰形態に目をつむったまま、彼らを戯画化するストーリーを垂れ流しているだけなのではないか。
 島田さんは、オウム真理教事件に巻き込まれてしまった宗教学者だ。事件後、大学の職を失った。そして、この事件にかかわったみずからの人生に決着をつけるために、この大著を書き上げた。
 島田さんは、オウムの「マハー・ムドラー」という考え方に注意をうながす。マハー・ムドラーとは、麻原が信者たちに与える、一種の試練のことである。信者は、この試練をくぐり抜けることによって、解脱へと近づいてゆく。ところが、このマハー・ムドラーは、信者にとって、耐え難いくらい過酷で、理不尽なものだと、麻原から教えられている。
 島田さんの観察によれば、あの地下鉄サリン事件とその後のオウムへの弾圧それ自体が、麻原が仕掛けた巨大なマハー・ムドラーの試練なのではないかと、いまだに信じている信者・元信者が多数いる。
 つまり、オウム事件というのは、麻原が信者たちを解脱へと近づけるために仕掛けた、巨大な魂の儀式なのであり、オウム裁判もまたその儀式の一環であるという解釈が、オウム信者たちには残されているのである。いくらつらくても、いまががんばりどころであり、弟子たちがこの試練を耐えきることを、麻原教祖は願っているのではないか、と。すべては麻原教祖の愛情から出た行為であり、法廷での姿も、それを悟られないための偽装であろう、と。島田さんは、オウムの底なしの宗教性を、みごとに切り出すことに成功した。(2001.12.17)

初出:信濃毎日新聞

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紙の本

出版社コメント

2001/08/23 11:46

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:工藤秀之 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 なぜ日本が無謀な戦争へ突入しなければならなかったのか、その原因究明は戦後十分になされてこなかった。連合国により戦犯は裁かれたものの、日本の社会が主体的に戦争の原因を究明しその責任の所在を明らかにする努力を行うことはなかった。この責任回避型社会体質は、オウム事件にも当てはまる。いったいなぜオウムという宗教が日本の社会に生み出されてきたのか。本書は、オウムの教義とその変遷を丹念に追い、さらにオウム事件を生んだ日本の社会のあり方を問い直す。

 学校や会社で植え付けられる、「他人の気持ちを察する」「人を信じる」ことを良しとする価値観。“誰か”に自我を預けてしまうことの出来るシステム化された社会。このような日本で育った「信じやすい心」をもった若者たちがオウムの信者の中心であった。

 現実の社会に虚しさを感じ、自分の力では自己実現ができない若者たち。彼等の心に麻原彰晃の説く世界観はアピールした。日本の宗教は世俗化し、現実を批判する超越した論理を失ってきた。ましてや、中立的な宗教についての情報を得る機会も彼等にはない。

 現実を生きる私たちの孤独な生は、何によって支えられるのだろうか。宗教や生活の共同体はその力を失った。もちろん、極端なナショナリズムにもその可能性はない。

 本書の最後の言葉「オウムの人間たちは、その教祖を含め、孤独に耐えられなかったのではないか。私たちは孤独に耐え、その孤独を楽しみながら、自分の頭を使って、これからを考えていかなければならないのである。」。ひとりの人間が生きる事の困難への対峙が、本書の隠されたテーマのようだ。

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