鎮魂歌 (ハヤカワ文庫 FT)
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紙の本
聖なる都に巣くう魔物達の饗宴
2004/06/30 00:39
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:岑城聡美 - この投稿者のレビュー一覧を見る
妻の不慮の死、勤務先での不可解な事件…。主人公トムは運命のレールに乗せられたかのように、美しく混沌とした聖都、エルサレムへと向かう。この流れるような、巧みに読者を誘導する冒頭部にまずは魅せられた。エルサレムで出会う、死海文書を隠匿した謎の老人、そして次第に姿を露わにしてくる幻の老婆。随所に散りばめられた謎が、読むものを引きつけて離さない。幻想文学としてはもちろんのこと、エンターテイメントとしても非常に優れた作品だ。
はじめのうち聖都として描かれたエルサレムは、次第に魔都としての様相を露わにしていく。トムの内側に巣くう幻想が、狂気が、まるで体を裏返したようにエルサレムの町に投影され増幅してゆくのだ。その過程を追うことで息詰まるような興奮を味わうことが出来る。しかしそれは、果たしてトムの無二の友人であるシャロンが読み解くように、彼の内なる罪悪感が作り出す幻覚なのか、あるいはエルサレム全体を覆う魔物の仕業なのか、どこまで読み進めても判然としない。この曖昧さがますます読者を本書に釘付けにする。
トムが抱く罪悪感の根元は、キリスト教的倫理観に基づくものである。いわゆる「姦淫の罪」がそれだ。本書の第二の魅力は、男性の性的感覚を見事に描写し、かつ男性から見た女性の性的魅力をも実に的確に捉えている点にある。ここに言う女性の性的魅力は、作中登場するマグダラのマリアに象徴されるだろう。マグダラのマリアは様々な女に変貌する。前述の老婆をはじめ、亡き妻ケイティー、友人シャロン、精神を病んだ女クリスティーナ、そしてトムの堕落のきっかけを作った美しき女生徒ケリー。どの女性の中にも普遍的にマグダラのマリアは存在し、誰もが聖なる娼婦になりうる。そして、著者が描く女達は、いずれも性的にたまらなく魅力的だ。男が欲情したとき、女はその目にどう映るのか。これが実にエロティックに、かつ美しく描写されている点に脱帽した。
さらに、キリスト教の歴史的解釈という点から見ても、この作品は実に興味深い。新約、旧約両聖書に多少の造詣があれば、なおさら本書を楽しんで読むことが出来る。これも作品中の大仕掛けの一つであって、この場に置いて結末を書くことはこれから本書を手にされる方の興を削ぐ可能性があるため出来ないのだが、登場人物達を取り巻く幻想の世界と並行して、大々的な歴史読み物的エピソードが展開される点も本書の魅力の一つだろう。
宗教に取り憑かれる大衆、歴史の謎に取り憑かれる老人、一人の男への偏執的な恋に取り憑かれた女、そして女そのものに取り憑かれた男の性…。この物語に登場するあらゆるものが、作中において「ジン」と呼ばれる魔物に取り憑かれたかのようだ。この壮大な物語を読み終えて、エルサレムという街そのものが、あるいはジン(魔物)なのかも知れない、そんな考えがふと脳裏をよぎった。
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