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田辺写真館が見た“昭和”
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.4 3件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2005.5
  • 出版社: 文藝春秋
  • サイズ:20cm/229p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-16-367020-3
  • 国内送料無料

紙の本

田辺写真館が見た“昭和”

著者 田辺 聖子 (著)

著者の生家の写真館と家族を中心に、その文学の原点である戦前昭和の大阪の庶民の暮らしを綴った痛快フォト&エッセイ集。『文藝春秋』2003年1月から2004年10月掲載分をま...

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田辺写真館が見た“昭和”

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商品説明

著者の生家の写真館と家族を中心に、その文学の原点である戦前昭和の大阪の庶民の暮らしを綴った痛快フォト&エッセイ集。『文藝春秋』2003年1月から2004年10月掲載分をまとめる。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

田辺 聖子

略歴
〈田辺聖子〉大阪市生まれ。樟蔭女子専門学校国文科卒。「感傷旅行」で芥川賞、「花衣ぬぐやまつわる…」で女流文学賞、「ひねくれ一茶」で吉川英治文学賞を受賞。95年紫綬褒章を受章。

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みんなのレビュー3件

みんなの評価4.4

評価内訳

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紙の本

昭和モダニズムが匂い漂う田辺写真館

2007/02/24 16:01

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:佐々木 昇 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 久しぶりにNHKの朝の連続テレビドラマが好評であり、安定した演技が光る俳優さんたちによってますます輝いてみえる。『芋たこなんきん』がそれであるが、ドラマの舞台にもなったのが本書のテーマでもある田辺写真館である。
 大阪大空襲で田辺写真館も家財も何もかもが焼失してしまったものの、田辺聖子氏の母親が親戚に送った写真が残っていたために貴重な戦前の大阪の様子が窺い知れる。そのいくばくかの写真をもとに時系列に時代の変遷を解説されているが、豊かな生活ぶりに驚くばかりである。
 明治のご一新によって経済の中心は大阪から東京へと移ってしまい、その盛況ぶりにも陰がさしていると田辺氏は語るが、なかなかどうして当時の他の都市、農村に比べれば天と地の差があるのではないだろうか。
 とはいえ、真実を写すから写真とはよく言ったものであるが、田辺聖子氏の解説がつくことによって細部に渡っての生活ぶりが浮き彫りになってくる。浪花立志伝に登場する氏の父君はシャレ者といわれボルサリーノの帽子を身につけるほどであったのに、なぜペラペラの紙の帽子、背広に日本手ぬぐいなのか理解に苦しむ。しかしながら、あのゼネラルモーターズの工場が大阪にあり、従業員やその家族、取引先を招いての日本流のパーティーの様子と分るとシャレ者とはあくまでも自己主張を貫くのではなく調和というバランス感覚を持った人のことをいうことなのだとわかる。
 現代の大阪弁イコール漫才と思われがちだが、氏が語る言葉からは昔の大阪弁がそこここに登場する。言い回しも、言葉も今と異なるものが多々見受けられ、古き良き時代を感じさせてくれる。
 本書の帯には「若い世代にも手にとって頂けたら」と書いてあるが、ハリウッドの映画に狂奔したのは現代に限ったものではなく、「そんなん、当たり前でっしゃん」と昭和の時代もそうであったと軽く流されてしまいそうである。
 最新のトレンドに乗っているつもりが、なんのことはない、昔の流行の焼き直しだったという感じではないか。
 写真館という家業でありながら戦災で多くの記録が失われ、親戚の家のアルバムから分けてもらった数葉から生み出された本書であるが、語り尽くせない思い出がまだまだあると思う。敗戦後の混乱から抜け出した頃からしか知らない身にとっては、贅沢な時代があったことは浦島太郎の物語りのようである。

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紙の本

ああ、こういう人生があったんだな、なんて納得しますね。何ていっても写真という証拠がありますから。もしかして田辺さんて皇室ファン?

