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紙の本
殺す・集める・読む 推理小説特殊講義 (創元ライブラリ)
著者 高山 宏 (著)
シャーロック・ホームズ探偵譚を世紀末社会に蔓延する死と倦怠への悪魔祓い装置として読む「殺す・集める・読む」や、マザー・グース殺人の苛酷な形式性に一九二〇~四〇年代の世界崩...
殺す・集める・読む 推理小説特殊講義 (創元ライブラリ)
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商品説明
シャーロック・ホームズ探偵譚を世紀末社会に蔓延する死と倦怠への悪魔祓い装置として読む「殺す・集める・読む」や、マザー・グース殺人の苛酷な形式性に一九二〇~四〇年代の世界崩壊の危機を重ね合わせる「終末の鳥獣戯画」など、近代が生んだ発明品たる〈推理小説〉を文化史的視点から読み解く、目からウロコの劃期的ミステリ論集。【本の内容】
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紙の本
高山探偵、推理小説という「謎」を解く。
2002/02/19 22:15
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:服部滋 - この投稿者のレビュー一覧を見る
思うに高山さんの本を読む愉しみは、隠されたものが白日の下に曝される場に立ち会う快楽にある、といえるのではなかろうか。本書を読んであらためてそう思った。そしてそれは、推理小説を読む愉しみにも通じているということを。ひとつの死体という謎に始まり、謎の真相をエクスポーズ(暴露)するのが推理小説だとするなら、《高山ワールド》は我々が常識として見過ごしているものに実は大きな謎がひそんでいることをエクスポーズする、そこに大きな違いがあるというべきだろう。
誰も不思議に思わなかったものを指差して、高山さんは「それってヘンじゃない?」と疑問を投げかける。「そういわれるとヘンかも」と思ったら、すでに術中にはまったも同然だ。「それはね、実はこういうことなんだよ、ワトソン君」と高山探偵の謎解きがはじまる。博引傍証、次々と繰り出される目もあやな証拠物件にあっけにとられているうちに、読者は知らず知らず説得されてしまっている。香具師とかぺてん師とか面と向かっていわれもする、と高山さんは書いているけれど、その知の椀飯振舞の比類なく歯切れのいい口上は、大道香具師のタンカバイを思わせなくもない。
本書は、高山さんの既刊本や単行本未収録のエッセイから、推理小説をテーマにしたものを「集め」たものである。召喚されるのは、ホームズ、ドラキュラ、切り裂きジャック、チェスタトン、クリスティー、ヴァン・ダイン、クイーン、それに乱歩、虫太郎etc.。まずは巻頭の表題作「殺す・集める・読む」で、なぜほかならぬ19世紀末の「世紀末的感性」の中から推理小説が、すなわちホームズが登場したのかと高山さんは問いかける。
ヴィクトリア朝のロンドンは、農村から大量に人口が流入した「生のメガロポリス(巨大都市)」であると同時に、疫病が蔓延し墓地が満杯になった「陰鬱なネクロポリス(共同墓地)」でもあった。コレラ、そしてインフルエンザの大流行によって死の意識に囚われたブルジョワたちの間に奇妙なブームが到来する。インテリア・カルト(室内崇拝)である。
さまざまな珍奇で高価な物品を「集め」、飾り立てることで死の意識を外(エクス)に置く(ポーズ)——室内は一種のアジール(避難所)であり、ドイルの描く推理小説は「死をタブーとする室内文化の中に、いわば必ず結末があり解決がつくという条件の下に死を一時の阿呆王(モック・キング)として許容するという、死の祝祭装置」として、さらには世紀末を覆った「倦怠」を紛らわせる娯楽として人々に耽読された。殺人を娯楽(「甘美な戦慄」)として享受する感性は、『ハンニバル』に熱狂する現代人といささかの隔たりもない。あるいは、ヴィクトリア朝の人々の異常なほどの「健康」への執着も、一方にエイズ禍を置いてみれば現代の健康ブームとおどろくほどよく似ている。
ちなみに、珍奇なものを「集め」て供覧に付すロンドン万国博が開催されたのが19世紀中葉。以降、パノラマから映画の発明へと世界は挙げて《視の快楽》に狂奔する。エクスポーズする感性の集約がエクスポジション=博覧会にほかならない。
「ヴィクトリア朝の娘はだれしもシダやキノコの名の二十くらいはすらすらと言うことができた」(リン・バーバー『博物学の黄金時代』)というほど、この時代はまた博物学に狂った時代でもあった。顕微鏡がブームとなり、「細密狂い」の支配する文化のなかで、細部を観察することによって隠されたものを白日の下に曝すホームズ流探偵術が喝采を浴びたのは当然といえるだろう。殺人が密室で行われるのも、むろんインテリア・カルトと無縁ではない。
こうして推理小説の細部を観察することで近代という時代の文化の相がくっきりと見えてくる、これは小さいながら「とてつもなく大きな本」なのである。 (bk1ブックナビゲーター:服部滋/編集者 2002.02.20)