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幸福な王子 ワイルド童話全集 改版(新潮文庫)
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.2 84件
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  • カテゴリ:一般
  • 発売日:1968/01/17
  • 出版社: 新潮社
  • レーベル: 新潮文庫
  • サイズ:16cm/275p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-10-208104-6
文庫

紙の本

幸福な王子 ワイルド童話全集 改版 (新潮文庫)

著者 ワイルド (著),西村 孝次 (訳)

幸福な王子 ワイルド童話全集 改版 (新潮文庫)

税込 572 5pt

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みんなのレビュー84件

みんなの評価4.2

評価内訳

紙の本

名作における新訳の必要性 原作を超える力 ― 曽野綾子訳『幸福の王子』(バジリコ)の最後の一文に寄せて

2009/06/11 14:39

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:まざあぐうす - この投稿者のレビュー一覧を見る

 小説『ドリアン・グレイの肖像』や戯曲『サロメ』で世界的に有名なイギリスの小説家、劇作家、そして、詩人でもあるオスカー・ワイルド(Oscar Wild 1854ー1900)の童話『幸福の王子』に出会ったのは、30代の初めに勤務していた女子高の速読の授業でテキストとして用いた"The Happy Prince and Other Stories"(PUFFIN CLASSICS)を通してでした。
 ワイルドは"The Happy Prince and Other Tales"と"A House of Pomegrantes"という二つの童話集を30代で出版しています。中でも『幸福の王子』は、文学史上の名作の一つとして、年齢層を問わず全世界で愛読されている作品です。2006年に"The Happy Prince"を翻訳した曽野綾子氏が『幸福の王子』(バジリコ)の「あとがき」で「近頃の人々は読書をしなくなった。もし一人の人間が生涯でたった一冊しか本を読まなくなり、それも聖書のような或いはドストエフスキーのような重く長い作品は読めないということになったら、その時、そのたった一冊に選ぶのは、私なら『幸福の王子』だ。もっともほかにも数編そうした未練を残す作品はあるが、さし当りこの作品から選ぶだろう。」(47p)とまで絶賛しています。
 曽野訳『幸福の王子』(バジリコ)に出会って以来、9編のワイルドの童話を本書(西村孝次訳)で再読し、改めてワイルドの童話がグリムやアンデルセンの影響を受けた文学性が高い作品であることを感じ、『幸福の王子』だけでなく、どの作品も物語展開や場面設定が巧みで、また、繊細で美しい表現の下に、貧しい人びとや虐げられた人びとへの同情が込められている味わいが深い作品であることを感じましたが、曽野氏ほどの価値を『幸福の王子』に見い出すことはできませんでした。

 貧しい人や苦しんでいる人のために涙を流す幸福の王子の像。
 王子の悲しみに触れて、自分の命を犠牲にしてまで、貧しい人や苦しんでいる人を助けたいという王子の思いを届ける一匹のつばめ。

 「幸福の王子」は、王子とつばめの自己犠牲的な愛と同情(コンパッション)が詩情豊かに描かれている作品ですが、宝石や花々や衣服や什器、刺繍などの美を語る言葉が際立ち、肝心な愛の本質を語る言葉の力が乏しいように感じました。ワイルドの童話との出会いが30代初めであったことや英文であったこと、ワイルドの戯曲『サロメ』や小説『ドリアン・グレイの肖像』を読んだ後の出会いであったことが影響しているのかもしれません。
 とは言え、クリスチャンである私にとっては、物語全編を通して、イエス・キリストの姿が透かし絵のように立ち上がってくることを感じ、キリスト教の思想を背景とした「幸福観」「愛」「同情」…、人間の愛を超えたキリスト教的慈愛の精神が一編の詩のように物語に“美的”に埋め込まれていることを感じます。
 ワイルドは、シリルとヴィヴィアンという二人の息子たちに語った話として童話集を発表していますが、キリスト教という宗教的背景を持たない日本の子ども達には、作品の理解が難しいのではないかと感じながら、子どもの心で読んでいたら、一体どんな感想を抱いたのだろうかと自問しています。

 曽野訳をはじめとする『幸福の王子』の新訳を数冊読み、個人的には、本書(西村訳)を名訳として好みますが、曽野訳の極めて優れている点を最後の一文に感じました。
 「ただ一行だけ私が意識的に変えたところがある。それは最終の文章で、神は天に上げられた「幸福の王子」が「ずっと私を賛美するであろう」というのが原文である。しかし聖書の世界では、天国において神を賛美するということは、必ず神とともに永遠に生きることが前提となっている。そこをはっきりさせないと、神は自分を褒めたたえてくれる人だけを天国に集めるのか、と問われてしまう。それゆえ、そこだけ本来の意味に重きをおくことにした。理解していただきたい。」(『幸福の王子』:pp. 52-53より引用)と「あとがき」にも書かれている通り、意訳がなされている点です。

