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蹴りたい背中
  • みんなの評価 5つ星のうち 3.2 635件
  • あなたの評価 評価して"My本棚"に追加 評価ありがとうございます。×
  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2003.8
  • 出版社: 河出書房新社
  • サイズ:20cm/140p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-309-01570-5
  • 国内送料無料

紙の本

蹴りたい背中

著者 綿矢 りさ (著)

【芥川賞(130(2003下半期))】高校に入ったばかりの「にな川」と「ハツ」はクラスの余り者同士。やがてハツはあるアイドルに夢中のにな川の存在が気になってゆく。いびつな...

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蹴りたい背中

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10代からの文学 ベストセレクション 10巻セット

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10代からの文学 ベストセレクション 11巻セット

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商品説明

【芥川賞(130(2003下半期))】高校に入ったばかりの「にな川」と「ハツ」はクラスの余り者同士。やがてハツはあるアイドルに夢中のにな川の存在が気になってゆく。いびつな友情? 臆病な恋? 不器用さゆえに孤独な二人の関係を描く文芸賞受賞第一作。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

綿矢 りさ

略歴
〈綿矢りさ〉1984年京都市生まれ。現在大学在学中。「インストール」で第38回文芸賞を受賞。

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みんなのレビュー635件

みんなの評価3.2

評価内訳

紙の本

特異な人間像がスパイシー!

2005/01/10 11:44

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:丸山町 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 芥川賞受賞作品という事で、関心はあったのですが、やっと中身を味わう事が出来ました。読み終わって、後に残る味わいっていうか、ただ単に空腹感を満たす味わいではない。その表現力は、納豆に入れたカラシと、ちょいと添えたネギのような、粋な旨味がある。
 他の、芥川賞受賞作品の、舌にピアスをする話も今風な味わいだけど、これも負けていない。腹八分なんだけど、あっさりしてる訳でもなく、油っこい訳でもない、独特の旨味がある。よーく噛んで味わうと、それがわかりますよ〜(^_^)v

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紙の本

背中をポンッって押してくれた一冊☆

2004/07/11 16:26

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:しょうこ - この投稿者のレビュー一覧を見る

「あたしだけかなぁ、こんな風に思っとるの…
 そりゃあ確かに、寂しいくせに友達作らずいっつも一人でおって、『あぁ寂し
 い寂しい』とか思いよるのってバカみたいじゃけど、でも、クラス内で作られた
 グループに自分をあてはめていくのってなんか、あたし的には同じ位イヤなこと
 じゃし…しかもまだ一学期始まったばっかの時、みんなすごいスピードで、ク
 ラス内のグループを形成しよったけど、あたしはそれ見て実はかなりひいとった
 し…おかしいってゆうか、それも平和なクラスにする為に必要なことかもしれん
 けど、あたし的には『そんな不自然なことせんでも…』ってゆうね こういう考
 え方間違っとるかなぁ? 身近に同じ考えの人おりそうにないけえ分からんけど
 でも間違ってはないよね…? こういう人あたし一人だけじゃないよね???」

 そんなことを悩んでた時、私はこの本に出会いました。そして、ハツという同い年の女の子に出会い、私は独りでない事を知りました。ハツの思いを一文一文読むたび、私の背中を、蹴ったのではなく、ポンッと叩いてくれた様な気がしました。
 そして、私はハツと「二人だけ」でもない事が分かりました。読んでいると、世の中の、同じような問題に当惑している全ての女の子や男の子の姿が思い浮かんで来ました。文学ってすごい。インターネットにつながなくっても、一人の作者によって世の中の色んな人達と共感し合ったり励まし合ったりした様な気がしましたから。
 同じような悩みを持っている人にはもちろん、そうでない人も読んでみて下さい。もう読んだ人は、少し周囲の人を見渡してみて下さい。あなたの周りにも、きっとハツみたいな人いるはずですから。
 

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紙の本

多彩な表現力!!

