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天人五衰 改版(新潮文庫)
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.3 110件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2003.4
  • 出版社: 新潮社
  • レーベル: 新潮文庫
  • サイズ:16cm/350p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-10-105024-4
文庫

紙の本

天人五衰 改版 (新潮文庫 豊饒の海)

著者 三島 由紀夫 (著)

天人五衰 改版 (新潮文庫 豊饒の海)

637(税込)

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みんなのレビュー110件

みんなの評価4.3

評価内訳

紙の本

仮初に拙い感想文を。

2004/12/19 08:03

1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Straight No Chaser - この投稿者のレビュー一覧を見る

『豊饒の海』四部作を読み終えて、いま、とても不思議な気持ちだ。ほんとうの静けさのなかにいる、と感じる。時間をかけて、深く味わいたいと思う。

明治から戦後・高度成長期にかけて日本近現代史を背景に、(輪廻)転生を主題にして書かれた三島由紀夫のライフワークが『豊饒の海』四部作である。「春の雪」「奔馬」「暁の寺」「天人五衰」という四巻それぞれに、松枝清顕、飯沼勲、月光姫、安永透という主人公がいて、それぞれを別個の小説として読んでも充分に楽しめる作りになっている。

『第一巻 春の雪』において松枝清顕は不可能な「愛」を追い求めつづけた。世界のミシマ・渾身の純愛物語。
『第二巻 奔馬』において飯沼勲は不可能な「志」を追い求めつづけた。世界のミシマ・渾身の武士道物語。
『第三巻 暁の寺』において月光姫(ジン・ジャン)は不可能な「美」を追い求めつづけた。世界のミシマ・渾身の女神物語
(第四巻は少々微妙で、少なくとも上のような纏め方はしたくない感じ。)

これらの各主人公の傍らには四巻を通じて本多繁邦という男がいて、狂言回しの役を割り振られている。物語が進むにつれ、彼は「松枝清顕→飯沼勲→月光姫→安永透」という転生の連鎖を信じ込み、徐々にその転生物語に取り憑かれ、巻き込まれてゆく。とくにガンジス河畔の町ベナレスでの体験(第三部)を境にして、彼は一気に転生物語の濁流に飲み込まれてゆく。

三島由紀夫が『豊饒の海』四部作において追い求めたものは、「純粋」であり「不可能」であり「永遠」である。

もしこの世界に「純粋」が存在可能なものであるとするならば、それは「不可能」を求めつづける「永遠」の運動のなかにこそ存在しうるものであるに違いない。そしてもしその表現が完成するとするなら、『豊饒の海』という大きな「物語」が止まることが不可欠であった。「時間」が止まる場所へと、すべてが移動することが必要であった。

明治の華族・松枝清顕、昭和初期の右翼テロリスト・飯沼勲、戦後日本へチベットからやって来た女子留学生・月光姫。日本近現代史の奔流に揉まれながら輪廻転生しつづけた「純粋」の化身たち。三者三様の不可能の追求(とその死)を傍らで見つづけた本多繁邦。独り取り残された本多はその転生物語を止めることによって「永遠」を完成させようとした。

『豊饒の海』四部作は各巻のラストがどれも美しい。なかでもこの『第四巻 天人五衰』の美しさは、この世のものとは思えない。

>

「……」のなかに三島由紀夫の割腹自殺という事件の幻影を見てしまうのではなく、僕はこんな言葉をそっと投げ入れてみたいと思う。仮初に。

私は止まったが、完全に止まることは不可能だった。私は初めて誰かに頼ることを知った。退路は消えていた。そうして過去は私の手の中から消えていた。過去は私のものではなかったし未来も私のものではなかった。今だけが私のものだったが今もまた過去へ流れて私の手を離れてゆく。そのことが慰めを与えてくれる。未来もまた私の手の中にはない。そのことが希望を育んでくれる。今という瞬間に存在するのは私独りだったが過去と未来には私ではないあらゆる人たちが集っている。だから寂しくないのだと気付いた。

