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教育には何ができないか 教育神話の解体と再生の試み
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.3 5件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2003.2
  • 出版社: 春秋社
  • サイズ:20cm/267p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-393-33221-0

紙の本

教育には何ができないか 教育神話の解体と再生の試み

著者 広田 照幸 (著)

母性喪失、青少年犯罪の凶悪化、学力崩壊など、巷に横溢する教育言説や教育論を検証。その分析と歴史や環境の視座から、教育の目的と方法を問いなおし、めざすべき教育の未来像に挑む...

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教育には何ができないか 教育神話の解体と再生の試み

税込 2,484 23pt

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商品説明

母性喪失、青少年犯罪の凶悪化、学力崩壊など、巷に横溢する教育言説や教育論を検証。その分析と歴史や環境の視座から、教育の目的と方法を問いなおし、めざすべき教育の未来像に挑む。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

広田 照幸

略歴
〈広田照幸〉1959年広島県生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。現在、同大学大学院教育学研究科助教授。著書に「陸軍将校の教育社会史」「日本人のしつけは衰退したか」など。

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みんなのレビュー5件

みんなの評価4.3

評価内訳

  • 星 5 (2件)
  • 星 4 (1件)
  • 星 3 (1件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)

紙の本

現代若者論の大いなる陥穽

2004/04/20 14:19

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:後藤和智 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 昨今、若者論がブームである。といっても、そのほとんど全部が、自らのイデオロギーの主張や、渋谷や原宿あたりだけを見聞してそれを基に語られる「憂国」だったり、あるいは若い世代に対する不信感を煽るだけのアジテーションだったりする。さらには「今時の若者は前頭葉が異常である」とか「母子密着型の子育てによって、若者は恥知らずのサルに退化した」などという疑似科学まである。
 おおよそ現代若者論というものは、「今時の駄目な若者」を下敷きに語られる。だが、本当に若い世代は急速に悪化しているのだろうか。また、昔は、本当によい時代だったのか。
 本書は、現代若者論に付きまとう「幻想」を次々と打ち破っていく問題作である。一般向けに書かれた前著『日本人のしつけは衰退したか』が「歴史」を取り扱ったものなら、本書は、「歴史」を踏まえつつ「現代」を問い直す試みである。
 例えば「現代の母親は駄目になった(だから若者は恥知らずになるのだ)」という言説がある。だが、歴史をたどってみると、戦後すぐの時期やそれ以前には子殺しや身売りが多くあったし、小さいころは子供を「育てない」親も多かった。また、「家庭の教育力が低下した」という言説も否定する。なぜなら、家庭の教育力が低下したのではなく、むしろ子育てにおける家庭の役割が肥大化したため、いっそう「親の責任」が問われるようになったから、だという。
 著者はその他にも、少子化による子供の悪化や三歳児神話、あるいは性別役割分担論やラディカル・フェミニズムに対しても批判的な視線を投げかける。また、学力論争の本質や、地域形成における学校の意味、「少年犯罪の凶悪化」というイメージや、過去の「不良」の美化など、教育論や若者論の中核をなす部分に新たな見方を提示する。
 本書を読めば、メディアなどで語られる「若者論」が、いかに底の浅いものであるかわかるだろう。昔の「若者」は、過度に美化されたり、あるいは優秀な部分だけを切り取った「若者」であるのに対し、今の「若者」は、逆に過度に醜悪化されたり、駄目な部分ばかり切り取った「若者」であるから、昔に比べて悪く見られて当然なのだ。
 「今時の若者」というイメージが大安売りの状況だからこそ、本書のように、様々な「物語」を廃して「事実」に直面する試みが必要なのである。本書の意義がもっと広範の人に知られることを望みたい。その一助として私の書評が役に立ったら幸せである。

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紙の本

クール・ビューティ

2006/04/13 20:39

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:半久 - この投稿者のレビュー一覧を見る

私達はあまねく「教育化」された世界に住んでいる。誰もが何かしらの「教育」をされた体験を持っている。ために、自らの体験と多少の見聞に基づいて(それにバイアスをかけて)、誰しもが語りたがるテーマでもある。
百家争鳴の中、著者は透徹で複眼的な視座で、クールに教育問題を論じている。

