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  • みんなの評価 5つ星のうち 3.8 105件
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  • カテゴリ:一般
  • 発売日:2005/04/26
  • 出版社: 文藝春秋
  • サイズ:20cm/264p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-16-323840-9

紙の本

花まんま

著者 朱川 湊人 (著)

【直木賞(133(2005上半期))】小さな妹がある日突然、誰かの生まれ変わりだと言い出したとしたら−。大阪の路地裏を舞台に、失われてしまった懐かしさを描く作品集。表題作...

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花まんま

税込 1,728 15pt

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商品説明

【直木賞(133(2005上半期))】小さな妹がある日突然、誰かの生まれ変わりだと言い出したとしたら−。大阪の路地裏を舞台に、失われてしまった懐かしさを描く作品集。表題作のほか、「トカビの夜」「妖精生物」「摩訶不思議」など全6篇を収める。【「TRC MARC」の商品解説】

収録作品一覧

トカビの夜 5-39
妖精生物 41-94
摩訶不思議 95-130

著者紹介

朱川 湊人

略歴
〈朱川湊人〉1963年大阪府生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。「フクロウ男」でオール讀物推理小説新人賞、「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞受賞。「都市伝説セピア」が直木賞候補に。

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みんなのレビュー105件

みんなの評価3.8

評価内訳

紙の本

甘く苦い記憶

2005/07/05 22:13

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ナカムラマサル - この投稿者のレビュー一覧を見る

本書に収められた6つの短編に共通するのは、子供の頃の素朴な疑問や不思議な体験を、大人になった主人公たちが回想する形式を取っているところだ。子供の幽霊や、クラゲのような「妖精生物」や、人を楽に死なせる「送りん婆」など、一歩間違えればホラーにもファンタジーにもなり得る題材なのだが、舞台となっている大阪の猥雑さと昭和の空気が巧みに描かれていて、物語を地に足の着いたものとして落ち着かせている。
本書を読んで、幼かった「あの頃」に思いを馳せる読者は多いだろうが、本書が思い出させる「あの頃」とは、たとえば、特に意味もなく友達に意地悪をしてしまった後の鈍い胸の痛みだったり、人の「悪意」というものにうっすらと気づいてしまった時の悲しみであったり、けっしてキラキラしていただけの「あの頃」ではない。
本書の短編の中でどれか3つを選ぶとすれば、表題作の「花まんま」と「トカビの夜」と「凍蝶」を挙げたい。これらの短編を読んだ後、声をあげて泣きたくなるのは何故だろう。もっと無垢な目で世の中を見ていた頃の自分への憧憬か。何も考えていなかった頃の自分の行いへの悔恨か。子供の頃は分からなかった社会のカラクリが分かってしまったことの悲しさか。そのいずれでもあるのだろうが、何よりも、人が生きている限り避けて通れない「差別」が、弱者の視点を忘れることなく描かれていることが大きい。
「差別」に対する著者の強さと優しさが、本書を、単なるノスタルジー小説と一線を画す作品に仕上げている。

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紙の本

寂寥感の中に、ほのかな温かさ、生きる力強さを感じる作品。

2006/02/25 21:42

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ありさ - この投稿者のレビュー一覧を見る

なつかしいにおいのする昭和の町を生きた子供たちが、それぞれ主人公の短編集です。
軽い語り口で読みやすく、現実に見え隠れする不思議な現象(ファンタジー)や、貧しくとも活気ある町並みや人々に誘われるように、続きが読みたくて仕方なくなりました。
「妖精生物」だけちょっと怖かったです。ホラーみたい(笑)
他は人の死にまつわる物語。重くなりすぎず、そこに登場する主人公の子供らしい視線や発想が、切ないやらおかしいやらで、涙ぐみながら笑いと笑顔のまま読み進めました。
大切な人の死、日常にはびこる差別の目など、とても悲しく涙がこみあげてきますが、そこにある子供らしい視線や思いがあたたかく、心なごませてくれると同時に、だからこそ、亡くなった時の様子、大切な人を失った悲しみ、そして弱い、普通の人々の姿が、「悲劇」などとひとくくりにできないほど切なく、心に刻まれていきます。
命を終わらせる瞬間、それが望むものではなかったとしても、悲しくてどうしようもない状況でも、いわれない差別をされても、そこには、生きていく人々の強さや煌きがあるということを感じる、力強い作品だと思います。

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紙の本

やっぱり直木賞受賞は妥当だったかな、なんて思います。安易なシリーズ化や単純な回想趣味に走らなかったのが勝因?