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紙の本

絶筆

2001/12/15 15:08

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:LR45 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 三島由紀夫最後の作品。
 三島由紀夫から本物の作家がいなくなったという話しをどこかで聞いたことがあるが、彼の死への動力というのはやはり天才性の一つの現れではないか。
 死を覚悟して描いたであろうこの本はやはり一読に値する。

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紙の本

三島由紀夫の死とともに脱稿

2001/03/02 14:40

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:7777777 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 妻をなくした本多繁邦は十六歳の少年安永透に出会う。そして、かれのこと養子にする。しかし、安永透は現実に失望し、自ら失明する。
 本多繁邦は思う、安永透は本当に松枝清顕の生まれ変わりなのだろうか? 本多繁邦は真実を確かめるため出家した綾倉聡子に会いにゆく。しかし、綾倉聡子はこういう
 「えろう、面白いお話やすけど、松枝さんという方は、存じませんな。その松枝さんのお相手のお方さんは、何やらお人違いでっしゃろ」
 本多繁邦は思う、記憶もなければ何もないところへ、自分は来てしまってた…。
 そして、三島由紀夫はこの作品を脱稿した後自らの命をたった。

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紙の本

幸福な物語は失われてしまった

2016/02/03 21:28

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:まなしお - この投稿者のレビュー一覧を見る

この長大な輪廻転生の物語は、この巻で終わる。そして、意外な結末で終わる。もはや、幸福な物語は失われてしまったとでも言いたげである。三島由紀夫は確信犯的に物語を壊してしまったのかもしれない。そして、この長編を最後に三島由紀夫は割腹自殺した。もうすべてやり終えたとでも言うように。

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紙の本

幻あるいは言葉の力

2003/01/08 23:20

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:メル - この投稿者のレビュー一覧を見る

 三島由紀夫の死の直前まで書かれた最後の作品「豊饒の海」シリーズ。最後の第四巻目の安永透は、結局偽者らしく、俗っぽいつまらない人物で、第一巻の清顕のような魅力がなく、そのため退屈してしまったのだけど、最後の最後に置かれた本多と聡子が再会する場面に注目させられる。

 ここで、本多は聡子に清顕について話すのだが、聡子は突然「その松枝清顕さんという方は、どういうお人やした?」と言う。このセリフは非常に重い。本多だけではなく、読んでいる読者のほうでもきっと面食らうだろう。一体これはどういうことなのだろう? 何が起きたのだろう? いろいろ考えさせる言葉だ。この謎は、結局分からないのだが、このような謎かけが、きっと聡子を謎めいた女性という印象を与えてしまうのだろう。

 それにしても、この聡子のセリフは、この物語すなわち「豊饒の海」全巻をまるで幻であったかのように思わせる。すべてがさらさらと消えてなくなってしまったかのようだ。「豊饒の海」全四巻を読み終えて待っていたのは、この空虚感だった。それは、最後に聡子に案内される庭に象徴されるあの空虚だ。

《そのほかには何一つ音とてなく、寂幕を極めている。この庭には何もない。記憶もなければ何もないところへ、自分は来てしまったと本多は思った。
 庭は夏の日ざかりの日を浴びてしんとしている……》

 この庭の場面は、聡子の言葉が効いている。聡子の言葉があったからこそ、この庭の空虚さが印象深く刻みこまれるだろう。それだけではなく、四巻にわたるこの長篇小説全体をも規定してしまうかのようなこの聡子の言葉。たった一行の何気ないこの言葉。しかし、この言葉は底知れない力を持っている。これが、「豊饒の海」の最大の魅力だ。

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2004/11/12 20:52

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2013/01/10 16:35

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2005/03/16 12:14

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2005/06/18 14:59

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2005/11/28 01:17

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2005/05/18 13:16

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2007/01/21 14:47

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2007/01/10 22:03

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2005/10/26 12:51

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2013/08/06 18:43

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