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千々にくだけて
  • みんなの評価 5つ星のうち 4 17件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2005.4
  • 出版社: 講談社
  • サイズ:20cm/165p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-06-212884-5

紙の本

千々にくだけて

著者 リービ英雄 (著)

【大佛次郎賞(第32回)】日本に定住するアメリカ人主人公が遭遇した9・11テロ。芭蕉の句に重ねて事件の衝撃と現代の世界を生きる危機感を描き出す、アメリカ人日本文学作家によ...

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商品説明

【大佛次郎賞(第32回)】日本に定住するアメリカ人主人公が遭遇した9・11テロ。芭蕉の句に重ねて事件の衝撃と現代の世界を生きる危機感を描き出す、アメリカ人日本文学作家による「ノンフィクションを超えたフィクション」。【「TRC MARC」の商品解説】

収録作品一覧

千々にくだけて 5-114
コネチカット・アベニュー 115-141

著者紹介

リービ英雄

略歴
〈リービ英雄〉1950年アメリカ生まれ。プリンストン大学大学院博士課程修了。同大学、スタンフォード大学で日本文学の教授を務める。「星条旗の聞こえない部屋」で野間文芸新人賞受賞。

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みんなのレビュー17件

みんなの評価4.0

評価内訳

紙の本

旅人の心がとらえた不条理な力の姿、そして希望

2005/06/08 21:22

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ほどほどの自由 - この投稿者のレビュー一覧を見る

嶋々や千々に砕けて夏の海
松尾芭蕉が松島を詠んだ句である。芭蕉の句が漢詩の影響を受けていることは夙に知られている。この句も、王維の終南山の詩に相通ずるような、スケールの大きさがある。日本文化と言えば俳句、俳句と言えば芭蕉と定番扱いされていながら、芭蕉の句にはどこか日本的でない厳しさ・深さ・大きさ—不条理性と呼べるような—がある。
芭蕉は松島の海に散在する大小さまざまの島や奇岩を、ただ「散らばっている」のではなく、「海が大地を砕いた、その結果」と見た。それは、人為の及びもつかぬ大自然の猛威と悠久の時の流れを、読む者に感じさせる。千々にくだけて——この言葉が、大いなる崩壊の描写として9.11に結びつこうとは! 厳しくも雄大な大自然の営為が、あの忌まわしき大崩落と重ね合わされたときに生ずる、この禍々しさはどうだろう。摩天楼を築いたのは人間だった。巨大な旅客機を造ったのも人間だった。それとこれとを衝突させて大いなる崩壊を出来させたのも、アラフアクバールと叫ぶ人間だった。そして、あれほどの大崩落が、あまりにも短い時間のうちに始まり、終わった。
主人公エドワードの妹の一人が、ブルックリンの部屋からカナダの田舎町で足止めを食っている兄へ電話で語る、雪のように降り注ぐ灰の中に混ざっていたワープロ打ち文書の断片に読み取れた文字—Please discuss it with Miss Kato at Fuji Bank— 9.11を語る言葉の中で、これほどいたたまれない気持ちにさせられたものは初めてだ。あまたの人々が、昨日と同じように続いていくと信じて疑わなかったルーティンを、不条理で巨大な力がごっそりもぎ取ってしまった。それが人間に発したものだとはどうして信じられよう。大いなる崩壊の後、世界の様子が変わってしまった… 小さな蛙の立てた水音が消えた後に訪れた静寂は、水音以前の静寂と異質であるように。小さな蛙の飛び込む水音でさえそうなのに。
千々にくだけて——なぜこの古い俳句の断片が、9.11を表現する言葉として作者の中に現れたのだろう。なぜこんなに禍々しく響くのだろう。おそらく、芭蕉が旅人だからではないだろうか。作者リービ英雄も、太平洋の向こう岸から極東へやってきた越境者である。旅の詩人の言葉が、異文化と異言語を往来する越境者の中で響いたのだ。そして読者であるわれわれも、9.11の巨大な力で「それ以前」の世界から否応なく連れて来られた「流刑者」である。それまでの世界と同じ場所・同じような景色・同じような行動も、薄皮1枚隔てたような違和感、世界から拒絶されている感じがある。馴れ親しんできた世界の、心地よくも退屈なおなじみの相貌が、千々にくだけたのだ。だからこれほど禍々しく響くのだ。
9.11から半年後、エドワードの妹アニータは、長年住み続けた街を出るつもりだと兄に告げる。彼女もまた流刑者だったが、これからは旅人となるのだ。エドワードが感じたように、同じ場所に居続けたことは重要ではない。ゲット・アウト—決して逃亡ではない。小柄でそれほど強くはない彼女でも、背筋を伸ばし顔をあげて旅立つだろうと、評者は思う。そこに、微かではあるが強靭な希望の光が射すからだ。冒頭に戻り、足止めされた飛行機でエドワードの隣に乗り合わせた、日本人の老女の言葉に耳を傾けよう。いざとなったときは大丈夫ですよ——56年前の戦争直後の体験を元にした素朴な響きの底には、確固たる決意がある。人間は、世界から拒絶されようとも、不条理で巨大な力の前でどれほど無力であろうとも、人間としてそこで生きてゆかねばならないし、また生きてゆけるのだ。これまでも、そしてこれからも。
神なき時代の入口で立ち止まって捧げた祈りの如き、端正な作品である。

