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  • みんなの評価 5つ星のうち 4.2 6件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2002.1
  • 出版社: 青林工芸舎
  • サイズ:19cm/159p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-88379-101-9
コミック

紙の本

双子のオヤジ

著者 しりあがり 寿 (著)

双子のオヤジ

税込 1,430 13pt

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みんなのレビュー6件

みんなの評価4.2

評価内訳

  • 星 5 (2件)
  • 星 4 (2件)
  • 星 3 (1件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)

紙の本

わたしのしあわせを煮しめてみたにこうなった

2003/09/21 11:24

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:アベイズミ - この投稿者のレビュー一覧を見る

唐突な話ですまぬのだが、夏の終わりに「くまくまちゃん」(高橋和枝 作)に恋をした。嘘つきでいい加減な私がいうのも何だけれど、あれは立派な恋だった。苦しかった。私には身に重すぎた恋だった。それは遠い山に住んでいる「くま」の話で、その山の麓に、一人(くま)で案外のんきに、調子を上げて暮らしているダロウ「くまくまちゃん」に思いを馳せるだけの話だった。

「遠く」という所と、「一人(くま)」という所。「ダロウ」という所が良かった。だから恋をした。確かなモノなど何もなく、ただ、でも、何となくそうダロウと感じるダロウが心地よかった。ダロウの中のくまくまちゃんのいけていない横顔なんかを見るのが、毎夜毎夜の日課となった。つくづくとしあわせな日々だった。

その続編が発売になった。「くまくまちゃんのいえ」とうとう「くまくまちゃん」の家に行くのである。訪ねていって二人の時を過ごすのだ。それが私には、笑わずにはおれないぐらい良くなかった。言い訳もできないぐらいに、白けてしまった。くまの本当を、本当のくまを知る必要があったのだろうかと。くまの呪文は、あっけなくとけてしまった。見るも無惨にとけてしまった。

それはさておき何はさておき「双子のオヤジ」である(話はここからが本題です) 。

これはすごく遠くで、すごくすごく遠くで、もう最寄りの駅なんか思い出せないぐらい遠くで、その駅からもさらにさらに山を越えまた越えしていった、気の遠くなるぐらいの遠い所の話である。まずはそこからグッとくる。

それでもって「双子」ときた。何より人がいない。出てくるのは二人ばかりである。兄だろうか弟だろうか判別も付かないような、自分だろうか相手だろうか判別も付かないような、そんな二人ばかりである。だからこそ、そこには澄み渡ったシンとした空気が流れていて、二人の会話がその澄んだ空気に吸い込まれていきそうなのだ。

でもって「オヤジ」ときた。「双子のオヤジ」。タイトルからして、私のためにあるようなモノ。たまらない。直球だ。狙い撃ちとはこのことか。

水墨画を思わせるその絵がまたいい。そんなそっくりな禿頭のオヤジが二人、うっすらと頬を染め、マッチ棒のような頼りない体をからみつかせてうっとりしている。見ようによっては可愛らしい顔をして。見入ってしまう。頬を紅潮させた笑顔のオヤジが二人、そっと手を取り合っている。そのそっと具合がたまらない。ああ。

「双子だねえ」そんなコトバにうっかり涙ぐんでしまう。

桃源郷。理想郷。そんなコトバが次から次に沸いて出る。誰もいらない、自分によく似たもう一人さえいればいい。オヤジに膝枕されたオヤジ。ヒザに寝ころぶオヤジのしあわせそうなこと、それを見下ろすオヤジのしあわせそうなこと。愛おしいやらいじましいやら。もうこれだけで、ノウミソは空っぽ。胸がいっぱい。そう、私はすでにこの時オヤジだった。兄であり弟であり自分であり相手である。オヤジ自身だ。

ここには、終始あたたかいモノが流れている。そして、それは私に向けて、もしくは、私だけに向けて流れているのである。ゆるくあたたかく曖昧に私を包んで、でもしっかりと抱き留めて流れている。

「ア○ス」であれこの本であれ「しりあがり寿」という人は私の何かを、もしくはすべてを。確実に知っている。見つけて慈しんで許している。と、すでに私の誤解は始まっている。この誤解こそが恋であり。やはり恋というのは苦しいなあと、ステキなオヤジの本を読み返しながら、しまりのないアタマでそう思っている。

そして、全く身勝手なのだけど「くまくまちゃん」のしあわせを私はやっぱり「遠く」でこうして祈っている。いつまでもいつまでも。

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紙の本

哲学するオヤジたち

2002/07/25 21:33

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ポーリィーン - この投稿者のレビュー一覧を見る

まず、なんと言っても題名を見ただけでなにやら不思議な可笑しさがこみ上げてくるところがスゴイ。いったいここはドコなのか、なんでオヤジたちは素っ裸なのか…疑問は尽きないが、仲むつまじく暮らす双子のオヤジが互いに様々な難題をつき出し哲学的に考え自己完結というか双子完結で終わっていくという、なんだか分からないが思わず吹きだす面白さ。オヤジだけでここまで笑えるなんてスゴイ。水墨画のような味わいが楽しめる絵柄も素敵だった。

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紙の本

人生論漫画

2002/06/02 16:26

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:たっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

