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鶴見和子・対話まんだら 石牟礼道子の巻 言葉果つるところ
  • みんなの評価 5つ星のうち 4 2件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2002.4
  • 出版社: 藤原書店
  • サイズ:21cm/314p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-89434-276-6
  • 国内送料無料

紙の本

鶴見和子・対話まんだら 石牟礼道子の巻 言葉果つるところ

著者 鶴見 和子 (著),石牟礼 道子 (著)

自らの存在の根源を見据えることから、社会、人間、知、自然を生涯をかけて問い続けてきた鶴見和子。自らの生の終着点を目前に、来るべき思想への渾身の一歩を踏み出すために、本当に...

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鶴見和子・対話まんだら 石牟礼道子の巻 言葉果つるところ

2,376(税込)

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商品説明

自らの存在の根源を見据えることから、社会、人間、知、自然を生涯をかけて問い続けてきた鶴見和子。自らの生の終着点を目前に、来るべき思想への渾身の一歩を踏み出すために、本当に語るべきことを存分に語り合った対話集。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

鶴見 和子

略歴
〈鶴見〉1918年東京生まれ。プリンストン大学社会学博士号取得。上智大学名誉教授。専攻は比較社会学。

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みんなのレビュー2件

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評価内訳

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紙の本

読んでいて、こころが洗われる思いがする

2002/07/10 18:07

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:森岡正博 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 一九一八年生まれの鶴見和子さんと、一九二七年生まれの石牟礼道子さんの対談集だ。読んでいて、こころが洗われる思いがする。対話は、けっして過去へと沈潜するものとはならない。二人の眼差しは、かならずしも明るくはない未来へと、しっかりと向けられている。そして、二人が、自分の人生を自己肯定しているその息吹が、読むものにじわじわと伝わってくる。
 鶴見さんは、大病をして死の淵にまで落ちたときに、次々と短歌が脳裏にわき上がってくるという体験をした。自分の存在が果てるかもしれないそのときに、言葉が立ち上がってくる。生命あふれるこの宇宙の核心部分を言葉によってつかまえようとしても、いちばん大事なものは言葉にならずに、逃げ去ってしまう。しかし、短歌という形をとることではじめて、その逃げ去ってしまう真実の痕跡を定着させることができるのだと言う。
 「私、病気になってよかったと思ってる。やっと真人間に近づいたと思ってる」と鶴見さんは語る。彼女の歌。「半世紀死火山となりしを轟きて煙くゆらす歌の火の山」。歌うことによって、生命に参入し、自然の流れに合流する。
 石牟礼さんは、東京で開催された水俣フォーラムのときのことを語る。水俣で、生者や死者や海の魂を入れた小さな船を、東京湾まで漕いでくる。それを品川の広場に上げて、ススキの穂を切ってきて祭壇を作り、水俣から連れてきた魂たちを、降ろす儀式をするのである。南島の白い装束を着て魂降ろしをしはじめると、雨がさあっとやんでお月さまが出て、ビルの谷間で船の帆が銀色に映え、満月のお月さまの真ん中を五羽の鳥が横切っていく。
 このとき、水俣の自然と人間、そしてそこに起きた様々な出来事が、一筋の大きな流れとなって、裏側から東京の都心に侵入したのだろう。石牟礼さんの語りは、そのことを読者に確信させる。
 二人は、人生でもっとも晴れがましいことは、死だと言う。「一番最後に死があるのは何と幸せだろうって」。この言葉を発することのできる人生は、何と幸せなのだろうと私は思った。

初出:信濃毎日新聞

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2012/06/10 15:58

投稿元:ブクログ

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