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商品説明
ぼくの胸は、たちまちうれしさでいっぱいになった。ぼくの名をよんでくれる人がいたのだ。きっと、ぼくは、ジョンなのだろう、そうこのひとがいうのなら…。若くして逝った作者が心をこめてこの世に遺した珠玉のファンタジー。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介
北川 想子
- 略歴
- 〈北川想子〉1970〜2000年。岐阜県出身。学生時代より童話、短歌等を発表。歌人名は北川草子。著書に遺歌集「シチュー鍋の天使」がある。
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紙の本
内容紹介
2002/12/20 21:05
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投稿者:bk1 - この投稿者のレビュー一覧を見る
一瞬、ふたりの目があった。
真正面からみつめられて、ぼくはすこしあわてた。女のひとは、腰をひくくかがめ、なにかさぐるように目をほそめた。それから、ちいさく、
「ジョン。」
とよんだ。
ぼくの胸は、たちまちうれしさでいっぱいになった。
ぼくの名をよんでくれるひとがいたのだ。
きっと、ぼくは、ジョンなのだろう、そうこのひとがいうなら……。
ぼくは、その女のひとのもとにかけよろうとした。けれど、まだ体はおもく、足はすぐにもつれた。
女のひとは、もう一度、こんどはもっとはっきりと、
「ジョン。」
とよんだ。すずしげな、すんだ声だった。
「どこにいってたの? ずいぶんさがしたのよ。」
ぼくは、いうことをきかないあしにいらだちながら、いっしょうけんめい、その声のほうへといそいだ。
ぼくをさがしていたなんて。
ああ、はやく、はやくいかなきゃ……。
けれど、すぐに、ぼくは、その目がみていたものは、ぼくではないことをしった。うしろから、いきなり風のようにすばやくおいこしていくものがいた。
それは、白い毛むくじゃらのいきものだった。
その白いいきものは、なにかうれしそうな声をあげて、女のひとのうでの中にまっすぐにとびこんだ。
女のひとは、にっこりとわらうと、その白いいきものの頭をなでた。頭、それから、おなかのあたりや足を、なんどもなでては、
「ジョン、ジョン。」
とうわごとのようにくりかえした。白いいきものは、へんじのかわりに、ただ、ばうわうとよくはききとれない声をあげていた。
女のひとは、ひとしきり、そのいきものの体をなでおわると、すっとたちあがり、
「かえろう、ジョン。」といった。そして、くるりとむきをかえ、もときたほうへとかけだした。ジョンがそのあとをおった。夕日がさっきしずんだほうへ、ふたりは、ならんでかけていった。そのうしろすがたも、空も、夜はひといきに飲みこんで、すぐになにもみえなくなった。
そして、ぼくだけがとりのこされた。
ぼくは、くらやみの中で、女のひとの目を思った。
やさしい目。けれど、夕やけのあとの空よりもっと透明な、かなしい目。
あのとき、目があったような気がしたのは、ぼくの思いちがいにすぎなかった。さいしょから、あのひとはぼくをみていなかった。
あのひとには、ぼくはみえなかったのだ。
ぼくは、背中に羽のおもみをかんじながら、もしかしたら、あのひとにぼくがみえなかったのは、この羽のせいかもしれない、とかんがえた。
ぼくは、ぶきように、羽をぱたぱたとうごかした。すると、ぼくの体は、まるであたりまえのことのようにすうっと地上にういた。
けれど、それがなんだっていうのだろう。
ぼくは、しばらくこの道を歩いていくことにした。まだうまく歩くことはできないけれど、そのうちには歩くことになれるだろう。いつかは、かろやかに走ることだってできるかもしれない。あのひとのように。
ぼくは、一歩、一歩をふみしめるように歩いた。
道はまっすぐにどこまでもつづき、やがて、空は星でいっぱいになった。
そして、ぼくは、サキにであった。
(天使のジョンより抜粋)