 原文 "You have rightly chosen,' said God, 'for in my garden of Paradise this little bird shall sing for evermore, and in my city of gold the Happy Prince shall praise me."(p.15 "The Happy Prince and Other Stories"(PUFFIN CLASSICS))
本書(西村訳):「おまえの選択は正しかった」と神様は言われました、「天国のわたしの庭で、この小鳥が永遠に歌いつづけるようにし、わたしの黄金の町で幸福な王子がわたしを賞めたたえるようにするつもりだから」(本書 p.25)
 曽野訳:「お前はいいものを選んだ。私の天国の庭では、このつばめは永遠に歌い続けるだろうし、私の黄金の町で『幸福の王子』は、ずっと私と共にいるだろう」(『幸福の王子』p.44)

 「私の黄金の町で『幸福の王子』は、ずっと私と共にいるだろう」という最後の一文は、クリスチャンである曽野綾子氏ならではの意訳ではないでしょうか。曽野氏のキリスト教の理解が、ワイルドのそれを超えて本作品に普遍性をもたらしているように感じました。キリスト教の本質を深く理解している曽野氏とキリスト教の思想を唯美的に捉えているワイルドとの違いではないかと思います。
 曽野訳『幸福の王子』(バジリコ)は、最後の一文において原作を超える力を持つのではないかと感じます。本書(西村訳)を名訳であると認めながらも、名作には新訳が必要であることを教えてくれる貴重な一冊として曽野訳『幸福の王子』(バジリコ)を記憶に留めておきたいと思いました。

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紙の本

心に響く、大人向け童話

2015/10/09 00:06

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:けy - この投稿者のレビュー一覧を見る

表題作である「幸福の王子」は絵本として有名であり、私も読んでいた。また、元々「The happy prince and other tales」という名前で発売されていたことも知っていた。しかし、otherの部分は一つも読んだことが無かったので、購入してみた。
読んでみて思ったことは、これは子供向けじゃないということ。子供に読ませるべきではないなどと言われるグリム童話は、確かに残酷な表現は出てくるが、基本的に勧善懲悪もの。悪い奴が死んだり、貧しい主人公がお金持ちになったりしてhappy endを迎えるものが多い。だがこの本の話は平気でbad endに行くし、童話の癖にかなり長いものがあったりと個人的には子供向けではないと思った。
しかし、心に響くようなお話が多いのは事実。どちらかというと、へこんだり疲れたりした大人に読んでもらいたいと思う。

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紙の本

愛に殉ずる

2001/02/14 07:38

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Kyowya - この投稿者のレビュー一覧を見る

 金の肌。宝玉の目。美しい王子はツバメに頼み、我が身を飢えて凍える人々へ届ける。
 いじわるな大男の心に優しさが湧いた時、冬だった庭は春へと変わった。
 王子はみすぼらしい像となり、ツバメは寒い国で死に、大男は庭に倒れた。愛のため、寂しい現世を終えた彼等は、神の国で幸福に暮らす。

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紙の本

とっても「忠臣蔵」っぽい

2008/10/31 00:32

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:BCKT - この投稿者のレビュー一覧を見る

Oscar Fingal O’Flaherty Wills Wilde(1854年- 1900年,46歳で歿)は,アイルランド出身の作家。『ドリアン・グレイの肖像』(1890年,36歳)。名前が長いが,先祖はオランダ人の模様。「1871年から1874年までダブリン大学のトリニティ・カレッジで学び、とりわけ古典ギリシア語に才能を発揮する。卒論は『ギリシア喜劇詩の断章』。奨学金を得て1874年から1878年まではオックスフォードのモードリン・カレッジで学ぶ」(Wiki)。原著_The Happy Prince and Other Tales_は1888年の刊行(原著者34歳のときの作品)。講談社英語文庫と洋版ラダーで原文が,また西村の翻訳以外にも,曽根綾子(訳)が2006年に出版されている。童話(大型本)としてなら,bk1で検索すれば,山ほど出てくる。「幸福の王子」だけなら,原文はプロジェクト・グーテンベルグ(オンライン)で,翻訳も青空文庫(結城(訳))で読める*。新潮文庫版には,これのほかに,「ナイチンゲールとバラの花」,「わがままな大男」,「忠実な友達」,「すばらしいロケット」,「若い王」,「王女の誕生日」,「漁師とその魂」,「星の子」が収録されている。
* ttp://www.gutenberg.org/etext/902
ttp://www.aozora.gr.jp/cards/000332/card2232.html

ホネは,通りすがりの献身的なツバメが,民心を思い遣る立像化した王子とともに,自己犠牲を行い,最後には立像としては崩壊して,市議会議員どもに廃棄されてしまう話。なんでこんなんがイギリスで書かれてるんだろうか?という疑問。とっても「忠臣蔵」っぽい。自分が死んででも,自分が愛おしく思う相手に善を届けよう,実現しようとする自己犠牲の姿は,大半の西洋人とりわけ米国人には「センチメンタルなペシミズムと失望と皮肉な絶望」(St.John Ervine,新潮文庫訳者あとがき,233-4頁)と映るはずだというのが,私の偏見だが,どうだろうか? 