本書の大きな目的は、教育の限界を見極めようとすることである。なぜそうする必要があるのか。
一つには一般的状況として、社会的逸脱行為など何かあると、「子供や青年、ひいては社会が悪くなったのは教育が悪いからだ」とか、「教育を何とかしないと国の将来が危うい」と焚きつける言説が溢れているからである。しかし、それは歴史的・統計的な「事実」からは遠いものが多い。
これらはマスコミや政財界、教育社会学(学者もピンキリだが)とは無縁な界隈の論者らが主要な発信源である。それによって不安を呼び覚まされ、「威勢のいい解決法」(しばしば短絡的な)に飛びつく人もいるだろう。

二つ目は多元的価値観が重視される社会になると、階層的な利害対立と相俟って学校教育に対するニーズも多様化する。下手な教師よりも、局部的な知識なら勝っている親たちのハイレベルな要求もある。もっと平等を重視し、「弱者救済」をして欲しいという要求もある。いずれかのニーズに応えようとしても、あちらを立てればこちらが立たずの板挟みになりかねない。また、公教育から去ろうとする人々(不登校やフリースクールへの移籍)も出てきているが、「去る者は追わず」で通すわけにもいかないのだろう。
こういったことに真面目に取り組もうとすれば、教師にかかる負担は尋常なものではなくなる。しかし、学校教育に割ける人的・資金的な「資源」は限られているはずである。
それなのに、教育・しつけ論の過半が「ああしろ・こうしろ」的な押し付けであったりする。膨れ上がった各方面からの要求は、「教育」を着膨れ状態にし、現場と家庭を疲弊させる。

(問題はまだまだあるが)そんな中、著者は一枚一枚「思いこみ」という着物を丁寧にはがしていって、熱くなるがゆえに感情過多になりがちな教育論を、クールダウンさせようとする。その、試みは貴重だ。
本書によって、教育の限界をしっかり見据え、まずはスリムな状態にすることが肝要だと理解できる。

その「教育の限界」は序論で5つ示される。

教育資源上の限界
確率論的な限界
権力が作動する限界
多元的価値観が要求する限界
地球環境の有限性からくる限界

こういった《教育の限界づけ》を、《重層的な判断》によって組み合わせていくことが必要だと説いた上で、様々な「教育神話」を解体させる議論へと進んでいく。
序論を除く18本の論文の内、書き下ろしは2本のみなので、ややまとまりに欠ける感もあるが、どの論考も読む価値はある。平明な記述にも好感が持てる。

幾つか注文させてもらうと。
まず、「地球環境の有限性からくる限界」という視点はユニークで、興味を持ったが本論部ではあまり触れられていなくて残念だった。
権力と教育との関係については、もっと「良心の自由」という憲法上の観点を組み入れて深めて欲しかった。
「これからの教育」についての提言面が弱いと感じた。幾つかの選択肢を上げ、その長所と短所とを解説している。著者の思想的立場は見えてくるのだが、それを強引には押し出さない。まあしかし、弱点と言うほどのものでもないか。教育に関して「ただ一つの正しい答え」はないのだから。

結局、冒頭に戻るのだが、スリムにした後に、再び「理念」や「具体的な方策」を肉付けしていくのは、教育に関心のある一人一人の作業であること自体は動かないのだろう。しかし、今度こそ単なる「思い込み」での議論は排するべきだろう。
本書の知見は、そのために大いに参考になる。

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紙の本

教育は人間育成の万能薬ではない

2004/09/11 19:53

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:BCKT - この投稿者のレビュー一覧を見る

趣旨は,教育は,学校におけるものであれ,家庭におけるものであれ,人間育成の万能薬ではない,というもの。だからといって,教育を受ける側=学習する側の主体性が全てだなどというものでもない。学校教育や家庭のしつけの限界を論じたもの。

印象的だったのは,教育の市場化を行った場合,次世代以降にツケを回してしまうという指摘だった。つまり,もし教育を受けない選択をした場合,無教育者の社会的条件は貧しくなるだろうから,次世代(つまりその子供)は,満足な教育を受けたいと思っても,経済的な制約のために,それが不可能になってしまうという指摘。つぎに,時代が降りてくるにつれて,家庭が自立的になり,教師の介入を許さなくなってきたという指摘。ほかにも,昔だって,教育は満足にできてはいなかったし,むしろ少年犯罪は統計的に減少傾向にあるという指摘。

