紙の本
漢学者の語る孔子像とはかなり異質の孔子伝
2008/04/26 11:20
9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:萬寿生 - この投稿者のレビュー一覧を見る
「偉大さは、偉大であることをいうだけで証明されるのではない。その偉大さが、そのようにして成就されたかということが、より本質的な問題である。哲人孔子はどのようにしてその社会に生きたのか。孔子はその力とどのように戦ったのか。そして現実に敗れながら、どうして百世の師となることができたのであろうか。」この問いに対する答えを求めるのが、本書の主題である。
儒とよばれる、古い呪的な儀礼や、葬送などのことにしたがう下層の人たち、その階層に生まれた人であろう孔子の、社会と思想と、その人の生きざまとが、具体的に描かれている。 金文や甲骨文を解読し、中国古代文献から再現される当時の社会環境を背景として、孔子の出自と思想形成の過程を、推察している。漢学者の語る孔子像とはかなり異質の孔子伝である。論語の中のどの文章が生の孔子の発言であり、どの部分に後世の儒者による脚色が加わっているか、説得力のある解析が行われている。
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乱世を生きる孔子のしたたかさ
2018/09/22 07:51
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:和田呂宋兵衛 - この投稿者のレビュー一覧を見る
古代王朝が弱体化し、諸侯が乱立する「春秋」という時代に生きた孔子。社会的に差別された出自、下積みの青年時代、理想の政治に執念を燃やす壮年時代、後進の育成に賭けた晩年・・・。単なる理想的な人格者でなく、乱世をしたたかに生き抜き、絶望的な状況の中でも、懸命に今できることをしようとした一人の人間の姿に心打たれた。
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中国の哲学者・孔子についてその思想に肉薄した画期的な書です!
2020/11/03 13:18
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ちこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、『漢字百話』、『初期万葉論』、『中国古代の文化』、『中国古代の民俗』、『後期万葉論』などの著作で知られる漢文学者であり、東洋学者であった白川静氏の作品です。同書は、理想を追って、挫折と漂泊のうちに生きた中国の哲学者である孔子についてその思想を詳細に分析した書です。中国の偉大な哲人の残した言行は、『論語』として現在も全世界に生き続けていますが、同書は、史実と後世の恣意的粉飾を峻別し、その思想に肉薄した画期的孔子伝となっています。ぜひ、孔子についてもっと知りたい人にはお勧めです。
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諸星大二郎「孔子暗黒伝」の元ネタ。
白川先生の孔子の伝記。
白川先生ならではのアプローチ、漢字から孔子の出自や教えを推理していく展開はスリリング。
諸子百家との比較もコンパクトで良い。特に墨家との類似点・相違点は興味深い。
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ト. 2010.8.20
孔子論語だけで無く、その時代の背景までかいてある
後日、図書館に行ったら、白川さんってすごい人だと知った
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とてもおもしろい。碩学の著者の見解を批判するだけの見識は私にはないが、非常に説得力のある孔子像が展開される。儒が巫儒であり呪であることは、この本を元ネタにした諸星大二郎の「孔子暗黒伝」、酒見賢一の「陋巷に在り」で奔放に展開されたが、著者の分析と数々の根拠の提示には自然に納得させられる。単純な孔子伝ではなく、当時の時代背景の把握、墨家、荘子との比較も非常に興味深い。これだけの深い考察が、中国ではなく日本の学者によってなされたことには感動を覚える。手元に「論語」を置いて読まれることを薦める。白川さんの解説で、漢文の時間に習ったものと、まったく違った論語が見えてくるのが楽しい。
