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収録作品一覧
明け方の猫 | 7-114 | |
---|---|---|
揺籃 | 115-190 |
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紙の本
緩と急。静と動。
2008/06/02 21:28
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ばー - この投稿者のレビュー一覧を見る
保坂和志の作品は、独特の雰囲気を持っている。ゆっくりと時間が流れていくような、何も劇的なことなど起こらない、静かな作品が多い。
だが、今作『明け方の猫』に収録されている、表題作「明け方の猫」と、「揺籃」は、私が知っている今までの保坂の小説とはちょっと違う。何も起こらないという良さを哲学的に表現するだけではなく、何かを起こそうと実験的に小説を書いているように思える。
『明け方の猫』は、保坂作品ではおなじみの、猫が主人公として登場する。明け方見た夢の中で自分が猫になっていた、これだけの話だ。何かをしなくてはならない、というわけでもなく、ただ猫になった「彼」が歩いていく、それだけの話だ。
作中ではメタ的に、何度も何度も「これは夢だ」ということに彼は気付く。そして、それについて考える。ただ考える。夢の本質的な意味とは何か。夢の中で「これは夢だ」と気付いているのにも関わらず、「これは夢だ」と証明することが果たしてできるだろうか。そもそも、猫になっている「彼」を「彼」と読んでいる存在は誰なのか。
もちろん、猫のミイの話など、物語を牽引する役割を持ち「そうな」ものはいくらか出てくる。しかし、この小説の視点はそこではなく、あくまでも、この夢というもの自体、その夢を通した「私」自身である。
保坂は、物語を物語っぽく活用させることなく、ただ物語は外枠として存在しているのであり、最も核心に迫りたいものは、自分である、ということを丁寧に表現しているように思う。
『プレーンソング』などの作品と違うのはそこであり、もっと露骨に「私とは何か」という命題に答えよう(というよりはむしろ、その命題自体をいつまでも考えていたいようにも感じる。答えはもしかしたら求めていないのかもしれない)としている。「夢」というあやふやな物の中で、「私」に迫る、というのは、なんだか興味深い。
一転『揺籃』は、ひどく前衛的で、イイ感じに純文学になっている。保坂の習作時代の作品、ということだが、保坂の荒削りの部分が窺えて面白い。ガツンガツンとぶつかってくる純文学のワケワカラン香り。保坂は何かの意味を込めているのかもしれない。解読の価値があるかもしれない。私はどうしようもなくこの感じが好きだ。なんだかつげ義春みたいだなあ、と感じた。
話の主旨、というと言いにくい。最初は漠然とした不安を払うために、怪我のことを書こうとしていたが、終盤になると、ひたすら「姉さん」を追う男の話になる。文章の脈絡も崩壊し、「姉さん」がどの「姉さん」なのか、果たして本当に「姉さん」がいるのか、それすらも曖昧になる。どこか別の空間で執着したトレーナーは顔に巻きつき、怪我した頭からは脳汁がこぼれ出す。街はすでに街では無くなり、砂漠と化す。
この小説のような物語に何か意味を求めるのがひどく間違った行為のように思えて仕方なくなる。『揺籃』はひたすら「感じろ」と私を責める。
保坂の作風の変化(と言える程のものかは分からないが)を楽しめる一冊であるし、猫好きの人は読んでみると楽しい(猫うんちく、というか猫の描写が愛にあふれている)だろう。どちらも短編と中篇の境目のような作品で、どちらかというと他の作品に比べると、断片的で補足的なポジションを占めるが、保坂好きなら読んでおいて損はない。