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妻の帝国
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.3 13件
  • あなたの評価 評価して"My本棚"に追加 評価ありがとうございます。×
  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2002.6
  • 出版社: 早川書房
  • サイズ:19cm/345p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-15-208423-5
  • 国内送料無料

紙の本

妻の帝国 (ハヤカワSFシリーズJコレクション)

著者 佐藤 哲也 (著)

高校生・無道大義はある日「最高指導者」から届いた手紙を読んだとたん、民衆国家建設に目ざめる。それは悪夢的な不条理世界で展開する、奇想天外な政治劇の始まりだった…。【「TR...

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妻の帝国 (ハヤカワSFシリーズJコレクション)

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商品説明

高校生・無道大義はある日「最高指導者」から届いた手紙を読んだとたん、民衆国家建設に目ざめる。それは悪夢的な不条理世界で展開する、奇想天外な政治劇の始まりだった…。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

佐藤 哲也

略歴
〈佐藤哲也〉1960年静岡県生まれ。成城大学法学部卒業。コンピュータ・ソフトウェアの会社に勤務。93年「イラハイ」で第5回日本ファンタジーノベル大賞を受賞。

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みんなのレビュー13件

みんなの評価4.3

評価内訳

  • 星 5 (6件)
  • 星 4 (1件)
  • 星 3 (4件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)

紙の本

淡々とした冷たい筆致が描き出す「国家」という「悪夢」

2004/05/25 19:28

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:king - この投稿者のレビュー一覧を見る

とりあえずすごい小説だった、とだけ感想を言っておけばいいのかも知れないが、何がどうすごいのかくらいは書いてみる。

この素っ頓狂なタイトルから想像されるとおり、物語もかなり奇怪な設定である。

会社員の妻、不由子は民衆国家なる独裁政権の最高指導者だった。妻は毎日パソコンに向かって文章を打ち続け、膨大な数(最高時には三千通)もの手紙を送り、下部組織に通達を行っていた。彼女の夫はその行為の手助けをしながら、「真に受けてはいなかった」と言うのだが、彼の支援のもと、事態は着実に進展しつつあった。そしてついに「始まりの日」を迎え、民衆独裁国家が立ち上がる。

冗談のようなあらすじだけれど、物語は如上の通り進んでいく。「最高指導者」を妻に持つ「わたし」の一人称と、ある日突然最高指導者からの手紙を受け取り、民衆細胞としての自覚に(ほとんど無根拠に)目覚めた無道大義という高校生の二つの視点から、民衆国家の始動とその後を追っていくことになる。

「自然な状態で直感的に共有される民衆の意志」なるものが「民衆国家」の要諦である。つまり、「何も言わなくとも自然にわかる」、ということがすべての行動を支配している。それはおそらく最高指導者である不由子が、直感的に民衆国家を思い描いたところからすべてが始まっているからではあるだろう。

こんな理念を掲げていてはまともな組織が立ちゆくはずがない。
しかし、宛先もなく送り主の住所もない手紙が無道大義に届いたように、様々な場所で様々な「直感」によって組織は立ち上がり、民衆国家はその形を整えていく。

そうはいっても、ついに行動を起こし立ち上がった「民衆国家」はもちろん、すんなりとありうべき姿に収まるわけはなかった。
後半はすべてその後の民衆国家の混乱を夫である「わたし」の視点から描き続ける。
そこで描かれる混乱した国家の姿は、佐藤哲也自身が参考にしたというソルジェニーツィン『収容所群島』にも重なるのだろう(私は読んでいない)。全体主義国家における不条理な組織統制や、絶対的理念だけが先行する異様な理屈などは、ソ連の作家がよく素材にするものなのだろう。SF作家ストルガツキー兄弟の小説にもそういう作品がある。

混乱の原因のひとつは、あらゆる手続きや相手に情報を伝達するということへの軽視にもある。ある登場人物が、無道大義に本を捨てろと言うのだが、その背後には直感だけを信奉し、言わずともわかるはずだ、という思いこみが蔓延し、コミュニケーションを軽視することへの警告がある。
直感によって自然に共有された「一般意志」なるものが前提とされているこの国家には、なるほど喜劇的なまでのコミュニケーションの齟齬が頻発する。そしてそこには官吏たちや市民たち自身による暴力と抑圧の嵐がやってくる。
一般意志とは、ある種の「空気」のようなものかも知れない。共有されているがゆえにその起源根拠を問う必要はなく、そこから外れるものは爪弾きにされてしかるべきだという暴力としての「空気」。
その「空気」によって国家が構築されるとどうなるか、という悪夢を描いたのかも知れない。

ただひとつ言えるのは、もしこの小説が悪夢だと思えるのだとしたら、それだけ小説が現実的であるからに他ならない。リアリティがあればあるほど、悪夢は純度を増していくのだから。そしてその悪夢は、「国家」という悪夢である。