2006/07/07 20:42

3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

ええと、私が朱川作品を読むのはこれが二冊目です。直木賞作を、受賞後に読むのは癪なので無視して、『わくらば日記』から読み始めました。そのときは、正直、褒めませんでした。小説ではなく影山徹のカバー画のほうをべた褒め。こう書いています。
「カバーがいいです。まず色がいい。小説にも出てくるお化け煙突を中央に配して、その向こうが夕焼け、というか沈んでいく太陽の光を受けて暖色に染まる雲でしょ、これがもうノスタルジックで。
しかもです、その色合いが夕闇が迫る色に染まりつつある町全体を暖かく包むわけです。向かって左側手前のタバコ屋さん、カウンターに置かれた公衆電話、その正面は交番でしょうか、入口の上に取り付けられた外灯の光の暖かさ。そしてその向こうにある時計、5:35分をさしているんですが文字盤の色が、いかにも古びていて手描き風です。
全部が線描ではないですし、手描きというわけではなくて色なんかも印刷のときにベタで指示したようなところもある、描かれる町にしても電信柱くらいはあってもいいかな、ちょっとスケールがなあ、この巾の路地に交番はないんじゃあないなんて思いもするんですけど、全体がいいんで納得ですね。」と降参状態。
一方、小説の方は、というと
「私には主人公の身勝手さだけが見苦しく映ります。
お話としても、どこかで読んだような。これで直木賞か・・・」とバッサリ。
で、やっと受賞作を読むことになりました。装画は吉實 恵、影山の絵はデザイナーっていう感じですが、吉實のそれは趣が全く違ってある意味万人向け。私は見ていて、洋画の大家である大津英敏の作品を連想しました。少女の表情、ちょっとヘタウマふうな風景の描き方。やったー、という感激はありませんが、抵抗感はありません。いかにも日本の風景といった感じです。装丁は奥沢光雄。
収められているのは六篇。書き下ろしの「凍蝶」以外は、すべて文藝春秋の「オール読物」に2003〜2005にわたって掲載されたものばかり。まさに文藝春秋主催の直木賞のサラブレッドとでもいいましょうか・・・。簡単に紹介をしていきましょう。
三十年以上も昔の、大阪万博の前のこと。私が大阪で過ごした小学二年から四年までの三年間。文化住宅が並ぶ袋小路に住む人々と朝鮮人の家族の関係が「トカビの夜」、大阪の下町に住んでいた私が十歳のとき買ってしまったのは、それを飼う家に幸せを運んでくれるという「妖精生物」、ろくに働きもせず、いつもぷらぷらしていたおっちゃんが死んだ。女のひとにもてたおっちゃんの遺体が火葬場にむかうとき起きた「摩訶不思議」。
娘の誕生を誰より喜んだ父は、二年後に事故で死んだ。そして四歳のとき妹は変った。彼女が見ていたものを僕が知ったのはそれから三年後「花まんま」、四十年近く前、大阪に住んでいた八歳の私が死を前にした男の病床で見たものは「送りん婆」、三十五年ちかく前、大阪に住んでいた私は、生まれた家ゆえに差別をされていた。親しかった友だちもいつしか離れていって、いつも一人ぽっち。そんな小学二年生に声をかけてくれたのは18歳のお姉さん「凍蝶」。
これなら直木賞をとってもいいかな、と思います。まず、シリーズ・キャラクターがいない。どの話も独立しているのがいいです。つまり、短編という制約の中で勝負をして、読み手に登場人物、時代、地方といったものを完璧に伝え、しかも単にノスタルジックにならず、どこにもちょっとした不思議があります。
「摩訶不思議」以外は、主人公が過去を回想する、というパターンをもってはいますが、ただ過去の風物に思いを馳せるというのではなくて、昔の不思議はいったい何だったのか、といったミステリ風な展開をします。ただ、その謎というのはあくまで話の展開に必要なものではあっても、中心は人間です。

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紙の本

好奇心旺盛で毎日を一生懸命過ごした子供の頃を想い起こさせられる1冊です。

2005/06/03 00:46

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:トラキチ - この投稿者のレビュー一覧を見る

前々作『都市伝説セピア』が直木賞の候補に上がった時、正直なところ大変驚ろかされたものである。
しかしながら、読んでみて“何か他の作家とは違う独特の郷愁感を醸し出した作家の誕生”に喜びの声を上げた読者も多かったことだろう。
本作はその出世作ともなった『都市伝説セピア』の続編とも言えるべき作品集である。
ジャンルとしたらホラーとファンタジーとの融合という区分が適切であろう。
何と言っても舞台が大阪の下町なのが関西人にとっては嬉しい。
どの短篇も小学生が主人公で過去を懐かしみながら回想形式で綴っている。
死を題材としたものが多くて、自然と“生きることの尊さ”を再認識せずにはいられないのである。
どれもが甲乙つけがたい作品集なんだが、いちばんのお気に入りとなったのは「摩訶不思議」である。
「ええか、アキラ。人生はタコヤキやで」(中略)「冷めたら、いっこもうまくないやろ。アツアツ過ぎたら、口ん中が大ヤケドや。人生もそんなもんやで。お前にも、そのうちわかるわ」(本文より)
この比喩表現と内容が見事なマッチング。
本作の中でひときわユーモラスで関西人的な発想の作品である。(ちなみに朱川さんは大阪出身)
全体を通して、地味な文章の中にもホロリとさせられたりする部分があり、とってもノスタルジックでかつハートウォーミング。
やはりそれぞれの主人公の子供(幼少)時代を通したフィルターで語っている為に、読者もあたかも自分の過去を遡ったかのごとく物語に入り込めるのである。
このあたりの“朱川ワールド”は本当に見事ですね。
ただ、若い方が読まれたら楽しめるかどうかは若干保証しかねます。
やはり本当に楽しめるのは三十路以上の方かな。
そうそう、“パルナス”(作中に出て来ます)を知っている人は楽しめること請け合いですよ(笑)
誰もが、好奇心旺盛で毎日を一生懸命過ごしたあの頃。
本作を読み終えた今、少し自分自身のフィルターを磨くことが出来たような気がする。
時代は個性派作家・朱川湊人のより一層の活躍を待ち望んでいるのであろう。
活字中毒日記