 しりあがり寿『双子のオヤジ』(青林工藝舎、本体1300円)を読んだ。


 山奥の奥の奥、双子のハゲオヤジが住んでいて、自分たちの想念だけを遊び道具に生きている。存在、時間、自分、幸福、夢、神様、民主主義など、テーマはいろいろ。


 「ホメる」というタイトルのがいちばん気に入った。

 ひとりが本を読んでいると、もうひとりの存在が薄くなって、絵もぼやけてくる。読書していたハゲオヤジ、双子の片割れが気になって、
「なんだかオマエ薄いぞ」
「存在を無視されると存在濃度が薄くなるんだよ」

 本を読んでいたほうのオヤジ、存在が薄くなった片割れがさびしがらないように、チャブ台やタンスをそばに置いてあげる。ところが、存在感ますます薄くなり、
「だってオレなんだかかえって疎外感感じるもん」
「いったいどーすりゃいいんだ?」
「オレをホメてくれよ!!」


 というわけで、存在濃度が薄くなっていたハゲオヤジをホメちぎると、どんどん濃度が濃くなる。最後のコマでは、白隠描くところの達磨の絵の如くに太い線で素描され、
「ふーっこゆくなったー」
「辛いもの喰いてえ」
となる。


 三木清『人生論ノート』(新潮文庫)のパロディーのようでもあり、哲学的で、それでいてわかりやすく、双子のオヤジが可愛く、装丁も素敵です。

 最終章のタイトルは「そして…」ハッとさせられる。

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紙の本

しりあがり寿ならではの秀逸なギャグと詩情

2002/04/16 22:15

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:安原顕 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 ちょっと古い本だが、新宿ABCでようやく入手し、読んで驚いた。
『ア○ス』(『アリス』と読むのかもしれない)は、若い女の子を主人公にした絶望的な物語だったのに対し、こちらは、一転してギャグ・コミックだからだ。
 いつだったか田口ランディさんが、『熊本日日新聞』に書いた『ア○ス』の書評と、しりあがり寿の次回作『瀕死のエッセイスト』の「解説」をメールで送ってくれた。
 二つとも、いかにも彼女らしい文章で面白く読んだが、その中で彼女は『ア○ス』について以下のようなことを書いていた。
〈最初読んだとき、この作品は「少女の狂気の視点」から世界を眺めているんだなあ……と、思った。精神を病んだ人間には、世の中はこんな風に見えるのかもしれないって。でも、二度目に読んだときは、私はその考えを覆した。違う、そうじゃない。この作品は狂気の視点ではなくて、「私」の視点で描かれた作品なんだ。たとえば私の心の中にも存在する「隠れた欲望」を描いた作品なんだ。……って。そうでなければ、私がこれほど作品世界に共鳴できてしまうハズがない。完璧な狂気がそこに描かれていたのなら、私の思考はエラーを起こしてしまう。私がこんなにも少女の体験をせつなく悲しく感じるのは、あたかも狂気のように見える少女の心情が理解できるからである。そして、私が理解可能である彼女の心情は、私の心と繋がっており、私のなかにはたしかに巨大化してしまう自我や、欺瞞への憎しみや、醜い自意識や、人を殺したいという衝動や、他者との断絶や、絶望や、孤独が渦巻いているのだ……〉、と。
『双子のオヤジ』は、「パンツ」から「そして…」までの、二四の短篇から成り、例えば「時間」とは、こんな内容なのだ。
〈「ペロペロペロ、ペロペロペロ」「静かにしろ!! 今ちょっとマジな問いを考えている最中だ」「その問いとは」「時間とはなんぞや」「この我々を押し流す時間の流れとは……」「そんなのきまってるじゃん」「『変化の不可逆性』のことだろう」「知ったような口を…」「きくなーっ」「キクナは…」「新横浜の次だーっ」「キクナって菊名のことね」「わかってるよ」……〉。
 しりあがり寿は本書の「あとがき」で、以下のような文も寄せている。
〈それはそれは、すごく凄く、ものすごく遠くで、いくつもいくつも列車を乗りついでやっとたどりついた一番近い駅からでも、数えきれぬほどの山を越えて、それでもまだつかない! そんな山奥で双子のオヤジは暮らしています〉。ぼく自身はこの二人、ずっとエイリアンだと思って読んでいた。
 そんなに遠くだから、周囲には何もなく、客も宅急便も来ない。訪れるのは折々の季節だけ。とにかく人がいないのだ。いるのは兄か弟かも不明、あまりに似ていて区別のつかぬ双子の兄弟だけである。そんな二人にとっての楽しみは、自分たちの「考え」や「思いつき」で遊ぶことだけだった。とはいえ二人だけなので多数決もできず、何も決められず、すべてが曖昧に漂っている。
 本作はまず、飄々とした二人のキャラクターに味があり、ギャグも秀逸で楽しいが、ぼくは、この詩的な「あとがき」にも感心した。むろん画・文の中にもポエティックなシーン、頻出するが、彼は地の文も、とても巧い。そして、芸の幅の広さにも敬服した。
 〈この作品は「マンガ」です。でも、マンガしか表現できない世界だってある。そのことを突きつけてくる「マンガ」です〉とは、田口ランディさんの『ア○ス』書評の締め括りの言葉である。
 若手作家が学ぶべきは、同業者ではなく、今は、しりあがり寿だとぼくは思う。

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2004/11/02 20:34

投稿元:ブクログ

レビューを見る

2009/01/16 22:31

投稿元:ブクログ

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