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- カテゴリ:一般
- 発行年月:2002.5
- 出版社: 幻冬舎
- サイズ:20cm/221p
- 利用対象:一般
- ISBN:4-344-00179-6
紙の本
虹
著者 吉本 ばなな (著)
私はどうしてもタヒチに来てみたかった。ウェイトレスが天職の瑛子、27歳。こんな小さな歴史だけど、生きてきた道の上には、たくさんの思い出がある…。書き下ろし長編小説。【「T...
虹
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商品説明
私はどうしてもタヒチに来てみたかった。ウェイトレスが天職の瑛子、27歳。こんな小さな歴史だけど、生きてきた道の上には、たくさんの思い出がある…。書き下ろし長編小説。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介
吉本 ばなな
- 略歴
- 〈吉本ばなな〉1964年東京都生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業。「キッチン」で海燕新人文学賞、「不倫と南米」で2000年ドゥマゴ文学賞を受賞。ほかの著書に「TUGUMI」「アムリタ」など。
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紙の本
異国で感じるノスタルジア
2002/07/09 19:58
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ミケランジェラ - この投稿者のレビュー一覧を見る
ああ、これは感じたことがある、覚えている、どこかできいたことがある。初めて来る世界なのに、こんなに近くて親しくて、懐かしい。自分では言葉にはできないけれど、確かに経験した気持ちや愛や葛藤を再現してくれる、ばななさんの小説は解放の文学です。ただし冷静に考えてはいけない。読み手は主人公のように強くもないし優しくも無い。大切な人とは懐かしい思い出ばかりじゃないし、何よりも不倫は、たいがいの不倫は、あんなふうに綺麗な印象だけを残したためしがない。みんなもっとずるくて自分の都合やお金のことをもっと一生懸命考えているような気がする。だから休暇先の美術館でメルヘン画を見るようにこの本を読みましょう。メルヘンなんだからあの旅行の詳細とか写真とかはなるべくならつけないでほしかった。まるで本当にあったお話のような印象を読後も持ち続けていたかった。表紙はいっそのことゴーギャンにすればよかったのに。でもそんなのは贅沢というもの。よい本です。
紙の本
ちょっと疑問
2002/05/10 23:34
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:琴 - この投稿者のレビュー一覧を見る
吉本ばななの作品としてはちょっと違和感を覚えました。ストーリーの展開や設定はいつもの通りという感じですが、狙っていることの伝達が不十分という気がしましたが…。言いたいことは分かるんですが。なぜあのシーンから書き始めたかもイマイチ謎。
ストーリーは天性のウェイトレスが、仕事・恋愛のごたごを癒しにヒタチに旅するというもの。
受け付けなかった原因は、登場人物の関係の描写のおどろおどろしさからかもしれません。なんと言ったらいいのか…実は物凄く単純な関係なのに、自分を特別視しているところがちょっと僭越かな、と。でもまあ、完璧に主観なのですがね。とにかく心理描写がしつこい。人生について語っているのだけれど、人生の淵というものはあまり感じられず、ただごたごたした過酷な人生だという印象を受けました。
とはいえ、ラスト、救いが見える部分はドラマチックで、素敵でした。あと、仕事に対する情熱を語るところはおもしろいです。
紙の本
結末から始まる小説
2002/04/29 20:44
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投稿者:矢野まひる - この投稿者のレビュー一覧を見る
物語は主人公がタヒチ島でラグナリウム(スノーケリングのことか?)のツアーに参加するところから始まる。ヒロインは果物のレモンのように黄色い鮫や、色とりどりの魚、砂の上をすべるエイを、自分の呼吸の音だけを聞きながら子供のように目を輝かせて見入ってしまう。
「夢のようだ、まるで虹を見ているようだ(中略)いろいろなことがあったけれど、またこういうきれいなものを見ている……生きている限り、また苦しいこともあるだろう、でもまた必ずこういうものが目の前に現れてくるのだ。必ず」
これが冒頭である。なんだかまるで結びの文章のようだ。でもそうではないのだ。物語はここから始まる。
読者の前には、東京で瑛子に何が起こったかが、回想により徐々に明らかにされていく。背景にはタヒチという土地のもつおおらかな力が常に横たわっている。ヒロインは、「生きている限り、また苦しいこともあるだろう、でもまた必ずこういうものが目の前に現れてくるのだ。必ず」という想いに支えられて、「強欲でよりいっそう頑固で、気持ちが悪いくらいに意地っぱりで、まるでぬるぬるした生き物みたいにいやらし」い自分になんとか折り合いをつけようとする。タヒチという、東京から遠く離れた土地で、自分に向き合おうとするヒロインの勇敢さに、すがすがしい気持ちにさせられる。
日々の複雑な様々なことで自分を見失いそうになり、事態を整理するために少し距離を置くことを、私は「結末」と勘違いしていた。でもそれは自分の根っこにあるものを思い出して、もう一度、生きることにトライする物語の始まりなのだった。旅先でしか見つけられないものを、居ながらにして手に入れられるのだから本っておもしろいなあ、と思った。
とはいえ、ポトスさえ枯らしてしまうあまりにも余裕のない私の貧しい精神は、瑛子の豊かさに少々コンプレックスを刺激されなんだか平静ではいられなかったのも事実。★の数に動揺ぶりが反映されてしまいました。ゴメンナサイ。
紙の本
他愛のない話だが、「純愛話」が新鮮!