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紙の本

僕にも「こういう」少年の時があったんだ。六つの短編にはいずれもどこかに既視感を覚えるような懐かしいところがあった。

2005/09/09 00:54

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

それは怪異現象そのものの体験ではないのだけれど、子供がうけとめる不思議現象というフィルターを通して語られる懐古談に、事実としての記憶はますますぼんやりしてしまうのだが、むしろ感性だけは浄化されて、登場する少年少女とおなじような心の働き、感情の揺らぎが僕にもまちがいなくあったんだと妙にそこだけはしみじみとして浮かび上がった。
「こうでない」少年の時もあったはずだ。児童文学風に言えば、夢・希望・友情・勇気・冒険であり、無邪気で汚れない純真であり、将来への無限の可能性といったプラスのベクトルが強く働いている「子供の世界」があった。「大人の世界」との境には頑丈な隔壁があって、純粋な「子供の世界」に躍動する少年少女がいた。「子供の世界」といえば僕たちはこうであってほしいと願っているものだ。
ところがこの隔壁が徐々に徐々に崩れる時がくる。その破れ目からじわりといやらしい大人の臭いが滲み込んで、それはマイナスのベクトルで微妙に子供の感性に「こういう」作用をする。
僕たちにとってそれは経験済みのことで、当たり前のことで、大人になっているから承知しているはずなのだが「子供の世界」のプラスイメージが定着しているものだから忘れていて、この作品を読んで「あぁそうだったんだ」とハッとする。そしてノスタルジックに、マイナスベクトルにふれたあのころのちょっと憂鬱なおませになった恥ずかしい気分をよみがえらせるのだ。
やさしさにあふれた静かな語りは破れ目から滲み込む大人のうしろめたいものを見せる。それは朝鮮人や部落に対する差別や偏見、ばつが悪い性衝動、生臭い男と女の関係、分別ある三角関係、失った子に対する妄執、死の恐怖・苦痛など大人が隠しておきたい生活の陰影だ。
すると「子供の世界」へマイナスのベクトルを送った張本人こそ僕ではないかと気がついて、疚しさがあるからこんどは大人としての僕の気分が揺さぶられる。それが大人になるってことなんだよといいわけまじりの独り言をつぶやいたりする。読者は子供と大人と二重の感受性を交錯させながらこの物語にのめり込むことになるのだ。
さて、舞台はいずれも昭和40年代はじめの大阪下町裏で、そこで暮らしている小学生が主人公だ。帯には「大人になったあなたは、何かを忘れてしまっていませんか」と問いかけがある。しかし、失われた少年時代をなつかしく思い出すのは大人になったからという理由だけではない。
今私たちが住まいする都市型の暮らしには隣人たちの顔がみえる共同体の気配がなくなってしまっている。人情の機微や地域の伝統的オキテがそれぞれの生活の共通の空気として作用する場はもう存在しないのだ。さらに「子供の世界」と「大人の世界」を隔てていた壁がなくなってしまっていて、彼らは免疫力が身に付かないままに裸で放り出されているのが現実なのではないだろうか。うしろめたいという思慮の働いた感性にではなく剥き出しの禍々しい情動にさらされるのかもしれない。
ある年代以上の読者だけが実感できるこの深いところの喪失感があるから、これほどのインパクトで郷愁の思いがかきたてられるのであろう。
近所で時々見かける少女の、眉に憂いをひそめた風情に
「おとなになったんだねぇ」と話しかける。
「おじさんありがとう」と少女はにっこりする。
………もうそういう情景はなくなってしまったんだ。
勘違いされて大声で叫ばれるか
「うざってぇんだよ、クソじじい」
と罵倒されるか…だねぇ。

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2011/07/26 11:42

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2005/10/25 14:49

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2008/03/05 04:00

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2005/10/20 17:54

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2007/03/04 15:42

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2008/08/16 23:38

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2006/01/11 17:28

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