【梗概】 幸福の王子 ====ネタばれが嫌なら読まないでね====
The protagonist of the story is a gilt and bejewelled statue of a prince, who stands on a tall column overlooking a city. A swallow, who has delayed his migration to Egypt for the love of a reed, rests on the statue's plinth; the Prince is crying at the injustices he can now observe, having been isolated from the realities of his society while he was alive. The Prince asks the swallow to remove the ruby that adorns his sword, and give it to a poor seamstress with a sick child; the swallow does so. The swallow stays with the Prince over the ensuing weeks, distributing the jewels and gold from the Prince to the poor of the city. When the Prince is completely denuded of gold, the swallow realises he is dying from cold; the Prince asks the swallow to kiss him on the lips. The swallow dies, and the Prince's lead heart breaks. The next day, the Mayor of the city observes the state of the statue, and orders it to be removed and melted down. The Prince's heart does not melt in the furnace, and it is discarded on to the same dust-heap where the swallow's body is lying:
"Bring me the two most precious things in the city," said God to one of His Angels; and the Angel brought Him the leaden heart and the dead bird.
"You have rightly chosen," said God, "for in my garden of Paradise this little bird shall sing for evermore, and in my city of gold the Happy Prince shall praise me."(Wikipedia)

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紙の本

幸福とは???

2004/02/18 00:58

1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:けんいち - この投稿者のレビュー一覧を見る

 ワイルドといえば、『サロメ』の作家だが、とにかく童話も面白い。つまるところ、慈善的な、よい話なのにもかかわらず、突然書き込まれる、コイバナに、その中心があったりするところが、やはりただものではない。
 曰く、「しかし、男と女の悲しみこそ、何ものにもましてふしぎなものなのだ。悲惨(ミゼリー)にまさる神秘(ミステリー)はない」。
 確かに、『サロメ』の作者だと思う。やはり、ほしいのは、「恋の味」!

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愛に身を投じる時。

2003/06/19 08:25

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:奈伊里 - この投稿者のレビュー一覧を見る

この短篇集には、残酷な愛が詰まっている。

*****

犠牲的な愛情は、浮かばれることなく死によって終わる。
しかし、愛の犠牲に身を投じる瞬間、日常を超えた美しさとエクスタシーが生まれる。死を賭してもそれを求めるパッションと、「愛」と呼ばれるものを希求する本能がある。

生の中で、ようやく愛を知ったとき、命は天に召される。歓びに満ちて。

信じるべきでないものを信じ続ける。信じる姿は限りなく美しいが、限りなく道化だ。

自らの愛が間違っていたことを悟り、正しい愛へ自らを誘おうとしても、まわりは認めない。身分に相応な愛の形を、他者は求める。

たとえば「王女の誕生日」では。

奇怪な小さな化け物の姿をしたは侏儒は、自らの姿を見たことがない。自らの踊る姿を人々が喜ぶことは知っており、王女の誕生日でも、王女をこの上なく喜ばせ、侏儒は幸福感に満たされる。王女に憧れ、もう一度王女に喜んでもらおうと宮殿を訪ね、侏儒ははじめて鏡と出会い、自らの姿を知る。なぜ自らの踊りが人を喜ばせたかを知る。人の残酷さを知る。侏儒は心臓が破れて死んでしまう。もう踊らなくなった醜いものに王女は顔をしかめて言う。「これからさき、あたしのところへ遊びにくるものは、心臓のないものにしてね」

たとえば「ナイチンゲールと赤いばら」では。

ナイチンゲールの愛する青年が、「赤いばらを持ってきてくださったら踊ってあげましょうと、あの人は言った」のに、と、恋人に捧げる赤いバラを持っていないことを嘆いている。ナイチンゲールは赤いバラを青年のために求めて飛ぶ。しかし、本当の赤いバラを手にいれるためには、棘に自らの胸を突き刺して一晩中愛の歌をうたい、自らの血で染めなくてはならない、心臓を突き破って染めなければならないと知る。そして、命を賭してナイチンゲールは赤いバラを作り上げる。でも、青年の「あの人」は、宝石に較べればと赤いバラなど見向きもせずに道ばたに捨てる。青年は、恋なんて非現実的で役に立たないとうそぶく。