2005/10/26 20:16

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

写真 田辺聖子所蔵、装丁 池田進吾(67)
全体は229頁の本ですが、各話はほぼ10頁でできていますから、全部で23の逸話が収まっていることになりますが、実際には7頁から始まるので22話。その扉部分に見開きの写真頁、一葉のものもありますが、3葉写真が載っていることが一番多いです。
注にも書いてありますが、写真は全て田辺聖子氏所蔵で、それもかなり立派なものが多いのは、田辺家が写真館を経営していたからです。ただし、文中にもありますが、生家である大阪市福島区の写真館は昭和20年6月1日の空襲で焼かれたため、多くの写真も失われ、辛うじて残った写真の中でも印象深いものが使われています。
また、大きくは時代の流れにのった記事にはなっていますが、単純に成長の軌跡を追う、といったものでもなくて、写真は特に聖子をはじめとした弟、妹のところでは前後しますが、それは少しも気にならず、家族愛というものを感じてしまうのは私だけではないと思います。
22話のタイトルを写すのも、内容を羅列するのも意味がなさそうなので、全体を括った紹介にしましょう。写真館の創業者は田邊美男、聖子の祖父にあたります。横浜で写真修業をして、大阪の福島に写真館を設けたのが昭和初年。
父親貫一は敗戦(田辺は終戦、と書いていますが)の年の暮に44歳の若さで亡くなっています。母親は勝世、いかにも時代を背負った名前です。4つ歳の離れているであろう妹は淑子、2歳年下の弟は聡。写真館には他にも見習い技師が5、6人は住み込んでいたとありますから、現在の写真館のイメージとは全く異なるといっていいでしょう。
今では写真といえばデジカメ、いや携帯附属のカメラかもしれませんが、ともかく日本人であれば一家に複数台あっても少しも不思議ではありません。これは多分、私が生まれた頃、昭和の40年代にその基礎が固まり、外国人からは眼鏡とカメラとくれば日本人と揶揄されるわけですが、少なくとも昭和初期には全くそのような気配はなかったようです。
例えば、「浪花立志伝(その一)」に、大正中期の話として「日曜、祭日にもなれば盛り場の写真館前は行列が続き、整理の巡査が出た程だった」とあります。だから写真館に何人もの人を雇っておける、さしずめ現代で云えば写真館ではなく有名写真家、といったほうがあっている気がしますが、写っているものはあくまで写真館のそれで、芸術写真とは一線を画しています。やはり時代でしょう。
田辺は、父、母、弟、妹だけではなく、写真を手がかりに叔母、叔父、祖父、技師のことを慈しむかのように書いていきます。戦後の苦しい生活のなかで、家を訪ねてきた叔父の面倒を見切れなかったこと、戦争を境に会うこともできなくなった親戚、彼らの対する眼差しのなんと優しいことでしょう。
これが田辺に、昭和20年の敗戦を終戦と書かせる原因ではあるのでしょう。この本からは、日本を戦争に駆り立て、多くの人々を殺した戦争遂行者である天皇や軍人、武器商人といった今はいかにも何の責任もないかのような顔をしている人間への怨嗟の声は全くありません。
視線が向かうのは外にではなく、あくまで内。でも、それが許されるのは多分、田辺の住んでいた場所が東京ではなく大阪であったことが原因かもしれません。そう、東京では今も、その戦争責任者たちはのうのうと生き、そしてあたかも自分たちが正しかったかと云いたいがためだけに憲法を変え、再び軍国への道を歩もうとしている、その姿を毎日のように見せつけられるのですから。

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紙の本

モダニズムふんわりあびてセピア色

2005/09/15 23:36

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:どんぶらこっこ - この投稿者のレビュー一覧を見る

写真の中の時はとまっている。生家が写真館を営んでいたおセイどん(田辺ファンならセンセよりこちらのほうがなじみがある)の手元に集まった懐かしい写真は、田辺写真館の記録であるとともに、阪神間モダニズム時代の古きよき昭和の大阪の風情を今に伝えてくれる。
しゃれっけがあって新し物好きでキップが良くてという父方の系譜、芯の強いおおどかな母方の系譜を受け継いだおセイどんの家は写真館。曾祖母から親類のサブロにいちゃんやツンツンねえちゃん、そして写真館の若い衆までが一つ屋根に暮らす正に大家族で育ったおセイどん。
章を追うごとに成長していくおセイどんの姿もさることながら、その背景にうかぶ、陽気でお洒落でイキな大阪の賑わいを庶民の日常の視点から捉えたところが興味深い。そしてしだいに戦時色濃くなっていくさまも描かれる。写真館に残された数少ない家族写真はそのよき記録なのである。
子供服専門店「ヨネツ」のモダンなおそろのドレスをきておすまし顔の姉妹。
サブロ兄ちゃんの壮行式。
明るい日差しの野原で晴れ着姿の若き母に支えられ、カメラをかまえる父にぼーっとした視線を向ける1才のおセイどん。
どれも眺めていて飽きないが、私は「田辺写真館花の6人衆」の写真が一番だと思った。写真館の主である父を囲んで思い思いのポーズをとる写真館の若者達。いずれもきりっとしていかにも写真士らしい自然なポーズと構図が好ましい。
しかし、この後、戦争のためこの若者達それぞれがたどっていく運命を読むうちに胸ふさがるものがあった・・・。
章の冒頭にその章を象徴させる当時の川柳を載せているのがまた、当時の大阪の文化の成熟度を感じさせる。大阪川柳界を舞台にした小説を物したおセイどんならではのしゃれっ気であろう。

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