素人ながら,デューイのやり方(シカゴ大学付属小学校の試み)は,バートランド・ラッセルと同じでやっぱりアホだと思うけど,もっと育成期における「体験」の意義は,教育を施す過程ではとても重要だと思うけどなぁ。本書の広田には,「体験」「経験」が教育・学習において有する意義についての言及がない。もっと言えば,例えば教員は道徳を教えるのではなく,技術=英語とか数学とかを教えてるのであって,精神や価値観を教え込んでいるのではない。そことの乖離感=隔靴掻痒感は拭えない。

教育社会学って,学者がやるジャーナリズムなんだという素人的印象。研究っぽくない。だからといって,「ジャーナリズム」の語に非難はもちろん毀誉褒貶の意図はない。実際,広田はマスコミの報道姿勢を叩いているし,それはきわめて妥当だ。

上司=苅谷剛彦『教育改革の幻想』と口を揃えて,「教育神話の解体」(本書副題)を叫んでおり,巻頭でさっそく苅谷の該当箇所を引用して,「その通りである」(4頁)というあたり,東大教育社会学研究室の息はぴったり。しかし,本書に「再生の試み」はない。「解体と再生」のなかで彷徨ってるという印象。だって,アンソロジーで,「再生の試み」なんかやれるのか? そもそも,「教育神話」を「再生」しうるのであれば,本書の趣旨に反するのではないのか? もっと本格的に「試み」てください。

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紙の本

昔はよかったし隣の芝生は青いぞ、としか言えない教育論を超えて

2003/01/31 10:51

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:守屋淳 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 「教育改革は成功か失敗か!」とか「凶悪化する青少年犯罪者に重罰は是か非か」などといった論争の止むことがない教育問題。その根源の部分を問いなおそうとした意欲作が登場した。
 《教育は、単純素朴な思い入れや思い込みで、誰もがいくらでも語れるようなトピック》と本書が冒頭で指摘するように、ちまたには様々な教育への提言や批判・言説が満ちている。本書は、それらの言説が前提としているものが、本当に正確なのかどうか——ノスタルジーや過剰反応ではないのか、をまず検証していく。
 例えば、《青少年の凶悪化》という問題。
 神戸で起きた酒鬼薔薇事件以降、「キレれやすい青少年」とか「おやじ狩り」といった凶悪化する十代像がマスコミで盛んに吹聴されてきた。しかし、実は年齢別殺人率を十年ごとに算出していくと、殺人で検挙される青少年の割合は戦後一貫して低くなっている、というのだ。扇情的な報道に惑わされて、一部の「凶悪化した青少年」にばかり目を奪われていても、まともな教育論議はできないということがわかる。
 また、「子供のモラルの低下は今の親たち、特に母親の問題」「今の母親はダメになった」という言われ方もよくなされるが、1953年に子供の人身売買の是非を調査した資料によると、なんと農村では身売りは仕方がないと考える人が約半分近くにのぼるという結果が出ているのだ。これでは、昔の親たちには教育以前の段階の人たちが結構いて、今の方が全然マシな状況と言う事にもなってしまう。
 では、映画やメディアに登場していたはずの、かっぽうぎで料理を作っているような昔の慈愛に満ちた母親像とは——《「昔の母親」を語る学者や文化人の多くは、都市の豊かな専門職・俸給生活層の出身であったり、地方の豊かな商家・豪農の出身であったりする》、つまりごく一部の階層の産物であり、まずしい庶民層ではほったらかしの子育てが当たり前だったというのだ。それに比べれば、現在の特に母親は子育てにプレッシャーをかけられ過ぎていて、逆にそれが問題点となっている位らしい。
 このような、いわば教育につきまとう幻想を次々と突き崩したのち、本書はこれからの教育が進みべき選択肢をあげ、それぞれのプラスとマイナスを明るみにしていく。そして、教育を「現状維持」のままにしたときの損得と比較し、これからの進むべき道を選ぶべきだと筆者は説く。確かに、さまざまな教育改革等のプランを主張する人たちは、そのプラスの部分は大声で主張しても、同時に発生してしまう弊害に対してはなかなか語ろうとはしない。優秀な経営コンサルタントのように、筆者の冷静な目が光る部分だ。
 教師、親、マスコミ、教育学者、社会学者とさままなな立場の言説が交錯する「教育」という問題の見取り図の一つとして、ぜひ。(守屋淳/著述・翻訳業)

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2009/06/27 18:48

投稿元:ブクログ

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