全篇通して何より印象的なのは、異形の国家を描く筆致の冷静さである。佐藤哲也作品によく言われるような饒舌さはこの作品に限っては全くない。あるのは、淡々として落ち着いた文体であり、それによって描かれる風景の戦慄すべき様相である。文と内容とのこのコントラストが、状況の空恐ろしさをいや増している。不条理な悪夢を淡々と、しかし確実に組み上げていく理知的とも言えるその手腕に冷風を浴びせられたような気分になる。

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紙の本

妻の秘密。

2003/03/15 23:10

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ソネアキラ - この投稿者のレビュー一覧を見る

 妻が実は魔女だったというアメリカのTV人気コメディーがあったが、こっちは妻がほんとうは帝国の元首だったというお話。

 朝な夕な妻は莫大な枚数の指示書をワープロで打ち、後に夫のパソコンで打っては切手を貼って投函する。やがてガン細胞のようにふくれあがった組織が蜂起して新体制を樹立する。それがその地域だけなのか、地方だけなのかは定かではない。善良な一般市民は制服を購入して、身を包み、軍靴を履き、武器を手にして、忠実な党員となる。ヒトラーのナチ党員か、文化大革命時の紅衛兵のごとき存在なのだろう。

 おなじみの焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)ありいの、贅沢品の供出ありいの、シーンが出て来る。食べ物や飲み水にも困るようになってくると、サヴァイバルに長けた知恵のある者が、のさばるようになっていく。こうなってしまうと頭デッカチのインテリゲンチャは、無力だよなあ。

 命令されることの心地良さは否めないし、まわりくどい手続きを踏むんでも、埒が開かないとなると暴力というショートカットで事態を一気に解決することだって決してノー!とはいえない。それが正義であれ、悪であれ。民主主義が行き詰まってくると、政治への不信、社会への不満を骨や肉として大衆は、ヒーロー(あるいはモンスター)をつくり出す。それが本書では、かなり地味目の女性という意外性のある設定が、利いている。

 やがて権力は、妻の手の元を離れ、どこか別なところで動くようになる。妻のビジョンが現実のものになるにつれ、どんどんズレたものになっていく。真綿で首を絞められるように怖さがじわじわ来る。

 政治哲学者ハンナ・アレントの全体主義概念を引用するならば、「全体主義思想は、不確定でアモルフ(無定形)な人間に全体的な世界観を示し、それを限りないテロル(警察権力と強制収容所)の使用によって実現したのである」。

 これって、いま、騒がれている将軍様の国ではないか。作中の登場人物の顔が余り見えてこないのは、当然のことなのだろう。

 不条理小説が最後まで破綻することなく、また口さがない読み手を飽きさせることなく、無用なツッコミを入れさせるスキを与えず、読ませてしまうのは、作者の筆力と構成力のなせるワザである。

 作者はジョージ・オーウェルの『1984年』とソルジェニーツィンの『収容所列島』とフェリーニの『そして船は行く』にインスパイアーされたと述べているが、読んでみるといろんな味わいがした。えーと、当然、カフカでしょ、『未来世紀ブラジル』、連載打ち切りとなった山上たつひこの『光る風』などなど。

 薄気味悪いリアリティを感じて、背筋が寒くなった。なんとなくキナくさい今の時代の空気が存分に伝わる。近未来反ユートピア小説としてかなりの出来の作品である。

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紙の本

20世紀のイデオロギーの変遷をめぐる寓話

2002/10/23 13:37

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:青月にじむ - この投稿者のレビュー一覧を見る

 この物語は今書かれるべくして書かれたもので、20世紀の総括のための寓話なのだと私は思う。

 ひとつのイデオロギーが現れ浸透する。その過程で色々な変化があり、その一方でそのイデオロギーによる弊害が出てくる。そうすればそれを不満に思い反乱を起こす輩が当然のように出現し、あるときは彼らが政権を掌握し、またあるときはそれがあっという間に潰され、何事もなかったように日々が過ぎてゆく。そしてまたあるときは、また違ったイデオロギーの政権ができあがる。
誰もが、幸せを希求してのことに違いないのにその途上でエゴが噴出したり断絶が起こったりするのだ。そういう社会の、歴史の片隅に、私たちは生きている。