2004/03/21 14:40

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:きよか - この投稿者のレビュー一覧を見る

 この作品の作者は、史上最年少17歳で、第38回文藝賞を受賞し、19歳で芥川賞を受賞している。
 芥川賞受賞作という文字に惹かれ読んでみたが、なるほど、表現力がとてつもない。
 皆が感じて経験し、それをうまく言葉で表せないような感情を、作者は実にわかりやすく、色彩豊かに表現している。読んでる方は、その表現力に感嘆し、共感を覚える。
 この作者のファンになりました!!

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紙の本

汗臭いあの頃の

2004/05/04 01:22

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:海の王子さま - この投稿者のレビュー一覧を見る

「愛おしいよりも、いじめたいよりも、もっと乱暴な、この気持ち」という帯のコピーそのままの「蹴りたい」という思い。それは愛情表現なんですか? それとも、そうではない何かなのですか? 僕には分からないけれども。「もっと惨めになれ」というところなんかにも、そうだよね!そうだよね!って共感する読者はいるのでしょうか。

その気持ちには共感できなかったけれども。以前読んだ「インストール」よりも、ずっと楽しく、ずっとのめり込んで読めました。「インストール」のような物語っぽさがなくって、もっと平坦な日記に近い感覚で書かれているという印象でした。自分の高校時代と重ね合わせながら、うんうん頷きながら、「リアルワールド」にも重ねながら、それでも最後には綿矢ワールドにどっぷり。

「蹴りたい背中」、いいです。「インストール」よりも、ずっとずっといいです。綿矢りさの、次の作品が楽しみになりました。

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紙の本

本当にいい小説でした

2004/03/03 04:18

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:読者 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 こんにちは。三十代の男性です。
 つい最近、仕事場の書棚にあった『蹴りたい背中』を拝読致しました。驚きました。拝読している間、筆者の魂の美しさに何度も感嘆しました。本当に心に残る素晴らしい作品です。それで、良き時間を提供していただいた筆者へのささやかな感謝の気持ちとして、主に作品の後半で印象に残った部分をちょっとだけ、書こうかなと思います。




 夕暮れ時、ハツとにな川と絹代がコンサート会場へ急ぐ場面、気が付いたら、ハツが先頭に立って走っていた─というところ、実に爽やかでした。「身体が風に溶けそう。」というハツの気持ちはグッと胸にきます。もしあそこで、絹代がせっせかと先頭切って走っていたら、ガックリきますが。
 堅苦しい言い方になりますけれども、ハツの疾走は、この世界でけっして妥協せず肯定的に生きる人々との出逢いに必ずつながるものだと思います。

 また、混雑したコンサート会場の人込みに揉まれながら、ハツがにな川に、「痛いの好き?」と聞き、にな川が、「大っ嫌いだよ。なんでそんなこときくの。」と答える場面、素敵だと思います。この作品が単なる青春恋愛小説ではないという事を、如実に感じ取れるシーンです。なんというか、本当に清潔な人間の精神を暗示していると感じました。

 それから、ハツが、にな川ばかり見ているところを絹代に冷やかされて「ゾッ」としつつも、眩いステージをじっーと観ているにな川を好きだと思う場面─いいですね。ハツとにな川が、このうえなき素晴らしい世界で一つになっている様です。

 最後に、夏の夜明けの薄明かりの中、ベランダで、ハツがにな川の背中をチョコンと蹴る場面。非常に微妙な人間の内面の襞を表現しているところですが、いろいろと考えさせられました。─あれは、あたかも、ひとりの人間の魂を見ている感がします。フラフラになりながらも、人生をあきらめず、前のめりに生きたいと願う人間の魂です。


 とにかく、本当に面白い作品でした。一読して胸底に深く残りました。たしか、筆者の綿矢さんは、このbk1の「筆者のメッセージ」欄で、本当の夏の光を信じている、という主旨の事をお書きになっておられたと思います。それも強く印象に残っています。

