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明治の精神異説 神経病・神経衰弱・神がかり
  • みんなの評価 5つ星のうち 3.3 4件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2003.3
  • 出版社: 岩波書店
  • サイズ:20cm/290,8p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-00-002259-8
  • 国内送料無料

紙の本

明治の精神異説 神経病・神経衰弱・神がかり

著者 度会 好一 (著)

知識人の神経病・神経衰弱・脳症と、民衆の神がかり・憑依妄想。小説から売薬の広告、漱石から勝小吉まで一次資料を博捜し、明治精神の陰の系譜を掘り起こして日本近代を捕らえた負の...

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明治の精神異説 神経病・神経衰弱・神がかり

3,672(税込)

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商品説明

知識人の神経病・神経衰弱・脳症と、民衆の神がかり・憑依妄想。小説から売薬の広告、漱石から勝小吉まで一次資料を博捜し、明治精神の陰の系譜を掘り起こして日本近代を捕らえた負の構造を明るみに出す。病む精神の考古学。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

度会 好一

略歴
〈度会好一〉1938年生まれ。東京大学大学院修士課程修了。イギリス近代文学専攻。現在、法政大学教授。著書に「ヴィクトリア朝の性と結婚」「魔女幻想」など。

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みんなのレビュー4件

みんなの評価3.3

評価内訳

  • 星 5 (0件)
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  • 星 2 (1件)
  • 星 1 (0件)

紙の本

明治時代に流行ったという神経病・神経衰弱・神がかり。でも、それはそのまま現在へと受け継がれている。それは最近の事件をみればよーく分かる。人間は少しも変わってはいない。

2004/01/09 23:11

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

「明治の知識人がほとんど例外なく感染した脳病・神経衰弱とはなんだったのか。神がかりや憑きものに傾斜するメンタリティは民衆の神経病、すなわち「明治病」ではなかったか。小説から売薬の広告まで、漱石から勝小吉まで、一次資料を博捜し、明治の陰の系譜を明るみに出そうとする、病む精神の考古学」とまあ、これはカバーからの引用。

で、この部分については疑問。本の構成からいって、勝小吉の話のほうが、漱石のそれより前にあるのだから「漱石から勝小吉」は逆だろうし、博捜って、なんでこんなワープロで変換もできないような奇妙な言葉を使う必要がある? それから第一次資料とは言うけれど、一般に出版されたものばかりで、そんなに大げさに騒がなくてもいいのでは、と思ってしまう。と相変わらず文句から入ってしまったけれど、この本は結構楽しい。ただし新発見や学術的な深化を望む向きには、あまりいい本ではない。

この本は序章「文化の記号としての神経病・脳病の物語」、第一章「明治エリートと神経病」、第二章「民衆と神経病」、第三章「神経衰弱に明治の精神を読む」、第四章「漱石・神経衰弱・文明批評」、終章「狼憑きに日本人の今昔を読む」、索引等とあとがきという構成である。

さきに有名な話、と書いた以上、登場する人名をざっとあげてみよう。漱石、小吉は紹介済みとして、樋口一葉、緒方洪庵、明治天皇、皇太子睦仁、伊藤博文、木戸孝允、田中正造、志賀直道、福沢諭吉、新渡戸稲造、北村透谷、正岡子規、森鴎外、エリス、三遊亭円朝、島崎藤村、藤村操、岩波茂雄、坂口安吾、杉田玄白、フーコー、フロイトなど、数え切れないほどである。

彼らのほとんどが神経病だった、というのだから一時代前なら不敬と言われたかもしれないが、じつはこの本の問題点はそこにある。度会は様々な有名人が陥った様子から、それは心身ともに疲れた結果であったり、あるいは日本が富国強兵に走る中で、立身出世こそが全てという価値観に押し流され、極度のストレスのなかで変調をきたしたもので、現在で言えば精神病というより遙かにありふれたものだという。

気になるのは、度会がそれを一次資料を探り、それに医学的見地から光をあて、精密に現在でいえば何に当たるのかを証明しているようには思えないのことだ。それは度会の力不足、という意味ではない。むしろ最大の問題は、いわゆる外科的なものと違い、精神の問題について、現代医学が決定的といわれる解決法を持っていない、いや原因をすらまだ正確につかんでいない、ということにある。それは序章の、神経病の病名の変遷、そこに漂う曖昧さ、そして第四章にみられる、有名人のだれもが自分から神経衰弱と公言し、休養をとるといった語の濫用と、それをゆるさざるを得ない医学界の曖昧な定義(それはそうだろう、原因が解明されていないのだから)をみればよく分かる。

