紙の本
この小説には★がいくつあっても、あげ足りるということがない。SF?冒険小説?それともハードボイルド?いえいえ人間とは、生きるとはを問う哲学小説、そして極上の恋愛小説でもあるんです
2004/07/10 23:07
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
私が神林の小説に出会ったのが『あなたの魂に安らぎあれ』が出版された1983年。その7年後の1990年に『帝王の殻』、そして14年ぶりに『膚の下』である。三部作の完結篇だという。三部作?聞いてないよ〜、ではあるけれど、そして無理して三部作と呼ぶ必要もないけれど、確かに神林の代表作となる一冊であることは間違いない。
「荒廃した地球を復興するために、かれは人間によって創られた。しかし、創造主がつけた傷は己の生を彼に認識させる。それは世界観を懸けた闘い、そして残酷な神へと至る道の始まりだった」
「存在の在り方、魂の所在
『あなたの魂に安らぎあれ』『帝王の殻』に続く三部作、十四年ぶりの完結篇。」
主人公はアートルーパーのエリファレットモデルである慧慈軍曹。この話は、巻頭の言葉を借りれば「兵士として作られた人間の話をしよう。人間?人造人間だ。」ということになる。アートルーパーには、アンドロイドという存在を様々な面から評価するためのプロトタイプであり、次世代の量産タイプのリーダーとなるべく、それに相応しい性能を発揮するよう、人間が心血を注いで創造した、全世界で五体だけ作られたスペシャルモデルのエリファレットモデル、二世代目の安定したニュートリシャスモデル、次世代の量産タイプのインテジャーモデルなどがある。
ヨコハマが廃墟になって50年近く立つ時代、地球人はカプセルに入って凍眠状態にされ、次々と火星に送られ、地球が豊かな自然を回復するまで、そこで凍眠する。人間がいない間に、地球を復興させるのは機械人たち、その機械人たちを人間に代わって監視するのがアートルーパーである。
慧慈は、分子レベルから設計された、全くの人造人間である。成人として作られた彼には子供時代がない。彼は見かけは成人だが、作られてから5年しか経っていない、幼児並みの人生経験しかもたない大人である。その慧慈が所属するのが、UNAG、国連アドバンスガード、民間人の保護と救出を任務とする組織である。その慧慈が、訓練教育部隊員のウー中尉と向かったのがD66方面復興計画地域地区。彼は、そこで地球に残ることを望む残留人組織との銃撃戦に巻き込まれ、相手のリーダーであるラオノ・シキを殺してしまう。生き残ったのは、慧慈ただ一体。そして彼に芽生えたのは、自分の存在についての問いかけだった。
60年以上人間を見てきたという機械人アミシャダイの「わたしは、仕方がなくて人間を殺したことはない。殺したいから殺した。」「人間は性交によって子供を作ることはできる。だが生まれてくる子供は、人間が創造したのではない。アートルーパーも機械人も、同じことだ。われわれに創造主がいるとすれば、それは人間を創ったものであって、人間ではない。」といった発言が、慧慈を悩ませる。
その彼を抹殺しようと、ウーの妻マ・シャンエが追い詰める。慧慈が出会った一人の少女実加は、「おまえは、寂しくないのか」と彼に問いかける。16歳になるまで文字を知らなかったが彼女は、慧慈との会話のなかで心を開き学び始める。「運がよければ会えるだろう」「二百四十年後に、わたしの日記と。わたしはそこにいる」という会話の重さ。
テーマは重いが、話の展開は冒険小説。そして地の文で語られる慧慈の意識は、ハードボイルドである。「生きるためには代価が必要だ。自分が払うそれは、しかしここに集めた人間よりもましではなかろうか」「孤独は人を殺す。絶望は死に至る病だ、という警句を読んだことがある」「死ぬも生きるも、その者が持っている運だ。考えていても始まらない」こんな言葉が、数限りなく出ている。
まだまだ書き足りない、この話にはもう一つの結末があったはずだ、そう思いながら読み直した。凄い、そして面白い小説が生まれたものである。完全脱帽、降参。この十年が生んだ最も重要なSF作品の一つだろう。三部作、改めて読み直したくなった。
紙の本
絆創膏を貼って読んだ
2006/10/31 00:12
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:青木レフ - この投稿者のレビュー一覧を見る