 これからの作品も期待しております。心より応援しております。

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紙の本

たとえばこんなスタンスで。

2004/02/26 23:56

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:すなねずみ - この投稿者のレビュー一覧を見る

「さびしさは鳴る」、そんな始まり方。たぶん、そのフレーズだけはそれなりにたくさんの人が知っていて、あれこれと使い回されたりもするのだろう。きっと「さびしさは鳴る」ということを、知らない幸福な人たちによって。それとも、気づいていながら、知らないふりをしている切ない感じの人たちによって。(やめてほしい、とは思わないけど。)

太宰治はこんなことを書いている。

>(『風の便り』)

うるさくってたまらない……それは、たとえば語り手の少女が部活の先輩に言われるこんな言葉。(顧問の先生について、「飼い慣らされてるだけじゃないですか」と、思わず言ってしまった少女に対して。)

>

新しい響きを少女のうちに起す暴力的な言葉。(その言葉は明らかに間違っている、と今の僕は思う。でも……どこか、なんか……)必要なもの、求めているもの、とか言っても、何かがこぼれ落ちてしまうような、そんな言葉の反響。その言葉が少女の内側に引き起こした波紋を受け止めるようにして十数ページ後、にな川くんが少女にかける言葉。

>

やさしさは、少なくとも、さびしさのようには鳴らない。だから……親友(?)に「にな川のこと、好きなんだね」と言われた少女の心の内側の言葉は、こんな「スタンス」。

>

そんなすべてを受け止めて、Last Sceneがある。すごく、いいと思った。なんだか、このままじゃ救いがないじゃないか、と心の片隅で思いかけていた自分が恥かしくなった。必要なのは「救い」なんかじゃないのだ。当然。

               ***

ひとつだけ、蛇足かもしれないけれど、「走る」シーンが、なんだか印象に残っている。にな川くんの好きな(ちょっと病的なほど好きな)モデルのライヴに遅れないように、三人が走るシーン。なんだか、すごくいい。なにかを思い出させてくれそうな、そんな感じ。

メディアが作り上げるセンセーショナルな煽り文句なんかと関係なく、春の日差しを受けながら(たとえば、どこかの川べりとかで、子どもたちのはしゃぐ声を遠くに聴いたりしながら、ぽけーっとした感じで)読んでみたらいいんじゃないかなって思う。もちろん別にどこで読んだっていいんだけど。(いちおう設定としては夏のお話だけれど、だからってべつに夏まで待つ必要はない。ような気がする。)

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紙の本

綿矢の美少女ぶりってのは、かなりのものだと思うのですね、私は。でも、この本の写真では分かり難いかもね、それを確かめるならヤッパリ『インストール』かな。わたしゃ、あの小学生にもう一度会いたい

2003/10/31 20:41

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

2001年、17歳のとき『インストール』で第38回文藝賞を受賞した綿矢りさ。それについては別の機会に触れるとして、あの独特のユーモアとちょっと無機質でクールな文章が面白くって、中学に入ったばかりの長女にも読ませた記憶がある。そのときも話題になったのは、カバーの折り返しに載っている綿矢の可愛らしい顔写真だった。現在、大学在学中のせいだろうか、写真は横顔になったものの、相変わらずの美少女ぶりは、健在だ。きっと周囲の反発を買うのだろうなあ、と要らぬ心配までしてしまう。

主人公はわたし、本名は長谷川初美、地方の普通高校の女学生。普通でないのは、といってもたいしたほどではないのだけれど、一緒に進学した中学時代の友達の絹代が別のグループに入ってしまい、自分は孤立気味である、ということ。といって、友人のいるグループに擦り寄っていきたいかというと、別に、と思っている点だろうか。

それが明らかになるのが、冒頭の生物の時間で、五人でグループを作れ、という教師のことばに、結局、彼女はどこのグループに入ることもできなかった場面。その時、男子生徒にも似た奴がいて、それが、にな川だった。「にな」は虫偏の、漢字嫌いの私にとっては難しい字で、だから彼は小説の中ではいつも「にな川」で表示される。ここらは、いかにも綿谷らしいユーモア感覚。

