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  • みんなの評価 5つ星のうち 4.2 4件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2004.4
  • 出版社: ナカニシヤ出版
  • サイズ:20cm/270p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-88848-869-X

紙の本

戦後思想の一断面 哲学者広松渉の軌跡

著者 熊野 純彦 (著)

人間のあり方や世界のあり方を解きほぐすために、孤絶な闘いを生きた希有な哲学者広松渉の思想的軌跡をこまやかに活写。広松哲学への最良の道案内。【「TRC MARC」の商品解説...

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戦後思想の一断面 哲学者広松渉の軌跡

税込 2,640 24pt

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商品説明

人間のあり方や世界のあり方を解きほぐすために、孤絶な闘いを生きた希有な哲学者広松渉の思想的軌跡をこまやかに活写。広松哲学への最良の道案内。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

熊野 純彦

略歴
〈熊野純彦〉1958年神奈川県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。現在、東京大学文学部助教授。倫理学専攻。著書に「レヴィナス入門」「倫理の現象学」など。

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みんなのレビュー4件

みんなの評価4.2

評価内訳

  • 星 5 (2件)
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  • 星 3 (1件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)

紙の本

遥かな希望の倫理学

2004/08/03 23:41

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:iso - この投稿者のレビュー一覧を見る

 “「強靭な」思考”について熊野氏は、その著書『レヴィナス—移ろいゆくものへの視線』(岩波書店、1999年)で次のようなことを述べている。理論的な領域にかかわる作業の場合、それは解きがたい難問の前でたじろがずに一歩ずつ問題の核心へと接近してゆく思考のかたちを指すのであろう。これに対し、人と人とのあいだにおける軋みあいの現場で他者との関係の次元に目を凝らしながら思考する「倫理」にかかわる思索の場合、それは覆いがたい絶望をまえに、なおも微かな希望を紡ぎつづけようとする思考のかたちを指すのではないだろうか。
本書はまさに廣松渉という、この世にもはや存在しない“師”を通して熊野氏が紡ぎつづけた“「強靭な」思考”としての“遥かな希望の倫理学”であるように思われる。第一部は、廣松の生涯が中心的に描かれているわけだが、その廣松の、特に政治的活動を通じての孤絶な戦いの中で、絶望を拒絶し、それでもなお希望を紡ぎ続ける姿に熊野氏は“「強靭な」思考”を見たに違いない。そしてその熊野氏の姿勢が、第二部「解読」において、廣松に対する様々な分野の人々からの数々の批判的見解を超えて、「三 体系の外部—廣松哲学における「否定的なもの」をめぐって」というタイトルの論文で締めくくる通路を見出したのに違いない。それは熊野氏の、レヴィナスへの姿勢、カントの読解、ヘーゲルへの新たな読解、といった研究の中でも一貫しているように思われる。
 その締めくくりでは、廣松の哲学的テクストのある部分を「差異」「他者」「外部」を鍵概念として読みなおすことをこころみるわけだが、熊野氏は、こうした「否定的なもの」「非同一的なもの」が今日、キーワードとして流通するにいたったことについて、戦後日本の移り気な思想風土をこそあらわしているという評価を認める一方、べつのしかたで見つめることも可能であるとする。

 「たとえば「差異」ということばが主題化されるにいたったのは、なんらかの同
  一性の内部に回収されない多様性へと視線がむけられるからである。同一性を
  食いやぶり、概念的な枠どりをあふれ出すことがらこそが問題化されなければ
  ならない。「非同一的なもの」が問われるべきなのだ。そのようなまなざしの
  向きかえは、現在的な課題のなにほどかとたしかに通底していることだろう。」
  (239〜240ページ)
 
 そして、ここで語られている次元においてこそ〈倫理〉という〈ことば〉に、いや、もっと積極的に言えば〈哲学することそのもの〉に触れることができるのではないかと熊野氏は語っているように思われてならない。だからこそ、その次元について思いめぐらすことは、「まえがき」での切迫感漂う発言に深く深く思いめぐらすことと連動するように思われるのである。最後に、それを記しておきたい。

 「廣松渉が逝去して、すでに十年の年月が流れさった。情況は、ある意味ですこ
  しも変わってはいない。一九九四年五月、廣松逝くとの報が伝えられたとき、
  この国の哲学界にはいまだ、廣松にかわりうるなにものも登場していなかっ 
  た。そればかりではない。廣松の業績を真に継承するなんびとも登場してはい
  なかったのである。情況は、いまもかわらない。なにもかわっていない。」
  (まえがき)

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紙の本

されど、されど、われらが日々。

2004/10/01 21:29

4人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ソネアキラ - この投稿者のレビュー一覧を見る

かなり前に読んだけど、去来するものが多くて、さくっとまとめることができなかった。

この本は、廣松の最後の愛弟子といわれた作者による、哲学者の歩みを記したもの。噂では、うすうす知っていたことが、次々とさらされる。戦後の夏の時代を不器用なまでにひたむきに闘った男。

実は、廣松が東京大学に教授として迎え入れられる前に、通っていた大学で教わる幸運に恵まれた。とても元闘争家には見えないほど、温和で、やさしく、どんな愚問にも、きちんと対応して答えられていた。ただし、話されることも決して平易ではない。ましてや文章は。

「意識主体は、生まれつき同型的なのではなく、社会的交通、社会的協働を通じて、共同主観的になるのであり、かかる共同主観的なコギタームス[私たちは考える]の主体I as WE,WE as Iとして自己形成をとげることにおいてはじめて、人は認識の主体となる」

こんなテキストが延々と続く。難しいからいけないという風潮があるが、意味のある難しさと意味のない難しさがある。「価値」と置換してもよいが。

ちょうどCやGやFのコードを知らなければ、ギターが弾けないようなもんで、「即自」だの「対自」など最低限の基本的なタームは、予め知ってなければ、廣松ゼミに参加する意味はなかった。

当時のぼくはサヨクよりも、セイヨク、ブツヨク、ショクヨクのほうが盛んだった。

当初、廣松が物理学を志していたのは驚きだが、それが後年エルンスト・マッハの翻訳及びマッハの復権に貢献することになる。

マルクス主義という言葉は古びてしまい、共産主義国家も大半は崩壊してしまったが、その概念は、古びていない。とてもうまくまとめられないが、廣松流に、唯物史観のビルドアップを試みた。ソシュールの言語学や現象学、量子力学あたりもエッセンスとして含有されているようだ。

最後に、シビれる箇所を引用。

「六月十五日、全学連主流派の隊列のほぼ最前線に、廣松渉の長身があった。夕刻、右翼の乱入がつたえられ、廣松は「おんなはうしろに下がれ!」と叫んだという。某氏によれば、樺美智子はすぐさま廣松に鋭い視線をむけ「どうしてですか!」と食ってかかったよしである。」

これか、廣松男尊女卑説の出処は。

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2006/07/28 18:48

投稿元:ブクログ

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2019/07/02 19:13

投稿元:ブクログ

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