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鉄鼠の檻 文庫版(講談社文庫)
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.2 280件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2001.9
  • 出版社: 講談社
  • レーベル: 講談社文庫
  • サイズ:15cm/1359p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-06-273247-5
文庫

紙の本

鉄鼠の檻 文庫版 (講談社文庫 百鬼夜行シリーズ)

著者 京極 夏彦 (著)

鉄鼠の檻 文庫版 (講談社文庫 百鬼夜行シリーズ)

税込 1,706 15pt

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みんなのレビュー280件

みんなの評価4.2

評価内訳

紙の本

禅とミステリーの融合

2007/05/01 11:48

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:イム十一 - この投稿者のレビュー一覧を見る

箱根の雪山の奥にある明慧寺を舞台として、そこの修行僧達を『平家物語』に出てくる、欲望の為に死して鼠になった賴豪(らいごう)という僧、明慧寺はその鼠の檻に準え、悟りを得る(=檻を出る)僧を犯人が次々と禅の公案(禅問答)に見立てて殺害していきます。そして主人公(京極堂)が豊富な知識でもって理路整然と厄払い(解決)していく形の推理小説です。
この本の中では『十牛図』『無門関』『碧巌録』をはじめとした禅の書物の引用や、大乗仏教と上座部仏教の違い、「悟り」とはどういうものか、など、仏教・特に禅宗に関する知識が多く出てきます。
一度読んだ後に、本中で出ている禅宗に関する書籍を読んでからもう一度読むと、さらに面白く納得しながら読めるように思います。
仏教・禅に興味はあるが堅苦しい本は苦手な方には、こういう本から入ってみるのもいいかと思います。

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紙の本

読み終えるのに半年かかってしまった。このシリーズ、一冊読むごとに、なにかこう、達成感のようなものが湧いてくるのが妙である。

2011/08/28 11:40

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ぶにゃ - この投稿者のレビュー一覧を見る

 冬。山奥の旅館の庭先に突如として現れた座禅を組んだままの坊さんの屍体。そして隣接する巨大な山寺の厠のなかで便槽に頭から突っ込まれている坊さんの屍体。坊さん、坊さん、坊さん。「ここには坊さんが多すぎる……」と探偵榎木津は呟く。坊さんだらけの山寺に、誰からも破られることの叶わない「檻」を感じ取り、自分の心にもまた「檻」の存在を見つけてうろたえる関口君。誰が何のために坊さんたちを殺してゆくのか。現在進行形の出来事と過去の出来事がもつれ合い絡み合いながら、京極堂の悲しみに満ちた活躍によって事件は終結に向かう。その謎解きの過程は極上のミステリーにふさわしく、面白い。

 ただし、長い。
 決して冗長冗漫なわけではない。むしろその逆で、中身は、濃い。みっしりと、濃厚である。京極堂が登場してからは、禅にまつわる濃密な話が延々と続く。終わりを予感させぬほど続く。文庫本の解説で宗教学者の正木晃が、この本を読むことで禅のなんたるかを実に高いレヴェルで知ることができる、と評価しているが、専門家が評価するということは、すなわち、この作品に書かれている禅関係の知識は、相当に正確であるということであろう。この事実は不勉強な僕から見ればたいへんな驚きであった。

 含蓄のある言葉が随所に現れる。たとえば、科学と宗教との関係で京極堂は「科学と宗教は補い合うことはあっても寄り添ってはならぬもの」と断定し、「宗教は決して科学の代用にはならないものです。否、なってはならないものだ。また科学を宗教の代用にすることもいけない。科学を信仰することも、信仰を科学することもしてはいけないことです。科学は科学、宗教は宗教。関わり方を間違えると、国が滅びます」と警告する。この意見に全面的に同意するかどうかは別として、この「宗教」という言葉を「政治」として置き換えて読んでみると、現在の原子力発電にかんする問題の奥に潜むものが浮き彫りにされて興味深い。僕には、原子力という極めて高度な科学的知識を要するはずの問題が、何故、専門知識などひとかけらも持っていないように見受けられる政治家や官僚の手に委ねられっぱなしなのか、どうしても理解できないでいるのである。

