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商品説明
【野間文芸賞(第57回)】近江商人の末裔たる誇り高き田舎者にして大隈重信の末弟子、政治家らしからぬ政治家にして専横独裁の実業家、私の父にして私の宿敵−。果して何者なのか? 最大の「宿命」に挑む長篇小説。『新潮』連載をまとめる。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介
辻井 喬
- 略歴
- 〈辻井喬〉東京大学経済学部卒業。詩集「異邦人」で室生犀星賞、小説「虹の岬」で谷崎潤一郎賞を受賞。
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紙の本
文芸愛好家からビジネスマンまで
2004/12/06 23:22
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ゴンス - この投稿者のレビュー一覧を見る
今から七年ほど前のブライダルシーズン。慣れない背広を身にまとった僕は赤坂プリンスの建物を飽きずに眺めていた。「飽きずに」というからには理由がある。高級感が漂うその眩い建物の傍らには、ひっそりと、それでいて近代的な趣を残す鹿鳴館のような建物があたかも混入物のごとき目の前に現れたからである。いったいどのようなコンセプトでこのような建物になったのか。一瞬そんな問いが脳裏をよぎったが、従兄弟の結婚披露宴会場で気持ちよくワインを煽っているうちにやがてその疑問も風化していった——。
ところが、本書『父の肖像』は僕のその疑問を記憶の底からたぐり寄せた。著者の辻井喬は夜な夜な筆をふるう小説家・詩人であるが、浅目覚めるとカフカの『変身』の主人公、グレーゴル・ザムザが巨大な毒虫に変身したように、彼もまた巨大な企業、西武王国の後継者、堤清二に変身する。だからといって本書を西武王国の軌跡と捉えるのは早計であるが、いずれにしても私小説的なスタイルをとっているのは間違いない。
戦後、西武王国の創始者、堤康次郎は旧皇族の土地を買い漁っていた。敗戦の余波で世間離れした旧皇族の多くも否応なく社会人にならざるを得ない。そこに目をつけた康次郎は旧皇族の土地を買い、更にはその建物を日本の「ブランド」だと位置づけることによって、やがて次々と建てるプリンスホテルのいくつかにその建物の一部を原型のまま残したのである。いわば西武ブランドの原型は旧皇族という日本最古の伝統ブランドでもあるのだ。七年前、従兄弟の結婚式で赤坂プリンスを訪れた際の僕の疑問もこうして氷解していく。
だが、本書の魅力はそうした堤康次郎にまつわる話だけではない。嫡出子である辻井喬がその父に対して、俺は本当に西武の後継者なのか、それとも作家こそが真の姿なのか、そもそも俺は誰の子供なんだ、と問い続け、自分の中に同居するいくつかの異質な人格と闘う力強さである。
かたちはどうであれ、人間は親の影響を受けて育つ。わけても、潜在的なものは環境を変えても変わることはないだろう。本書はそうした逃れられない血脈に対する恐怖と畏怖の見本であり、我々の体内に流れる「血」にも一瞬の揺さぶりをかけるだろう。
ただし、本書はあくまでも小説であるから、西武王国の軌跡や堤康次郎(と思われる)登場人物の言動は注意深く読まねばならないことを最後に付記してきたい。いずれにしても文芸愛好家からビジネスマンまで幅広い読者層に期待される作品であろう。