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  • みんなの評価 5つ星のうち 3.9 85件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2002.5
  • 出版社: 平凡社
  • サイズ:20cm/77p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-582-82996-1

紙の本

パレード

著者 川上 弘美 (著)

夏の午後、畳に寝そべって、ツキコさんがセンセイに物語る、淡く切ない少女の頃の「昔のはなし」。「センセイの鞄」のふたりが過ごした、遠いこだまのような時間、もうひとつの物語。...

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商品説明

夏の午後、畳に寝そべって、ツキコさんがセンセイに物語る、淡く切ない少女の頃の「昔のはなし」。「センセイの鞄」のふたりが過ごした、遠いこだまのような時間、もうひとつの物語。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

川上 弘美

略歴
〈川上弘美〉1958年東京生まれ。お茶の水女子大学理学部生物学科卒業。小説家。「蛇を踏む」で第115回芥川賞、「溺レる」で伊藤整文学賞等を受賞。他の著書に「おめでとう」など。

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みんなのレビュー85件

みんなの評価3.9

評価内訳

紙の本

大好きな人

2002/07/12 22:42

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ヲト - この投稿者のレビュー一覧を見る

ごくありふれた日常。
ささやかな幸せに涙が出るほど感動するときがある。

懐かしいような
切ないような
なんだかよく分からないけど
胸が締め付けられるような。

この本はそんな幸せや
子供の頃に持っていた大切な何かが詰まった本だ。

童話のような小説のような
何処のジャンルにも属さない
不思議な魅力を持った物語。

大好きな人と一緒に居ること。
現実世界であり得ないであろう世界に
迷い込んだわけでもなく
滅多にお目にかかれないだろう
事件に巻き込まれたのでもない。

ありふれた日常の素晴らしさが出ている。
そしてそれは多分滅茶苦茶幸せなことなんだと思う。

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紙の本

だいすきだ〜〜!

2002/06/03 22:04

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:宙豆☆ - この投稿者のレビュー一覧を見る

また、やられてしまった。川上ワールド炸裂!
とんでもない作り話なのに、妙にリアルで、余韻をのこす。
意味不明なのに、
淡く、せつなく、ここちよい実感を抱いてしまう。
この人の本は、本当に不思議だが、手にとったら最後、
一気に読み終えしまう。くやしいけど、好きだ。
またまた、今回も、
ツキコさんとセンセイの昼下がりをのぞき見しちゃったような、
天狗たちに出逢ってきたような、ふしぎな体験をしてしまった。
また、吉富さんの絵と装丁が、シンプルでとってもかわいい。
かざっておこう!

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紙の本

心を休めて

2002/05/07 23:51

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る

世の中の、多くの人が休んでいたゴールデンウィーク。毎年のことながら、たった1日の休暇しかとれなかった僕が、唯一心を休めることができたのが、川上弘美さんの新刊「パレード」を読み終えた時だった。名作「センセイの鞄」の番外編ともいえるこの作品は、主人公のツキコさんがセンセイに語る<昔の話>だが、どうしてそんなたわいもない話に心の中がほっかほっかするのだろう。誰にもある<昔の話>。忘れていた、遠い記憶を思い出させてくれる、そんな小さな物語。忙しさにかまけて、僕自身が目をつむっていた、あったかさに出会えた、素敵な本でした。