 檻である以上、簡単に破られることはないだろう。そもそも、簡単に破られるような檻は檻とは言えない。
 思い出した本がある。北方謙三初期の傑作、そのものズバリ『檻』という作品。やくざから足を洗って街の小さな食料品店の経営者になった男が、立ち退きにからんだ嫌がらせをきっかけに、かつて持っていた野獣の血を蘇らせる。そして、知らず知らず囚われていた心の檻から抜け出そうとするハードボイルドである。夢中になって繰り返し読んでいた頃があったが、あの頃も、僕は檻の中にいたのだろう。

 檻から出るとはどういうことか、檻から抜けるためには何をしなければならないのか。
 坊さんたちの檻。坊さんたちの作り上げた組織の檻。科学者の檻。科学者たちの作り上げた組織の檻。政治家たちの檻。政治の世界の檻。社会の檻。世間の檻。学校の檻。会社の檻。町内会の檻。社会に生きる者たちの檻。檻にいることに気づかない者の檻。檻にいることがわかっていながらなお檻から出たがらない者の檻。
 
 僕の檻は、どんな檻だろう。    

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紙の本

無題

2013/11/17 11:59

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:さかひろ - この投稿者のレビュー一覧を見る

犯人が最後まで分からない!
何より犯行動機がすごい

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紙の本

雪景色の檻

2003/04/22 23:56

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:紅桜 - この投稿者のレビュー一覧を見る

舞台は世俗と離れた山中の寺院。
京極堂も知らないというその寺院で、見立て殺人の怪異は起こる。
雪の舞い落ちる冬景色。
人の数も少ない温泉宿の静かな景色の中に、黒いものが現れた。
久遠寺翁と編集者の敦子・鳥口、骨董屋の今川の目の前に突如僧の姿が出現したことから事件は始まる。すでに息絶えていた僧が。
いつまでも変わらないとさえ思えた雪景色の中に現れた死体。そして其の僧の発見場所に至るまでの痕跡はどこにも見当たらなかった。

禅宗の抱えている、布教と自分の修行どちらを主とするかという問題点を含んだ作品でもある。自分自身の修行を追い求めて生涯を費やすのか、はたまた、より多くの人々に自分の信じている仏の教えを伝えるのか。

関口巽は、目の前に広がる静寂の自然に囲まれた寺院に囚われるのか。
京極堂は、一体どこまで物語の悲しさを知ってしまっているのか。
久遠寺翁の背負った運命が絡み、
榎木津礼二郎は見通す存在として絡み、
骨董屋今川は過去と自身の頭の回転の速さが絡み、
明慧寺にあつまり、下山できなくなった僧たちの運命が絡んで“檻”は出来上がる。
翻弄される関口巽は、世俗に戻ることが出来るのか。檻に囚われた人々は、檻の存在に気付いてもなお檻から逃れることはできない。檻の心地よさに縛られたら、心に檻ができるからである。

京極夏彦の“檻”に囚われたいなら、本編を一気に読むことをお勧めする。

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紙の本

狂うのも薬するのもあんたの自由だが人を巻き込むのは止せ。

2002/02/18 22:13

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:すの - この投稿者のレビュー一覧を見る

 京極堂が関口君を箱根に誘うことで物語は始まる。が、その前に死体描写が2つ出てくる。目の見えぬ按摩師が死体を発見し、その人を殺したと告白する僧との問答。古物商と老いた医者が泊まっている老舗宿の庭で発見される座禅中のような僧の死体。

 今回は木場さんは出てきません。榎さんは釈迦も弥勒も下僕にしてしまいます。関口君は、相変わらず罵倒され、京極堂は本という名の檻に閉じこめられてます。

 『姑獲鳥の夏』を先に読んで置いた方が楽しめる作品かと思います。
 京極堂は憑き物を落とすのが仕事です。憑き物の正体は読者の偏見でしょうか。『姑獲鳥の夏』『魍魎の匣』では医学に対する偏見を、『狂骨の夢』では密教に対する偏見を。そして、本作品では「禅」。
 医学も宗教も最初は人を幸せにするのが目的であるのに、病院なり寺なりに、集団で籠もると、とたんに外から見通しが悪くなってしまう。人は見えない物を想像し、偏見を持つでしょう。医学も宗教も調べれば調べるほど、ぼやけてゆくので、余計に偏見を助長してしまう。一方、外部から閉ざされた環境は内部の人間にだけ居心地のいいぬるま湯に成ってゆくので、彼らもまた、自分たちのことすらよくわからなくなるのでしょう。
 今回は山寺が舞台です。京極堂が外の風を入れると、威風堂々としていた禅師は皆普通の人間に返っていきます。医者も坊主も犯罪者も人間でしかない。読み終わるとそれは当たり前のように感じるが、人は医者や宗教家を特別扱いしてしまう物では? それは差別感上の裏返しではないでしょうか? そんな事を考えました。
 きっと、雪が降ったら開きたくなる一冊です。