にな川は、生物の授業中女性ファッション誌をひたすら見る男で、彼はわたしが、彼の大好きなモデルのオリチャンに、以前、無印良品の店で出会ったことを告げると、激しく反応する。ここから、私とオリチャンとの出会い、にな川の家の離れのような二階の部屋での、まったく性的な匂いのしない男女の時間の描写などへと発展していく。

わたしの陸上の部活の風景や、以前の友人絹代との距離の取り方、オリチャンと出会うきっかけになったコーンフレークの試食、或いは、にな川の部屋の机の下のファンシーケースの中身、そして男の背中をみているうちに、つい苛々として、それがタイトルに繋がっていくあたりは、前作にも相通ずる醒めた現状認識があって、やはりこの作家は只者ではないなあと思ってしまう。

気になる点があるとすれば、最近沢山出ている自閉症的な人間や引きこもり、苛めを扱った小説群の中で、作者の若さを別にして、どこまで彼女の作品が輝くかだろう。重松清、田口ランディ、山本文緒、宇佐美游、いや桐野夏生といった強豪、ベテラン達の傑作名作が目白押しの状態では流石に苦戦だ。

その点、『インストール』は、時期的にも類似作品が少なかったし、ちょっとおませな小学生が輝いていて、物語の長さも含めて、おっと思わせた。その点、今回はちょっと目立たない。若さと美貌といった面でかなり評価はされるだろうけれど、果たして小説としてはどうかな? つぎを待ちたい気がする。もちろん、若さと美貌、それだけでも凄い武器なんだけどね。

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紙の本

その「乱暴」は必要だ

2004/08/08 12:25

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:祐樹一依 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 クラスから何処か浮いた存在となっている「ハツ(私)」と「にな川」。雑誌のモデルであるオリチャンを見た、という理由から不意ににな川に近づかれたハツ。似たところがあるわけでもない、むしろ別物でしかありえない自分と相手の距離は、けれど、ひたすら曖昧なまま何処かへ続いていこうとする…。第130回芥川賞受賞作。

 愛しいのとも違う、ただ苛めたくなる子供っぽいものとも違う。では、その感情は一体、何なのか。読んでいて、とてももどかしい気分になります。普通なら「それは恋愛感情だ」と本人に気付かせて当然だとされる感情を、恋愛感情ではない、何か他のものであると表現することによって、「恋愛感情」のそもそもの不確かさを描くことに成功しているように思います。読者からしてみれば「この人はこの人のことが好きになったんだ」ということがあからさまでも、それを安易に作中の人物に自覚させない。その意地悪さが、どうにも言葉にすることは難しい「恋愛感情」のもどかしさに繋がっているのではないか、と思うのです。それは綿矢氏が書いているように、ただ優しいだけのものではなくて、むしろ乱暴な気持ち。

 オリチャンという芸能人が登場します。生き方や考え方に憧れを抱く人は多いでしょう。けれど、その本人と実際に会って言葉を交わしたとき、自分の抱いていたイメージを寸分狂わぬ理想像であるという保証はないのです。人は時に、それが「裏切り」であるように感じることがある。ハツとにな川は、その予感を知る者か知らぬ者か、という違いがある。それと「現実を見る」ということは意味合いが異なるのだけれど、これはつまり、一種、試練である儀式に向けて、ぽん、と背中を押してやりたくなる行為の(今時の冷めた視線の)若者らしさを表したことでもあると読み取れるような気もするのです。

 何かをされたいのではなくて、何かをしたい気持ち。これは決して、ネガティブな感情ではなく、至極存在して当然のものではないでしょうか。その意味では「蹴りたい背中」、このタイトルはイイ感じです。

(初出:CANARYCAGE)

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紙の本

この歳だからこそ

2015/03/26 14:56

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:september - この投稿者のレビュー一覧を見る

