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シチリアでの会話(岩波文庫)
  • みんなの評価 5つ星のうち 3.8 4件
  • あなたの評価 評価して"My本棚"に追加 評価ありがとうございます。×
  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2005.2
  • 出版社: 岩波書店
  • レーベル: 岩波文庫
  • サイズ:15cm/433p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-00-327151-3
文庫

紙の本

シチリアでの会話 (岩波文庫)

著者 ヴィットリーニ (作),鷲平 京子 (訳)

シチリアでの会話 (岩波文庫)

税込 990 9pt

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みんなのレビュー4件

みんなの評価3.8

評価内訳

  • 星 5 (1件)
  • 星 4 (2件)
  • 星 3 (1件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)

紙の本

解説がなかったら、一体誰がこの作品を反ファシズムの文学だと思うだろう。私はそういう文学を、ただ歴史的評価ゆえに優れた文学とは認めない。小説としては、後半がいいかな

2005/07/17 22:15

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

原著は1941年の出版で、この文庫本は435頁、本文は約300頁です。目次で見ますと、五部構成で最後にエピローグがついていて、その後に10頁弱の訳注があって、120頁近い解読『シチリアでの会話』(鷲平京子)がついています。実際に本を開いてみると分りますが、訳者による解読部分のボリュームには圧倒されるものがあります。良くも悪くも、それがこの文庫の特徴です。
本文ですが、全五部で、平均して各部60頁くらいのボリュームですが、詳細に見れば第二部と第三部が頁数も多くて、内容的にも充実しています。解読を無視して普通の読み方をすれば、主人公は30歳になるシルヴェストロで、15年ぶりに母親のもとを訪ねます。家に帰った彼の第一声は「コンチェツィオーネさん」という他人行儀なものですがが、時間の隔たりは一気に消えうせます。
シルヴェストロが、母親のところに行くことになったのが、女と家を出て行き、今はヴェネチアで暮らしているらしい父、コンスタンティーノからの手紙でした。そこには、12月8日の聖名祝日の祝いに、手紙の変わりに母のところに行ってみたらどうかというもので、ふと心を動かされた彼は、北イタリアからシチリアへと旅立つことになります。
主人公には5人の兄弟がいるようですが、全員がこの話に絡むわけではありません。そこは読み取ってもらうことにして、第一部はシルヴェストロが母のいるシチリアに向かう旅の様子です。ここでは、文章のリズムが独特で、正直、読んでいて違和感を抱かずにはいられません。繰り返しが多く、これを詩的と捉える向きもあるかもしれませんが、私には未成熟な文章を読まされている、としか思えないのです。
第二部は、実家に戻ってからの描写で、過去の家庭の様子が徐々に姿を見せてきます。昔は保線夫の官舎に住んでいたとありますから、父親は今で言うJRの職員、保線係りだったのでしょう。シルヴェストロは植字工 ライノタイプ工です。結婚して、今は北イタリアに暮らしています。今回の帰郷に、なぜか妻はついてきてはいません。
ここで描かれるシチリアは、昔も今も変わらぬ姿を見せます。実家の生活は15年経っても変わらず、それは第二部で詳細に描かれる母親が作る食事、あるいはそれを巡る会話に現れます。
第三部は、母親が息子を連れての診察というか、注射をうつ光景場面が中心で、妙にエロチックでゾクゾクします。それにしても、この母親の資格は何でしょう。第四部になると、人間エゼキエーレが突如現れ、この話は一体なんだ?ということになります。そして第五部は、主人公が故郷を去る場面で、戦争の影が見えてきます。
さあ、困りました。もし、この本のカバーに紹介がなくて、訳者による解読もなかったら、はたして現在の日本人がこれを反ファシズムレジスタンスの文学として受け止めることが出来るでしょうか。
鷲平京子は、全力でこの小説を読み解き、読者に素晴らしさを訴えます。重版のデータや、この作品に寄せられた絶賛の言葉を引用して私たちを説き伏せます。評論ていうのはこれか、と思います。でも、私は肯きません。むしろ、そういった解説をなくした時の剥き出しの文学、現代日本で普通の人が読んだ時の受け止められ方と、当時のイタリアとの評価との落差こそが論じられるべきだと思うのです。
もうひとつ言いたいことがあります。それが訳文の読点の打ち方。英語などはカンマで文章を繋げていきます。これをそのまま日本語にする時、読点で区切る必要はまったくありません。なぜなら、原文を読む人は、そこに区切りがあるとして受け止めてはいないからです。これは言語のもつ特性です。それを直訳する、リズムが崩れ日本語としての美しさを損なう、そういうものです。
時代を超えることの出来ない作品、そう思います。