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紙の本

強者の暴力に抗する小説

2008/02/21 10:57

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:けんいち - この投稿者のレビュー一覧を見る

喧伝される「グローバリゼーション」とは、アメリカという単一の強大な価値観の世界的強制ではないかと、言葉の詐術が見抜かれようとしているその時、政治体制はもとより宗教的・文化的価値観を異にする人々から、構造化された非対称的な(武)力関係の中では、それよりほかに仕方がない「自爆テロ」が起きた。今、「9・11」をそのように捉えてみるなら、攻撃を受けた直後からのアメリカ(メディアと、それに追随する日本とそのメディア)の対応は、言葉と映像によるさらなる暴力の徹底であった。1つは、テロリストを「敵」と呼び、事態を〈キリスト教(と民主主義)を信奉する「世界」(という名の、強制的アメリカ的価値観)とイスラムのテロリスト〉との間の「戦争」と定義し、そのことをあらゆる機会を通じて反復・拡声し、既成事実化していこうとする言葉の暴力。もう1つは、世界貿易センターが崩れ落ちる映像の、垂れ流しと呼ぶのがふさわしいほどの徹底した、反復放映(もちろん、それまでのイスラムの日々や、アメリカ国内の暗部、さらには「テロとの戦い」の実情などは、逆に隠蔽される)。それによってアメリカは自らを無垢な被害者として、テロリストを「悪」と印象づけていくという表象の暴力。ブッシュの主導するアメリカがみせた強権に基づく一元的な「9・11」の意味づけは、残念ながらそのまま日本(メディア)においても踏襲された。
こうした事態を、文学の側から考えてみようとする時、「9・11」をモチーフとして優れた小説を書いたのが、西洋出身者にして初めての日本語で書くアメリカ人作家=リービ英雄であったことは、驚くべきであると同時に、実に首肯すべきことでもある。というのも、「9・11」に関する暴力とは、ビルを破壊し人々を殺戮する暴力であると同時に、多角的な思考の余地を奪い、単一の価値観のみを強制していくファシズム的な暴力でもあったからで、こうした課題を前にして文学が関われるのは主に後者だからだ。
リービ英雄は、単一のナショナル・アイデンティティに安住することなく、日本語文学を書き続けてきた作家であり、そのことは芭蕉の句を引用した『千々にくだけて』というタイトルで「9・11」を描くという構えにも明確に示されている。本文も、日本語に英語が混じり、双方を主人公のエドワードが頭の中で翻訳する様相も織り込まれている。そして、何より秀逸なのが、『千々にくだけて』の主な舞台が、アメリカに向かい「9・11」によって入国を拒まれた航空機内に選ばれている点である。それはリービ英雄のアイデンティティよろしく、いずれか1つの国に固着することなく、揺れ動き移動する舞台であり、乗客もまた様々な国籍の人々によって構成されている。また、メディアが世界貿易センター崩壊の直接的映像を前景化したのとは対比的に、『千々にくだけて』では「9・1」は映像はもとより情報としても朧気なまま描かれ、それゆえ、多角的な捉え方・視点を積極的に促すように仕組まれている。こうした方法によって書かれた『千々にくだけて』は、従って「9・11」に対するアメリカの対応を鋭く批評し、脱構築した小説だといえる。その意味で、アメリカに追随したメディアに囲まれた日本に、こうした小説が発表されたことの意義はたとえようもなく大きい。