のっけから「さびしさは鳴る。」でやられました。19歳ですか....この歳だからこそ、自ら群れることを避けたハツの思いを比喩や情景にのせてありありと伝えられるのかもしれない。

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紙の本

淡々としていますが、楽しめました

2004/10/09 11:39

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:金之助 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 冒頭に描かれる、高校に入学後一ヵ月のクラス内の模様を読んで、「まいったな」と思って、読み進めることになりました。
 グループで群れて無理に人に合わせることもできないくせに、一人では過ごせないで手持ち無沙汰になってしまう主人公。クラスを冷ややかに見ているけれど、憎めないヤツでした。

 作者の、人間を見る目の鋭さを強く感じました。

 物事を何かにたとえて表現しているところがたくさんありますが、緻密すぎるとでもいいましょうか、その精緻さが鼻につきそうになったりもしましたが、やはり、綿谷氏の才女ぶりには脱帽せざるをえません。

 今後、世界を広げて、どんな作品が出てくるのか楽しみです。

 ちなみに、関西弁で書かれてはいませんでした〜。
 
 

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紙の本

交錯しない視線の先の身体

2004/04/04 18:06

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:鬼島 空 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 二十歳過ぎ位までの男の子というのは、身長があるくせに体重の軽そうな連中が結構いるものである。運動をしていない奴だと、骨ばっていて細い。男だけど、この腕を捻りあげるのは簡単だろうな。そう思う瞬間がある。そう思うと、本当にやりたくなる。痛がる様をちょっと想像してみて、まあ本当にやっちゃったら滅茶苦茶引かれるだろうし、反撃される可能性もあるし、ともかく友人関係が終了してしまうから、押し止まる。
 何故なのだろう。男のくせに骨ばっか、私のほうがきっと逞しい。そう思うことは、何ともいえない満足感と相手への好もしさを齎すのだ。いや断じて私が変なのではない。これは、結構多くの女子にある感情ではないか。柔道有段者の友人も同級生K君について、「いかにも冷静って顔で喋られると、あんたなんかそんなガリガリで、投げ飛ばすのなんて簡単なんだからって思う」と言っていた。彼女とK君は結構親しい。

 この本は昨夏、著者が執筆動機として「運動部の女の子と部屋にこもるタイプの男の子のわかりあえてない感じ」が面白いと思ったと語っているのを読んで即座に買った。その構図はツボだと思った。「サドっぽい」という記者の感想を肯定していたのもポイントだった。芥川賞受賞で話題になる以前のことで、文学性を求めて読んだ訳じゃなかった。ので、私にとってこの小説は「萌え」たからOKだ。「あるある蹴りたい背中って」という感覚をここまでリアルに切り取ってくれたというだけで、私の中でこの小説は評価が高いのである。蹴る行為に込められた意味とかはどうでもいい。蹴りたいから蹴るのだ。
 主人公ハツから見た同級生「にな川」の身体についての描写は、フェチックなほど執拗で丁寧だ。のびた前髪から覗く、歯並びの悪い口。ひび割れた唇。けして力強くはないが、ハツより作りの雑な身体。そんな身体が、無防備な背中を晒していたら。これは蹴っ飛ばしたい。痛めつけたい。ハツの衝動を、私は自分のものとして感じる。で、ハツは期待通り、にな川を蹴っ飛ばしてくれるのだ。これで私のカタルシスは十分である。