ホムンクルスの話。または偏差値70以上の「北斗の拳」。
「あなたの魂に安らぎあれ」「帝王の殻」に続く3部作目。各巻は独立している。最初に「膚の下」を読んでみたかった気も。
阿部謹也(歴史学者)がこんな事を言ってた。現状に満足している者は何かを考える必要性がない、何らかの不整合感、不満や軋轢を持つ者は考えて前に進む事ができると。本書の読み始めで、まず思い出す。
ぶ厚い本だけど、展開は早いと思った。シリーズものを圧縮したようなかんじ。
474頁あたりからのくだりで泣く。なんてSFな涙なんだろうと涙を解析したりもした。本書はSF・PF(政治的虚構小説)の感覚を持つ人に必読の書と思う。
「弱者は保護」って思想が出てくるけど、ひょっとしたら食物連鎖の観点から言ってるのではと気付く。自分が脅かされないなら下は賑わっていた方が良いみたいな。
(投射by「短歌と短剣」探検譚)
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私にとっての、神林長平という作家における傑作とは、いつも何かしら、物理的な震えを感じさせるほどの一言が紛れているもの。たとえばグッドラックであれば「I wish....」というあの雪風の言葉。本で久しぶりに心臓が高鳴った。
「だが、わたしがどう生きたかは、これを読めば、わかる。文字とは、そういうものだ。時を超えるんだ。」に続く応えに心臓わしづかみ。この物語は、時限付きの創造主(あらゆる宗教はそんなものかもしれない)の残酷な神話であり、救世主の苦難の道を歩み始めるプロセスを示した記録であり、存在を誰かに知ってもらうための日記。
最近の作品は…とこの作者についても言われてしまうが(たとえば、雪風は前作のほうがいい!など。鋭利なナイフのような容赦なさ、やり場のない純粋さへの欲求やナイーブさとか)、作者が年を重ねて得た境地のこの自我の認識論が私は好きだ。憧れといってもいい。個としてありながら、いや、個としてあるがゆえに、他人を認識出来る。これには圧倒的な他者への肯定を必要とするのだ、という彼の論理に深く頷いた。久しぶりに泣けそうな本に出会った。
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▼「われらはおまえたちを創った おまえたちはなにを創るのか」▼百年以上ではあるものの想像できないくらい遠い訳でもない未来、廃墟の街ヨコハマ。演習に明け暮れる教育期間中のアートルーパー(アンドロイド兵士)エリファレット・モデルの慧慈(ケイジ)が、ゲリラである人間たちと邂逅する。そこから始まる彼の成長と進化はいったいどこへ?▼綿密な舞台描写とそれを遥かに凌駕した哲学的思考。神話にまで昇華した死生観。魂を行き場を模索する、神林文学の集大成と言えるでしょう。▼『あなたの魂に安らぎあれ』『帝王の殻』に続く火星三部作完結編。これを読まずして2004年のSFは語れまい。
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火星三部作の三作目。
すべてはここから始まった!
慧慈の決心が、あの「あな魂」のクライマックスを実現させただなんて、想像もできなかった。
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火星三部作の3作目。作中の年代としては最初。
2段組みで684ページもある。3冊を同時に図書館で借りると、ちょっとビビる。
人とは何か。人とそれ以外はどう区別をつけるのか。有機体で生命を作った場合、人とどう異なるのかとか。教育とは何かとか。
機械人ほぼ無双。「ほぼ」だから完ぺきではない。主体となる意識は集合的意識だから「個」を理解できない。理解するにはどうするかも触れられる。
一歩推し進めて、集合的意識が分裂したらどうなるかをネタにしているのがアン・レッキーの叛逆航路からなる3部作。
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火星3部作最終話だが時間軸では最初のエピソード。myベスト書籍の1つ。睡眠時間削って読む価値あった。
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長門さんがハルヒアニメの“ミステリックサイン”のラストで読んでる本。(火星シリーズ3作目)
お、おもしろい…!