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紙の本

本編である『センセイの鞄』を考えずに読むことができる、それが何よりありがたい。そして吉冨貴子の版画だろう、挿絵の愛らしいこと、それがなんともいいのです

2005/04/24 22:13

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

なんとも可愛らしいカバー画で、本の真中にちょっと滲んだ赤丸一つ。目を近づければ、表情が見える。顔なんだ。そう、これは本文によれば天狗ということになるらしい。私たちの持つイメージとはまったく違って、どちらかというと角のない赤鬼くん、というかアカオニちゃーん、というほうが正しいような気がする。太陽、或は梅干、はたまたリンゴとでもいいたくなるものではある。本の中の画も含めて担当は吉冨貴子。
でだ、私は『センセイの鞄』が本の作りこそ新潮社のクレストブックを思わせて好きだったものの、何だか老人に媚を売ったような話の展開が面白くなく、その続編というか、補遺というか、栗本薫に言わせれば外伝とでもいったらいいのか、『パレード』という作品が出たとき、まったくの無視を決め込んだ。
ただし、川上弘美には何の恨みもないので、その後も『光ってみえるもの、あれは』とか『ニシノユキヒコの恋と冒険』などを娘たちと一緒に楽しみ、誰も望んでいないのに同時期に出たよしもとばななの小説を並べて、人気投票を家族で行い、勿論、川上に票を入れることもしているほどである。だから、出版から時間が経った今、あらためてこの『パレード』を手にしたこととなった。
で、川上の出版のお浚いをしておけば、『センセイの鞄』が出たのが2001年3月、この『パレード』が2002年の2月、さらに言えば『センセイの鞄』の文庫化が2004年の4月で、その間、小説の単行本といえば2002年3月の『竜宮』のあと『光ってみえるもの、あれは』『ニシノユキヒコの恋と冒険』以外にはない。純文学の出版ペースとしては普通かもしれないが、決して多くはない。
この、あとがきも含めて僅か77ページの本は、「「昔の話をしてください」とセンセイが言った。」という一行しかない頁、見開きに芝生のような手がきの棒線(多分、吉富の作品でしょう)があふれている個所、あるいはカバー画のようなまん丸くんだけがいる一枚などがあって、どちらかというと詩集といった作りになっている。
当然、それは内容の反映でもあって、少なくとも本編である『センセイの鞄』と同じ気持ちで老人の恋を楽しもうとした人たちは愕然とする。むしろ、補遺として読むにしても、本編と響きあうような感じはなくて、独立した話として楽しんだほうがいいのではないか、そういう気がする。
で、この小説は入れ子細工になっているものの、量的にはセンセイの要望に応えてツキコさんが自分の夢を語る部分が大半で、そこに登場するのが赤鬼ちゃんということになる。いつの頃のことかといえば、彼女が小学三年生の時のことで、自分に赤と薄赤色の二匹の?天狗が付いていることに気づいたことから学校でのいじめの話になっていく。
ちなみに、彼女の同級生にも同じように守り神と言うか憑き物というかがいて、それは必ずしも天狗というかたちをとっては居ない。いかにも川上らしい幻想奇談とでもいったらいいのだろうか。
さて、我が家の長女は予想の通り、吉冨の挿絵というか版画にえらく感心して、自分専用にこの本が欲しいと言い出す始末で弱ってはいるのだけれど、実は印象的だったのは、センセイがツキコさんに教える、そうめんの食べ方というか盛り付けの仕方だというのだから、読み方は千差万別である。

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紙の本

10分で読める。ちょっとひどい。でも許す

2003/01/21 16:39

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:pipi姫 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 ヤスケンさんには酷評だった「センセイの鞄」、でもわたしはいたく感動した。正直言って、あんな小学生の作文みたいな小説に感動するのは悔しいのだ。でもよかったのだからしょうがない。

 なので、ついついこんな薄っぺらい本も買ってしまったのだ。
 だって、あのセンセイとツキコさんが出てくるのだから。

 「センセイの鞄」を読んでいる読者には、二人がそうめんを調理して食べる、その冒頭の描写だけで、もう暖かく凛とした気持ちに入っていくことができる。思わずそうめんを食べたくなるようなおいしそうな描写といい、子どもの頃の不思議な物語、そしてセンセイの暖かい手、すべてがツキコという40に手の届く女性の心とからだの芯の深いところで一度鳴り響いてから、読者の胸元にすっと入ってくるのだ。
 
 小学生の作文のよう、と書いたが、川上弘美は擬態語・擬声語の表現が実にうまい。特段に目新しい表現があるわけでもないのに、どきりとする新鮮さがある。そして、身体感覚の表現が斬新だ。気まずさに冷や汗をかきそうな場面で、「指先が縮んでいくような気持ち」と表現されてしまったら、もう「参った」と言うしかない。

 この作品は、小学生の頃に誰もが一度は経験したような、切なくてほろ苦くて心が痛くて少し優しい想い出が読者を満たしてくれる、大人のための童話だ。
 センセイの手が暖かい。何度も出てくる、この手の描写が秀逸。70歳のセンセイの手は乾いて節くれだっているだろう。だけど齢の数だけきっとやさしい。握られていたいと思う、こんな手に。