また、新興宗教についてもかなりの頁が裂かれていて、これも有名な話ばかりだけれど、不遇な家庭生活をおくる女性が、神がかりして教祖となり、あるものは国家神道のなかに組み入れられ、あるものは弾圧されとなるけれど、それを単に政治史としてみるのではなく、貧困や抑圧といった切り口から神経病と関連つけていくあたりは、たしかに歴史の教科書にはない面白さだ。そして、それが現代と殆ど変わっていないことに驚くのは私だけではないだろう。

それが終章の「さて、このような現世救済信仰が活性を失っておらず、現代の大都会にもシャーマン文化圏がたちどころに出現するという文化状況であってみれば、明治は近いどころか、古代・中世と同居しているのが、われらの現代ということになる」という文章に繋がるのである。広く浅く明治の精神を読み解いた、格好の読み物とでもいうのが一番だろうか。

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紙の本

私が想像し、期待していたものとは異なった内容の本でしたが、明治時代の雰囲気を掴むには興味深い本でした

2005/08/16 22:51

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:みなとかずあき - この投稿者のレビュー一覧を見る

『明治の精神異説−神経病・神経衰弱・神がかり』というタイトルを見て、どんな内容の本だと想像できるだろうか。また、「病む精神に、明治の暗部を読む。知識人の神経病・神経衰弱・脳病、民衆の神がかり・憑依妄想——明治精神の陰の系譜を掘り起こし、日本近代を捕らえた負の構図を明るみに出す」という帯の文を読んで、本の内容をどれくらい想像できるだろうか。私は、明治時代の精神障害史というか、当時の精神病観について新たな視点を提供してくれる内容ではないかと思ってしまった。
で、読んでみた。
序章では、明治時代というよりも江戸末期に「神経病」などの言葉が誕生したいきさつなどが原典を踏まえて紹介されている。人間の心や精神の病気を表す言葉が実は100年ほど前に誕生したものだということ、そもそも精神の病気を当時の人々がどのように捉えていたのかなどがよくわかる内容であった。
ところが、第一章以降になると病気の話だけでなく、明治という時代の雰囲気というか社会状況や個人の心理などを含めた話になってしまう。精神保健福祉に関わる者にとっては有名な相馬事件が出てくるかと思えば、新渡戸稲造や正岡子規などをめぐる話、果ては森鴎外の『舞姫』にまつわる話まで出てくる。第二章になると憑依から新興宗教の話へと巡っていく。そして第三章、第四章と「神経衰弱」と称される状態を巡る話から夏目漱石のロンドン留学にからめた文明批評にまで話は至り、終章では現在の日本人の精神状態にまで触れられている。
この本の著者はもともとイギリス近代文学を専門とする人らしい。魔女裁判の研究を通じて、精神障害と呪術と宗教と政治が絡まった西欧文化観の手法を日本の明治時代に通用させようとしたらしいことが「あとがき」に書かれている。その時のキーワードが「神経病」「神経衰弱」「神がかり」「憑きもの」ということだったようだ。そうか、どうも私が想像していた本の内容とは違っていたし、もともと著者は精神病観というより文化論を展開したかったようだ、ということが「あとがき」まできて初めてわかった。
門外漢と言っては語弊があるが、専門外の人が自分の得意とする領域から新たな視点を持ち込んで、従来からの学問を大きく転換させるということはないわけではないだろう。専門家というのはある種「専門バカ」なところがあるので、自分たち仲間内では当然と思っていることが実は当然のこととは限らないということをだんだん忘れてしまう。だから、時々専門外や異領域の人たちから新たな視点を得ることは、学問全体の活性化にも役立つことだろう。そういった意味で、この本のように異領域の人が精神病や精神障害にアプローチをしてくれるというのは興味深いことではある。
しかし、異領域からアプローチをする以上は、その専門領域で明白とされていることはきちんと押さえておいて欲しい。そうでないと、せっかくの新しいアプローチも受け入れがたくなってしまう。この本の場合、例えば基本的な疾患統計の数値がどうみても間違っていたり、病気の定義があいまいであったりする。自殺統計なども、警察と内閣府で数値が違うということはある意味当然のことで、それを「面白いことに」の一言で片付けられてしまっては実も蓋もなくなってしまう。
また膨大な注や出典文献が巻末に載せられているが、精神障害に関する文献が妥当なものかどうか考えさせられるものもある。そもそも、「神経衰弱」とか「精神錯乱」とか、用語として定義するのもむずかしい面がある言葉が、あいまいなままで論が進められているように読めてしまった。
もっとも、私自身がこの本に期待していたものと、著者が著そうとしていたものが異なっていたようなので、いたしかたないのかもしれない。でも、だったら期待させるようなタイトルや、帯の文をつけてほしくないなあ。

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2006/11/05 10:07

投稿元:ブクログ

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2014/11/17 22:48

投稿元:ブクログ

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