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酒見賢一氏の「陋巷にあり」の元ねた本?だそうで、白川静にも興味があり孔子にも興味が沸き読み始めた一冊。第一にこの本は、通常の辞書を引いても載ってない漢字や異体字や単語が頻出しており、しかもそのほとんどにルビがふっておらず、又注釈も無いために、一般読者に対しては非常に苦読を強いられる。一方で、孔子の生まれ育ちや、亡命・放浪の話、弟子達の話等、白川氏独自の推測を自由に述べている項などは比較的分かりやすいです。ともあれ、一読して分からなかった部分を、もう一回調べ直して検討したい一冊。
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個人的な話。中学入学のとき、幼馴染で1年先輩のAさんがyuuちゃん、僕のクラブへおいでよ、というので入部した。何と校長先生の元、論語を読むクラブ。毎週1回だったけれど、論語って読みやすくて、記憶に残るんですよね。
白川先生の孔子論。期待に違わず。
儒教は坐祝を母体としている。孔子は学を好んだが、それは古典ではない。古典は未成熟だった。
陽虎は孔子の影のようだと云われるが、実際、占いをし、門下を持ち、孔子に良く似た存在だった。
仁は全人間的なありかたを表現する言葉。老荘思想は南方の楚、また滅んだ殷の人々の国、宋から生まれた。
へ〜、と思うこと多し。魯からの亡命が孔子の思索を深めたという指摘がこの本の論旨の中心。学而篇はその晩年のエピソード。
中学時代に読んだ論語を思い出し、納得。
論語の成立の謎も明らかにしている。亡命時代に孔子に最後まで付き従ったのは子路と顔回。顔回の記録したエピソードに孔子の死後に家を守った子貢が纏めたものに後の時代の思惑が幾重にも追加されていったと論証されていく。
「論語の文章は、簡潔で美しい」
確かに、その通り。その簡潔な文章で伝えられる孔子と弟子たちのやり取りを読むのは楽しい。子路は忠義者の一番弟子。いつも孔子に怒られたり、へこまされている。ヤクザ上がりで、オツムが弱いのかと思っていたが、本当は家宰としての能力もあるのだという。
白川先生は子路は師に誉めてもらいたくて話をふっているという。ああ、そうか。顔回か子貢が記したのだろうか。そう思うと、兄弟子と師への尊敬と愛情が感じられる。
顔回のことを記したのは子貢か。顔回への称賛も、その早すぎる死を悼む気持ちが書かせたものだろう。世俗的な立身出世に無頓着。孔子の後を継げるはずの英才。孔子が手放しに誉めた弟子。
こうしたエピソードと昔、授業で読んだ孟子の長くクドイ文章を比べ、まったく雲泥の差だと思う。
しかし、孔子の思想とは何なのだろう。本当のことを云えば、論語を読んでもさっぱり判らない。礼を重んじた。仁という言葉でイデアに名を与えた。周を理想とした。顔回だけが孔子のイデアを理解した。でも、そのイデアとは。
昔から論語を読んで不思議なのは、顔回への称賛。他の弟子が宮仕えをする中、かなり無口で貧しい暮らしをするこの弟子の何が凄いのか、判らなかった。他の弟子も顔回の凄さを認めていたのだから、孔子のイデアはある程度教団内では共有されていたということか。一を聴いて十を知るの段を思い返す。子貢だからこそ顔回を惜しんだのだ。
論語の素晴らしさを再認したが、謎が深まったような気がする。
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孔子を「聖人」としてではなく「歴史的な人格」として捉えなお
そうとする書物。
作者・白川静の研究業績についてはもはや贅言を要さない
だろう。
多くの資料を引用することによって、孔子の人となりを現代に
蘇らせることに成功している。
孔子の生涯を知りたい方は、まず本書に目を通すべきだと考
える。
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『論語』の名を知らない人はまずいないと思いますが、きちんと全
文を読んだことがある人になると、それほど多くはないかもしれま
せんね。かくいう私もその一人です。どうにも堅苦しい印象があっ
て、どうしても読む気にならなかったのです。
しかし、そんな印象を一変させてくれる一冊が、今週おすすめする
白川静著『孔子伝』です。白川氏は2年前に96歳の生涯を閉じた、日
本が世界に誇る漢字・東洋学者です。
私がこの大学者の仕事の一端に触れたのは、娘の命名のために漢字
の起原を調べようと『常用字解』『人名字解』を買ったことがきっ
かけでした。この2冊の字典は、大袈裟なようですが、それまでの世
界観を覆すほどの衝撃をもたらすものでした。漢字がこんなに呪術
と結びついたものだとは全く知りませんでしたし、白川氏の解説を