 この本を読む前に、「センセイの鞄」を読むべし。センセイのすっと伸びた背筋と凛とした声を感じながら、「パレード」をしみじみ楽しむことができる。

 こんな短い話で1000円? うーん。ま、いっか。

  ※これを書き終えて、ヤスケンさんのご逝去を知りました。
   ご冥福をお祈りします。合掌。

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紙の本

やさしい文字たち

2002/07/03 14:38

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:にこ - この投稿者のレビュー一覧を見る

 ふと、優しい気持ちになる時がある。それは別に特別なときや、特別な出来事があってなるのではなく、ほとんどがごく普通の日常の中でなる。そんな、日常の中で、ふと感じれる優しさがつまった本だと私は思う。
 センセイの鞄、に出てくるセンセイとツキコさんのそうめんの話からツキコさんの不思議な過去の話へと飛ぶ。天狗など、不思議な存在も現れるのに、それはどこか不自然ではなく「ああ、そうだね。いるかもしれないね」と素直に思えてしまう、このやさしい流れの話が本当にすごいと思う。
 「よし、読むぞ」と気合を入れて読むのではなく、日常の延長で読んでほしい。

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紙の本

「畳の目」

2002/06/25 10:38

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:たなちん - この投稿者のレビュー一覧を見る

 センセイとツキコさんが昼食にそうめんを食べる支度をしている。そうめんを茹でる。ざるにあげる。流れる水の中でもみ洗いする。ガラスの鉢に盛り付ける。 センセイは薄焼きたまごを刻み、みょうが、シソ、ワケギ、キュウリ、煮茄子、梅干しの裏ごしと、一つずつ小皿に薬味を準備していく。そうめんの盛り付けは食べやすいように一束ずつと、センセイは妙に細かいことを言う。
 「茄子の深い瑠璃色」「みょうがの薄紅色」という表現がある。前作『センセイの鞄』でもそうだったが、居酒屋で初物のソラマメが出される、ひややっこを注文するなど、川上弘美は食べ物の描写、特に旬の食べ物の描写が実にうまい。 8畳間の居間にちゃぶ台を出して、センセイとそうめんを食べる。それだけで前後に何の説明もない。二人の年齢も、関係もわからないのではあるけれど、満腹になってまどろんでしまったツキコさんの腕に「畳の目」がついてしまう。それだけで、ドキッとするような濃密な情感が感じられる。
 書名となった「パレード」は、そこで語られるこどもの頃の話なのだが、話の前後に見開きページを使って挿画がある。あれは畳の目だと思うんだけど、違うかな?

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紙の本

「センセイの鞄」番外編!

2002/06/21 20:19

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:岡野義高 - この投稿者のレビュー一覧を見る

「終わってしまった物語のことを、ときどき考えます」

ベストセラーとなった「センセイの鞄」のサイドストーリー。

小さいころ 友だちを仲間はずれにしてしまったことなど、ツキコさんがセンセイに昔の話をする。
胸のうちにつかえていて、つかえていることさえ忘れてしまうようなこと。
年をとると、だんだん「つかえ」が澱のようにたまっていく。
だからこそ、胸のつかえを話せる相手がいる、ということは、とてもすばらしい。
それだけで、恋愛はする価値があるのかもしれない。

自分は、「外伝」や「サイドストーリー」がとても好きなので、嬉しい一冊だ。

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紙の本

なんて不思議な。

2002/07/24 16:16

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ながつき - この投稿者のレビュー一覧を見る

 話の雰囲気を出すのがうまいなぁ、というのが最初の感想。多少奇妙な事があっても細かいつっこみを入れてはいけないのではないかと思わせる文章がいい。あの独特の文の作り方で突然天狗が出てきても全く違和感が感じられなかった。まるで童話のようなお話。
 ただ、こんなに雰囲気を出すのがうまいのに、肝心のツキコさんとセンセイの事がほとんどわからなかったのが残念だ。おそらく前作の「センセイの鞄」の中でツキコさんとセンセイがどんな人なのか、とか二人の関係などが書かれていると思うのだが、今作の「パレード」の中ではそう言った事が何一つ書かれていない。
 「川上弘美の本なら全部読んでる!」というような方にはいいだろうが、初めて読む人だっているのだ。そういう人達のためにも二度手間にならない程度に二人の事を書いた方がもっと物語の幅が出てよかったのではないかと思う。