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紙の本

会話が多く、読み進めやすい幻想味のある小説。長い長い解説を読み、寓話が暗号のようなものだったかと驚かされる。イタリア反ファシズムの精神的支柱。

2005/03/29 13:57

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:中村びわ - この投稿者のレビュー一覧を見る

——1943年の末ころ、北イタリア各地のパルチザン部隊の潜伏箇所を訪ねてまわったとき、何人ものリーダーたちが自身のパルチザン名を、「大ロンバルディーア人」や「研ぎ屋」など、『シチリアにて』の登場人物から採っていることを知り、しかも彼らが『シチリアにて』の行間すらも鋭く読み解いていることを知って、とても嬉しく感じた思い出が綴られている。(429-430P)

 小説の本文自体は5ページから303ページまで、解説が313ページから433ページまでの長きにわたる特異な構成。上述の箇所で示された思い出は、米国版カバーに印刷された作者の言葉だというのだが、この部分を読んでいて何やら胸からこみ上げてくるものがあり目頭が熱くなった。決して大げさではなく…。「1冊の本が歴史を動かす力を持ち得ることもあるのだ」という興奮、そして1930年代ファシズム隆盛期の遠い日、遠い国でパルチザンたちに愛読されたものを、今こうして極東に暮らす自分が読んだのだという不思議への感銘。

 象徴的な隠喩に富んでいたりトリッキーな仕掛けがあったりで、筋を追う読み方をしていたのでは理解がとても覚束ない小説というものがままある。本書はトリッキーではなく、隠喩は読み取れなくても充分に面白い話ではあるが、読みの手助けになる解釈例やヒントがたっぷり用意された解説ゆえに、二重の読みができる。執筆当時の複雑な時代背景やら、背景ゆえ寓話に象徴させて書いた状況、本が受けてきた評価などを懇切に説明しており、それらが感動を増幅させる利点がある。
 それにしても、小説自体よりむしろ解説に感動してしまうというのは、実に珍しい体験である。

「スペイン内戦の勃発に強い衝撃を受け」「イタリア民衆の反ファシズムレジスタンスの精神的基盤」という出版社の紹介を見たところでは、ラディカルな理屈が横溢した写実的な展開かと身構えたが、懸念した読みにくさはなかった。
 語り手の「私」が、家を出た父から受け取った手紙の勧めに従い、妻にも告げず、遠いシチリアの山中の村に久しぶりの帰郷を遂げる。貧しさが山肌にこびりつくようなその村では、「私」の生母がひとり暮らしている。生母は『神曲』のツアーガイド役ウェルギリウスさながらに息子を誘い、訪問看護師のような職か注射器を携えて家々を巡る。患者たる熟女たちはおそらくはお尻に注射針を刺してもらうのだが、生母はとっくの昔に成人した息子に彼女たちのあられもない姿を見せて喜んでいるような節がある。
「私」の「漠とした怒り」から始まる物語は、途中、階級を云々したり人間性を説いたりするものの、思想的な深みにはまらない範囲でごく普通の人々の生活の会話を追って進行する。だが、カタツムリばかり食べていたという主人公一家の昔話が出てきたり、熟女たちへの注射の挿話が出てくるに従い、どうも写実の小説ではなく寓話らしいということに気づかされる。次第に幻想味が濃くなってきて、最後は幽玄な山の霧のなかに取り残されたようで、なかなか良い感じの話だったと思う。
 ところが、ファシズム隆盛期に雑誌に連載された小説ゆえ、このように表現せざるを得なかったのだと解説で知らされる。小説という芸術の達成があり、だからこそ感動の受容が「行動」の引き金として働く——これは、正義や誠実が強く息づいていた時代の遺産なのだと知らされる。

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2008/02/01 00:59

投稿元:ブクログ

レビューを見る

2013/06/03 12:45

投稿元:ブクログ

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