 本来ならばナンセンスの極みである「自ずと感覚を共有することができる」社会が築かれる。そしてその到達点を目指し、段々と皆、いびつな行動を取り始めるのだ。何故いびつになっていくかと言えばその到達点は初めから到達不能で曖昧模糊としたものだったからであり、所詮は人間というものはひとりひとりの存在を認め合った上で社会というものは成り立つものなのだろう。ひとりのカリスマ的存在に牽引される社会が本当だと思うこともあるだろうし、個々の隙間や齟齬や認識の格差を埋めるために言葉を尽くし、説明する努力をしていくべきだという考えもあろう。一方で、ただ自分だけが快適であればいいのだという考えも出てくるに違いない。全てが人間から生み出される感情であり、意識なのだ。それらがどこぞにぶれる中を、私たちは生きているということになるだろう。そうして、過去の人びとは今を築いてきたということなのだ。ぶれ続ける限りはどこかで中庸に到達することもあるだろうが、逆にその期間は短く、いずれか一方に大きく傾ぐことも少なく無いだろう。

 そうして、そのようなディストピアの風景が広がる中でも変わらないものがただひとつある。それが、特定の誰かに向けられる愛というものであるのだろうか。小説の冒頭ではそれほどでは無いように思えた「わたし」の妻への愛も、物語がうねり、起伏するごとにその感情が高まっていく。その到達点がラストのシーンということになるのだろうか。正直、自分がその立場だったらどう対応するか分からない。でも、やっぱり「わたし」と同じようにしてしまうのだろうと、どこかで考えている。そういう、変わる中でも変わらないものがあるということをも、もしかしたら佐藤哲也は描きたかったのだろうか。

 この著者の作品は、短篇の「ぬかるんでから」しかまだ読んでいない。しかし、もっと読んでみなければいけないと今更ながらに思う。この小説は、ジャンルを越えて、もっと色々な人に読まれるべきだと思う。

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コノヒトシカイナイ

2002/07/03 11:15

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:isaka - この投稿者のレビュー一覧を見る

小説を読む若い人が少ない、らしいんですが
「そりゃそうでしょ」と僕なんかは思っちゃいます。
今は映画もあるし、マンガもあるし、ゲームだってある。
携帯電話に金もかかるし。

本屋を眺めても
「舞台が変わっただけのハードボイルド」だとか
「やたらに恋人たちがすれ違う恋愛小説」だとか
「気の利いた台詞ばかり出てくるミステリー」だとか
そんなのばかり並んでる。
そんなの本じゃなくても、映画やマンガで腐るほどあるし。

僕たちが小説に手を伸ばさないのは
「小説でしか味わえない面白いもの」が少ないから、かも。

想像力を駆使したオリジナルの物語、ユーモアの溢れてくる文体。
奥泉光さんが以前どこかに書いていた言葉を借りれば
「読み進めること自体が快楽」となるやつ。
それが小説でしょう。

で、それが佐藤哲也さんでしょ。
佐藤哲也さんの小説は
小説でしか味わえない面白さで溢れてる。

そう言えば、芸術作品の評価について
「他の何かに似ていない」ということが
日本ではマイナスに作用するけど、別の国では賞賛されることになるって
聞いたことがある。

佐藤哲也さんの小説は、他の何ものにも似ていない。
だから「イラハイ」「沢蟹まけると意志の力」が絶版なのかもしれない。

僕たちは、他の何ものにも似ていないものが読みたくて本を買うのに。
こんなんだから、小説を読む若い人が少ないんだ。

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紙の本

政治小説としては面白いし、底の深さでもたいしたものです。でも、読んでいてちっとも楽しくないんですね。思想を気取った人間の限界?

2006/06/01 20:01

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

《都立七和手高校の名物教師の授業中、public convenienceの意味を問われた生徒 無道大義が答えた「民衆が全体として共有する民衆の意思」。それが具現化していく不気味さ》
話は都立七和手高校での化学教師波風の授業風景から始まります。波風は「思考とは知識の産物である」という考えの持ち主で、授業内容も科学のみならず古典、哲学、英語など縦横無尽に展開する波風の授業は、その信念に裏付けられた姿勢ゆえか誰も文句を言おうとはしません。彼からpublic convenienceの意味を問われた生徒 無道大義はなぜかそれに「民衆が全体として共有する民衆の意思」と答えます。そして或る日、当時高校二年生だった無道大義のもとに、七和手地区主任補導官殿とだけ書かれた手紙が届けられるのです。
それが何故自分であるのか、と郵便配達に問い掛ける彼に返ってきたのは「それは分かる」というだけの自身に満ちた声でした。手紙は最高指導者からのもので、指令第一号「来る選別の準備」をせよと書いてあります。この日以降、大義のもとには拳銃、手榴弾、猟銃などが集まり始めます。
これらを語るのが私で、二つ年下の妻の不由子とは33歳の時に結婚しています。披露宴で友人針原義人に「あれは魔女だ」といわれた不由子は一風変わっていると言われていたオペレーターで、外界に興味を抱かない近寄りがたい美女です。初めてのデートには、Tシャツにジーンズ姿で現れ、それは以降も変ることはありません。二人は三回目のデートで関係を持ちますが、寝物語で聞かされたのは国体理念でした。私のワープロを独り占めにし、謎の文書を打ち続ける不由子を動かすのは、直感による民衆独裁であり、自分を最高指導者と位置付け、地方組織に指令を流しつづけるのです。
総勢20万に膨れ上がった構成員。彼らに送る郵便代で家計は逼迫、遂に私はピラミッド型の組織の組替えを提案します。不思議な夫婦生活と、彼らをとりまく政治状況の変化。彼らの望む世界は到来するのかを最高指導者を妻とした男の視点で描いていきます。
近年珍しいタイプの本格的な政治小説といえるでしょう。以前、白石一文の『すぐそばの彼方』が政治小説として騒がれましたが、本質的という点では明らかにこちらに軍配が上がります。作者は1960年生まれ、1993年『イラハイ』で第5回日本ファンタジーノヴェル大賞をとったとありますが、大して評判にならなかった気がします。剛直な印象の文で、どことなくユーモア感が漂うあたりは、アニメの『パトレイヴァー』を彷彿とさせます。
6年ぶりの書き下しということですが、どこか、奥の深さを感じさせる小説ではあります。それは作者自身の手になるあとがきを読めばよくわかります。とくにオーウェルの『1984年』を意識したという部分は納得。社会が混乱し、直接民主制への願望が起きている今には相応しい内容かもしれません。ただし、この内容、果たして今の世に受け容れられるか、そしてそれ以上の深みが本当にあるかというと、正直疑問です。感動を求める本ではないでしょう。