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紙の本

この手の「お化け話」は、著者の独壇場

2002/07/16 18:15

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:安原顕 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 河野多恵子のクズ短篇『半所有者』(新潮社)が、小説の読み手にまで絶賛され、あろうことか「川端康成賞」まで受賞した。国が崩壊した日本では、文壇も例外ではないが、この風潮、今後はますます激化するだろう。そこへ、『半所有者』同様、わずか二、三〇枚の短篇を強引にハードカヴァーに仕立てた本が出たので、「またかよ」と思いもしたが、「あとがき」に惹かれて読んでみると、こちらは、いかにも川上弘美らしい短篇で楽しめた。
〈終わってしまった物語のことを、ときどき考えます。(略)それらの物語の中にあるたくさんのエピソードや感情は、現実のこの世界のものと同じくらいわたしにとってはしっかりと「在る」ものになります。けれど、書きおえてしまえば(略)、かつて在っただけのもの、思い出に似たものに、なってゆきます。/そのとき、あらためてわたしは考えるのです。物語の中の世界はほんとうにそこで完了してしまったのだろうか、と。/たとえば『センセイの鞄』という物語(ぼくは駄作と思うが、世評高く、たしか15万部も売れた筈)。センセイが死んだあと、ツキコさんはどうなっていったのだろう。小島孝は。サトルさんの店は。さらにさかのぼるならば、センセイがまだ生きていたころ、センセイとツキコさんは、ほんとうのところ、日々どのように過ごしていたのだろう。酒場で会っていないときは。一人一人で過ごしているときは(ぼくが駄作とした理由の一つも、こうしたことが一つも書かれていないからだった。その意味では、いまさらこんなこと言うなよなとの感じもする)。/そんな、本には決して書かれなかった、作者であるわたしも知らない、センセイとツキコさんとの時間を、物語を書きおえてしまった後、私はふと考えたりするわけです。/初夏のある日、ツキコさんとセンセイは、この本に書いてあるような日を過ごしたかもしれません〉。
「あとがき」には概ね、以上のようなことが書かれていた。
〈「昔の話をしてください」とセンセイが言った。/「昔って、どのくらい昔ですか」/「昔は昔」/「はあ」/そうめんの支度を、センセイとわたしはしていた〉。
 二人はそうめんをしこたま食べ終わると、先生は横になり、ツキコさんも、いつの間にか眠ったようだ。三〇分ほどして起きると、センセイはツキコさんの腕についた畳の跡を優しく撫ぜ、ツキコさんはセンセイに小さいころの話をする。〈がやがやする音で目が覚めたんです。/部屋の中に、がやがやの元はいました。赤でした。濃い赤とうすい赤とが、何か言いあっているのでした。/わたしは床の中で寝たふりをしていました。(略)二人は、本で見る天狗というものにそっくりに見えました〉。
 学校に行く時も、彼らは一緒に付いて来たが、驚いたことに、教室に入ると三波君の横にはあなぐま、西田さんの横には「おばさん」、小田君は、ろくろ首と腕を絡ませていた。そして西田さんは、天狗たちがくっついたから大町(ツキコ)さんにも見えるようになったのよと言う。聞けば西田さんの「おばさん」は一年前に現れ、小田君は小学校に入って同時くらい、三波君は幼稚園に入る前からだという。さらに彼女は、その「おばさん」の名は『砂かけばばあ』だと教えてくれ、父親には見えるが母親には見えないとも。三時間目を過ぎた頃、砂かけばばあも、ろくろ首も姿を消したが、「夕方になると、また来るよ」と、小田君は耳打ちした。しばらくすると「わたし」は天狗たちの言葉が少しわかるようになる。
「かあさんが小さいころにも、天狗がそばにいたの?」と、何となく聞くと、「かあさんは、天狗じゃなくて、きつねだった」母は笑いながら答えた。ここまでで約半分強である。あとは本書を読んで欲しい。吉富貴子の挿画も可愛い。

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2004/09/30 12:50

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2004/10/29 21:47

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2004/12/01 20:31

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2006/08/08 14:40

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2011/08/20 20:21

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