 一方、ハツの身体は、ごぼうが二本の「速く走れそう」な脚を特徴とする、運動をしている女の子特有ののびやかな身体だ。陸上をやる女の子の身体と、自室でモデルの写真を蒐集する男の子の身体との間でのみ起こる唯一無二の交流の形がある。「やわらかな女の子の身体が、逞しい男の子の身体と触れ合う」などという凡庸な光景では絶対に描けない、「速く走れそうな脚」の身体と、「もの哀しく丸まった、無防備な背中」の身体との間にだけ起こりうる交流があるのだ。それは、蹴るという仕方でしかありえない。そのことをこれ以上なく説得的に描いている点で、私は、この小説は「青年心理」の小説じゃなく、「青年身体」の小説として素晴らしいのだと思う。
 ハツが身体へ鋭敏な感覚を見せるのに対し、にな川は、愛するモデルを見つめ過ぎて、自らの身体を置き去りにしたようなところがある。初めて生身のモデル「オリチャン」の身体に出合うとき、にな川の身体は、ハツが長らくそうして来たように走る。その結果は、無残に終る訳だけれど。オリチャンが着た服をいくら集めても、彼女の生身の身体に行き着けないにな川。オリチャンを見つめる自分の身体が、ハツから見つめられていることに気づかないにな川。空白の身体。にな川は、生身の身体に出会わない。オリチャンの身体は手に入れられず、自分の身体を意識しない故の無頓着さで教室の時間を過ごし、視線はハツの身体を素通りする。そんなにな川が唯一持っている、けれど自分では意識したことのないのだろう彼自身の生身の身体を見つめ、蹴り飛ばすハツ。所有者に意識されない身体は、ハツに見つめられ、蹴られる時、何より生身の身体としての現実感を読者の前に差し出す。それは本当に、確かに「蹴りたい背中」なのだ。

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紙の本

にな川っていい男だよ

2004/03/29 01:03

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投稿者:遊子 - この投稿者のレビュー一覧を見る

この小説を読んで、友人たちと討論してみた。
意外だったのは、あまりにもハツに共感する人が多かったこと。
「自分も高校時代まわりを冷めた目で見てた」とか
「群れる意味がわからなかった」とかetc…。
誰しも学校という場所に疑問を抱いているものなのだと実感した。

私がこの小説でよかったなと思うのはハツが被害者のいい子ちゃんじゃないこと。
「そんなに馴れ合って、群れて楽しいか?」と周りを冷めた目で見てる割に
虚勢を張ってるのが丸わかりでかわいい。
結局ハツがまわりと壁を作って、周りを見下して、孤独な自分をなぐさめる。
この人間くささがいとおしい。

あと、討論するなかで、誰もうなずいてくれなかったがにな川って
かなりイイ男だと思う。
ちょっとコアにアイドルが好きなだけで、誰に迷惑をかけてるわけでない。
オタクというと清潔感がないように思われるけど、彼は自分で洗濯まで
やってる。おまけに女の子に部屋を譲って死ぬほど蒸し暑いベランダで
眠るような男。ハツに対してもとても紳士的だ(時々自分の世界に没頭
してしまうけれど…)。
周りが自分をどうみてるか、どういうポジションにいるかも把握していて
客観的に自分をみれる。

ハツがなんでにな川を蹴りたかったのか。それは自分よりレベルとして
下だと思って近づいたにな川が自分よりもはるかにしっかりとしていて大きくて
もどかしくなってしまったからだろう。

自分が知りたくて、自分とまわり、自分と相手を比較して、試行錯誤して。
思春期の女の子のリアルな気持ち。
とっても人間くさくて、心をゆさぶる。
この小説が評価される所以はこの辺なのだろうと思う。

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紙の本

あなたが蹴りたいのは誰の背中ですか。

2004/03/28 21:45

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 第130回芥川賞受賞作。先日身体の調子を壊して病院に行った。その待合室で最年少の芥川賞受賞となった綿矢りさの『蹴りた背中』を読んでいる女子高校生を見かけた。彼女は本に夢中になっていた。最近の本屋さんは買った本には自店のカバーを必ずつけるものだが、彼女はカバーをつけずに、パステル調の水色で配色されたこの本をむきだしで読んでいた。表紙に描かれた、ベンチに腰掛ける少女のイラストは、高校三年生の佐々木こづえさんの作品。この女子高校生にこの本はすごく似合っていた。こういう人たちがこの本を読むのかと、彼女を見ながら、不思議な納得感があった。十九歳の著者、十七歳のイラストレーター、そして十代の読み手。