読んでいると、文字にこめられた呪能が、古代の人々の世界観と共
に立ち上がってくるのです。それは、めくるめくような体験でした。
こんな仕事を一人でやり遂げた白川静という人間はただ者ではない、
と思いました。それから彼の著作を読み始めたのです。
『孔子伝』は、漢字に関する著作の多い白川氏の著作の中で、唯一
の評伝です。これがまた従来の孔子像に挑戦する、大胆な仮説を提
示している書物なのです。
「孔子は巫女の私生児であった」というところから白川氏は孔子像
の転覆をはかります。孔子の前半生は暗くけわしいもので、世に認
められたのは40歳をかなり過ぎてから。しかし、社会的な成功とは
程遠く、死の直前まで亡命と流浪を繰り返す日々であったと言うの
です。
「四十にして惑わず」どころではないです。実際の孔子の人生は、
彷徨の人生だったのです。しかし、現実の世界では敗北者であり、
失敗者であったからこそ、逆に孔子の思想は輝きを増したのだ、と
白川氏は論じます。
実は白川氏自身が遅咲きの花でした。岩波新書で『漢字』を書いて
一般に知られるようになるのが60歳のことです。88歳で文化功労者、
94歳で文化勲章を受賞されますが、それでも、常に異端者と見られ、
学界では少数派であったようです。そんな世俗のことはどこふく風
と、ただひたすら文字の世界と向き合い続けた96年の人生は、現実
に敗れながらも自らの理想を追い続けた孔子の74年の人生とどこか
重なるものがあります。
『孔子伝』が世に出たのは1972年のこと。学生運動が教育の現場を
荒廃させ、中国では文化大革命の嵐が吹き荒れていた頃です。そう
いう世情の中で、白川氏は孔子について書いてみようと思ったのだ
そうです。「多分孔子も、このような時代に生きたのであろう。哲
人孔子は、どのようにしてその社会に生きたのか。孔子はその力と
どのように戦ったのか。そして現実に敗れながら、どうして百世の
師となることができたのであろうか。私はそのような孔子を、かき
たいと思った。社会と思想と、その人の生きざまと、その姿を具体
的にとらえたいと思った」と当時の心境を振り返っています。
『孔子伝』は、そういう意味で、極めて個人的な著作だと思うので
す。孔子の生き様を通じて、我が身を振り返る。そういう白川氏の
思いが随所に溢れているように思えます。それがまた孔子の人間像
に精彩を与え、この書物を魅力的にしているのです。
自分の人生を生きるとはどういうことか。そういうことを深く考え
させてくれる好著です。是非、読んでみて下さい。
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▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)
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孔子は、たしかに理想主義者であった。理想主義者であるゆえに、
孔子はしばしば挫折して成功することはなかった。世にでてからの
孔子は、ほとんど挫折と漂白のうちにすごしている。
哲人は、新しい思想の宣布者ではない。むしろ伝統のもつ意味を追
求し、発見し、そこから今このようにあることの根拠を問う。探求
者であり、求道者であることをその本質とする。
孔子は、巫女の庶生子であった。いわば神の申し子である。父の名
も知られず、その墓所など知る由もない。
孔子がようやく世上に姿をあらわすのは、おそらく四十もかなり過
ぎてからであろう。その頃には多少の弟子ももっていたようである。
(中略)このような孔子が、一躍にして世人の注目をあびるように
なるのは、魯に内乱的な状態が発生した時である。(中略)孔子も
行動を起こそうとする。しかしそれはたちまち挫折するのである。
しかし、その挫折は孔子を救ったと私は考える。政治的な成功は、
一般に堕落をもたらす以外の何ものでもない。
孔子がいくらか得意であった時期は、ものの三年もつづかなかった。
孔子はなぜ失敗したのであろう。それは孔子が、革命者ではあって
も、革命家ではなかったからである。
事実は必ずしも真実ではない。事実の意味するところのものが真実
なのである。
孔子はえらばれた人であった。それゆえに世にあらわれるまでは誰
もその前半生を知らないのが当然である。神はみずからを託したも
のに、深い苦しみと悩みを与えて、それを自覚させようとする。そ
れを自覚しえたものが、聖者となるのである。
伝統とは民族的合意である。儒教は少なくとも、中国における旧社
会の伝統であった。しかしわが国の場合、そのような意味での伝統