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紙の本

「stillness」と「声」

2005/07/20 02:06

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Straight No Chaser - この投稿者のレビュー一覧を見る

 デビュー作「星条旗の聞こえない部屋」のなかで、リービ英雄は書いている。
「ベンがはじめて日本語というものを意識したのは、八つだったか九つだったか、台中の家で元の家主が床の間の隅に残した古い書物を拾って、どっしりした漢字と漢字の間に『の』というのたくった不均整の異物がはさまれているのを見つけた日だった。」
それは、「仮面の告白」のようにして書かれた、作家自身のことばであるのだろう。ほんのわずかな父との会話を記したのち、ベン・アイザック少年はその記憶を語る。
 「池に浮沈する鯉の音を聴きながら黄ばんだページを右から左へと、『の』と『は』と『む』と『ゑ』、漢字の森に戯れている蝶の形をしたひらがなを魅惑された思いでずっとたどっていたのが記憶に残っていた。」
 そこで彼の関心の中心にあるのは、「声」ではなく「文字」だ。たとえば昨年亡くなったジャック・デリダがそういうことがらを問題にしていたとか、そういうことではない。(*ぼくの読書傾向からいって、たしかにそういうことがらが頭をピカッとよぎったりはしたのだけれど……なんというか、どちらかといえば、リービ英雄の小説はぼくにとってそういう「病」を癒してくれるクスリであるように感じる。)
 ベン・アイザックの変化(それが“成長”であるのかはわからない)は、「ヘレン・ケラー」や「溝口」(『金閣寺』の主人公で、吃りの学僧。「星条旗〜」の続編「仲間」にその名が見える:で、村上春樹『ノルウェイの森』の「突撃隊」の原型のひとつもこいつなのか、と今更のように思ったり…)といった文学的なクリシェを用いつつ、「文字」に重心をおくようにして書かれているように思う。
 それに対して、作家自身の「9.11」体験を扱った『千々にくだけて』では「声」……個人の感情(体)の揺れから生まれる、そして(しかし)ことば自体に根差すもので(も)ある、「声」の調子にたいする敏感さの表現が、張り詰めるような緊張感を伝えてくる。そのことを、なによりも強く感じた。
 「あとがきにかえて----9.11ノート」のなかで、「千々にくだけて」という小説に描かれたことがらを、作家は事実報告というかたちで文章にしている。
「路地の白い灰をカメラがパンして、男のアナウンサーがまるでnuclear winterの景色です、と唱えた。「核の冬」は、冷戦が終わってから耳にしなくなったことばだった。ビルが崩れた瞬間の煙について、また別のチャンネルのアナウンサーがmushroom cloudと描写した。「キノコ雲」とぼくが反射的に頭の中で和訳した瞬間、その比喩の大きさに思わずたじろいだ。アメリカ合衆国はvictimとなったという機長の言い方が耳に甦った。
 現実の壮絶な場面と、それをめぐることばの渦巻が、一致しているようで一致していない。とつぜん『第三国』(*カナダ)で足止めされたホテルの部屋に一人でいて、九月十一日の火曜日の夜に何語で考えればいいのか、分からなくなった。」
 これにつづけて、作家は書く。「しかし、次々と画面に映る現実の白い灰に蔽われている現実の被害者たちの前で、そのような思いも、恥かしくなった。」
「小説」のあとがきとして置かれたその文章を、彼はこう締めくくっている。
 「……不安を隠せない米語の声がこだました。/for what? for what?」
「何のためですか、何になるんですか」、そのように和訳されるこの「声」を、ぼく(たち)はどのように聴くのだろうか、そしてどのように発するのだろうか、その問いかけは、作家自身の切実な問いかけであり、「public tears」へと、もしかしたらつながるのかもしれないような、読む者ひとりひとりの問いかけであるのかもしれない。