本一冊にこんなにのめりこむのは久々じゃなかろうか…。
なんかこう、登場人物(人じゃないのも多いですが)の、立場とか言葉とか考え方とかがもう、いちいちつぼでつぼで。しかも、そういう人たちが会話をしていくうちに、自分のバックグラウンドや価値観を意識しはじめて、それが対話でちょっとずつ変化していく様子がものすごい上手く書いてあるんだ…!人の価値観やバックグラウンドを考えるのが好きな自分には正直たまらんです。うう。ほんとたまらん。
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某アニメで無表情キャラが読んでましたね。
オタ趣味な自分は3部作すべて読みましたよ、っと。
凄くいいSF作品なのは疑う余地もない。
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2段組み680ページ超の大作なのに、止め時がわからないくらい引き込まれて読めてしまう作品でした。
人間の存在、神とは、生きるとは、という大きく重たいテーマに真正面に取り組んだ作品で、どうやったって考えさせられます。
人間と、完全な機械生命体の機械人と、その中間の構成でできた存在である主人公の三者三様の存在意識、価値観、生命観を通じて、人間という存在を問う哲学にも通じる、本当に素晴らしいSF作品でした。
出てくるセリフ(言葉)も胸に刺さるものが多く、分厚い本ですがもう一度読みたくなります。
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荒廃した地球を復興するために創られた人造人間アートルーパーが人間から独立しようとする話。
相手の思考や行動を全て事細かに論理づける描写がとても心地よく、面白い。話のクオリティも高く、僕の人生の中でも確実にベスト5には食い込んでくる。二段組で700ページ弱とかなり長い作品なのだが、一気に読めてしまった。いちおう三部作となっているが、これ単独でも全く問題なく読める。特にSF好きの人には絶対オススメ。
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これを読むと神林長平の『火星三部作』が終わってしまう。
そう思うとなにやらもったいなくて、どうしても読み始められない。
アンビバレントな宙吊り状態、いつになったら読めるのやら。
ああ、チキンなオレ ...
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神林長平の集大成というべき本。何度も読み返しては途中で読むのをやめている。読めないんじゃなくて読むのが惜しい。と思う本はこの本だけだ。読み終えると何かが終わってしまう気がして読めない。読みたいのに読めない。
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SF。シリーズ3作目。
時系列的にはシリーズの最初。
上下二段組みで680ページ超えと、もの凄く読みごたえがある。
われらはおまえたちを創った
おまえたちはなにを創るのか
人造人間が人間から自立して、神になる物語。
人間と人造人間と機械は何が違うのか。
人造人間は何のために生きるのか。
慧慈と実加の会話、結末のアートルーパーたちの会話など、感動するシーンも多々あり。
本当に傑作です。
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神林作品はそれなりに読んできたが、その中で最も気に入っている一冊。ただ、読んでから日が経ってしまったので少々うろ覚えなレビューですが。。。
戦争によって汚染された地球を浄化するため人間が一時的に火星へ離脱し、その間に生涯を浄化作戦に費やす要員として創られた人間、すなわち人造人間のひとりである慧慈軍曹が主人公である。
人造人間といっても汚染された地球で生きていく程度に遺伝子的に優れていることと、軍人として育てられたので生き残る術に長けている程度しか人間と違わない。任務で人間を殺し、人間と出会う中で、人間と非常に似通う″かたち”をしていながら人造人間は確かに人間ではないことに気づく。まさに「かたち」ではない中身、膚の下に存在する人造人間の本質を、そして対比される人間の本質をごりごりと描き出す。
人でないものとの対比によって人間を描くというのは神林作品(というかSF作品の多く?)で行われているように思うが、この作品の魅力的な理由は、慧慈が確かに人間とは異なる存在であることを読者は理解するが、それでも彼に非常に感情移入できることではないかと思う。この理由の一つとして思うのは、人間と同じかたちをしていること(同じく火星シリーズの一作である『帝王の殻』のPABも人でない異質な存在だがPABに感情移入はし難い)。もう一つは先ほど「ごりごりと描き出す」と書いたとおり、神林長平によって力強く描かれる慧慈軍曹の思考のリアリティだろう。そして感情移入することによってますます、人間でなくアートルーパー(人造人間)としての生を獲得しようとする慧慈の生き様が鮮やかになっていく。
そして最後に慧慈達が出す答えになにか無性に救われた気分になった。なんだかダラダラ長々とレビューを書いたが、この一瞬だけで分厚いハードカバー本を読みすすめた甲斐はあったと言えるものでしたね。
記念すべき一冊目のレビューにしてベタ褒めすぎか、、いや、まぁ、仕方ない。