は、はたしてあったであろうか。またそれにかわりうるものがあっ
たであろうか。
それにしても、孔子がかつてその現実の行動のうちに示した、あの
はげしい求道者的な精神、また道への献身は、どこから生まれてき
たものであろう。(中略)そこには理想に生きるものの、かがやく
ような美しさがある。
絶対は対者を拒否する。しかし対者の拒否が単なる否定にとどまる
限り、それは限りなく対者を生みつづけるであろう。対者の否定と
は、対者を包みかつ超えるものでなくてはならぬ。
思想は本来、敗北から生まれてくるもののようである。
現実の上では、孔子はつねに敗北者であった。しかし現実の敗北者
となることによって、孔子はそのイデアに近づくことができたので
はないかと思う。社会的な成功は、一般にその可能性を限定し、と
きに拒否するものである。思想が本来、敗北者のものであるという
のはその意味である。
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●編集後記
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3月から区民農園を借りました。たった6畳ほどの小さな敷地ですが、
自ら食べるものを自ら作る。私の母はそういう人でしたが、その母
の真似事を一家で始めました。
昨日、初めてその畑地を耕しに行きました。まずは土づくりです。
鍬とスコップですっかり堅くなった地面を掘り起こしました。が、
これがなかなか大変。6畳なんて小さいな、と思っていたのですが、
すぐに息が上がってきます。こんな時こそ父親の威信を見せようと
頑張るのですが、ぜーぜーと肩で息をする有様で、全然、格好よく
ありません。
おかげで今朝は筋肉痛です。1日で筋肉痛が出てくるところを見ると
思ったほど肉体は老化していないのかもな、とちょっと嬉しくなり
ました。
さて、孔子と言えば、ソクラテス、キリスト、釈迦とあわせて、し
ばしば世界の四聖と言われますね。
ある日、はたと気づいたのですが、この4人は、誰も自分で著作を
残していませんね。弟子達が「子、曰く」の形でそのことばを残し
ている。聖典とされる『論語』『聖書』『ブッダのことば』は皆そ
ういう構造で書かれていますし、ソクラテスの思想も、弟子であっ
たプラトンが対話編の形で残したものです。
しかも、孔子と同じく、聖人達は生前は決して社会的には成功して
いません。ソクラテスとキリストは処刑をされています。釈迦は最
初は王族として豊かな人生を送りましたが、出家後は苦労続き。悟
りを開いた後はよくわかりませんが、栄華を極めたという人生でな
かったことは確かです。
もしかしたら、聖人達というのは、土づくりや種蒔きをすることに
その本質かあるのかもしれませんね。自分が開花することを願って
いるのは所詮小人で、自分が耕した土地、撒いた種で、人々が開花
することを願う。それが聖人を聖人たらしめたものなのかもしれま
せん。筋肉痛で重い腕をさすりつつ、ふとそんなことを考えました。
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やっぱり難しかった。
『論語』は通読していないものの、ある程度は読んできたし、解説書も何種類も読んだ。
井上靖『孔子』なども読んだというのに、何だか、ちっとも孔子のことが分かっていないのではないか、と不安に駆られた。
本書のエッセンスは、第五章の最後の節、「大なるかな、孔子」に集約されている、と感じる。
ノモス的社会が成り立つ中で、「仁」という一つの理想主義を掲げた孔子は受け入れられることなく終った。
強烈に自己主張する道をとらず、自分の思想を探求するために「巻懐の人」となることを選んだ。
ここが、白川さんの考える、孔子の偉大さだと思われる。
孔子の生涯について述べられているのは、第三章までが中心。
巫祝の子であった孔子が、亡命生活の中で磨かれて、思想家として大成するものの、顔回を亡くしたことで、思想的な後継者を喪ったことが書かれていた。
第四章は、後代の孔子の批判者として世に現れる墨家と、荘子について取り上げられていた。
個人的にはこの第四章が最も読みやすかった。
「義」を掲げ、儒家の「仁」の狭量さを批判して「兼愛」を主張する墨家は、白川さんに言わせると、儒家の「仁」の概念と似ている、と。
一方、絶対論で知られる荘周(荘子)は、むしろ顔回経由の儒家思想に近い思想だとされていた。
むしろ孟子と同時代の孟子への強烈な批判があって、儒家と対立したと考えているようだ。
孟子は・・・あまり評価が高くないようだ。