*****

ワイルドは、これらの残酷な愛を語ることばを、人には託さない。植物に、動物に、物に、化け物に、仮託する。人間の愛は、人間に語らせるのが憚られるほど、残酷で醜く、そして、美しい。

生殖という目的から離れたセックス、精神の昇華としての愛。愛する者どうししか共有できない、密室で育まれる歓び。愛以外を嫌悪する時。愛から現実に回帰しようとする時。

宿命の恋人アルフレッド・ダグラスとの出会いの前後に、この童話群は書かれた。

後に、作家は語る。
「快楽のために生きてきたことを、ぼくはただの一瞬といえども悔いはしない。ぼくは心ゆくまで味わったのだ、ひとはそのなすところをすべてなすべきであるように。ぼくの経験しなかったような快楽などありはしなかった。ぼくは魂の真珠を葡萄酒の杯に投げ入れた。笛の音につれて桜草の道を辿って行った。蜜を食って生きた」

しかし、作家の精神は蜜の先を目指した。自らの精神の軌跡こそが文学だと言えるように、彼は書いた。

知り尽くそうとする精神行為は、しかもその対象が「愛」であったりしたら、人生はこれほどまでに過酷なのか? 作家は、どれほどの愛に身を投じていたのか?
彼の人生は、彼の芸術を模倣した。

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いろどり豊かな童話

2002/01/08 02:42

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:あこたん - この投稿者のレビュー一覧を見る

 まるで歌でも聞いているようなリズミカルな話の流れと、美しい宝石、そして花、小さな生き物や人魚が登場する、昔ながらのものがたりの世界に新鮮な驚きがたくさん。早い人なら通勤の電車で一つのお話が読めてしまう、それくらい短い童話が何編か集まった一冊。
 おすすめは、『わがままな大男』。この男の庭に集まる子供達と、男を軸に、いろどり豊かでにおい出しそうな季節の移り変わりが描かれ、 男の心が変わりゆく様には、心がぽっとあたたかくなります。
 全編を通しこの童話の世界には、すべての者への優しい視線と、そして美しいものをより新しい目でとらえるワイルドの心が流れています。

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ワイルドが求めたもの

2003/06/29 11:20

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:豆鉄砲 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 生来涙もろい私(現時点22歳)が、小学校のとき涙を貯めてしまった「ルドルフといっぱいあってな」と双璧をなした「幸福な王子」が収録された童話集である。ちなみに私は、ツバメと王子様が人間たちを助けるやさしさに満ちた作品だと記憶していた。
 年甲斐もなく、人生に嫌気がさしていた私が、もう一度だけ「やさしさ世界に埋没したい」という短絡的な思いのために、本書に手をとった。が、この童話集に収録されている作品には幸せ感じさせる世界など存在しなかった。
 
 本書は、ワイルドが求めた「救いの念」から生まれたものだ(と思う)。
 社会主義(この社会主義と、現代に存在する社会主義の理念とは違う。ワイルドが個人的に考えた独自のもの)を崇拝したワイルドだけの崇高の精神が反映され、この世でワイルドだけの珠玉の作品が生まれている。流麗な文章に集約された美的センス、ずば抜けた個性を感じ、ひとつひとつの世界の中に感情がトリップする。
 代表作として収録されている「幸福な王子」や他の作品にしても、必ず人間の残虐性が目に付き、少年ときの爽快さなやさしさとは違った感性が働く。悲しみだけの世界にとどまらない。今まで経験した人生の経験論が、所々に存在した人間の皮肉や不完全さを推し量ることを考え出させてしまう。年を取りすぎたのかもしてない。昔読んだものと、また違った裏世界が脳内を駆け巡った。たしかのすばらしい作品であるのだが、すさんだ心で読むような本ではない。人生の幸せがあるときだからこそ読んでみたい本なのだ。
 
 これはきっと、幸せをもっている人たちのための訓示のような気がする。
 だから言いたい。この本は人生に余裕があり、幸せをたくさん持った人間が読む本だ。
 間違っても人の残虐性を垣間見たいのならオススメするが、そうでないのなら、この書に手を出すことは今一度考えたほうがいい。
 必ず救いを求めた終局を迎えるが、それをしのぐほどの<人間対しての戒め>が、目の前に点灯し、ああ……と嘆いてしまう。

 オスカーワイルドにとっての幸せとは何だったのだろうか。本書からは、自虐的な自分自身への警鐘のようなものが心に突き刺さし、痛いほどの人間の愚かさに心の葛藤を残した。やりきれない。

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2004/11/17 14:21

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2007/11/14 23:53

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