 「確かに十九歳の世界はまだまだ狭い」と、宮本輝は芥川賞の選評に書いた。しかし、それはこの作者、作品を否定するものではない。宮本は続けてこう書いている。綿矢さんの作品に「伸びゆく力を感じた」、と。また池澤夏樹は「人と人の仲を書く。すなわち小説の王道ではないか」と選評している。けれど、小説の巧者たちがどのようにこの作品を評価しようが、私が見かけた病院の待合室でこの本を読んでいた女子高校生はもっと純粋にこの作品と向かい合っていたような気がする。

 この作品は、友達ごっこを演じる同級生の輪の中に入れない主人公が、同じようにはみ出した一人の男子生徒を見つけるところから始まる。彼は年上のモデルにはまっているオタク少年だった。それでいて、クラスのどんな生徒よりも彼に親近感を感じてしまう主人公は、やがて彼の生活に付き合い始める。恋愛というよりも同志のような感情。選考委員の一人河野多恵子は「<蹴りたい背中>とは、いとおしさと苛ら立たしさにかられて蹴りたくなる彼の背中のこと」と書いているが、著者が蹴りたかったのはオタク少年のつまらない背中なんかではなかったのではないか。著者が蹴りたかったのは、いつまでも大人になりきれず、小さな世界にこもろうとする主人公の背中であり、そういう主人公を自分に近しいものとして作り出す著者自身の背中だったように思う。そして、この作品を真摯に読んでいる若者たちの多くも、苛立ちながら自分の背中に自身の足を押し付けているような気がする。

 選考委員の石原慎太郎は選評の中で「誰しもが周りに背を向け、孤独や無関心、あるいは無為の内に自分を置いてどうにか生きているという観は否めない」と書いているが、それこそが「青春」という時代の特質だということを、『太陽の季節』で持って行き場のない苛立ちを描いた作者自身が一番気づいているはずだ。若者たちはいつだって蹴りたい背中をもっている。物分りのいい両親、熱意のない教師、ごっこの中で表情を隠す同級生、しらけた社会。いつの時代であっても、若者たちは一人っきりの自分と向かい合うしかないのだ。そして、一番蹴りたい背中が自分の背中だと彼ら自身がわかっていながら、もっとも足の届かない遠い背中であることに、いつの時代であっても若者たちの歯がゆさがある。

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紙の本

人間の相関関係とその強弱を描く力作

2004/03/09 14:01

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投稿者:ポルチェスと現代思想 - この投稿者のレビュー一覧を見る

人間は人間と出会ったと、どのようにコミュニケートし、関係を維持・切断するのだろうか?
綿矢りさ著『蹴りたい背中』の主題はこの一点に集約できるかもしれない。

人間は時には拙い言葉で感動する。また時には軽い冗談のつもりで発した言葉で、自分自身また他人を傷つける。
人間は「ひとつのブラックボックスだ。本人ですら自分自身の中身がどうなっているか知らない。もちろん他人の中身も知らない。互いに決して知ることのできない『箱』の中身を説明するために、必死にコミュニケートするのだ」と、何かでこのことを知ったとき、妙に納得できた。

本書に登場する人物はすべて、見ることのできないブラックボックス間の関係性をうまくごまかしたり、悩み、もがき、いとおしく思っている。
そしてその相関関係と強弱(「溝」が適切?)を見事に描いた作品である。

主人公「ハツ」は、クラスメイトとほとんど交流を持たずにクラス全体の相関図を描き、その中に自身の位置も対象化する高校生。他人と関わりたくないという意識にもかかわらず、中学時代からの友人「絹代」との関係が壊れていくのをどこかで恐れている。
相手役はクラスメイトの「にな川」。彼もまたクラスでは浮いた、オタク少年。「にな川」の世界は家庭からも学校からも等しく距離おき、正方形の自室でマスメディアによって偶像化されたファッションモデルで構築され、閉じられている。
二人の微妙な関係性はそのファッションモデルによって維持され、少しずつねじれていく。
大量に生産され消費される情報を収集する「にな川」と、中学時代に偶然会ったことのある「ハツ」の間の溝は埋まるようで歴然と存在し続ける。
そしてライブハウスでリアルなモデルとの出会いと、その後の失望感。
「蹴られる」や「見つめる」という行為によってねじれて結ばれる「ハツ」と「にな川」、高校に入りそれぞれの世界を持つことで関係が変化する「ハツ」と「絹代」。その他多くの人間関係。