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字統や字訓など子供の名前を考えるときに参考にさせてもらったが、今回、その著者の書である孔子伝を読んでみた。
孔子の生きた時代の事が述べられているが、う~ん、歴史小説に慣れている自分としては、少し読むのにしんどかった。特に、歴史小説では主人公をたてて物語が進むが、本書は、延々と孔子はどのような人であったかが述べられており、孔子を研究する人には良いのだろうが、目の前に孔子の姿が浮かんでくるといったたぐいの小説ではない。これはこれでよいのだろうが。。。
孔子は理想主義者であり、それがゆえにしばしば挫折して成功することはなかった。世に出てからの孔子は、ほとんど挫折と漂泊のうちにすごしている。しかしそれでも弟子たちはそのもとを離れることはなかったという。孔子の人格は、孔子が生きている時代で出来上がったものではない。おかしな話だが。孔子の像が死後にも発展し、次第に孔子像が書き改められ、やがて聖人君子の像にふさわしい粉飾が加えられている。その仕上げを行った者が司馬遷だ。その聖像は、その後2千年にもわたり中国の封建主義的な官僚制国家の守り神もしくは呪縛になった。
孔子はソクラテスと同じように、何の著書も残さなかったため、その思想は、その言動を伝える弟子達の文章によって知るほかない。ゆえに、孔子は、その伝記の上にのみ存在し、『論語』のうちに、そのすべてが伝えられているといえる。
孔子は下級の巫祝社会に生まれ育ったといわれている。孔子がようやく世上に姿を現すのは、おそらく40もかなり過ぎてからのことだろう。『四十、五十にして聞こゆるなきは、すなはちまた畏るるに足らざるのみ』という言葉は、その体験から出たものであろう。このような孔子が一躍にして世の人の注目をあびるようになったのは、魯国内に内乱的な状態が発生したときである。
儒教は孔子によって組織された。その後、2千年にわたって中国における思想の伝統を形成した。伝統とは民族の歴史の場において、つねに普遍性を持つもものでなければならない。政治や道徳、その他の人間的な生き方のあらゆる領域に規範的な意味においてはたらくもの、それが伝統というべきものだ。儒教の起源が説かれる場合、多くは『詩』『書』などの古典の学があげられる。しかしそれは民族の精神的様式として一般化しうるものではなかろう。それが宗教として成立したのはなぜか。遠い過去の伝承に発し、民族の精神的な営みの古代的集成として伝記などから自然に導かれたものなのだろうか。古代の思想は要約すれば、すべて神と人との関係という問題から生まれている。原始的な信仰から思想が生まれ、また宗教が生まれるのだ。そんな宗教の中の儒教の特徴としては、極めて実践性の強い思想として成立したということだ。それはおそらく孔子が巫祝たちの聖職者によって伝えられる古伝承の実習を通じて、その精神的様式の意味を確かめようとしたからであろう。
孔子は周公を理想とした。それは周公の子孫である魯国に伝えられた礼教的文化が周公の創始するところであるとされるとことから、周公旦を理想としたのであろう。
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読んでいるのは、中公文庫ワイド版。
孔子の生涯について、驚くべき異説をとなえた逸書。『呪の思想』でだいたい説かれてあったことを繰り返してあるので読み飛ばしやすかった。欲をいえば、もうすこし図版があればよかったかな。
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漢字の生い立ちに立ち返って論語を読むと、新しい世界が見えてきます。白川静先生のこの本は、論語だけでなく、論語とそれに連なる経書、曽子、孟子、荀子、荘子と儒家の成立過程もよくわかります。これまで、四書五経といえば、論語、大学、中庸、孟子と薄っぺらい知識でしたが、この本を読んで、それらの関係がよくわかりました。孔子の言葉と、論語とは別物であると。のちになって孔子学派の子弟たちによって、かなり恣意的に創作された部分があることもよくわかりました。それでも孔子は偉大な人格であったと白川静先生は述べておられます。大変におすすめです。ここで書ききれなかった話が、「文字遊心」に書かれているということなので、次に読むべきは「文字遊心」です。最初に「狂」について述べられてます。
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図書館で借り続けて1年以上かかりましたが、読了!
白川さんの孔子・子路・顔回への愛がみちあふれている書でした。