2002/07/16 18:15
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:安原顕 - この投稿者のレビュー一覧を見る
吉本ばななの久し振りの長篇は、今時珍しい一種の純愛小説で、読後、爽やかな印象が残った。今回はタヒチに取材旅行したようだが、話の半分は東京が舞台になっている。
「私」(名は水上暎子。現在は二七歳)の家は、海辺の観光地で小さなレストランをやっていたが、父親が女を作って出奔、「私」が一一歳の時、二人は離婚する。その後「私」は、祖母と母と一緒に食堂の手伝いをしながら青春時代を過ごす。そして、高校を出ると同時に母が食堂を畳んだので、「私」は上京、タヒチアン・レストランで働くことになる。「まわりに何もない住宅街で特にどこの駅にも近くないその店は『虹』という名前だった」。「虹」のオーナー高山は十代の頃からタヒチに住み、レストランでも働き、念願の店を東京にオープンしたのだ。「私」はその店の存在と、カッコいいオーナーの顔写真を雑誌で知り、気に入って就職、充実した日々を送っていた。ところが「私」が二一歳の時、母が突然死に、翌年、祖母も逝く。「私」はフロア係のチーフをしていたが、そうした心労からか、店で三度も倒れてしまう。オーナー夫人はケータリング会社を興したばかり、妊娠中でもあり(後に、これは別の男の子供、オーナーの夫もそのことを知っていると読者は教えられる)、おまけに家政婦まで急に辞め、「私」はリハビリを兼ね、臨時家政婦をすることに。オーナー夫人は「人間味の薄い人」との印象通り、オーナーの溺愛する犬太郎、猫太郎の世話も「私」任せ、後には、赤ん坊が生まれるからと、犬太郎を五万円で売ってしまうような女だった。
さて、ここからはテレビドラマ『家政婦は見た』風の世界に突入し、なぜか地の文でもオーナーを「ご主人様」などと呼ぶのは興ざめ、今時「ご主人様」などとは言わないと思うが、それはともかく、「私」はオーナーに惚れており、オーナーもまた彼女に一目惚れだったと読者は知ることに。
そして、猫太郎を「私」のマンションに預かる大雨の日、「私」は車中でオーナーに愛を告白されるが、「私」はオーナーを厳しく批判してしまう。それでもオーナーは、「出来たら店は辞めないで欲しい」と話す。
家政婦を辞めた後、オーナー夫人に挨拶に行くと夫人は不在、新しい家政婦鈴木が「ご主人様」が呼んでいると言う。「私」が部屋に入ると、彼は「もう店に戻ってくれても、二度と話しかけない、約束する。二度と会わなくてもいい。こんなことをしたら店をやめるというなら、それも仕方ない。全部俺のエゴなんだから、そこは本当にきっぱりと誓う。だから、一回だけ、やらせてくれ」と懇願する。この「一回だけ、やらせてくれ」には思わず笑ったが、結局「私」は折れ、「わかった、いいよ、寝よう。でもここはいや。ここから出たい」と言い、二人は近所のラブホテルでセックスをする。こうしたストーリーだけ読むと、他愛のない馬鹿噺と思われそうだが、どっこい、これがなかなか巧く書けているのだ。本書にはもう一つ、印象深いシーンがある。それはタヒチで出会った金山さんとの逸話である。この初老の未亡人は、オーナーの高山のこともよく知っていた……。帰国の日、オーナーからファックスが入り、「戻ったらまず私に連絡を下さい。話し合うことがたくさんあります……」とあった。船上で誰かがフランス語で、「あ、虹だ!」と叫び、みな、いっせいに空を見上げる。「帰ったら日本はあたたかい春で、私はすぐに店に戻り、家には猫がいて、長く続きそうな新しい恋愛を始める。全てが驚くほどいちどきにそんなふうに変化して、そして今、目の前には虹があった……」例によって『虹』には、原マスミの絵がふんだんに盛り込まれており、小説の最後には山口昌弘の写真と「旅の日程表」まで載っている。埒もないラヴストーリーには違いないが、タヒチの描写と写真を見て、ぼくも一度タヒチに行ってみたくなった。