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編集者コメント

2002/09/10 20:32

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:bk1 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 第5回ファンタジーノベル大賞を『イラハイ』で受賞してデビューした佐藤哲也氏が放つ、六年ぶりの書き下ろし長篇をお贈りします。
 ある日、高校生、無道大義は「最高指導者」からの手紙を受け取ります。それを読んだとたん、彼は民衆国家建設に目ざめ、自分のなすべきことを悟ります。その手紙は、あらゆるイデオロギーを否定し、民衆独裁による民衆国家の構築をもくろむ、「わたし」の妻が民衆細胞に宛てて大量に投函していた手紙のひとつでした。
 住所も書かれていないのに届く手紙、直観によっておたがいに同志かそうでないかを見きわめる民衆細胞たち、民衆国家のためにまかりとおる理不尽な統制などなど、悪夢のような不条理世界で、奇想天外な政治劇が展開されていきます。それとともに、純粋な気持ちで活動を開始したはずの無道大義の心にはいつのまにか奇妙な歪みが生じてきていました——
 実体があるかなきかに見える組織が人を支配することの薄気味悪さと、それによってゆるやかに壊れてゆく社会と人間たちを、歪んだユーモアで饒舌に描き出す、政治的幻想小説。読む者を幻惑する佐藤氏の超絶技巧を見よ!

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紙の本

細かな描写の積み重ねから形作られる独特な雰囲気

2002/06/28 22:15

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:喜多哲士 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 例えば、この世界は多数の人間による共同幻想から成り立っているのだという説がある。あるいは、人間の内面的理性が絶対的な善の意志に働きかけるのだという説もある。
 本書は、そのような命題を小説という形で表現する試みといっていいだろう。
 ある日、住所も宛名ものないのに、それでも自分あてのものだとわかってしまう手紙。それは「民衆独裁」を実現するために行うべき指令が書かれた手紙なのだ。その方法は自分が「民衆細胞」であれば自然にわかるものなのである。その手紙により、多くの者たちが「民衆細胞」として行動を始める。実は、その指令を出しているのは、目立たない容貌の主婦不由子であった。
 不由子の夫である「私」は、指令の手紙を出す妻に対してそれがどのような意味を持つのかを、深く考えようとはしない。なぜなら彼にとって大切なのは、妻との関係が崩壊しないことなのであるから。
 一人の女性の妄想から生じた世界が、多数の人間の意志となって現実のものと化していく恐ろしさ。そして、共通であるべき意志がその意志を持たぬものに対し排他的な形で現れてくる。さらに一つの秩序が崩壊し新たに生まれた秩序がさらに崩壊していくその繰り返し。
 作者は、人間というものの本質を最終的に信じているのだろう。ここで描かれる人間社会の崩壊は、決して悪夢ではない。秩序を維持しようとする者も覆そうとするものも、そして最初に幻想を抱いた女性でさえ、無力で、弱い存在なのだ。そして、作者はその弱さを突き放すことなく淡々とした筆致で描写していく。
 本書は、人間と社会の関係を物語という形式で問いかける問題作である。その細かな描写の積み重ねから形作られる独特な雰囲気は、佐藤哲也作品だけのものなのだ。 (bk1ブックナビゲーター:喜多哲士/書評家・教員)

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2007/07/14 16:56

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2008/09/16 21:31

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2008/05/03 01:47

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2012/03/21 19:25

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2018/06/06 23:54

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