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紙の本

GroundZeroを「爆心地」に訳すとき

2006/09/08 09:28

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:銀の皿 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 「2001.9.11」について書かれたものは多いが、当事者の身内の悲しみであるとか、政治的な思いであるとか、おおよそどれもいくばくかの「熱」を持って書かれているように思う。その中でこの作品はしん、と冷たい。それを「テーマに対しての物足らなさ」と取られるかもしれないと感じるほどである。この冷たさ、静かさは著者自身が現場で被害にあったり、肉親が被害にあったりした訳でもない、という事件からの距離のせいだけではないだろう。
 収録されている3つ目の作品、「9.11ノート」に書かれている著者の体験を元に、フィクションとして描かれたのが表題作。その後日談として書かれたもう一本が、「コネチカット・アベニュー」である。9.11にアメリカの肉親を訪れようとした主人公は経由地のカナダに足止めされ、アメリカに入れぬまま、日本に戻ってくる。表題作は主人公が著者自身と同様な経歴を持っている、と仮定しないと設定がわかりづらい省略があるのだが、この仮定を踏まえて読めば「あの時」の情景を少し外側から捉えた貴重な記録としても読める作品であろう。事件直後、隣国カナダでも星条旗がたなびいていたことなどは事件の世界的な波及の情景の一齣である。
 英語も日本語も自分の言葉として使う著者は、多分ここでも描写されているような形で英語を聞いて日本語を思い浮かべ、日本語で浮かんだ言葉を英語に置き換える、という作業を常に行い、その二つの言葉の微妙な差を常に感じているのだろう。英語の自分と、日本語の自分と、その差を感じている三番目の自分。その三番目の「語らない」静けさが著者の作品全てに感じられるのかもしれない。
 この静けさは著者の作品の貴重な特質であると思う。そして独特の難しさがある。それは著者が常に感じている言語の差のとまどいに読者もとりこめられ、ストーリー自体を滑らかに追っていくのが難しくなるせいのようにも思える。しかし「とまどい」に取り込められ過ぎるという恐れは確かにあるのだが、そこで気づかされるものも多い。
 Ground Zeroという「9.11テロの現場」に付けられた名前を「爆心地」という日本語に訳した時、その単語の使われ方に愕然とする場面がある。日本人の多くはこの言葉で「ヒロシマ」原爆投下の爆心地を思い浮かべるのではないだろうか。将来、この言葉を聞くたび、アメリカ人は「9.11」を思い、日本人は「ヒロシマ」を思うのだろうか。いや、日本人からもヒロシマは薄れていくのかもしれない。言葉一つに示される微妙な違い、言葉の魔術のトラップに足止めされてしまうのはこんな場面である。「ヒロシマ」が、「9.11」が、言葉一つで変貌していく、させられていくのを見る思いがし、あれはなんだったのか、どのように私たちの心に残っていくのか、を考えされられる部分であった。
 異なる言語の間にある微妙な差。表題作の最後、主人公が遭遇した観光客の集団に「ニーカン!」と中国語を話させているのも、著者の言葉の差への思いを更に延長しているように感じられた。どの言葉も持っている独自の世界、温度差。それでもそれを超えて伝わるもの。著者の「英語で読む万葉集」にもそんな想いを感じたことを思い出した。
 「9.11」だけでなく、異なる言語が入り混じる世界、歴史、を感じる一冊。

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2005/09/26 03:27

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2006/01/18 20:07

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