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紙の本

札幌から一時間半、京極。当時は札幌単身赴任でしばしばこの町を訪ねたものです。「京極の銘水」。羊蹄山の雪水が何十年にわたって濾過されここに溢れて吹き出しています。この清浄な水に含まれる鉄分のような……

2005/10/22 11:00

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

大勢の人がポリバケツでこの名水をくみ出し、生活に商売に利用しています。私は緑茶用にこれを使っていました。実においしい清水であります。とにかくミネラル特に鉄分を多く含んでいることがわかる。一週間とは汲み置きができません。なぜなら鉄分が酸化して、ちょうど血をなめたような味に変化してしまうのです。
10年以上も前のことです。当時京極夏彦が『鉄鼠の檻』を発表、話題になりまして初めて彼がここ京極の出身であることを知り、読んでみる気持ちになったのです。
箱根の山中深くにある隠れた巨刹・明慧寺。俗界とは孤立した静謐そのものの結界内聖域でおこる連続殺人事件。名水の中に潜む血の味に似て舌にざらっと感じました。
憑き物おとし京極堂が活躍するシリーズの第4作にあたる。その後立て続けにこのシリーズのほとんどを読むことになった。だが振り返って『鉄鼠の檻』のほかに、肝心のトリックを記憶している作品は第一作目の『姑獲鳥の夏』だけであり、犯人を覚えているのは最後に読んだ『陰摩羅鬼の瑕』だけであるから、トリック、犯人ともに思い出すことができるこの作品の第一印象のインパクトはそれだけ大きかったことになる。
京極夏彦の作風に共通する視点、怪奇小説的要素を濃厚にしつつ、実はそうではなく、人知では解明できない奇怪現象をその時代、地方の生活文化に結びつけ民俗学的合理性において解釈する姿勢におおいに好感を持った。
小説にはときに本筋とは逸れた閑談が一体として作品の価値を高める役割を果たすことがある。その著者の深い経験や培われた見識から生まれた人生観・世界観を直接に語りかける「蘊蓄」にも魅力的なものがある。相当のボリュームで披露された禅宗を中心とした宗教論でも著者の博識ぶりにすなおに感心した。さらに、この作品では「饒舌」「閑談」「蘊蓄」がそこだけにとどまらずにこれが殺人事件の背景として融合されている組み立て、いやむしろ僧侶連続殺人の異常性そのものが宗教という観念の産物かもしれないとする構成の巧妙さに、今回再読してシリーズ最高の傑作であるとの思いを深くした。衆生済度のための仏教が形骸化した現状に対する作者の批判的姿勢がある。「悟り」「涅槃」という仏教の究極を求める修行者に潜む卑俗な多様な魔性をつまみだす。単なる謎解きミステリーを超えた魅力に著者の力量をあらためて感じた。肝心な謎解きとしても、謎の提起から緊張したプロセス、そして鮮やかな解決と申し分ないミステリーの傑作でもある。
悟りにいたる禅の修行のお話しであるから10枚の絵からなる「十牛の図」が登場する。禅とは感覚の世界であるから言葉で解釈するものではないとこれはこの作品でも言われている。そのためかこの肝心なガジェットが読者にとっては消化不良のままにのこる。九枚目(返本還源)の意味はとか、なぜ九枚目と十枚目(入廛垂手ニッテンスイシュ)は捨てられたのかをもっとストーリーの中でクローズアップさせても良かったかもしれない、と思うのは三田誠広の『わたしの十牛図』をよんだからである。
それから飛躍かもしれないがいまだ読めていないウンベルト・エーコ『薔薇の名前』は映画を見ただけなのだが、この作品の源流にある宗教小説のような気がして、挑戦したい気持ちになっている。

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2008/07/23 11:42

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2004/09/29 15:39

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2004/11/23 19:49

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2004/09/23 21:59

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2004/10/02 18:58

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2004/09/26 04:12

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2004/09/30 19:38

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