本書の登場人物は相手と直接向き合うことなく「箱」の中身を知ろうとする心情が随所にちりばめられている。
夏の蒸し暑い一夜を過ごした3人は、これから迎える秋をどのように過ごすのか。その微妙で揺れ動く関係をぼんやりと考えてみる。
もしかしたら、私も「蹴られる」ことはなかったけど、そんな人間関係がこれまでにあったのかな?と読後、不思議な虚脱感と安堵感が満ちてきた。

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紙の本

いやあ、オジサン腰抜かしちゃいましたよ

2004/02/22 12:02

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投稿者:yama-a - この投稿者のレビュー一覧を見る

 『インストール』でデビューした時から気になっていたのだが却々読む勇気が湧かなかった。年を取ってくると、若い作家が書いた小説や若い読者に受けている小説は、読んでも理解できないのではないかという恐怖感を抱いてしまう。芥川賞を受賞したことで初めて「自分にも読めるかな」という気になった。何故なら、芥川賞の選考委員にはそんなに若い人はいないはずである。イメージとしては、文藝賞の審査員より頭が固そうでもある。ならば、これはオジサン・オバサンにも理解できる小説ではないだろうか、という心理が働いたのである。では、どちらを先に読むかということになるが、安全策を踏んで芥川賞受賞作から読むことにした。

 最初のページを開くといきなり飛び込んでくる「さびしさは鳴る」という暗喩。そこにプリントを千切る実音を重ねてくる。「なるほど、こういう技巧に走るタイプか」と思う。かなり考えたんだろうな、この書き出し。ま、鼻につくけど悪くない。ただし、こういう表現上の技巧を花火みたいに立て続けに打ち上げる訳には行かない。読むほうだって次第に馴れてしまう。それから先は言葉遣いの巧さとは違う領域で真価を問われることになるのである。
 思春期にありがちな(あるいは、今でこそ少数派だが、僕らの思春期にはありがちだった)潔癖症というか、流されまいとする意識を描いていて、そんな鬱屈する女子高生のさらに向こう側に、友だちがいるとかいないとかいう次元ではなく、ほとんど外界を遮断してしまって典型的なオタク状態に陥ってしまった男子高校生「にな川」を据えている。この対比的な構図は大変よく練り上げられている。にな川に対する主人公の思いが「蹴りたい背中」という言葉で(あるいは、現実に背中を蹴るという行為で)象徴されているのだが、この表現も鋭い。それは恋愛感情でもなく親近感でもなく、かといって単純な嫌悪感でもないのである。しかし、その一方で、あれだけ皆の馴れ合いを嫌う主人公がどうして絹代にだけは屈託なく気を許しているのかは少し不思議である。ライブからの帰り道の場面で、終バスが終わっていて主人公も絹代も歩いて帰れないのに、にな川の家だけが徒歩圏内であるというのも設定上無理がある。ダラダラと読み進むうちに、「しかし、こういう嫌悪感とか孤独感とかを乗り越えた部分を描けないと、作家としては小さく終わってしまう」という反発も覚える。
 ところが最後まで読むとそれら全ての欠点が吹っ飛んでしまう。最後の部分の、この構成力は全く見事である。この本の閉じ方は常人にはできない。とんでもない力量である。いやあ、オジサン腰抜かしちゃいましたよ。
 ストーリー上のどんでん返しを期待した人には肩透かしだろう。逆にストーリーの起伏もなく、これだけ余韻を残すラストシーンを書ける作家は、あたりを見回してもそうそう見当たらない。

by yama-a 賢い言葉のWeb

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